うさみ と かなめ ②

 早来さきはその後も、何度も千歩ちほと一緒に帰った。

 最初は緊張気味だった千歩だが、次第に慣れていったらしく、今では普通に会話できるようになっている。


 早来は千歩と一緒にいるのが好きになっていた。


(なんか、癒されるんだよねぇ……。それに、話してても退屈しないし。……あとはやっぱり、センスだけかぁ……)


 早来は千歩の服装を眺める。彼女は今日も、流行から何周も遅れた格好をしていた。


(やっぱり、私がどうにかしないとダメか……。でも、自分で服を選ぶ楽しさも捨てたくないし……。うーん……そうだ!)


 早来は何かを思いつくと、早速行動に移すことにした。

 その日の昼休み。早来は千歩の席へと向かった。


「ねえ、かなめさん」


「あ、はい……。なんでしょう?」


 千歩は本を読んでいたが、声をかけられたことで顔を上げた。


「突然だけど、私とファッション対決してみない?」


「えっ?」


 早来の唐突すぎる提案に、千歩は目を見開く。


「あの、どういう意味ですか?」


「そのままの意味だよ。自分でコーディネートした服装を、SNSに投稿するの。それでお互いの評価が高かった方が勝ちって感じかな」


「……」


 早来の説明を聞いて、千歩は黙ってしまう。その表情には戸惑いの色が見える。


「……迷惑だった?」


 不安になって尋ねるが、彼女は首を横に振る。


「いえ、そんなことはないです。ただ、急に言われたものですから……」


「あー、それもそうか。じゃあさ、期間を一週間にして……。その間に何回も投稿して良いことにしよっか。勝敗は、私に1回でも勝てば要さんの勝ち。勝てなかったら私の勝ち。負けた方は、勝った方のお願いを1つ聞くってことで。どう?」


「……わかりました。でも、それだと宇佐美うさみさんの方が不利じゃないですか?」


「全然平気! これくらいハンデがないとね〜。……もしや要さん、自信ないとか? ふふん、まあ仕方ないかもね〜」


 わざと挑発するような口調で言うと、千歩の顔色が変わった。そしてムッとしたような顔をする。


「そんなことありません!……絶対に負けませんから!」


「おっ! やる気満々だね〜。よし、じゃあ決定だね。開始は次の土曜日からで!」


 早来は満足げに言う。そして「楽しみだなー」と言いながら、その場を離れた。


(作戦成功っ! これで要さんも、ファッションに気を使うようになるはず! まあ、私の勝利は確定だと思うけどね〜。なんてったって私だし)


 早来は上機嫌だった。良いアイディアが思い付いたことはもちろん、千歩にオシャレに興味を持ってもらうことにも成功したからだ。


(さてと、帰ったら早速準備しなきゃね)


 そう考えた早来は、ウキウキしながら自分の席に戻ったのだった。



 待ちに待った土曜日。早来は最新コーデに身を包み、自撮りをしていた。


「よっし! バッチリ撮れてる!」


 撮影が終わると、早来はスマホを操作して投稿した。すると、瞬く間にハートマークが付き始める。やがてコメント欄に、たくさんのメッセージが届いた。


『めっちゃ可愛い!』

『ヤバい!超似合ってる!!』


 などという好意的な感想ばかりである。それを見て、早来は思わずニヤける。


「えへへ〜♪」


 それからしばらくコメントを見ていると、千歩からの通知が来た。どうやら彼女も同じタイミングで投稿をしたらしい。早来はすぐに内容を確認した。


「どれどれ……」


 そこには、だいぶ地味な服装を着た千歩の写真があった。全体的に暗い雰囲気の印象を受ける。


「……うん」


 早来は思わず苦笑した。おそらく、どんな服を着れば良いのか迷っているうちに、こういう風になってしまったのだろう。


「まあ、最初ならこんなもんか」


 早来はそう呟くと、千歩に対して個人メッセージを送信した。


『要さん、おつかれ~。なかなか個性的なファッションだね』


 すると、すぐに返事が来る。


『お疲れ様です。自分なりに頑張ったつもりなので、そう言っていただけて嬉しいです』


 返事を見て、早来は思わず吹き出しそうになる。千歩は本当に真面目な性格をしているようだ。


(ふーん、そういうところも良いかも……)


 早来は素直にそう思った。それと同時に、ますます興味を持った。


(まぁ、私に勝つのは無理だと思うけど……)


 そう思いながら、早来は返信を打つ。


『そっかそっか。それじゃ、明日も頑張れ〜』


(さーてと、次はどんなコーデにしようかな?)


 早来は鼻歌を歌いながら、次の投稿について考え始めたのだった。



 次の日も、そのまた次の日も、早来と千歩はファッション対決を続けた。

 だが、相変わらず早来の圧勝であった。勝負が始まってから3日目の時点で、早来は早くも勝利を認めていた。


 しかしそれでも諦めずに、毎日のように投稿を続けている千歩に対し、早来は好感を抱いていた。


(ここまで来ると、逆に尊敬するわ……。ていうか、こんなに負け続けてよくへこまないよね)


 早来は感心していた。そして同時に、少し不思議でもあった。


(要さんって、どうしてここまで頑張るんだろ? 対決しようって誘ったのは私の方なのに……)


 千歩はずっと、自分に勝ちたいと願い続けているのだ。それはつまり、それだけファッションに興味があるということなのだろうか。


(まぁ、いっか! 勝敗はもう決まってるようなものだし、明日は新しく投稿しなくてもいいか~)


 早来はそんなことを考えながら、SNSの画面を閉じ、ベッドへ寝転がったのだった。

 それが後に裏目に出ることになるとは知らずに……。



 一週間続いたファッション対決も、とうとう最終日を迎えた。

 この日は休日ということもあり、早来は自室でゴロゴロ過ごしていた。


「あっ! そうだ、今日は最終日だった! 確認しないと!」


 早来は慌てて起き上がると、スマホを手に取った。そして、自分のSNSを確認する。開始から3日ほどで投稿を止めていたが、それなりに高評価を得ているようだ。


「よ~し! これなら大丈夫でしょ!」


 早来は満足げに笑うと、再び横になった。


「まぁ、結果は見えてるけど……要さんの投稿も見とかなくちゃね」


 そう言って、千歩のアカウントを表示する。だが、そこで早来の手は止まった。


「えっ!? ちょっ、嘘でしょ!?」


 早来は驚きの声を上げる。というのも、千歩の投稿した写真に、自分より多くのハートマークが付いているように見えたからだ。


(いやいや、私が負けるなんて……)


 早来は、千歩の投稿のコメント欄を開く。すると、やはり多くのコメントがついていた。


『レトロかわいい』

『一周回ってオシャレ!』


 など、好意的なものが多いように見える。


(そんなぁ~……)


 早来は頭を抱えた。すると、千歩から個人メッセージが届く。早来は震える手で、それを開いた。


『宇佐美さん、こんにちは。わたし、ついに勝ちましたよ! 約束通り、お願いを一つ聞いてもらいますね? 明日の学校で話しますので、楽しみにしててください』


 千歩の勝利宣言に、早来はショックを受けた。


(まさか、最後の最後で逆転されるなんて……)


 早来はしばらくの間放心状態になっていたが、何とか気持ちを切り替える。


(うぅ……仕方ないか……。こうなったら、私の持てる力を使ってでも、要さんの願いを叶えてあげよう!)


 早来はそう決意し、千歩に返事を送った。


『悔しいけど、私が言い出したことだから……。要さんのお願い、なんでも聞いちゃうよ!……あ、でも変なことだけはダメだよ?』


 送信を確認後、早来はため息をつく。


「はぁ……。油断しちゃったなぁ……。要さん、一体何を願うつもりなんだろ?」


 早来は不安を抱きつつ、眠りについたのだった。

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