うさみ と かなめ ③
翌日。
「おはようございます、
千歩は顔を上げ、挨拶をする。
「おはよ〜……」
「あれ、元気ないですね?」
「まあね〜……」
「もしかして、昨日のことですか?」
「うん……」
早来は小さく首を縦に振る。そんな彼女を気遣ってか、千歩は優しい口調で言う。
「心配しないでください。別に無茶なことを頼むわけじゃありませんから」
その言葉を聞いて安心したのか、早来の顔色も良くなる。
「そうなの? 良かった〜」
ホッとした様子の彼女に、千歩が微笑みかける。その表情を見た早来は、なぜかドキッとしてしまった。
「それで、お願いの内容ですけど……」
「あ、うん!」
早来は我に返り、姿勢を正す。千歩はゆっくりと口を開き、お願いの内容を告げた。
「……今度、一緒に服を買いに行きませんか?」
「へっ……?」
予想外の内容だったためか、早来は
「えっと……要さんの買い物に付き合えば良いの?」
早来が聞き返すと、千歩は視線を逸らした。頬が赤くなっているように見えたが、窓から差し込む太陽の光が反射しているせいかもしれない。
「……はい。やっぱり、こういうことは1人で決めるよりも、誰かの意見を聞きたいと思うんです。だから……」
そこで一旦言葉を区切り、千歩は早来の目を見る。そしてはっきりとした声で言った。
「わたしと、デートしてもらえないでしょうか?」
「……えぇっ!?」
今度はさすがに勘違いではない。早来は顔を真っ赤にしながら驚いた。千歩の方も恥ずかしくなったのか、再び目を背ける。
「あの……嫌なら断ってくれて構いません。無理強いするつもりはないので……!」
「いや、嫌とかじゃなくて……! なんで私なんかと……って思って……!」
早来は慌てふためく。すると、千歩は
「だって……宇佐美さんと一緒にいる時間はとても楽しいですし……。それに、もっと仲良くなりたいというか……。わたし、宇佐美さんのこと……ずっとオシャレだなって思っていたので……。だから、その……」
段々と声が小さくなっていく。だが、早来にはハッキリと聞こえていた。
「つまり、わたしを宇佐美さんのコーデで染めてほしい……ということです……」
「そ、そういうこと……」
早来は納得したように呟く。だが、内心ではドキドキしていた。
(そんな風に思ってくれてたんだ……)
早来は嬉しく思うと同時に、千歩のことが可愛く見えた。
(
早来は覚悟を決めると、千歩に向かって言う。
「……わかった。要さんのために、全力でコーディネートしてあげるね!」
「ほ、本当に良いんですか……?」
千歩は恐る恐るといった感じで尋ねる。
「もちろん! そういう約束だったもんね。要さんに似合う最高の服を選んでみせるよ!」
早来は自信たっぷりに答える。それを聞いた千歩は、「ありがとうございます」と言って頭を下げた。
こうして2人は、次の日曜日にデートをする約束をしたのだった。
◆
「ねぇ、次はこれ来てみてよ!」
「わ、わかりました……」
日曜日。早来と千歩は、駅近くの大型商業施設にあるファッションフロアにいた。早来が選んだ服に着替えるため、千歩は試着室に入っている。
(ふふっ♪ 私もこんな経験初めてだけど、結構楽しいかも! 要さんがどんな反応するかも気になるな~)
早来はワクワクしながら待っていた。そして数分後、千歩が出てくる。
「ど、どうでしょう……?」
千歩は緊張気味に聞いた。彼女の服装はというと、上は白のブラウスで下は紺色のロングスカートを合わせている。全体的に
「わぁ……! 要さん、すっごく綺麗……!」
早来は素直に褒める。千歩は照れたような笑みを浮かべながら、自分の姿を眺めていた。
(やっぱり、元がいいんだよね~)
早来は改めて感心する。普段の服装が地味なため気づきにくいが、こうして見ると彼女は可愛らしい容姿をしているのだ。
「あ、あの……。そんなに見つめられると……ちょっと恥ずかしいのですが……」
千歩はもじもじしながら言う。そこで早来は、自分がずっと彼女を見続けていたことに気づいた。
「あっ、ごめんね! あんまりにも可愛いかったから……あっ」
思わず本音が漏れてしまい、早来は慌てて口を塞ぐ。しかし時すでに遅し。千歩は耳まで赤くなっていた。
「か、かわっ!?……もう、宇佐美さんったら!」
千歩はポコポコと軽く叩いてくる。痛くはないが、少し申し訳なくなったので謝ることにした。
「ごめんってば~……」
その後しばらく
「……あの、宇佐美さん」
「ん、なに?」
「名前で、呼んでもらえませんか……?」
千歩は遠慮がちに頼んできた。だが、早来は首を傾げる。
「えっ?……どうして急に?」
「いえ……せっかくのお出かけなので……。苗字はなんだか他人行儀な気がするというか……。あとは……その方が、距離が縮まるかなと思って……。ダメ……ですか?」
上目遣いをしながら聞いてきたので、早来に断ることはできなかった。
「ううん……。全然ダメじゃないよ。むしろ大歓迎っていうか……嬉しいよ。……ち、千歩ちゃん」
早来が名前を呼んでみると、千歩はぱぁっと笑顔になった。
「はい!……早来さん」
「えへへ……。なんだかこそばゆいね」
早来は頬を
「そうですね。……でも、これからも名前で呼んでもらえると……その……嬉しいです」
「うん、そうだね! じゃあ、今日からはお互いに名前で呼び合おうか」
「はい! よろしくお願いします、早来さん」
「こちらこそ! ……千歩ちゃん」
2人の距離は、確実に近付いていた。
◆
それから数時間後。早来と千歩はフードコートで休憩をしていた。
「はあ……。いっぱい買っちゃいましたね」
千歩は満足げな表情で言う。彼女が手に持っている紙袋の中には、早来が選んだ服が入っていた。ちなみに、千歩が今着ているのも、早来がコーディネートしたものだ。
「うん! 千歩ちゃん、どれも似合ってたよ~!」
「ふふっ。早来さんのおかげですよ。わたし1人だったら、あんなにたくさん選べませんでしたから」
千歩は嬉しそうに笑う。そんな彼女を見ていると、早来は自然と頬が緩んだ。
「良かった……。喜んでくれて……」
「はい。早来さんのセンスがとても良いおかげです」
「あはは……。ありがと……」
面と向かって言われると、さすがに照れてしまう。早来は視線を逸らした。
「早来さん……? あ、ひょっとして照れてますか?」
「うぅ……。わかってても言わないの〜……」
早来が抗議しようとすると、「すみません」と言いながら千歩がクスッと笑った。そして穏やかな口調で続ける。
「でも、早来さんとデートできて良かったです」
「うん、私も楽しかったよ! また一緒に行こうね!」
「はいっ!」
早来の言葉に、千歩は大きく返事をした。そしてお互いの顔を見て微笑み合う。2人の間には、心地よい空気が流れ始めていた。
そうして、その後も楽しい時間を過ごしたのであった。
◇
それからというもの、早来と千歩の関係はより親密になっていった。休み時間に一緒に話したり、放課後に遊びに行ったりするようになったのだ。
クラスメイトたちも、2人が仲良しになったことに気付いているようだった。
千歩を『カメちゃん』と呼んでいた早来の友人たちも、オシャレになった千歩に驚いていた。
これには早来も満足したのだが、思った以上に人気が出てしまったため、若干困っている部分もあった。
だが、「千歩ちゃんは、私のだもん……」という早来の呟きを聞いてからは、クラスメイトたちも気を遣うようになった。
「ほら、ウサは寂しいと死んじゃう生き物だから……」とは、早来の友人の言葉である。
そんなこともありながら、早来と千歩は今日も仲良く過ごしている。
「見て、千歩ちゃん! この服可愛くない!?」
「わぁ……! 可愛いですね!」
「でしょ~! 絶対、千歩ちゃんに似合うと思うんだ!」
「そ、そんなことないですよ……!」
「いいや、似合う!……絶対に似合う!」
「あぅ……。お手柔らかに……お願いしますね?」
そんな会話が、いつものように繰り広げられるのだった。
これからも、2人は仲良く過ごすだろう。それはきっと、ずっと変わらないはずだ──。
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