第5話 お立ち会いはいつも決戦日

 その日は、いつもと同じ年度末であった。まぁ、年末というものは、納期が重なるもので。納期が重なるということは、お立会いも重なるということで。そういう日は、たいてい憂鬱になるというものだ。で、憂鬱になるのは、別にメーカーだけでなく、顧客も憂鬱になる場合もあるわけで。


 今日もそんなある日であった。働き方改革とやらは何処へやら、10時、いや勿論夜、22時頃、検査室の自動販売機で、500mlの緑茶を購入しつつ、今日は何時に帰れるかとブルーになっていた。


 検査室に入り、納入するシステムの前に座った私は、チェックリストを片手にシステムの動作を確認を行う。と、その横で事件は発生した。


「どうなっているんですか? 話と違うじゃないですか?」


 システムというものは、お客さんに直接収める場合もあるが、商社など経由する場合がある。横の案件は、そのような案件で、商社の営業さんがお立ち会いの前日に弊社入りし、担当者であるビューヤン君とお目付け役である課長と一緒にシステムのチェックを行っていたのだ。


「いえね、動かないものは動かないんですよ」


 横で聞いてても理解不可能な台詞を担当者であるビューヤン君がいけシャーシャーとほざいている。


「じゃぁ、なんで今頃言うんですか?」


 商社の営業さんの言うことももっともである。動かないならば、動かないと分かった時点で報告し相談するべきである。少なくとも、お立ち会い前日の夜の10時に言い出す話ではない。


「でも、こっちの装置では動いていますから大丈夫です」


 ビューヤン君が意味不明なことを言い出した。納入する装置を当初予定の装置と別の装置にしろと要求をしているようだ。当たり前だが、仕様書に書かれているものと違うものを納めるというのは、明らかにNGである。


「そんなの答えになっていないだろ」


 営業さん怒る。当然の反応である。が、ビューヤン君は平然と、


「動かないものは仕方が無いじゃないですか、じゃぁ、どうしろっていうんですか?」


 逆切れである。理解不能である。近づきたくない。とりあえず、そっちは関係ないシステムであるので、知らん振りをすることにした。それに、普通の相手は、ここら辺で怒る気力が無くなるもので問題は解決しないが、その場は収まることが多い。もっとも、別日に大問題になるわけであるが。


「ふざけるんじゃねー」


 その日はいつもと違った。飛び交う罵声とエナジードリンク。って、えっ? エナジードリンク? 蛍光灯の光を映した輝く軌跡は、一直線に壁に激突する。


 がしゃーん


「ぽへ?」


 静まる検査室。ただそこにはうなりをあげるパソコンの音だけが虚しく取り残されていく。何かが飛び散った破片と、顔色が変わる一同。


「俺、無関係ですから」


 そう思うものの、「そんなの関係ねー」と言われそうなこの雰囲気。なんにせよ、裸足で歩くのだけは危険そうだ。


「お前、お客さんにどう説明するってんだ」


 営業さん。ビューヤン君に対し、身を乗り出してきて、今にもつかみかかりそうな雰囲気である。よく見ると、体も中々頑丈そうだ。


「ですから、仕様書の装置では動かないので、この装置で動かしていますと」


 相変わらず、ビューヤン君ワールド炸裂である。話が完全に通じていないしループしている。


「ふざけんな、そんなの理由にならねーんだよ」


 もっともだ。普通の思考回路ではそうなる。


 折りたたみ椅子が、お立会い用に準備されていた状態から、片付けられるかのように飛んでいき、測定器棚に激突をする。


 ががーん


 測定機棚が可哀想な悲鳴を上げる。仕方が無い。私は全然関係ないのだけれども、検査室内で破壊活動を行われては、たまらない。と、仲裁に入ろうとしたその時。


「すいません、xxさん。ここで話すのもなんですから・・・。その件に関しましては、私たちどもが責任を取らせていただくということで・・・」


 と弊社課長がなだめに入った。


 ぬぉ? いつもいるだけのメッセンジャーボーイかと思っていたが、やるじゃないか。そうして、商社の営業さんを検査室から、宥めるために連れ出していった。しばらくして、戻ってきた二人は険しい顔をしていたものの、営業さんの殺気は失われていた。どうやら、説得が成功したらしい。


 私は、破壊活動がされなさそうな雰囲気を感じ取り、区切りもついたので、帰宅することとした。すると、営業さんたちも帰るそうである(ビューヤン君を残して)。


 一緒に帰る時に話をするとその営業さんは、アメフトOBとのことで、しかも真面目な性格のよう。ビューヤン君はいっぺん、いや十回位、殴られたほうがいいのでは? そう思う今日この頃である。


 ちなみに、2週間後に自動販売機の中身が入れ替わり、エナジードリンクが無くなったことを追記しておく。


 なお、この話は、エッセイであると主張しつつもいつものとおりフィクションであり、現実世界とはまったく関係ないということを記述しておきますですはい。

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