白き過去 10

「八木さん、私とデートしませんか?」


 カラン…と持っていたUSアンダースーツの注射器が落ちる音が夕日に照らされる基地内に響く。

 USを受け取ってから一週間、強敵エボルを倒す為訓練づくしの毎日にヘトヘトなっていた俺に声の主であるサルシャ デメッドはそう言った。


 美少女からの突然のデートの誘い。

 普通の男なら浮ついた話の一つや二つも期待するだろうが、俺には彼女にデートを誘われる要因が思いつかない為、新手の詐欺かなんかなのでは無いかと勘繰ってしまう。

 何より『男に媚びなそうな女性選手権(俺調べ)』第1位のサルシャから『デート』という単語が出るとは思わず俺は驚きを隠し切れなかった。


「デ、デート?」

「貴方に話しておきたいことがありまして。明日は訓練が無いと代田さんから聞いたのでちょうど良い機会だと思ったのですが…何か予定とか入っていましたか?」


 それはデートなのか?

 というより話したいことってなんだ。

 内容を色々と予想したが皆目見当もつかない。

 明日は丸一日体を休める予定だったけど別に話を聞くぐらいならそんなに疲れない筈。

 話の内容がなんなのか興味もあるし、誘いを受けるとしよう。


「分かった、どこで待ち合わせる?」


 現在ヴァイラスとして扱われている俺はこの木更津基地の外に出ることが出来ない。

 基地内には食堂以外団欒するようなスペースはないのでどこで話すのか疑問に思ったのだが…返ってきた答えは斜め上のものであった。


「じゃあに来て下さい。明日10時宿舎前で、それでは。」


 サルシャはそう俺に言うと、伝えたいことは全て話しましたと言わんばかりに歩き去って行った。


 まさかの初手家デートだったことに度肝を抜かれている俺を置いて。


 ~~~


 サルシャのことだ、きっと『デートとは男女二人でどこかにいけばそれはもうデートなのです!』などという流言を鵜呑みにしているに違いない。

 だからそう、俺は全く期待していない。

 いつもより体を清潔にし、ヴァイラスに家財を全てぶっ壊された文無しの俺にCVOが支給してくれた服の中で一番シャレているものを選んで着てきたがまっっっっっったく期待していない。


 ………期待させてくれ。


 部屋に入るぐらいどうってことないと思っていたがやはり俺も男子、女子のプライベート空間に入ると言うことで人並みに緊張している。

 何気に女子の部屋に入るのは初めてだ、紅宮に勉強を教えてもらってた時はもっぱら学校の教室か図書館だった。

 

果たしてサルシャの部屋はどんな感じなのだろう。

 そのクールな雰囲気に反しカラフルで可愛げのある部屋なのだろうか。

 それともズボラでごちゃごちゃしているのだろうか。

 それに私服も気になる、試験や基地での訓練中に見た彼女の格好は機能性最重視の軍隊のような長袖長ズボンだった。

 ここで普通ならあざといと感じる程のモッコモコのパーカとかだったらあまりのギャップに萌えてしまうかもしれん。


 というかサルシャはまだ来ないのか…?

 宿舎に出入りする女性職員の視線が痛い。

 もうそろそろ通報されそうだから早くきてくんないかなぁ……


 そんなふうに待ちぼうけていると扉の向こうにサルシャの影を見つけた。


「おーサルs…」


 自動ドアを抜けたサルシャに声をかけようとした俺は途中でその言葉を止めた。

 女性宿舎の玄関から出てきた彼女が着ていたのはなんとも可愛らしい…とはかけ離れた普段と全く変わらぬスポーティで露出を極限まで抑えた、部屋着と呼ぶにはあまりにも緊張感のある装いだったのだ。

 私服がどんななのかドギマギしていた俺の時間を返して欲しい。


 とりあえずサルシャに案内されるままに俺は宿舎へと入り、サルシャの部屋の前へと到着した。

 基本的な構造は俺が泊まっている男性宿舎と変わらない。

 だがなんとなく男性宿舎に比べ全体的にいい香りがする。多分。


「ではどうぞ入って下さい。」

「お、お邪魔しまーす。」


 緊張の面持ちでサルシャの後に続くように部屋に入った俺の目に入ったのはベットとスーツケースしかない簡素過ぎる彼女の部屋だった。

 入居前から部屋に備え付けられていたはずの他の家具類をどこにやったのやら…

 ミニマリストが物買うレベルで殺風景だ。


「物無さすぎない?」

「別に一生をここで過ごす訳ではないですし、何よりライフルの点検する時のスペースの確保が出来て良いんですよ。」

「いやそれにしてももうちょい家具いるでしょ、ご飯とか床で食ってるの?」

「ここに来てから食事は基本レーションなので問題ありません。」


 別の問題が大ありだよ。

 ヒマラヤを攻める登山家じゃないんだから。


「それで…俺はどこに座ればいいんだ?床とか?」

「?。いえ、ここに座ればいいじゃないですか。」


 サルシャはそう言って自室のベッドの枕側に腰掛けると隣の空いているスペースを手でポンポンと叩いた。


 え?どゆこと?座れと?

 わからない、サルシャの距離感が分からない。

 と言うか今ベッドの側の窓に触手がチラリと映った気がしたんだが…


 考えていても進まないのでとりあえず俺は提案されたポイントに座ることにした。

 分かっていたことだが近い。

 彼女の体から発せられる体熱が感じ取れる程だ。

 と思っていたら、サルシャは体を横にずらし俺から数十センチ離れた。


 あ、離れるんだ…。


 ま、そりゃそうか。

 ABC症なんてもん持ってたら誰だって人との距離に気を遣う。

 このバイオテクノロジー飽和社会じゃなおさらだ。


「…………。」


 サルシャはなかなか話を始めようとはしない。

 鳥のさえずりと遠くから聞こえる波の音のみががこの部屋をなびいている。

 話す内容を整理しているのか、はたまた話すことを土壇場になって渋っているのか…どちらにせよ気軽に人に話せる内容ではないのだろう。


「サルシャって普段どこで訓練してるんだ?」


 俺は会話のきっかけを作るため他愛のない話をすることにした。

 気まずくなったというのもあるが。

 サルシャはそんな俺の言葉に一瞬キョトンとした後に会話を続けた。


「…木更津基地には狙撃の練習に適した場所がないので毎日職員の方に希望の訓練場所に送ってもらっています。」

「訓練場所?」


 どこだろう、スナイパーの訓練なんて何するか知らないし見当もつかない。


「旧アクアラインです。閉鎖されている海ほたるの手前から木更津まで車で移動しながら海鳥を撃って練習しています。」


 予想以上に予想外だった。

 え?猛スピードで動く車内から動く鳥を撃ってるってこと?


「それはなんていうか…その……凄えな。」


 もっとウィットに富んだ言葉で褒めたかった。


「ええ……。」


 再び沈黙が部屋を包む。

 くそ、話が異次元すぎて会話が止まってしまった。


 俺はサルシャの方を見た。

 俯き、表情は沈んでいる。

 やはり話すことを渋っているのだろうか。


「今話したく無いなら別に話さなくてもいいんだぞ?」


 サルシャは俺の言葉に反応し、上半身を俺の方に真っ直ぐ向けた。

 なんて整った顔なのだろう。

 透き通った蒼い眼に自然と視線が吸い込まれる。

 だがその美麗な顔には覚悟が表れていた。

 尋常ではない覚悟が。


「いえ、話します。互いに命を賭け合う者として私がどうしても話しておきたいんです。私の生い立ちについて、そして私がノギアに入った目的を。」


 そうして彼女の口から出て来たのは彼女が『近衞壱与』と呼ばれる前の話……


 いや、それより前。

『サルシャ デメッド』と名付けられてすぐの話であった。



 ---



 ヴァイラスがこの世に現れ、そして人類を蹂躙し始めた『パリの悪夢』以降、人類はヴァイラスに奪われた土地を取り戻そうと多くの戦力を必要としていた。


 そのため公的機関CVOが台頭するまでいわゆる傭兵産業が爆発的に発展した時期があった。


 現在では下火となっているが、CVOの目が届かない地方などでは今でも傭兵、とりわけUSerは重宝されている。


 傭兵ビジネスはその職性からダーティな側面も持ち合わせている為現在は中東にある国連不加盟の国、オウレイ連邦と公的機関の目が届きにくいシベリアに二極集中している。


 彼女はそのシベリアのとある村で育った。

 そこは一見普通の村に見せかけた傭兵団の兵士育成施設だった。


「私は物心ついた時にはとある傭兵組織で対人、対ヴァイラスの訓練を受けていました。

 周りの街からは離れ、私と同じぐらいの歳の女の子しかいない、諜報や後方支援、暗殺を目的とした少女兵を育てる為の訓練施設でです。

 大体の子はヴァイラスで家族を失ったりした孤児を人売りが攫ってきた子でした。

 そして私も名もなき家の孤児なのだと当時は思っていました。」


 サルシャ達少女兵は施設に入った瞬間名前を捨てさせられる。

 理由は単純、不要であるからだ。

 もし個人が特定されるようなことがあれば任務に支障が出かねない。

 その為施設では皆番号で呼ばれていたらしい。

 育成施設を出るその時に施設の長である教官から任務に使う偽名を授けられる。


 その偽名こそが少女兵達にとって一人前の証であり、憧れの対象であるのだった。

 サルシャにとってもそうだった。


 そして事件は約三年前、彼女がその育成施設を出立する前日。

『サルシャ デメッド』と名付けられた日に起こった。


 施設がある村から少し離れた白銀世界の森の中に、ある一人の男がどこからともなく現れた。

 

体格は痩せこけアバラが浮き出ており、髪はボサボサで顔が隠れ、この極寒の冬のシベリアに似合わぬ薄手のボロ絹のような服を着た二十代ぐらいの若い男だ。


それだけでも異様だったが、特に目を引いたのはペンキで塗られたかのように白色に染まった両手だった。

生気を失った色をしたその掌からは、生物が本能的に忌避するような威圧ではない霊的ともいえるなにかが常時放たれている。


 最初に彼に気づいたのは村の外縁で鹿狩りの練習をしていたサルシャの親友であった。


「回れ右でここから離れろ。それ以上近づけば、撃つ。」


 このような施設がある関係上、村は外部からの客を歓迎していない。

 親友は彼を村から遠ざけようと男に猟銃を向けた。


 その直後だった、親友の上半身が消失したのは。


 急激に間合いを詰めた男が彼女の頭を掴み握りしめる。

 と同時に、その手を中心とした半径1mの球の内部にあった彼女の体、そしてその周りに降り注いでいた雪さえも同時に、まるでその空間に元から存在していなかったかのように虚無にばら撒かれたのだ。


「え……。」


 遠目からその光景を目撃していたサルシャは突然のことに思考が追いつかなかっ

 た。


「おい!サルシャしっかりしろ!」


 何処からか聞こえて来たそんな声と、辺り一面に響く銃声で彼女はハッと前の男を見定めた。

 男の銃創は出来てたちまちに回復し、飛んできた爆弾も爆発する前に消去していた。

 そしてまるでそよ風の中のように歩み、抵抗する村民に近づき一人一人確実にえぐり殺していた。


 だがサルシャには彼が能動的に動いているとは思えなかった。

 動きの節々から操られているような感じがするのだ。

 が、今の彼女には関係ない。


(ヴァイラス?でもおかしい、感染者特有の特徴が見られない…特殊なUSer?どちらにせよただの重火器じゃ勝てない…)


 持っていた荷物を投げ捨て、村の奥に隠れたように建つ小屋へ向かう。

 木造の外見に似合わない鉄製の扉の番号ロックを解除した先には冷蔵保存された注射器が無数に並べられていた。


 彼女はそのうちの一つを乱暴に取ると注射針の先を自分の左手首へと向け挿した。


「痛っっ…!?」


 注射器の中身が肌に触れた瞬間走った凄まじい痛みと不快感にサルシャは手から注射器を溢した。


Пиздец!!チクショウ!!


 落とした注射器には

『USにつき、取り扱い注意!』の文字が彼女を嘲笑あざけわらうように刻まれている。


 

 教官が自分にだけUSの訓練を頑なにやらせなかったのを、当時彼女は自分の能力不足だと勘違いしていた。

 自分がUSを受け付けない身体なのだと彼女はこの時勘づいたのだ。

 

 自分の役立たなさに歯軋りしていると、外の銃声がいつの間にか止んでいたのに気づいた。


(倒したのか…?)


 そんな淡い希望を胸にサルシャは重い扉を開ける。

 扉がギィと軋み、隙間から曇天から差す重い光と共に徐々に景色が広がった。


 結果は

 最悪だった。


 村はカモフラージュしていた訓練施設も含め崩壊し、あたり一面に転がる屍は全てどこかしら大きく欠損していた。

 全員あの男にやられたのだ。


「あ……ああっ……。」


 屍の中には見知った顔も数多く混じっていた。

 皆恐怖に顔を歪め、何かに縋るような表情をしていた。


 ガギィィィン


 静寂と凍てつく空気を切り裂くように建物の向こうの方から鋭い音が響いた。

 サルシャは落ちていたライフルを拾い、音の元へと向かう。

 そのライフルは最初の犠牲者となった親友のライフルであった。


「……マーチ教官!」


 サルシャが目にしたのはUSで必死に抵抗する教官の姿だった。

 普段訓練で見せていた余裕さはそこには無く、厳しさと優しさに溢れていた母のような顔は怒りに染まっていた。


(まだあの男に気づかれていない…体へのダメージは無効化されてたけど脳を吹き飛ばせばもしかしたら…)


 物陰に隠れながらサルシャはライフルに弾を込め、照準器の向こうに敵を捉える。

 狙撃対象が不規則に動く困難な狙撃、しかしサルシャにとっては雪の中を飛び跳ねる白ウサギを狩るより容易であった。


 教官であるマーチが男に裏拳で吹き飛ばされ、射線上に男しかいなくなった瞬間、トリガーは引かれ、万力の力で発射された鉛玉は男を貫いた。

 そう貫いたのだ。


 だが、着弾したのは首元だった。

 サルシャが引き金を引く直前、重心を支えていた左腕の力が抜けたが為に標準がわずかに下にズレたのだ。

 原因は、先程USと触れた事で発症したABC症による麻痺だった。

 男はサルシャの方を振り向いたのち、家屋に叩きつけられ意識を失ったマーチの首をガシリと掴みそして


 バヴン!


 と、握りしめた。

破裂音とエンジン音が混じったような音が弾け、教官はサルシャの目の前で跡形もなく消え失せた。


「そ…んな……」


 絶望するサルシャに向かって撃たれた箇所を押さえながら男はユンラリユタリと苛立っている様子で歩む。

 すぐさま弾を込めなければいけないと頭では分かっているが歩み寄る”死”を目の前にして体は言うことを聞かない。


 ついに男が目の前まで来た。

 が、サルシャは恐怖で男と目を合わせることができず、霜焼けにまみれた彼の脚部をただ茫然と眺める。

 取り柄である狙撃すら失敗し、危ういバランスの中辛うじて保たれていたメンタルは崩壊寸前であった。


 男はサルシャの頭に手をかけようと手を伸ばす。

 が、強烈な打撃音と共に男はり、吹っ飛んだ。


「ご無事ですか!壱与様!」


 突如として現れたオールバックにスーツをきめた紳士は男に速度を乗せた膝蹴りを打ち込みサルシャと男の間に立つ。


「安心してください!このクロムウェルが来たからには……」


 音と視界が不明瞭になり、まぶたが自動的に下がる。

 身体がグワングワンと振り回されるような形容し難い気持ち悪さからサルシャは雪の上に身を落とした。



 ---


「その後私は近衛家の別邸のベットで目を覚ましました。

 その後男が感染者を利用して逃げた事、村や施設にいた人間は自分を除いて全滅した事、自分がABC症という体質である事。そして自分が世界一の富豪の娘であることを知らされました。

 まだ自分に何が起こったのか三年経った今でも夢見心地です。

 ですが…あの男への復讐心だけはハッキリと、そして片時も忘れたことはありません。」


 そう言ってサルシャは胸をギュッと握り締め、話を終えた。

 決して語りが上手い訳ではなかったが、彼女の罪悪感、やるせなさ、そして憎悪がひしひしと伝わってきた。


「話を聞いてる限りだが…そいつって俺とおんなじ体質なんじゃないのか?」


 人間の姿のままヴァイラスの力を使う…紅宮が言ってた宿主の特徴と一致する。


「そう…なんでしょうね。私もあなたの話を聞いた瞬間は仇だと思って脳天を撃ち抜くところでした。」


 どうやら知らぬ間に命の危機に瀕していたらしい。

 もう何回目だろうか。

 ここ最近自分の命の軽さを感じる。


「でも、そいつを探すんだったら近衛の力を使った方が早いんじゃないか?」


「いえ、何度かお願いしたのですが許されませんでした。

 私が近衛家に招かれてすぐに縁談の話が大量に来たので、初めから政略結婚目的で連れ戻されたのでしょう。

 血生臭い花嫁なんて誰も欲しがりませんしね。

 私の名前が広がれば向こうのほうから来てくれるのではないのか、と考えて『サルシャ デメッド』の名前で射撃の大会に無断で出たり、メディアの取材も受けたりしたのですが、ほとんど近衛家に揉み消されました。」


ああ、だから実績のわりに知名度が低かったのか。


「それでも諦めないつもりです。

 いくら近衛といえども、毎年世界中に優秀な人材を送り込んでいるノギア学園には簡単に手出しは出来ません。

 それにCVOと密接な関係を持っている戦科に入ればあの男の情報も入って来るかもしれない。

 だから、入学試験を受けました。ノギアでの三年は私にとって絶好の機会チャンスなんです。

手放すわけにはいかない。

 それに、私がノギアに入らなければクロムウェルの犠牲が無駄になってしまう、家に戻るつもりはありません…つもりはなかったんですが……。」


「ですが…?」


「試験が終わった後、父上と兄上に呼び出されまして…猶予を設けられました。

『仇を討とうが討てまいが三年経ったら父と兄の言う事を全面的に聞く』

 と、進学の許可と引き換えに約束を結びました。」


「三年って、卒業までじゃねえか…」


「ええ、父も学歴だけを見ればノギアという箔がつくので良しとしたのでしょう。兄の方は不満そうでしたが。」


 学業をしながらの捜索…無茶だ。

 戦科のカリキュラムがどんなものなのかは知らないが世界のどこにいるかも分からない男一人を探すほどの余裕は無い。

 ハッキリ言って諦め得だ。


 俺はふとサルシャの横顔を見た。

 やはり淡麗だ、だがただ綺麗なわけじゃない。

 彼女の瞳は常に何かを見据え、捉えている。

 一つの目的に向かい真っ直ぐに。

 その姿勢がより彼女を輝かせている。


 諦め得?…だからなんだ。

 俺が言うべきは無理だ、と他人事のようにに突っぱねることか?

 そうじゃないだろ。

 小っ恥ずかしいセリフは苦手だが、今は精神すり減らしてでもカッコつけてやる。

 助けると。


「俺も手伝うよサルシャ。」

「!」


 サルシャが驚いたような顔でこちらを向いた。


「役に立てるかは分かんないけど、なんていうか…助けたくなったんだ。」

「同情ですか?」

「それでも人手は欲しいだろ?」

「フフッ、そうですね。お願いしますよ、八木さん。」


 彼女が小さくはにかんだ。

 我ながら単純すぎるが、その顔を見ただけで手伝う甲斐があるように思えた。


「じゃあそろそろ帰るな。話してくれてありがとう。」


 俺はベッドから立ち上がり、部屋の扉へと向かった。

今回のエボルの襲撃、ヤツは最初、俺とリスキィにサルシャの居場所を聞いてきた。

この騒動は恐らくだがサルシャ達を襲ったも関わっている。

サルシャもそのことに感づいて話してくれたのだ

自分の罪ともいえる過去を。



俺は…まだ自分の全てを人に話せるほど自分の過去を清算できていない。

今でも思い浮かべるだけで、身体中の汚物が表面に滲み出てくるような気分になる。

俺もいつかあの過去に決着をつけることは出来るのだろうか。

そして、普通に友達と心から笑い合える時が来るだろうか。

サルシャのあの真っ直ぐな目を俺が直視できる時は…


…ああ自分の思考が気持ちが悪い。悪い癖だ。

こんなの自分に向かって己が如何にカワイソウかをセルフプロデュースしてるだけだ。

だから俺は……


「八木さん?」


ハッと気がつき振り返るとサルシャが怪訝そうにこちらを見ていた。

どうやらドアノブを握ったまま突っ立ってたらしい。


「ああ、ごめん何でもない。今出ていくから…」

「八木さん、ちょっとこっちを向いて目をつぶってください。

聞きますけど今USとか使ってませんよね?」


サルシャは少し頬を赤らめ、唐突にそう言って俺の体を軽い力でドアに押し付けた。


「?。使ってないけど…」


とりあえず従い、俺は目を閉じた。

相対的に視覚以外の感覚が敏感になる。

何をされるのだろう、ビンタとか?

一応歯を食いしばって…


チュッ


6畳ほどの殺風景な部屋に可愛らしい音が響く。

俺の左頬に何か柔らかく温かいものが一瞬触れ、すぐに3月の空気によって冷まされた。


「え…あの…。」


聞く間も無くドンッとサルシャに部屋の外まで軽く突き飛ばされ、バタン!と乱暴に扉が閉じられた。

俺は未だ感触残る左頬を触りながら、閉じられた扉をぼんやりと見ていた。


~~~


「やあ八木少年、どうやら昨日の休日にアホ面に磨きをかけたようだね。」


早朝、向こうの方からいつものトレンチコートを着たリスキィが伸びをしながらやってきた。


「…うるせえ、考え事してたんだよ。

そういや、お前が朝練に参加するなんて珍しいな。」

代田に伝言を頼まれたのでね。

今日は自主練だそうだ、どうやら古巣CVOに呼び出されたらしい。」


代田先生も大変そうだな。

ついこの間までCVOの要みたいな存在だったし、引き継ぎやら色々あるのだろう。


「うわ、凄いクマだね。寝てないのかい?

何かあったのならお姉さんが聞いてあげよう。」

「…何でもねえよ。」


昨日サルシャの一件のせいでまともに寝れなかったのは話さないでおこう。

帰り際のあれは何だったんだ?

スキンシップ…なのは分かる、チークキスと言うやつだ。

何目的のスキンシップなのかが分からない。

もしかして、サルシャは俺のことが好きなのか?

………いやいやいや、無い無い。

でも女心って分かんないって言うし…


「………チークキス。」と唐突にリスキィが耳元でボソッと囁いた。


「!!?……テメェやっぱり覗いていやがったな…。」


窓から一瞬見えたハルバード型の触手、やはりリスキィのUSだったか。


「当たり前だろう!

少年少女が!二人で!誰もいない部屋で!ベッドに座ったんだぞ!

ああ青い!春だ!そして少しピンクだ!ピンクブルースプリングだっっ!」


「ああもう、うるさいうるさい!もう何も言わないから!」


そう言うとリスキィは落ち着きを取り戻し、ポケットから葉巻を取り出して吸い始めた。


「スゥゥゥゥゥゥゥ…フウゥ…」


煙が朝の空気に消えていく。

彼女にまともに付き合っていると訓練以上に疲れる。

悪い人ではないんだけど。


「前から気になっていたんだが…それは?」


リスキィが俺がつけているネックレスを指差す。

真ん中にオレンジの宝石がはめられたシンプルなものだ。


「男性がアクセサリーをつけることにケチつける訳じゃ無いが…そのネックレス、女物だろう?

まさかどこかから盗んできたのかい?」

「違うわ、昔の知り合いからの貰い物だよ。今はどこにいるのかも分からないけど。」


俺は遠くを見つめる。

もうには何年も会っていない。

生きているのか、死んでいるのかも分からない。

だがこれだけは言える。

もし死んでいるのなら、それは俺のせいなのだ。


「それで、何するんだい?

朝練したことないから自主練の仕方が分からないのだが。」


リスキィがそう俺に質問した。


「いつもはランニングの後代田先生と軽い手合わせなんだけど…この人数でできることは少ないし、木更津のCVO隊員の訓練に入らせてもらうか。」

「良いアイデアだそうしよう。恋バナも出来るかもしれないしな。」

「お前ってやつは…。」


俺たちはグラウンドにいる若手のCVO隊員の元へ向かった。

練習に混ぜてもらうのは今回が初めてでは無いし、何回か話したことのある隊員もいる。

ノギアのOB、OGもいる為、コミュ強な方では無い俺でも気軽にコミュニケーションをとってくれた。


「すいませーん、練習混ぜてもらっても…」




ポキン


乾いた音が目の前で鳴った。

俺が声をかけようとした男性隊員の首が、普通なら絶対曲がらない方向に90度曲がっていた。


そこにいたの口元には巨大な犬歯がはみ出ており、髪色は全て目に悪影響を与えるほどケバケバしいピンク色に染まっていた。


ヤツだった。


クロムウェルを殺し、その屍に醜くしがみつくソイツはゆっくりと俺たち二人の方を向いた。


「サルシャ デメッド……いや、近衛壱与はどこだ?」


基地中にけたたましい警告音が響く。




-3月27日 エボル 木更津基地に襲来-






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