猪突猛進のオールバック 11



その生物は稲妻のように彼等の目の前に現れた。


自然界には存在し得ない激しいピンク色の髪が警告色のようにカムナ達の目に焼き付き、下顎からはみ出る二本の鋭く巨大な犬歯はその生物の獰猛さと人間への本能的な殺意を表している。


「サルシャ デメッド……いや、近衛壱与はどこだ?」


そうカムナ達に語った生物『エボル』は彼等の顔を見ると同時にまるで数年振りに知り合いに会ったかのような顔をした。


「というかどっちでもいいか。名前なんて個体の違いが分かりゃどーでも良いし」


基地内にはアラートが耳をつんざくようなアラートが鳴り響き、それを聴いた基地内のCVO隊員達が続々とエボルの方に向かった。


「やあやあ、二人とも。ちゃんと来たぜ?」


エボルは爽やかな笑顔と共に俺たちにそう言った。


「いやあ、あのあと大変だったんだよ?

代田会弦にボロッボロにされた身体をなんとか修復してさぁ。

そのあと八木カムナとサルシャ デメッドがどこ行ったか分かんなくてとりあえず関係ありそうな奴に一人ずつ聴いてったんだけどアイツらときたらホント喋んないんだよねぇ。

まぁ目の前で家族を一人ずつ『感染』させていったらポックリ吐いたけど。

そしたら八木カムナとサルシャ デメッドが四月まで僕を待ってくれるって知ってさぁ。

こんなに望まれてるのなら僕も行くしかないじゃん?

だから来てあげたよ。

代田会弦がいない絶好のこの機会にね」


ナルシスティックに話すその姿にカムナは顔をしかめる。


「その髪…」


エボルの髪型はその身体が生前最後にセッティングしていたオールバックであった。


「おー気づいた?

この身体クロムウェルの晴れ舞台だからセットしたんだ。

だってそうだろう?

守っていた主人を自分の手で殺すんだからさぁ」

「………」


カムナは懐から注射器を乱暴に取り出した。


「へぇ、USアンダースーツを使えるようになったのか。

物騒だなぁ。

やめてくれよ君と戦うつもりはないんだって、ただ俺はサルシャを殺せって『命令』されただけなんだ。

ま、余裕があれば君も攫ってくつもりだけど」


エボルは首を折った隊員の髪の毛を掴み、無造作に放り投げる。 


カムナの息は荒くなり、手脚の末端は震えだした。 

だがそれは怒りだけのものでは無い。

目の前にいる圧倒的存在に対する根源的恐怖。

人類が久しく忘れていた狩られる側の気持ち。

カムナは今、それに直面していた。


「ハアッ!」


運動場で訓練をしていた隊員の一人がエボルに飛びかかる、それに続くように他の隊員もエボルに攻撃した。

訓練中であった彼等にUSは無い。

それでも、CVOとしての責務を果たす為目の前のヴァイラスに立ち向かっていた。


エボルはそれをめんどくさそうに一人ずつ対処しその身体能力で隊員を一人ずつ葬っていく。


「八木さん!?今どこに?」


カムナの左腕からサルシャの声が発され、目の前のエボルに意識の全てを向けていたカムナはハッと自分の左腕を見る。

連絡用にCVOから借りていたタスプレイにサルシャから通話がかかってきたのだ。


「今は第一運動場だ。リスキィと…俺の目の前にエボルがいる。」

「っ……私も向かいます。」


タスプレイの向こうからガサゴソと準備する音が聞こえる。


「いや、サルシャはそのままCVOの人と隠れててくれ。」


カムナは目の前のヴァイラスを睨む。

まだエボルは多数のCVO隊員と戦っていた。

が、どの隊員もそのパワーと理不尽なスピードに手も足も出ていない。


「……それは、私がABC症だからですか?

私がUSを使えないから、ヴァイラスとの戦いには参加するなと?」


怒り口調でそう言ったサルシャだったが、その声色の奥底には、ほのかに悲しみの感情が沈んでいる。


「…ああ、そうだ。

エボルの狙いは最初からサルシャだ。

あいつの考えは知らないけど俺のことはもののついでに攫おうとしてるだけだと思う、だからお前の居場所がバレればエボルは真っ先にお前を殺しに行く。

それだけは駄目だ」

「だからって…」


サルシャの声は震えていた。


「なあ、サルシャ」

「…なんですか?」

だ。」

「!」


しばしの無言の後、サルシャは何かを悟ったのか口を開いた。


「…分かりました、は隠れておきます。頼みましたよ。」

「任された。」


通話終了の音が鳴り、カムナは注射器のトリガーに指をかけた。


「リスキィ、USは?」

「まだ打っていないよ。君達の会話の方が気になってね。

のこともあるしね。」


リスキィも注射器を取り出し、ほとんど吸った葉巻きを吐き捨てグリグリと揉み消した。


「リスキィ、俺に作戦がある。

同時に行くぞ、USを入着したらすぐに触手を展開してくれ。」

「心得たよ八木少年。君に乗ろうじゃないか。」


リスキィは着ていたトレンチコートをバサリと脱いだ。

中に着ているセーターのデザインによって純白の背中が露わになる。


「あのクソ野郎に、我々の力を見せてあげよう」


カムナは左手首に、リスキィは首の僅かに浮き出る血管に注射針を添えた。


「US『ヴィトリス』」

「US『クィーンズ』」


プスリと、二人はトリガーを引いた。


二人の身体にUSが根を張るように浸透していく。


USが全身に行き渡ったと両方とも実感したその瞬間、リスキィは触手を展開し、カムナは右手に力を込め己の中にいるヴァイラスの力を引き出した。


通常カムナが能力を使用した場合、カムナの身体より体重の重いエボル…すなわちクロムウェルの身体に能力を使えば、カムナはエボルの身体に引き寄せられる。


だが、カムナは代田やリスキィ、そして定期的にチューニングしに基地に来ていた紅宮などの協力もあり『トト』の能力の分析をする事で自分より重いものを引き寄せる術を編み出していた。

その方法とは…


「よっこらせっ!」

「へ?」


カムナは左腕でリスキィをヒョイと持ち上げ、黒色に染まる右腕でエボルを引き寄せる動作をした。


そう、服やカバンなど、自分に負担がかかる物の重さは自分の体重として判定されることに気づいたカムナは、適当な重そうな物を持って重さの上下を入れ替えるという技を思いついたのだった。


「何だ?」


まさか自分が引き寄せられると思っていなかったエボルは為す術も無いままカムナへと引き寄せられる。

予想外の攻撃にエボルはカムナに本能的な敵意を向けた。


向けてしまったのだ。


リスキィをカムナが持ち上げているということは密着しているということである、リスキィのUS『ヴィトリス』の触手はその敵意を自らに向けられたものだと認識した。


触手の矛先がエボルへと向けられ、飛んできたエボル自体を攻撃と認識し迎撃する。

触手はエボルの四方八方から攻撃を仕掛け、その一部はエボルの運動エネルギーを巧みに相殺する。


宙に浮いたまま触手に囲まれたエボルは地に降りることも出来ず、地面を踏み出す事で加速する己の能力を発動出来ない。


「チッ…」

「突然持ち上げられた時はびっくりしたが、よくやったじゃないか八木少年」


リスキィはカムナの左腕からストンと降り己の触手でエボルを攻撃しながら右手にハルバードを形成しだした。


内心こんなに上手くいくとは思っていなかったカムナはとりあえずリスキィに向かってドヤ顔をし、彼女と同じく武器を形成する。


カムナの左手のひらからスライムのような半透明の物体が捻出され、彼の手の中で透明な何かが粘土をねているかのように蠢いている。


USでの武器、触手形成には物を空の中で捉えるイメージ力が重要である。

目を隠しながら絵を描くことが感覚として近いだろう。

出来る者は赤子の手を捻るように、出来ぬ者は感覚を掴めるまで一生出来ることはない。

直感的なUSの操作と慣れが必要な為、多くの初心者USerが挫折する、いわばギターのFコードのような関門だ。


そういう点でカムナは幸運だった。

割と早い段階で形成の感覚を掴み、三日後には棒切れのような大雑把なものは形成出来たのだ。

だが…


「ハハッなんだそれ、刀なのに先端が枝分かれてるじゃないか」


カムナは刀のような形成するのに繊細さが求められる武器を正確に作ることが出来なかった。

形を整えることを優先すると切れ味が皆無になり、切れ味を優先させると形が刀の様相をていさなかったのだ。

従ってカムナは代田の提案で刃の根本部分の切れ味を鋭くすることに注力、そのデメリットとして刃先部分の形成を諦めたことで半分から先が枝分かれする様に歪となった。


「エボル、そんな余裕あるのかい?

私の触手に手一杯で気づいていないだろうが後ろからUSで武装した基地中のCVO隊員が君の元へやって来ている。

彼らだけじゃない、人類で最もヴァイラスを殺した男、代田会弦も通報を受けてここに来ているだろう。

詰んでいるのさ、君は」


リスキィのハルバードがエボルの首へと迫る。


それをエボルは首に届くギリギリで掴み、ニタリと笑いながら握り潰した。


「詰み?

違うね、気づいていないのはお前の方さ。

俺は袋に入りたがるネズミとは違う、CVOの基地を襲うのに何も準備しなかった訳がないだろう?

もうそろそろ来るよ」

「何訳わかんねえこと…」


カムナがそう言った矢先、基地の壁の向こうから轟音が響いた。


「なんだ…?」

「あの方向は海?」


リスキィが音の方を向く、他のCVO隊員も足を止め轟音の要因を探す。

数秒後その要因が判明した。

轟音の正体は何百体もの感染者だった。

皆口元に巨大な牙を生やし、自然界の生物には出せぬ速さで向かってくる其れ等それらは進行方向上の全てを破壊しながらカムナ達の元へ…正確にはエボルの元へと突進しに来る。


「なんだ…あれは……」


その雪崩のような光景にリスキィは茫然とする。


「リスキィ!危ねえ!」


カムナは感染者集団の進行方向上にいるリスキィを突き飛ばした。

それと同時にエボルは触手の射程範囲外へと弾き出される。

感染者の雪崩はエボルを飲み込み、数十メートル離れたところでその侵略を停止した。


「ぐっ…!」


カムナはリスキィと共に倒れ込んだ後、起き上がって雪崩の進行方向へ顔を向ける。

感染者の山の頂上にエボルはいた。


「ボードゲームで追い詰められた時の一番簡単な攻略法は盤面自体をぐちゃぐちゃにすることだ。

このゲームも今のでリセットされ、不意打ちはもう効かない。

さてどうするんだ?八木カムナ」


カムナは立ち上がり、自らが形成した刀を構えてエボルと相対する。

感染者の群れは近くにいるCVO職員を戦闘員、非戦闘員関わらず無差別に襲い始めていた。


「後ついでにもう一つ教えてあげてやる。

代田会弦がすぐ来ることは無い。

ここに来るまでに代田のいる名古屋からここまでの交通網をあらかた破壊したからね。

通信網も感染者達で破壊したから連絡も取れない。

君達の希望も潰えた訳だ」


エボルはスタンディングの姿勢で構える。


「それでも、私達は彼を待つだけだ。

もしかしたら代田の出番すら来ないかもしれないしな」


立ち上がったリスキィは俺の横に並びそう放った。


「フッ、まあいいや。俺のやるべきことは二つだけ。

サルシャ デメッドを殺し、八木カムナを連れていくこと。

まずは俺をコケにしたその女の排除と八木カムナの意識を無くすとするか」


エボルはさらに走る体勢を低くする。

眼前にいる二人の人間を捉えながら。


「『アクセラレーション:ライナー』」


その軌道は光のように真っ直ぐであった。

一歩、また一歩と地面を蹴るごとにエボルの速度は倍加する。

膨大な運動エネルギーを抱擁した肉塊はカムナの元へ直進していた。

対するカムナ達も馬鹿ではない、超速移動中の方向転換は困難だと踏んだ彼らは炸裂する直前にUSによって強化された身体能力で軌道から90度横に避けた。


急には止まれないエボルはカムナ達の思惑通り後方へそのまま通り過ぎ…


「『ファンクション:クアッド』」


…ることは無かった。


先ほどまで直線を描いていた軌道はUターンするように向きを変え、一切スピードを落とすことのないままリスキィに激突した。


「グッ…。」

「リスキィ!」


辛うじて触手により直撃は免れた彼女だったが、その衝撃までは流石に防げずに転がる。

ズザザ、と停止したエボルはうめくリスキィを横目にあざけ笑った。


「直線の突進しかできないと思ったか?

哀れなこの女に教えてやるよ。

俺は自身の”運動”そのものを操れるを持っている。

一個は君たちがそのちっぽけな頭で気づいた『自身の速度を一歩踏み出すごとに二倍にする』能力。

もう一つは自身の運動軌道を現実空間上のx、y、z軸を使った平面関数として捉え、その係数を自由に変更できる能力だ」


エボルはそうカムナに講釈を垂れる。

そんなエボルをカムナは鼻で笑った。

それが虚勢である事はエボルにバレなかった。


「ベラベラ難しく言って頭良くなってる気になってんじゃねえよ。

要は速かろうが好きなように自分のルートを変えれるって能力だろ?

頭を整理できないバカほど長ったらしく賢そうな言葉を使いたがるって知り合いの天才が言ってたぜ?」


カムナの脳裏にとある少女の姿が思い浮かぶ。


「へえ、言うじゃん。

絶対勝てない相手に数日程度で身につけた付け焼き刃で対抗するってのもよっぽど馬鹿らしいけどね」


カムナは刀を左手で構え、エボルは再び走る体勢を整えた。

互いが互いを見据える。

体力、力、そしてスピード、両者の間には鍛錬や経験では決して埋まる事のない圧倒的な生物としての差がある。

人間側の勝機、それは直立二足歩行によって保持を可能とした巨大な脳が産み出す知恵のみ。

そしてこの1対1の闘いの火蓋は


ヴァイラスのチカラ“知恵”の結晶によって切られた。


「ふんっ!」  


カムナはエボルに向かって能力を使う。

自分の元へ来る。と考えたエボルは突進ではなく迎え討つことを選んだ。

だが、いつまで経ってもカムナが動く気配は無かった。

疑問を持ったエボルにカムナは背後からの衝撃と言う形で答えを出した。

不意の衝撃にエボルは体勢を崩し、地面へと倒れる。


カムナはエボルの後ろにある瓦礫を自分の元へ引き寄せ、自分と瓦礫の直線上にいるエボルに当てたのだ。


カムナの体重は約65kg、それより少しでも引き寄せたい対象が軽ければ物はカムナへと引き寄せられる。

今回カムナが引き寄せた瓦礫は完全に彼の目算ではあるが30kgほど、それでもスピードが出ればいくらヴァイラスといえど一瞬動揺を誘うことができる。


「誰から命令されたのかとか、なんでサルシャは殺すのに俺は連れ去るのかとか、聞きたいことは色々ある。

けど俺にはそんな余裕無いからさ、そう言うのはCVOとかにやってもらうよ

研究するのが好きらしいし。」


そう言ってカムナはエボルに能力を使った、今度こそエボルに近づくためである。

カムナは数日前にあった作戦会議での会話を思い出していた。


『もし代田会弦が不在の時にヴァイラスが襲ってきたら、まず八木君の能力で距離を詰めることをお勧めするわ』

『なんでだ?紅宮』

『加速させない為よ。

前の試験場でのデータを見るに、一度完全に静止してからじゃないと加速能力は使えないらしいわね。

“一歩踏むごとに速度が倍加する”なんておかしな能力を持つあのヴァイラスはスピードを能力に頼っているのだと思うわ。

データを見ても早い時で初速は時速20キロ程度。

もし二回加速されても80キロ、これまでなら八木君のUSの性能で防御出来る。

硬化は出来るのよね?』

『一応出来る。刀の形成が出来なさ過ぎて気分転換がてら練習してたし』

『なら仮に吹っ飛ばされても死にはしないわ。

ねえルドワンテさん。ヴァイラスは近接戦闘が得意ではないのよね?』

『ああ、主な攻撃を加速による突進をにしているからだろうね。一度ヴィトリスの触手で捕えれば簡単には抜け出せないだろう』

『なら八木君も、近接戦闘を仕掛けなさい。

訓練はしてるんだから殴り合いぐらい出来るでしょう?』

『それでもある程度だよ。それにまだ武器の形成が上手くいってないんだよ。

タイムリミットも迫ってるしどうしたらいいのか…』

『そのことですが八木君。

刀の刃の根本部分の形成に力を入れてみるのはどうでしょうか』

『根本ですか?先生』

『八木君の能力の特性上、能力を使った相手とはほぼ密接戦闘となるので刃先部分の重要性は低い。

全てが中途半端な武器を形成するぐらいなら、インファイトに特化した武器を作るべきです。

私の武器も触手で弱体化させた敵に手早くダメージを与える為、リーチが短く取り回しのいい手斧を形成しています。』

『なら決まりね、もし代田会弦がいないエボルが来た時は近接戦闘を絶えず仕掛け続けなさい。そして…』


「フッ!」


グサリと勢いの乗った刃がエボルの右腕へと深く刺さる。

距離を詰められ、加速するのに十分な距離をとることが出来ずインファイトを余儀なくされたエボルはガードすることしか出来なかったのだ。


だがこの瞬間エボルはカムナがUS自体の力に振り回されていることを察した。

すぐさま刀を抜くことは不可能だと判断したエボルは左拳を握りカムナの腹へと叩きこむ、が


「腹パンしてくると思ったよ」


ガギンという鉄を殴ったかのような鈍い音が響き、逆にエボルの拳が砕けた。

カムナが事前にエボルがパンチするであろうみぞおち部分のUSを硬化させていたのだ。


(それでも全ッ然痛えけどな!)


そのままカムナは怒りのままに右拳による打撃をエボルの顔面に叩きこんだ。


「ヴッッ!」


USによって常人の何倍にも強化された渾身の拳は破裂音を伴いながらそのヴァイラスをゴミのようにフッ飛ばす。


立ちあがろうとした彼に間髪入れずカムナは先程激突させたコンクリート塊を軽く持ち上げ、まるで野球ボールでも投げるかのように投げつけた。

かろうじてそれをガードしたエボルだったが更に能力で間合いを詰めたカムナに低姿勢で入り込まれ脚の健をUSによって断たれる。


深い傷であるのにも関わらず、いつまで経っても一滴の血も流れないのがその身体が死体である事を物語っていた。


加速して逃げようとしたエボルだったがそこで異変に気がついた。


(脚の踏ん張りが効かない?)


「どれだけ超常的能力を持っていてもヴァイラスという生き物は体が人間であれば人間の身体構造が弱点になる。

例えば脚の健とか、先生がそう言ってたよ。」

「!」


カムナは再び刀を振るった。

剣筋はエボルの首へと向かっている。

だがエボルも馬鹿ではない、カムナが自分へと向かう間に地面に落ちていた砂を握りしめ顔に向かって投げつけたのだ。


「あはは、これでもう見えないだろ!

その状態でどこに攻撃が来るか当ててみろよ!」


砂で目をしかめたカムナにエボルは満面の笑みで蹴りを見舞った。

その行動が今回の戦いの勝敗を決したのだろう。


「やっぱり、近接戦闘が下手だったか。

いや、経験不足と言うべきか…君は数ある中で最悪の行動を選んだ。

近くの相手に対して目眩めくらましを使えば当然自身の視界も失われる。だからこうなる」

「なっ…!」


エボルの蹴りは砂煙の中から突如として現れた触手の巧みな動きによってその衝撃を殺された。

リスキィが砂によって出来た死角から近づいていたのだ。


再びエボルに対して触手の猛攻が開始する。

だが、間も無くその猛攻は終わりを迎える事となる。


「来い!全感染者達!僕の元へ…いやこの女を殺せえぇ!」


その言葉と共に人々を襲っていた幾数もの感染者達がリスキィへと向かった。


「リスキィ!」


そのカムナの叫びにリスキィは呼応するようにエボルから離れた。


エボルの行動は正しい。

US『ヴィトリス』の対処法、それは敵意のない攻撃を仕掛けるもしくはヴィトリスの触手の容量キャパを超える戦力にて屠る、この二つ。

エボルは無意識のうちに後者の行動をしたのだ。


「あははッ!これでまた盤面は“リセット”だあぁ!」


エボルは切れた脚の健を再生させると走る構えをした。

リスキィとカムナは逃げようとするも四方八方を感染者達に囲まれ逃げることが出来ない。

この距離

この状況

二人に回避する術は無い。


この数刻の間、エボルは最適の行動していた。


「アクセラレーション『ライ…!」


されど敗北を回避するのにはあまりに遅すぎた。


「オラァ!」


カムナは数メートル先に置いてあった、鉄塊を引き寄せた。


(何故?攻撃では無い。撹乱?必要がない。防御?俺の能力に鉄塊ごときが役立たないのはあちらも分かっているはず。ではなんの為だ?)


考えど、考えど、カムナの唐突な行動の答えは出てこない。


エボルは知らなかった。

その鉄塊が『チューニング』の為の機械である事を。

そしてエボルの意識外の距離から感染者の間を縫って狙撃することを可能とする人間の存在を。



「ヴィトリスの触手で囲えば絶対にお前はまた感染者を使って抜け出そうとする。

全ての感染者がこちらに来れば他に攻撃される奴はいない。

その身体に聞いとけば良かったな、最強のスナイパーの名前をよ」

「 ? 何を言って……!」


エボルは強化された動体視力で右端から飛来するを認識した。

能力を使用する為発達した情報処理能力はが『回避不可能』であるとエボルに知らせる。

皮肉にもその物体よる攻撃は自らの攻撃方法とよく似ていた。


超速の質量攻撃


ズバァァァン!


マッハ2の鉛玉が音を立てて基地を直線に駆け抜け正確にエボルの脳天を貫いた。

放ったのは勿論彼女だ。


『頭部への命中を確認しました。』


カムナは自らの左腕に笑顔を向ける。

タスプレイ越しにスナイパーがそう云ったからだ。


「ありがとうサルシャ、気づいてくれて。」


紅宮京香の立てた作戦、それはエボルの全ての戦力を目の前の相手に向かわせ、サルシャが狙撃するというもの。


殺害対象であるサルシャの居場所が敵に知られる為、代田会弦不在の際の時間稼ぎが佳境に達した際の最終手段であったが見事成功した。


エボルが地面へと倒れ、それと共に感染者達も動きを止めただの屍となった。


「駆除対象『エボル』…完全に沈黙しました!」


ある隊員が言ったその言葉は基地中の全ての者を沸かせた。


「八木殿、ルドワンテ殿そして…デメッド殿!あなた方のの協力感謝する!」


CVOの隊長格の男が二人に敬礼をした。


『通信網も復活しました、代田さんも急いで来ると言っていたのでもう心配ありません。

後のことは任せましょう』


サルシャからその言葉を聞いたカムナはフラフラと後ろに数歩下がるとドサリと倒れるように座り込んだ。

気が抜けたのだ。


「サルシャ、本当に助かった。

今回のMVPだ。」


カムナはタスプレイのある左腕を口の近くに持っていきそう言った。


『…そんなことありません。

私はずっと安全なところからあなたの合図を待っていただけです。

作戦とはいえ…前線で戦っている皆さんに申し訳ありませんでした。』


「いいんだよ。

確かにサルシャはUSは使えない、けどそれと同じように俺は銃をあんな正確に当てることは出来ない。

適材適所ってやつだ。

それにサルシャが当ててなかったら俺もリスキィも死んでた。

俺らの命の恩人だよサルシャは。」


『………そうですね、一生感謝し続けて下さい』


サルシャの反応にカムナは苦笑いをした。


その光景を微笑ましく見守っていたリスキィも肩を下ろし葉巻に火を点ける。

それと同時に注射器を取り出し、疲れ切ったカムナに話しかけた。


「八木少年、そろそろUSの限界時間だ。

早めに脱いだ方がいい。」


そう言うとリスキィは先程USを注入した傷穴と同じところに注射器を当てる。

すると体内のUSは巣に帰るアリの様に注射器の中へと入っていった。


その光景を見るたびにカムナは技術の進歩に感動していた。


カムナは自身もUSを体内から出そうと注射器を探したがホルスターに見当たらないない。

どこだどこだと探したカムナはエボルの死体の方に転がっているのを発見した。


(闘ってるときに落としたのか)


拾うためエボルに近づくとCVO調査員が次々と死体へと向かい収容の準備をしていた。


脳への攻撃、確実に死んでいる筈。

なのにエボルの姿を間近で見たカムナの中には不気味な感覚があった。


まだ動くのではないか?と。


バイトでヴァイラスの死体処理をしていたカムナは、今まで見てきた量産型のヴァイラスとは雰囲気が違うのを感じたのだ。


(寝ていた時のトトみたいだ)


そう彼が思った次の瞬間、エボルの顔がボコっと膨れ上がった。


「え?」


ボコッ、ボコボコッ、ボコボコボコボコッッ


「な、なんだこれは!?」

「う、うわああ!助けてくれえっ!!飲み込まれる!」

「なんだ…なんなんだよこれ……!」


エボルの身体は急激に膨張し、それと共に周りにいた調査員達が飲み込まれていく。

カムナは咄嗟の判断で少し離れたところにあった倉庫に自らを引き寄せ逃亡し、依然膨張するその肉塊を見据える。


肉塊は周りで同じく沈黙した感染者達を飲み込みそして遂にその膨らみを終えた。


『八木さん!?

何かあったんですか?』

「俺も何が起こってるのか分からない!

とりあえずエボルが膨らん…で……」


カムナは自身が見ている光景を信じる事が出来なかった。


10メートルはあろうかという巨躯

空気抵抗を効率的に減らす流線形のボディ

雄々しく逆立てられた激しい桃色の体毛

人間の腕のようなもので形作られている巨大な牙

額に現れた喜怒哀楽の四人の人面

おどろおどろしい模様の瞳孔

そして異常発達した脚の筋肉。


身体中から飛び出た骨管から吹き出る蒸気が、その異質さを加速させる。


膨れ上がった肉塊を繭のようにして産まれ出たそれは、まさに超巨大な猪であった。


『まさか…外して……また…』


絶望の声が漏れ出すサルシャ。

対照的に猪はニタリと口角を上げる。


「『アクセラレーション:ライナー“マキシマ”』」


四本の剛脚が地面を一斉に蹴った。


---



『こちらヘリからの映像です!

現在ヴァイラス襲来による緊急アラートが発令されている木更津市が木更津CVO基地を始点としてこのように直線5キロにわたって壊滅ッ……壊滅しております!

つい数日前まで人々が暮らしていた住宅が、店が、学校が!

跡形もなく消し飛ばされています!

帯状に壊滅した街の終点には巨大な猪の形をしたヴァイラスが、悠々と君臨しています!

あのヴァイラスによるものなのでしょうか!

東京大災から十年、パリの悪夢から二十年、我々はまたヴァイラスに友人を、恋人を、家族を奪われるのでしょうか!?

現場からは以上となり……ってなんだあれ?

人が…飛んでる?』

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