第6話 裏切りの受験生

 この時期になると思い出すことがある。あの、若き頃の受験戦争の日々だ。既に試験日程は終了して立派に前期試験と私立を落ちていた私は、残すは後期の発表待ち。カウントダウン浪人生の日々の中、開放感に浸りながら友人と麻雀をしたりしてマターリと生活をしていた。


「あー、浪人だな」


 とぼやきつつも、ある程度はそのことを覚悟していたため、心のなかでは比較的冷静であった。


「夏空、予備校決めた?」


 ある日、高校の友人Tが電話をしてきた。


「まだ、決めていないよ。Tは、何処行く予定?」

「S台予備校にするつもり」

「池袋?」

「うーん、大宮の予定」

「俺も一緒に行っていいかな」


 という安易なのりで予備校の入学試験を受けに行った。だが、試験を終えてからあまり勉強をしていない。だから手応えはあったものの自信はない。不安を抱いていた俺は帰りの電車で、Tに聞いた。


「コースはどうする?」

「俺? 俺は東大選抜コースにするよ」

「東大選抜?」


 さすがに、躊躇する。俺ごときが東大になど入れるはずがない。勿論、コースだって厳しかろう。


「多分、俺はそんなコース落とされるよ」


 と動揺を隠しながら言うと、Tは平然と、


「予備校だって商売だから、希望者を簡単に落としたりしないよ。それに、もし駄目だとしても、別のコースを紹介してくれるだけのこと。全然問題無し。それに、ドラマとか漫画とかを見ても分かると思うが、周囲に優秀な人間がいる中で勉強したほうが成績が伸びるよ」


 と言う。さすが、Tは優秀だな。と俺は舌を巻いた。こいつと一年間、勉強すれば伸びるような気もするが、地獄が続くな。と思いつつ世間話をする。


「ところで、俺、後期日程の発表が明日なんだけど、受かるような気がするんだよね。なんとなく」


 根拠の無い自信が炸裂していた。


「分かったよ。コース発表とお金の支払に行かなきゃいけないから、午後1時に駅で待ち合わせをしよう。受かってたら来なくていいから」

「OK! 1時に駅にいなかったら、受かったものと思ってくれ。まぁ、一緒に行くことになるんだろうけどね」


 次の日、奇跡的に大学に合格していた私は、Tとの待ち合わせに行くことは無かった。そして、(電話をかけづらい)Tにかけずに、高校の先生に電話で報告をした。


「夏空ですが、xx大学合格しました」

「えー!」


 という声としばらくの沈黙の後に先生は、 


「君はきっと何かやってくれると思っていたよ」


 という訳の分からない祝いの言葉を贈ってくる。さすがの俺もちょっとイラッとして、


「先生も頑張ってください(生徒が言う台詞じゃ無いな)」


 と返答をして電話を切った。


 後日、別の友人宅に遊びに行ったところ、


「夏空、お前だけは俺と同じく絶対に浪人だと思ったのに」


 と言われた。酷い言われようである。と言っても、Tとは今でも友人であるが、その話をすると「酷い奴だ」と言われるので、仕方が無いかもしれない。

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