第8話 ずんぐりむっくり

 木の枝の上でおろおろする、ずんぐりむっくりした子猫。

 私は思わず足を止めて声をかけた。


「どうしたの?」


 あ、うっかり猫相手に人間の言葉を喋っちゃった。しまったと思っていると、ずんぐりむっくりした子猫がこちらを見て返事をした。


「木に登ったら、降りられなくなってしまって……」


 なんと、この子も人間の言葉が話せるのか。


「あなたも人間の言葉が話せるのね」


「うん。というか、本当は人間なんだ。今はこんな姿だけど」


 なんだか、とても親近感が湧いた。もしかしたら、同志ではないだろうか。


「もしかして、あなたもメチャエラさんの魔法にかけられたの?」


「メチャエラさん? その人は知らないけど違うよ。僕のは先祖返りみたいなものなんだ」


 先祖返りで猫に?

 よく分からないけど、猫好きの国ならそういうこともあるのかもしれない。私は深く考えずに納得した。


「そうなのね。実は私も本当は人間で、魔法にかけられたおかげで、自由に猫に変身できるようになったのよ」


「へえ、それはすごいな。僕は十二歳の誕生日に、急にこんな姿になって、もう一月ひとつきもこのままなんだ」


「えっ、自分で元に戻れないの?」


「うん、すごく困ってる」


 何ということだ。少し前の私を見ているようだ。これも何かの縁。ここは私が一肌脱いで助けてあげようではないか。


「それなら、私が元に戻るやり方を教えてあげるわ!」


「本当!? すごく助かるよ!」


「じゃあ、そうと決まったら、さっそく木から下りましょう。木の下り方も、私が手本を見せてあげるわ」


 猫姿の初心者には、飛び下りる方法は難しいだろうから、幹を伝う方法で下りてみせた。


「ゆっくりでいいから、しっかり爪を立てて下りるのよ。そうすれば、滑り落ちたりしないから」


 ずんぐりむっくりは、やはり怖いのかグズグズしていたけれど、しばらくすると決心がついたようで、一歩一歩そろそろと足を動かして少しずつ幹を下り、なんとか地面に下りることができた。


 私は自分のことのように嬉しくなって歓声を上げた。


「やればできるじゃない、ずんぐりむっくり!」


「ずんぐり……?」


 しまった。いくら見た目が太めだからって、これでは悪口みたいで失礼ね。


「あ、いえ、あなたの名前は何て言うの? 私はマリアンナと言うの」


「僕はライモンド。木の下り方を教えてくれてありがとう、マリアンナ」


「いいのよ。さあ、次は人間の姿に戻る方法を教えてあげるわよ!」


 私は、モーリー師匠から受けた指導を思い出しながら、ライモンドに説明する。


「変身する時は、丹田に力を込めるの。おへその辺りよ。変身後の姿を意識しながら、ぐっと筋肉に力を入れればいいの。ほら、こんな風に!」


 私はパッと前足を上げ、そのまま人間に変身して見せた。


「ね、人間になったでしょ?」


「…………」


 ライモンドは、ポカンと口を開け、眩しいものを見るような眼差しで私を見つめている。


「……すごい。よし、僕もやってみるよ!」


 しばらく固まったままだったライモンドが我に返り、私を真似して丹田に力を込めようと一生懸命踏ん張る。


 でも、おへその辺りではなく、足に力が入ってしまっている。初心者が陥りがちな間違いだ。

 私は人間の姿のまま、手取り足取り教えてあげる。


「ライモンド、足に力が入っているわよ。力を入れるのはここよ」


 ライモンドの太い足を撫でて力を抜かせ、おへその辺りをポンポンと軽く叩く。

 フワフワしていて気持ちがいい。


「うわ! くすぐったいよ、マリアンナ……」


 ライモンドは、くすぐったがりながらも、指摘をすぐに受け入れて、もう一度挑戦する。


「そうよ、そんな感じ!」


 ライモンドは筋がいいようで、何度かやるうちにコツを掴み、たまに変身の前触れのような光が現れるようになった。


 そして、繰り返すこと三十回目。きらびやかに発光しながら、ついにライモンドも人間の姿に戻った。私とは変身の演出が違うようだが、幸い、服を着た状態で戻る仕様は同じだった。


 元に戻ったライモンドの姿は少し癖っ毛の金髪に、綺麗な青い瞳。てっきり、人間の姿もずんぐりむっくりなのかと思っていたけれど、意外にもすらりとした体型だった。


「僕、戻れた……?」


 自分の両手を見つめながら、驚いた表情で固まるライモンド。

 一月もの間、猫姿のままだったのだ。呆然としてしまうのも無理はない。


「よく頑張ったわね! 私なんか会得するまでに何時間もかかったのに。あなた、きっと才能があるわ!」

 

 私が褒めると、ライモンドは照れくさそうに笑った。


「君の教え方がよかったからだよ。本当にありがとう、マリアンナ」


「いいのよ。ね、私たち、同じ猫仲間として、お友達になりましょう」


「猫……。うん、いいよ。僕も木の登り下りとか、もっと色々教えてもらいたいし。明日もまたここに来れる?」


「うーん、私はキルトン公爵邸にお世話になってるから、あんまり勝手には遊びに来られないかもしれないわ」


「そっか、キルトン公爵邸か……。わかった。そうしたら、また機会があったら来てよ。僕は毎日ここで練習するから」


「分かったわ。機会があったらね」


 そうして、私はライモンドと別れて薔薇園へと戻った。ちょうどエミリアお姉様も戻ってきたところで、そのまま公爵邸へと戻った。


 薔薇園を抜け出したことを知られたらまずいので、ライモンドとの出会いは内緒にしておくことにした。


 その日の夜、偶然出会えた猫仲間のことを思い浮かべ、また会いたいなと思いながら眠りについたのだった。

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