うさみ と かなめ

夜桜くらは

うさみ と かなめ ①

 宇佐美うさみ 早来さきは、オシャレな今時の女子高生だった。いつだって流行の最先端を行く彼女は、今日も自分のコーディネートをSNSに投稿する。


「これ、絶対イケてるっしょ」


 自撮りした写真と共に呟かれた言葉には、多くのハートマークが付き、コメントが付く。それはどれも、彼女のセンスを称えるものばかりだ。


「みんな褒めすぎー」


 そう言いながらも嬉しそうな顔をしている早来は、ふと時計を見る。


「やば! そろそろ行かないと遅刻じゃん!」


 そう言うと慌てて立ち上がり、部屋を出る。そしてそのまま、小走りで学校へと向かった。



 教室に入ると、いつものようにクラスメイトたちが挨拶をする。ちなみに、早来の通う学校は女子校だ。


「おはよう、ウサ」


「おはよー」


 早来もまた笑顔でそれに返す。すると今度は別の女子から声をかけられた。


「ウサ、今日の髪型いい感じじゃん」


「マジ? ありがとね」


 そんな会話をしながら席に着く。それからスマホを取り出して、またSNSを開いた。

 今朝投稿した写真に付けられたコメントを見てみる。相変わらず好意的なものがたくさん送られていた。


「まあ、当たり前だけどね」


 そう呟きつつ、スマホを机の中へしまい込む。

 しばらくすると担任の教師が入ってきて、朝のホームルームが始まった。といっても、連絡事項などはほとんどなく、すぐに終わる。


 その後の授業では特に変わったことはなく、時間は過ぎていった。

 そして昼休みになる頃には、生徒たちはそれぞれ仲の良いグループに分かれて昼食を食べ始める。

 早来も友人と一緒に弁当を食べるため、椅子を寄せ合うようにして座った。


「ウサー、最近どう?」


「え、何それ。どういうこと?」


 唐突な質問に首を傾げる早来。しかし相手は構わず続ける。


「彼氏だよ、カレシ」


「んー……まだいいかなぁ」


 少し考える素振りを見せながら答える。すると、他の友人たちからも次々と声が上がった。


「なんで? 作らないの?」

「好きな人いないんだっけ?」


「うん。特別に、誰が好きとかはないかな……。ほら、やっぱり今はそういうのより、オシャレしてる方が楽しいっていうか」


 早来の言葉を聞いて、周りにいた友人たちは残念そうな顔を見せる。だが次の瞬間には、「まぁ、ウサらしいといえばウサらしいよね」「うん、そうだね」という結論に至ったようだ。


 その後しばらくは他愛のない話が続いた後、話題は恋愛話からファッションの話へと移っていく。


「そういえばこの前、新しいワンピース買っちゃってさー」

「わかる! めっちゃ可愛いヤツだよね!」

「ホント!? あれ超可愛かったんだよねぇ〜」


 などと盛り上がっているうちに、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。彼女たちは談笑しながらそれぞれの席へと戻っていった。



 放課後になると、生徒たちは思い思いの時間を過ごす。部活に行く者、家に帰る者と様々だ。


 そんな中、早来もまた帰り支度をしていた。特に部活にも入っていない彼女は、友達との約束がなければ帰宅部である。


「じゃあね、ウサ」

「バイバーイ」

「また明日ー」


 挨拶を交わした後、友人たちとは校門の前で別れた。

 一人になったところで、早来は帰路につく。


(今日は何しようかな)


 頭の中で考え事をしつつ歩いていると、視界の先に見覚えのある人物が映った。


(あ……あの子……)


 それは同じクラスの女子生徒だった。名前は確か、かなめ 千歩ちほといったはずだ。


 彼女は流行からはやや外れた服装をしており、髪も染めていない地味なタイプだ。大人しく目立たない印象で、クラスの中でもあまり目立つ存在ではなかった。

 とはいえ、別にいじめられているだとか、そういうわけではない。彼女にも友人がいることは知っているし、時折楽しそうにしている姿を見たこともある。


 そんな彼女は、早来に気づくことなく歩いていく。その背中を見ながら、早来はぼんやりと考える。


(なんか、パッとしなくない?)


 それが彼女の第一印象だった。


(もっとこう、派手にしてもいいと思うんだけどなぁ。まあ私みたいにするのは無理だろうけど……)


 そこまで考えた時、ふと疑問が浮かぶ。


(……ていうか、どうして私はあんな子が気になってるんだろ? 今まであんまり意識したことなかったし、接点もなかったはずなのに……)


 考えてみても、答えは出ない。


(うーん……まあいっか! とりあえず話しかけてみよっと)


 そう決めた早来は、彼女の後を追うことにした。



「ねえ、ちょっといい?」


 早来が声をかけると、千歩は驚いたような表情を見せた。それから不思議そうな顔をする。


「えっ? わ、わたし……ですか?」


「うん。いきなりごめんね。あなた、要さん……だよね? 名前合ってる?」


「はい……」


 戸惑いながらも返事をする彼女を見て、早来は内心ホッとした。もし間違っていたらどうしようと思っていたのだ。


「よかった。それでさ、一つ聞きたいことがあるんだけど」


「はい……なんでしょうか?」


「あなたのこと、教えてくれない?」


「……へっ? あ、いえ、その、すみません。言っている意味がよくわからないんですが……」


 突然の質問に対して、千歩はますます困惑した様子を見せる。当然の反応と言えるかもしれない。


「まあまあ、そう言わずに。ね、お願い」


 早来は笑顔を浮かべると、両手を合わせて懇願するように言った。すると、その勢いに押されたのか、おずおずと話し始める。


「えと……何を聞きたいんでしょう?」


「んーとねぇ、まずは趣味とか好きなものとかさ。あと家族構成とか。あとは誕生日とか血液型とか?」


「ええぇ〜?」


 次々と飛び出す質問に対し、思わず声を上げる千歩だったが、それでも律儀に一つ一つ答えていく。


「えっと……趣味は読書です。好きなものは……」


 真剣な表情で考えている様子を見ながら、早来はワクワクしていた。こうして誰かのことを深く知ろうと思えるなんて、初めてのことだった。


「そうなんだ……ありがとね! それじゃ、今度は私の番だ。えーっと、私は……」


 そして早来は、自分のことを話し始めた。好きな食べ物や音楽、ファッションなど、様々なことを語る。

 その間、千歩はずっと驚いたり感心したりといった反応を見せていた。


 そして話が終わる頃には、すっかり打ち解けていた。


「あっ! もうこんな時間じゃん! ごめんね、遅くまで……」


 早来はスマホを取り出して時刻を確認する。いつの間にか、かなり時間が経っていたようだ。


「大丈夫ですよ。それより、楽しかったです」


「ホント? なら良かった」


 2人は笑い合う。そして同時に思った。


(この子と仲良くなりたいなぁ……)


 それからすぐに別れることになったのだが、連絡先を交換することで話はまとまった。


「それじゃ、またね」


「はい、さようなら」


 そう言って手を振り合うと、それぞれの家に向かって歩き出した。



 翌日。早来は教室に入ると、真っ先に千歩の元へと向かう。


「おはよう!」


 元気よく挨拶すると、彼女は少し戸惑った様子を見せつつも「……お、おはようございます」と返してくれた。


「昨日はありがとう。おかげですごく楽しい時間だったよ」


「そ、そうなんですか?」


「うん。だからさ、今日も一緒に帰らない?」


「えっ!?」


 早来の提案に、千歩は驚く。だが、嫌というわけではなかったようで、少し迷った後に小さくコクリとうなずいた。


「やった! じゃあ決まりね!」


 嬉しそうな顔で笑うと、早来は自分の席へと戻る。すると、友人が声をかけてきた。


「えー、なに? ウサ、あのカメちゃんと話してたの?」


「え? カメって……」


「あ、知らない? 要さんのあだ名だよ」


「へぇ……」


「うん。苗字からとったのもあるけど……。彼女、見ての通り地味でしょ? それで、流行遅れの亀みたいな子だって」


 友人の言葉を聞いて、早来は納得すると同時に、少し複雑な気持ちになる。


(あー、そういうこと……)


 早来は改めて千歩の方を見る。すると彼女と目が合った。すると、恥ずかしそうに目を逸らす。


(確かに、服装はちょっとダサいけど……)


 そう思いつつ、早来は考える。


(でも……)


 早来はニコッと笑って千歩に手を振った。千歩は戸惑いながらも同じように返す。


(良い子だと、思うんだけどなぁ……)

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