うさみ と かなめ ③

 翌日。早来さきはいつもより早く学校に来ていた。千歩ちほからそうするよう頼まれたためだ。教室に入ると、すでに彼女は席に座って本を読んでいた。


「おはようございます、宇佐美うさみさん」


 千歩は顔を上げ、挨拶をする。


「おはよ〜……」


「あれ、元気ないですね?」


「まあね〜……」


「もしかして、昨日のことですか?」


「うん……」


 早来は小さく首を縦に振る。そんな彼女を気遣ってか、千歩は優しい口調で言う。


「心配しないでください。別に無茶なことを頼むわけじゃありませんから」


 その言葉を聞いて安心したのか、早来の顔色も良くなる。


「そうなの? 良かった〜」


 ホッとした様子の彼女に、千歩が微笑みかける。その表情を見た早来は、なぜかドキッとしてしまった。


「それで、お願いの内容ですけど……」


「あ、うん!」


 早来は我に返り、姿勢を正す。千歩はゆっくりと口を開き、お願いの内容を告げた。


「……今度、一緒に服を買いに行きませんか?」


「へっ……?」


 予想外の内容だったためか、早来は呆気あっけに取られてしまった。そして数秒ほど固まった後、ようやく頭が働き始める。


「えっと……要さんの買い物に付き合えば良いの?」


 早来が聞き返すと、千歩は視線を逸らした。頬が赤くなっているように見えたが、窓から差し込む太陽の光が反射しているせいかもしれない。


「……はい。やっぱり、こういうことは1人で決めるよりも、誰かの意見を聞きたいと思うんです。だから……」


 そこで一旦言葉を区切り、千歩は早来の目を見る。そしてはっきりとした声で言った。


「わたしと、デートしてもらえないでしょうか?」


「……えぇっ!?」


 今度はさすがに勘違いではない。早来は顔を真っ赤にしながら驚いた。千歩の方も恥ずかしくなったのか、再び目を背ける。


「あの……嫌なら断ってくれて構いません。無理強いするつもりはないので……!」


「いや、嫌とかじゃなくて……! なんで私なんかと……って思って……!」


 早来は慌てふためく。すると、千歩はうつむいて手を組んだりほどいたりしながら答えた。


「だって……宇佐美さんと一緒にいる時間はとても楽しいですし……。それに、もっと仲良くなりたいというか……。わたし、宇佐美さんのこと……ずっとオシャレだなって思っていたので……。だから、その……」


 段々と声が小さくなっていく。だが、早来にはハッキリと聞こえていた。


「つまり、わたしを宇佐美さんのコーデで染めてほしい……ということです……」


「そ、そういうこと……」


 早来は納得したように呟く。だが、内心ではドキドキしていた。


(そんな風に思ってくれてたんだ……)


 早来は嬉しく思うと同時に、千歩のことが可愛く見えた。


かなめさん、可愛い……。よし、決めた!)


 早来は覚悟を決めると、千歩に向かって言う。


「……わかった。要さんのために、全力でコーディネートしてあげるね!」


「ほ、本当に良いんですか……?」


 千歩は恐る恐るといった感じで尋ねる。


「もちろん! そういう約束だったもんね。要さんに似合う最高の服を選んでみせるよ!」


 早来は自信たっぷりに答える。それを聞いた千歩は、「ありがとうございます」と言って頭を下げた。


 こうして2人は、次の日曜日にデートをする約束をしたのだった。



「ねぇ、次はこれ来てみてよ!」


「わ、わかりました……」


 日曜日。早来と千歩は、駅近くの大型商業施設にあるファッションフロアにいた。早来が選んだ服に着替えるため、千歩は試着室に入っている。


(ふふっ♪ 私もこんな経験初めてだけど、結構楽しいかも! 要さんがどんな反応するかも気になるな~)


 早来はワクワクしながら待っていた。そして数分後、千歩が出てくる。


「ど、どうでしょう……?」


 千歩は緊張気味に聞いた。彼女の服装はというと、上は白のブラウスで下は紺色のロングスカートを合わせている。全体的に清楚せいそな雰囲気だ。


「わぁ……! 要さん、すっごく綺麗……!」


 早来は素直に褒める。千歩は照れたような笑みを浮かべながら、自分の姿を眺めていた。


(やっぱり、元がいいんだよね~)


 早来は改めて感心する。普段の服装が地味なため気づきにくいが、こうして見ると彼女は可愛らしい容姿をしているのだ。


「あ、あの……。そんなに見つめられると……ちょっと恥ずかしいのですが……」


 千歩はもじもじしながら言う。そこで早来は、自分がずっと彼女を見続けていたことに気づいた。


「あっ、ごめんね! あんまりにも可愛いかったから……あっ」


 思わず本音が漏れてしまい、早来は慌てて口を塞ぐ。しかし時すでに遅し。千歩は耳まで赤くなっていた。


「か、かわっ!?……もう、宇佐美さんったら!」


 千歩はポコポコと軽く叩いてくる。痛くはないが、少し申し訳なくなったので謝ることにした。


「ごめんってば~……」


 その後しばらくなだめ続けた結果、千歩は許してくれたようだ。まだ顔は赤いままだが、落ち着いたようでホッとする。


「……あの、宇佐美さん」


「ん、なに?」


「名前で、呼んでもらえませんか……?」


 千歩は遠慮がちに頼んできた。だが、早来は首を傾げる。


「えっ?……どうして急に?」


「いえ……せっかくのお出かけなので……。苗字はなんだか他人行儀な気がするというか……。あとは……その方が、距離が縮まるかなと思って……。ダメ……ですか?」


 上目遣いをしながら聞いてきたので、早来に断ることはできなかった。


「ううん……。全然ダメじゃないよ。むしろ大歓迎っていうか……嬉しいよ。……ち、千歩ちゃん」


 早来が名前を呼んでみると、千歩はぱぁっと笑顔になった。


「はい!……早来さん」


「えへへ……。なんだかこそばゆいね」


 早来は頬をきながら苦笑いをする。すると、千歩はクスッと笑ってから言った。


「そうですね。……でも、これからも名前で呼んでもらえると……その……嬉しいです」


「うん、そうだね! じゃあ、今日からはお互いに名前で呼び合おうか」


「はい! よろしくお願いします、早来さん」


「こちらこそ! ……千歩ちゃん」


 2人の距離は、確実に近付いていた。



 それから数時間後。早来と千歩はフードコートで休憩をしていた。


「はあ……。いっぱい買っちゃいましたね」


 千歩は満足げな表情で言う。彼女が手に持っている紙袋の中には、早来が選んだ服が入っていた。ちなみに、千歩が今着ているのも、早来がコーディネートしたものだ。


「うん! 千歩ちゃん、どれも似合ってたよ~!」


「ふふっ。早来さんのおかげですよ。わたし1人だったら、あんなにたくさん選べませんでしたから」


 千歩は嬉しそうに笑う。そんな彼女を見ていると、早来は自然と頬が緩んだ。


「良かった……。喜んでくれて……」


「はい。早来さんのセンスがとても良いおかげです」


「あはは……。ありがと……」


 面と向かって言われると、さすがに照れてしまう。早来は視線を逸らした。


「早来さん……? あ、ひょっとして照れてますか?」


「うぅ……。わかってても言わないの〜……」


 早来が抗議しようとすると、「すみません」と言いながら千歩がクスッと笑った。そして穏やかな口調で続ける。


「でも、早来さんとデートできて良かったです」


「うん、私も楽しかったよ! また一緒に行こうね!」


「はいっ!」


 早来の言葉に、千歩は大きく返事をした。そしてお互いの顔を見て微笑み合う。2人の間には、心地よい空気が流れ始めていた。

 そうして、その後も楽しい時間を過ごしたのであった。



 それからというもの、早来と千歩の関係はより親密になっていった。休み時間に一緒に話したり、放課後に遊びに行ったりするようになったのだ。


 クラスメイトたちも、2人が仲良しになったことに気付いているようだった。


 千歩を『カメちゃん』と呼んでいた早来の友人たちも、オシャレになった千歩に驚いていた。

 これには早来も満足したのだが、思った以上に人気が出てしまったため、若干困っている部分もあった。


 だが、「千歩ちゃんは、私のだもん……」という早来の呟きを聞いてからは、クラスメイトたちも気を遣うようになった。


「ほら、ウサは寂しいと死んじゃう生き物だから……」とは、早来の友人の言葉である。


 そんなこともありながら、早来と千歩は今日も仲良く過ごしている。


「見て、千歩ちゃん! この服可愛くない!?」


「わぁ……! 可愛いですね!」


「でしょ~! 絶対、千歩ちゃんに似合うと思うんだ!」


「そ、そんなことないですよ……!」


「いいや、似合う!……絶対に似合う!」


「あぅ……。お手柔らかに……お願いしますね?」


 そんな会話が、いつものように繰り広げられるのだった。


 これからも、2人は仲良く過ごすだろう。それはきっと、ずっと変わらないはずだ──。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る