勇者のしもべ

 地上に出た瞬間、何かの魔法が飛んできた。反射的に光の盾をかざすと、その術式は盾の魔力に反応して跳ね返る。


『ああ、あの子、まだあきらめてなかったのね』

 光の精霊のちょっとため息交じりの声がやけに気にかかった。


 その様子は少し棚上げして周囲を見渡すと、そこは自分にとってはつい昨日、勇者と魔王の相討ちを見届けた戦場だった。


「うーわー……」

 自分の記憶より湖のサイズが倍くらい大きくなっている。当時の魔王の自爆魔法はすさまじい余波をまき散らしていた。それこそ巨大なクレーターもできていた。

 百年の時が過ぎ去ったことをいやおうなしに感じさせる光景は、天涯孤独の身になったことを自覚する。

 ツンと鼻の奥に違和感を感じ、目じりがにじんだ気がした。


『ふむ、あちらから何かが近づいてきておるな』

『ええ、先ほどの探知魔法を使った者ね』

『しらじらしいであろうが。あれは貴様の眷属であろう』

『んー、ほら、勇者を癒すことに手いっぱいになっていたでしょう?』

『ああ、うむ』

『だからわたくしの方から一度契約を解除しているの』

『ふむ、ということはあ奴は100年の長きにわたって貴様を探していた、ということか?』

『そういうこと、よねえ。根性だわあ』


 北の方角から巨大な魔力の波動が近づいてくる。さっきの探知魔法を乱打して最短距離を翔けているようだ。

 最初はただの点だったのが徐々にその輪郭が見えてくる。それは……巨大なドラゴンだった。


「主様あああああああああああああああああああ!!」

 半泣きの声で叫びまくるその姿は魔獣の王とは思えない有様だ。

 周囲をぐるぐると飛びながら視線をあちこちに向ける。同時に範囲を絞った探知魔法を乱射している。そうなればいつかは魔法が命中し、直後、ドラゴンの目線は俺を真正面に捕らえた。


「みぃつけたぁ」


 背筋にぞわっと悪寒が走る。だめだ、あれは何と言うか近寄ってはいけないものだ。

「うわあああああああああああああああ!」

 よくわからない危機感に後押しされて、今まで使ったこともないような魔法を発動させる。

『飛行呪をいきなり使えるとか、今代の勇者は才が豊かなのねえ』

『ふむ、魔法タイプ勇者か、肉弾魔王とは相性が悪いのう』

『あらまあ。よく見るとあの子、代替わりしたのね』

『確かに百年前の戦いでは勇者の側にはいなかったな』


「ぬわああああああああああああああああああああ!!」

「追いかけっこですね主様、かしこまりましたああああああああああああああ!」

「いーやあああああああああああああああああああ!!」

「あはははははははははははははははは!!」


『あれ、なにか楽しそうねえ』

『うむ、そういえば黒き獣はどうなったのかのう?』

『ふふふ、勇者の魔力を感じ取ってこっちに向かってますわよ?』

『ほほう……? おお、確かにおるな!』


 すぐそばで話しているかのような精霊たちの会話から、もう一体これと同じようなのが近づいていることを知った。

「貴様! 白き者よ。我が主に害をなさんとするか!」


 地面からすさまじい速さで跳躍してきた黒き獣。四足歩行の獣のように見えたが宙を蹴るような動きで空を駆け巡る。


「邪魔するな! あとこの方は勇者だぞ! 魔王なんかじゃない!」

「嘘をつくな! この方から魔王の波動を感じるのだ!」


 二体が争い始めたスキを突いて離脱しようとしていたが、それぞれの眼が俺を捉える。逃げられねえ。


「どういうこと!?」

「何が起きたの!?」


『勇者のしもべよ。落ち着くのです』

『あー、魔王の眷属よ。我の声を聞け』


 それぞれの精霊のもとにドラゴンと獣が向かい、事情をの説明を受けた。


「えーと、そんなことあるんですねえ」

「確かに気高き黒き魔力と共に忌々しき勇者の魔力を感じる」

「「と、いうわけで」」

「あっはい」

 

 ……諦めて契約を結ぶことになった。


「主様、コンゴトモヨロシク」

「我が主よ、我が牙にかけ、貴方の敵を斬り裂いて見せましょう」


 うん、いやな予感しかしない。その予想は外れることなく、これから怒涛の如く、俺はトラブルに巻き込まれていくのだった。

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