第2話 お前は野良犬か?

 いつ頃からだろうか、ペットの飼い主のマナーが良くなったのは。今どきでは、犬の散歩をしていてゴミ袋若しくはその手のものを処理するものを持参していない人を見ることはあまりない。とても良いことだと思う。昔はかなり酷かった。私が子供の頃は、公園とかで遊んでいると犬の糞が油断も隙もなく転がっていて踏んだりすることが稀ってほどでもなかったのだが、最近ではそういうことはほとんどなくなったと思う。せいぜい河川敷きとかで釣りをしていると見かける程度だ。なので公園で犬の糞を見かけることは凄い減ったし、道路に犬の糞が放置されているということはレアアイテムをドロップするほど珍しい。


 これほど犬の糞が少なくては、今の子供達は踏むことなどないだろう。羨ましいことだ。というか、そんなことが大問題になっている子供の頃を思い出すと、なんと幸せなことだろうかと感じるが、そんなことはどうでもいいことだ。


 そんなわけで、昔は、犬の糞がいたるところに転がっていた。公園の到るところに犬の糞はあったので、それを遊びに利用してしまうのが、子供というものであろう。


 さて、犬の糞を使ってどうやって遊ぶかというと、犬の糞に爆竹を挿し、それを爆破させて楽しむというゲームをするのである。勿論、爆竹に火をつける人間が一番危険な役目であることは間違いないのだが、慣れてくると爆竹に火をつける役目をおっていても簡単に逃げれる事が分かってくる。そこで、ジャンケンをして負けた奴が最後に逃げるというルールを新しく作ってみたりする。負けた人が一番最後に逃げなくてはいけないのだが、他の人が早く逃げ出してしまうと全然意味がなく、かといって負けた人に糞を被ってもらおうとギリギリまで我慢してしまうと自分まで犬の糞を食らってしまうという、まさに「毒をくらわば皿まで」状態(諺間違っています)になるというゲームである。でも、自分も糞に当たっても良いから他の人間に食らわすという人はいないわけで、今一簡単に逃げれるようになっていた。


 そこで、持ち出されたのが、究極の兵器、ロストテクノロジー、虫眼鏡である。


 当然、晴天の日にしか使用できない兵器であるのだが、これを使用するのはなかなか難しい。何故ならば、ソーラーパワーが十分で無いと使用できないという必須条件があるうえ、火をつけるのが中々難しい。焦点を合わせるのが難しいという根本的問題があるのに加え、近づかないと焦点を合わせることができないが、そのためには犬の糞の匂いを嗅がないといけない。さらに問題なのが、いつ火がついたか晴天下ではすぐに認識することが出来ないということであった。


 さらに難しいのはタイミング。これにつきる。火がつくタイミングがまるっきり分からない。これだけは、経験的にどれくらいのタイミングでつくというのを予想することがあまりできない。実際問題、焦点を合わせたら、火がすぐに点くのだが、焦点を合わせるという作業が凄い難しく、その焦点を合わせるのに集中すると、火が点いてもすぐに反応をすることができない。火が点くというと一般的に赤い炎を思い出すと考えるが、実際には赤い炎というのはでない。何で反応するかというと爆竹の線の長さと音で反応するのである。これは中々難しいということである。


 流石に虫眼鏡作戦は、我々の間に革命的恐怖を与えてくれた。それでもしばらくすると、鍛えられてくるもので、凄い者は、犬の糞の外観的形状で硬さと方向性を判断することができるようになる。「この位置に糞は飛んでこない」とか「この距離まで糞は飛ばない」と予測することが可能になるわけである。つまり、硬そうな糞は飛ぶ距離は出るのだが、方向を読みやすく、軟らかそうな糞は飛ぶ距離は大したことがないが、飛び散るので危険ということである。


 こうなってくると、もう訳が分からなくなってくる。飛んできた硬い糞を避けるとか蹴り落とすという作業テクニックが当たり前のようになってくる。などと遊んでいてしばらくすると、爆竹を買うお金が無くなってくるという現実的問題や犬の糞を避けることに何の意味があるのかということに気づいてしまうわけである。更に、当初そこら中に転がっていた犬の糞が減ってきたうえ、糞を探すのも段々と面倒くさくなってくるわけで、しかも我々の真似をする子供(自分らも子供だが)が現れるに到っては、そのゲームに飽きてくるわけである。そんなわけで、このゲームは忘れ去られてしまった。


 というのを思い出したのは、とあることがあったからだ。


 その日はとても天気が良い日のことだった。と言っても会社からの帰宅時にはちょっと暗くなってきていたのだが。たまたま早く帰宅することができることになった私は、一人駐車場へと向かっていると、後輩のビューヤンが追っかけてきた。


「一緒に帰るッス」と声をかけてきたのを速攻で無視したのだが、何故か金魚の糞のように着いてくるビューヤンであった。まぁ、無視したのを聞こえなかったと自分に都合が良いように自己解釈するビューヤンには「一緒に帰りたくないッス」と言わなければ分からないだろうが、言っても分からないかもしれないから、私はどうでもいいという気持ちにもなっていた。


 駐車場の側まで来ると、横でなんだか話しかけてきていたビューヤンが「トイレに行くッス」と言って駐車場に向かって走り出した。何事かと思ったが、ビューヤンだからということで、彼の行動を無視してゆっくり歩いて、私の車を停めている道路に沿ってできている駐車場に入ると、彼は入口から少し避けたところで道路の逆を向いて何事かをしていた。


「お前は野良犬か?」


 そう怒鳴りつけようかと思ったが、止めた。何故、会社でトイレに行って来ないのか? いや、車で数分のアパートまで我慢することができないのか? 横のお店からはフェンスしかないから丸見えなんだがいいのか? もっと奥まったところに壁で囲まれている場所があるのに、何故予備スペースとは言え入口の横でやるんだ? などと疑問がいろいろと押し寄せてきたが、考えることを止めた。何故ならば、ビューヤンだから。当然のことだが、私は放尿しているビューヤンを無視して速攻で車をスタートさせた。帰りの車の中で、私は、今後、絶対に入口付近に車を停めないことにした(通勤用駐車場で停める場所は自由なので)。勿論、その場所を避けて通ることも心の中で固く誓っていた。


 翌日、会社に出社すると上司に呼ばれて「ペットにはそこら辺で糞尿しないように、躾ないと駄目だろ」と、怒られたが、「あれは私のペットでは無く、野良犬です。私ではどうしようもありません」というと、「そうだな」と上司も諦め顔になった。


 そんなわけで、ペットには正しい躾をお願いいたします。

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