トコトコさん(小説家になろう公式企画「冬童話2023 ぬいぐるみ」参加作品)

「やれやれ、」


さっき休んだばかりなのに、トコトコさんはまた立ち止まってしまった。


「まだ、日が上ったばかりですよう」

「すまんねえ」


なるべく早く、森にとうちゃくしたいのだ。


「朝ごはんもちゃんと食べたのに」


紙ねんどのパンと、絵の具のコーヒー。

まなちゃんがつくってくれたお弁当だ。

トコトコさんの背負っている赤いリュックの中に入っていた。


「よっこらせ」


立ち上がったトコトコさんの手のひらには白い糸のぬいあとが見える。まなちゃんのお母さんが、「白い糸しかなくて、ごめんね」と、あやまりながらほつれを直してくれたところだ。


「ひとりでの遠出は、はじめてでね。


 よし、もう少し」


「がんばって」


トコトコさんは、耳のたれた黒い犬のぬいぐるみ。まなちゃんといつもいっしょ。


だけど、今日はこうして朝早くから森をめざして歩いている。


どうしてかというと。


「むりをしないで、ぼくのせなかにのった方がいいよ」


「そうさせてもらおうかねえ」


ぼくは、赤いダンプカーのミニカーだ。電池もまだまだある。


「らくちん、らくちん」


トコトコさんは、ぼくの荷台にのって、コーヒーをひとくち。


「さいしょから、こうすればよかったね」


「いやなに、はじめて自分で歩くことができたのが、めずらしくてね」


ぼくのタイヤはこないだまなちゃんに取りかえてもらったばかりだから、少しのでこぼこ道も平気だ。昨日もどこを走ってもへっちゃらだった。


「森へ行こう」


森、と言っても、こんな町内で? と、みんな不思議に思うかもしれない。


だけど、それは、人間の目の高さからのはなし。


ぼくたちおもちゃにとっては、星町公園の植え込みが、じゅうぶんに〈森〉だ。


「わしの鼻では、きっとあすこなんだな。

だけど、うまく伝えられなかった」


ぼくたちは、昨日まなちゃんがスケッチブックにチューリップをかいたときになくなった、黄色のクレヨンをひろいにいくところだ。


なにかしてあげたい。


そう思ったときに、ぬいぐるみでも、動けるようになることがあるらしいよ。


「あれ」


朝早くから、人間はいるもんだなあ。


散歩をしているおじいちゃんとおばあちゃん。


新聞配達のオートバイ。


駅に向かう制服の人、スーツの人。


すれちがいそうになるたびに、ぼくらは物かげにかくれた。落とし物とまちがわれ拾われたら、森に行けなくなるからね。


「おはよう」


中学の制服を着たふたりがあいさつしてる。朝からとなり町に、部活の練習試合に行くみたい。


「こりゃ気をつけないと、見つかってしまうなあ」


ぼくも、静かにそろそろと走っている。


「ふう」


森の近くのベンチで、朝ごはんを広げている人がいる。


「ふう」


その隣で、コーヒーを飲んでいる人がいる。


「よかったね」


それだけ言って、またそれぞれサンドイッチを食べたり、コーヒーを飲むことに戻った。


「あ、看護師さんだ」


トコトコさんは、まなちゃんが病院に行くときもついていくので、知っているみたいだ。


「きっと、お勤めの帰りなんだろうね」


人間は、ずっと働いているんだなあ。


ぼくたちは、見つからないように少しずつ森に近づいていった。


あった。


「わしの鼻は、まだまだきくねえ」


トコトコさんがひろいあげて、またぼくの荷台に戻った。


   * *


「あれ? どうして?」


起きたばかりのまなちゃんは玄関で、びっくりしていた。


「公園で、サイトウさんが見つけてくれたんだよ」


「ちょうどそこに、散歩で通りがかってね」


夜勤帰りのサイトウさんが、見つけてひろって。


そこに、毎朝散歩で公園の中を歩くタナカさんのおじいちゃんとおばあちゃんが来て。


「ありがとう」


ダンプカーのダンキチと、トコトコさんが、無事に届けられた。


「ゆうべはいたと思ったのになあ。

公園にわすれて、ごめんね」


トコトコさんは、黄色のクレヨンをだっこしていた。


「黄色のクレヨン、あったんだ」


日曜日の朝の出来事です。


(小説家になろう公式企画「冬童話2023 ぬいぐるみ」参加作品)

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