呼び声

 夢を見ている。なぜそうとわかるかって? そりゃあ、空の上から自分自身を見ているなんてことは夢でもなければあり得ないだろう。


 勇者候補生。それが偵察兵になる前の自分の肩書だ。幾多の訓練を経て、俺は古いから落とされた。

 そして丘の上から見下ろしていた戦い。運命の天秤の傾き方によっては自分があの場で剣を振るっていたかもしれなかったわけだ。

 それでも聖剣はあいつを選んだ。今になって思えば、魔王と相討ちで自爆なんて目に遭わなくて済んだのは幸運だったんだろう。


 聖王国は勇者の建てた国らしい。同じく魔王率いる魔国もそうだと教わった。

 勇者は聖剣によって選ばれ、魔王もおそらくは同じだという。剣を握り締めた瞬間に戦いを嫌っていた気弱な魔族の青年が戦闘狂のごとく豹変したらしい。


 そうしてふと思い当たった。自分のいる王国についてはわかる。しかし魔国や魔王継承の際の話は誰から聞いた?

 そもそも俺は一回の兵士だ。それこそ国の秘密などを知ることなんてできない。

 疑問符が頭の中を埋めていく。


『汝、名を名乗りなさい』

『勇者よ、名を我に捧げるのです』

『新たなる魔王よ、その名を世界に向け告げるのだ』


 その声はどこから聞こえるのかもわからない。ただ、耳元で囁かれるように、遙か虚空より響くように、はっきりと俺の耳に届いていた。一つは優しい女性の声、もう一つは威厳を感じる男性の声。

 その二つの声は俺に呼びかける。


『さあ、勇者よ』

『さあ、魔王よ』

『『汝が目覚めのときは来たれり』』


 その声に応えるように意識が浮上していくのを感じる。そして目を開くとうすぼんやりと光る洞窟の中だった。


「うう……」

 声を出そうとしてうめき声にしかならなかった。まるで長い時間声を発していなかったような感覚だ。

 身体を動かそうと身を起こすと、ばさりという音を立てて軍服が崩れ落ちた。


「はぁ!?」

 驚きのあまり大声が出た。それでも先ほどの違和感は感じていない。なんだったんだろうか?


 ボロボロと服が崩れ落ち、一糸纏わぬ姿で立ち上がる。

「えーと……どういうことなんだろうか?」

 周囲にだれもいないことはわかっているが声に出すことで自分を落ち着かせようとする。

『目覚めたか』

 夢の中で聞いた声がした。

「うぇ!?」

 目の前には真っ黒な魔力の塊のようなものが浮かんでいる。


『おお、勇者よ。ついに長き時を経て降臨したことを喜びます』

 純白の魔力の塊が俺の肩に乗っていた。目を凝らすとそこには人の頭ほどの背格好で白い人影が浮かんでいる。髪の長い女性のような姿だ。


 もう片方もよく目を凝らすと、壮年の男性が腕組みをしているようだった。


「え……あなた方は?」

『ふふ、勇者よ。わたくしは貴方を守護するもの』

『ふん、こんなのと一絡げとは気に喰わんが、我は汝を守護する者だ。我が魔王よ』


 再び頭の中を疑問符が埋め尽くす。なにを言ってるんだこいつらは? 勇者? 魔王?

 そもそも俺は一介の兵士だ。そんなたいそうなもんじゃない。


『ですが貴方がそう望んだのでしょうに』

『うむ、勇者も魔王も超えていくものと名乗ったではないか』

『『故に我らを同時に宿したのです』』


「……ああ、確かにそう言ったさ。ってまさか本当に?」


『わたくしを身に宿すことによって人は勇者となるのです』

『我を宿すことで魔王としての力を得るのだ』


 なるほど。これが選定の正体か。それは良いとして、たった今浮かんだ疑問を口にしてみた。


「ところで、お二人の力を同時に宿した人っているんですかね?」

『おりません』

『おらんな』

 異口同音に同様の返答が返ってきた。どうやらそういうことらしい。


『故にわたくしは初めて未来への希望を見ております』

『我もである。何しろ初めてのこと故な。汝の身にに力が馴染むまで100年を要したぞ』

「へ?」

『うむ、なにしろ注ぎ込まれた力に体が耐えきれず崩壊したからな』

『ええ、あの時は驚きました。無理やりわたくしの力で身体を再構築しましたが……』

『うむ、我の権能は破壊ゆえにな』

『守護と癒しの権能を司るわたくしのおかげよ?』


 いろいろぶっ飛んだ話を聞かされて考えがまとまらない。それでも一つだけ俺にできたことは……。


「なんじゃそりゃああああああああああああああ!!!」


 叫ぶことだけだった。

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