女王 09
「くうぅぅぅ!5日ぶりの外だ〜!」
自動ドアを抜け全身に陽の光を浴び、長らく没収されていたお気に入りのネックレスをつけながら俺は背伸びをした。
まだ三月中旬だが、温暖化の影響か厚手の上着は今シーズンのその役目を終えつつある。
とは言え半袖を着るにはまだ肌寒いと言った気候だ。
俺は特にこの季節に特段な想いがあるわけでは無かったが、人工の光のみで過ごした後だととても愛おしく感じる。土の匂いが鼻腔をくすぐった。
やはり人間は自然に生きる動物なのだ。
おとといの有識者会議で俺は四月のノギア学園戦科の入学式までにあの加速のヴァイラス エボルを倒すという条件付きではあるが自由の身となった。
その後俺はここCVO木更津基地へと厳重に移送され、一日かけて身体検査を受けた後にようやく太陽を見る事を許されたのだ。
俺が病院だと思っていたところは拘置所だったらしく、いつの間に付けられていたVRコンタクトを外されると俺は代田さん以外の何人ものCVO隊員に柵の外から囲われていた。
俺は牢屋の中で寝かされていたのだ。
大量の銃口を向けられながら起きた朝は最悪だった。
「おっとと。」
基地の周りを囲う電気柵の隙間からアクアブリッジを見ようと歩き出したものの身体が思うように動かず躓きそうになった。
「4日ぶりに動いたんですからあまり無茶をしないように。」
そう俺を気遣ってくれたのは俺の監視役になった代田さんだ。
試験で見たげっそりとした顔とは真逆の血色の良い顔つきをしている。
話を聞くと俺の監視が入ったお陰で先輩から仕事を振られることが無くなったとかなんとかでここ数日はゆっくり過ごせたらしい。
俺が言うのもなんだが未知の危険因子の監視役がゆっくり過ごすのはどうなのかと思う。
「ありがとうございます。でもとりあえずこのまま死ぬのが回避出来たのが嬉しくて。」
「本当、感謝して欲しいわね。」
俺は声がした方向を振り向いた。
黒く艶のあるストレートのロングヘアにアクセントのように付いている赤いヘアピン。
セーラー服を身に纏った彼女は家が買える量の札束が入る大きさのアタッシュケースを持っていた。
俺のもう一人の恩人、紅宮京香である。
年齢相応に膨らんだ胸元についているワッペンに俺は見覚えがあった。
うちの中学の校章だ、そういえば今日は卒業式だったっけ。
「紅宮!…って感謝ってどうゆう事だ?」
紅宮は仕方ないという表情とため息をして俺の元まで来るとその後鼻高らかに有識者会議の顛末を話してくれた。
話が終わる頃には俺は試験会場行きの電車以来、二度目の平伏を紅宮にしていた。
「何と感謝していいことやら…。」
「良いわよ、こっちも老人達と言い争いが出来て楽しかったわ。」
春風によって顔にかかった髪をかき上げ、彼女はそう言った。
(いい性格をしてるよ本当に…)
「紅宮さん、リアリナ司令に頼んだあれはありますか?」
そう代田が紅宮に聞いた。
『あれ』ってなんのことだ?
代田にそう言われた紅宮は何も言わずに持っていたアタッシュケースを地面に置き、鍵とダイアルの二重ロックを解除してケースをパカっと開く。
ケースの中にはトリガー式の注射器が一つだけ入っていた。
「これは?」
俺は紅宮に尋ねた。
すると紅宮はニヤリと笑った後注射器を取り出し自慢げに見せながらこう言った。
「『AT-541型戦闘用注入式液状強化兵器服II式』つまり、
「!」
そうして紅宮から渡された注射器には、企業のロゴらしきマークと持ち手部分に書かれた注意書き、そしてカバーに覆われた先端には2センチほどの長さの少し太い針がついている。
だがそれ以上に目を惹かれるのは針部分に繋がれたガラスケースから見える緑を基調としたドロドロとした液体だ。
無機的な注射器のデザインの中で一ミリの気泡もなくミチミチに詰められた液体だけが存在をアピールするかのようにニュルニュルと中で
傾けたり振ったり太陽に透かしてみたりして色の変化を楽しんでいると紅宮がウズウズとしだした。
どうやらコイツを早く俺に説明したいらしい。
その意図を汲んだのか代田さんはいつの間に俺らより少し離れたところで佇みこちらを見ながら微笑んでいた。
「ああ、ごめん、続けてくれないか紅宮。」
紅宮は一瞬パァッと顔を明るくしたがすぐに取り繕うように元のクールな表情へと戻した。
「注射箇所は首か手首。普通なら最初は戦闘用タイプじゃ無くて汎用タイプのUSで身体を慣らすらしいのだけど、貴方には時間が無いからコイツでいいだろってこの
中でもこのUSは初心者でも火力は出るけど扱いきれないとUS自体に自分が振り回されるピーキーな一品。それを聞いてCVOの倉庫から私がチョイスしてあげたわ。事故も起きてるらしいけど…構わないでしょ?」
素晴らしいぐらいの笑顔で彼女はそう言った。
爽やかなサイダーのようないい笑顔だ。
「が、頑張るよ。どっちにしろ命掛かってるし。」
「後は…あそこにいる元最高オフィサーから教えて貰らいなさい。」
俺が代田さんの方を振り返ると既に彼はこちらに向かって歩いてきていた。
「ありがとうございます紅宮さん。八木君のUSのチューンアップも担当してくれるそうで。しかもアルカン社製のUSを選ぶとはいい目をしてますね。」
突然褒められた紅宮はどう反応すれば良いかわからずとりあえず真顔で代田さんのことを睨んでいる。
止めてあげて欲しい、ただでさえシュッとした顔つきのせいで怖いし代田さん困ってるし。
「チューンアップってなんですか?」
俺は代田さんに質問した。
「文字通りUSを調整することですよ。身体に注入して扱うものですからデフォルトの状態だと当然体質によってUSが違和感に感じることもあります。性別、人種、血液型、アレルゲン、戦闘スタイルそしてUSの熟練度などなど、USに含まれるシラトを調節する事でその人に合ったUSに作り変えていくのです。」
「へぇ〜、チューンアップってどうやるんですか?薬品とかですかそれともコンピュータとかで…」
俺の脳内にエレクトロニックな研究室のイメージが思い浮かぶ。
「いえ、USを射着した状態でUSerに超強力な電流を流し込みます。」
「……え?」
聞き間違いだろうか?
「冗談じゃないわ。そもそもUSは体内からの電気信号で操る装備だもの。」
俺の困惑に答えるかのように彼女はそう言った。
「…ちなみになんですけど代田さん。チューンアップってどんぐらい痛いんですか…?」
その質問に代田さんはニコッと微笑み、そのまま何も言わなかった。
「ま、私がやるから安心しなさい。初めてだからうっかり多めに電流を流しちゃうかもしれないけど。」
紅宮がニコッと微笑む。笑顔が綺麗な分怖い。
それと前から思っていたがこいつやっぱドエs…いや、命の恩人にそんなレッテルを貼るのは良くない。
そもそも、そうと決まりきった訳じゃ…
「そういえばもう一つ貴方にサプライズがあるわ。ねえ八木くん、指で丸を作ってみてくれない?」
「え、なんで急に?」
「いいから、なるべく顔の近くで、ね?」
イヤな予感しかしない。
だが断る理由もないので俺は紅宮が一度命を救ったやつを改めて殺す特殊性癖持ちでないことを祈りつつ、頬から10cm程の所で丸を作った。
「なあ紅宮、これってどういう…」
「あ、動かないほうがいいわよ。」
「なんで?」
「当たるから。」
「…へ?」
ピジュンッ!
俺が気の抜けた返事を口にしたのと、何かが俺の目の前を猛スピードで通り過ぎたのは同時だった。
丸を作った指の内側にフワッとした衝撃波が伝わり、軌跡の直線上にある芝生がボスっと弾けるような音を出して穴を作った。
「ウワアァ!?」
ガツン!
「プッ!ククククク、フフフフ…」
「紅宮さん…。」
その衝撃に俺は人生史上一番情けない声を出しながら腰を抜かし、そのまま地面に後頭部をぶつけた。
その様子を見ていた紅宮は俺から顔を背けながら必死に笑いを押し殺している。もっとも、全く抑えられてないが。
その一部始終を見ていた代田さんはただただ呆れていた。
地面に落としたUSを拾い、彼女に対する疑念が確定したところで俺は弾が飛んで来た方向を見る。
が、まぁ撃ってきた奴の見当はついてる、なにせあんな狭い空間に弾を通せるなんて芸当が出来る奴を俺は一人しか知らない。
「お久しぶりですね八木さん。」
「おお、八木少年。修羅場を潜り抜けて少しは精悍な顔付きになったと思ったが…まだまだヒヨッコといった感じだな、まあ私はその初々しい感じも好きだけどね。」
「サルシャ!それにリスキィ!」
紅宮が来た階段の上にサルシャとリスキィは俺たちを見下ろす形で立っていた。
妖艶な笑顔をするリスキィとは対照的にサルシャは相変わらずの無表情……に見えたが口角が若干歪んでいたのを俺は見逃さなかった。
ちくしょう…紅宮め……。
サルシャはナイロンの薄めのジャケットにショートパンツと黒タイツを併せたスポーティな格好をしていた。
彼女の背中にはその
「なんでここに?もしかして…」
「ええ私達も『エボル』討伐作戦に参加するんですよ。元々私が狙われてたわけですし、『エボルの襲撃リスクをなるべく上げて迎撃する』 というのが今回の作戦の肝ですから。リスキィさんも同じような理由です。」
サルシャの言葉に反応するように純白にも思える彼女の銀髪は太陽に反射してキラリと光る。
「それは?」
俺はサルシャが背負う銃を指さした。
その殆どは黒の金属パーツで作られているが、持ち手の部分だけ年季の入った渋い色合いをした木製なのが特徴的だ。
そこだけ木製なのは何か理由があるのだろう。
それにしても、男児としてやはりかっこいい武器というのは唆られるものがあるな。
「私の愛銃、ボルトアクションスナイパーライフル『ナスレドニク・ロバエフ』です。私は普段スナイパーではなくどちらかと言えばマークスマンですけどね。」
彼女の身長が低めなのもあって実際のライフルの大きさよりも大きく見える、やっぱり女の子がでかくて無骨な武器を持っているというのはなんというか…萌えるな。
というかサルシャ、試験の時は必死であまり顔を見てなかったってのもあるけど…こんなに可愛かったっけ。
銀髪セミロング・クール・ロシア系の美麗。
なるほど、中学男子が虜になるのも分かる。
うちの中学にいたらファンクラブは出来ていただろう。
俺の視線は自然とライフルからサルシャへと移っていった。
完全に見惚れていた俺はそのことに気づかなかった。
「あの八木さん、そんなに見つめないでもらえると助かるのですが…。」
「………えっ!?」
その言葉で自分がサルシャの顔をじろじろ見ていた事を初めて自覚した。
サルシャは怪訝そうな顔でこちらを見ている。
その青白い瞳も相まって身体の奥がヒュッと凍えるのを感じた。
特にやましい気持ちで見ていた訳ではないが、誰だってジロジロと見られるのは嫌なもんだ。
彼女は特にABC症としてこれまでも奇異の目で見られていたので人一倍人の視線が苦手な可能性もある。
とりあえず、彼女にあらぬ誤解をされないように弁明しよう。
「自分でもよく分からない内にボーッと見てしまっていた。不快に思ったのならその…すまん。」
俺がそう言うとサルシャはため息を吐き、逸らしていた顔をこっちに向けた。
「不快な訳じゃ…ただ男性慣れしていないので見つめられてもどう反応すればいいのか分からなくて。」
とりあえず、弁明はできたらしい。
男性慣れしてない、と言うのは気になるが今そこに突っ込むべきではないな。
俺は黙ってしまったサルシャに何か声をかけようと口を開いた。
「あの、サルsy」
「スウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッ!!…………フゥゥゥゥゥゥゥゥゥ…」
な、なんだなんだなんだ?
俺の言葉に被せてくるようにリスキィがいつの間につけた葉巻を一気吸いし、口と鼻から同時に大量の煙を吐くという曲芸をし始めた。
若干顔が見えづらくなる程にリスキィの周りに白い煙がまとわりつく。
風下にいる為、煙はほとんどこちらには来ないが、それでもニコチンの臭いを筆頭とした癖の強い葉巻の香りが俺の鼻へ流れ着いた。
「ど、どうしたんだ?リスキィ。」
何かを噛み締めるような表情をしたリスキィに俺が尋ねた。
周りを見るとサルシャ、紅宮そして代田さんも突如として起こったこの奇行にポカンとしている。
「ん?ああいやすまない皆の衆『急性青春摂取中毒』にならぬよう、『エモ』をタバコの煙と共に排出してたところだ。」
「き、きゅうせいせいしゅん…?」
特に深い意味はないであろうその言葉に、サルシャは真面目に頭を回していた。
「なんでもない、気にしないでくれサルシャ。」
「はあ…」
(なんでもない事はないだろ。)
煙を吐きながらリスキィは「この苦味あってこその青春…」と辛うじて聞き取れる声量で一言呟いた。
「てか、おいコラ紅宮、今危うく忘れかけたけどけどなんなんだコレ。」
「コレって?」
紅宮がとぼけるようにそう言った。
「さっき俺が狙撃されたやつだよ!死ぬかと思ったわ!」
「あらごめんなさい。でもサルシャ デメッドが来たって文字通り一発で分かるでしょ?試験で一緒だったらしいし。」
まっっったく悪びれることなくニヤニヤとしながら紅宮はそう言った。
「にしてももっと平和的な方法あったろ…てかサルシャはなんでこの案に乗ったの?」
「試験からそこそこ経っていましたからね、私の腕前を久しぶり八木さんに見せてあげようかと。」
そう言ったサルシャは無表情に限りなく近い自信に満ち溢れた表情をしていた。
自分の才能に全幅の信頼を寄せているからこそ出せるものだろう。
「さっきから気になっていたんですがそれ、USですか?」
サルシャは俺の右手にある注射器を見て興味を示したらしく、目の高さを俺のダランと下げた右手に合わせるようにしゃがんだ。
「へぇ八木少年のUSか。もう入着はしたのかい?」
そう言ってリスキィは懐から自分のUS注射器を取り出しクルクルと指で回す。
「いやまだだ。正直つけるのがちょっと怖いってのもある。」
無害なのは分かってるが異物を体に入れるというのはやはり抵抗がある。
初めてコンタクトレンズを入れるときの感情に近いかもしれない。
入れたことはないけど。
それよりも『宿主』がUSを入れても大丈夫なのかという不安の方が大きい。
トトが目覚めて暴れるなんてことがあれば、俺は即刻殺処分。
何より周りにいる紅宮たちを危険に晒すことになる。
不安が顔に出てたのか、後ろから代田さんが優しく俺の肩に手を置いた。
その腕には近くで見ないと分からない程小さな傷がおびただしい数刻まれている。
その一つ一つが彼が歴戦の戦士であることを物語っていた。
「まあ、色々と不安はあるでしょうがものは試しです。早速USを射着してみましょうか。私も入着するので私の真似をしながら注入してみて下さい。」
「分かりましたけど…今更大丈夫なんですか?俺が使っても。」
…いや、暴走しても代田さんがそうなる前に俺を殺してくれる。
彼を信じよう。
「それを確かめる為でもあるわ。それに理論上はUSがきっかけで『宿主』のヴァイラスが目覚めることは無いはずよ。」
そんな俺の心中を察したかのように紅宮は穏やかな声で俺に語った。
エスパーのようである。
「それにひょっとしたら逆に…」
「逆に?」
「なんでも無いわ、とりあえずやってみて。私も宿主がUSを注入したらどうなるか気になるわ。」
「分かった。」
俺は見様見真似でUSを左手首に注入する。
すると注射器のトリガーを押し込むごとに注射箇所を中心に熱いものが身体中を巡る感覚がし、根を張るように身体の中に染み込んでいくのが分かる。
あったかいスープから体の中にじんわりと熱が伝わる感覚と似ている。
注射した左手首にコブが中に出来たような違和感に戸惑っていると代田さんがアドバイスをくれた。
「では注射した左手首とは反対の右手足の指先に力を入れてみましょうか。しばらくすれば
俺は言われた通り俺は右手足の指先に力を入れる。
すると力を入れた箇所に引っ張られるように熱が移動していくのとコブのような違和感がみるみる小さくなるのを感じた。
数分経つと熱ムラは殆どなくなり、その代わりに身体の端々までチクチクとした針金の芯が通っている感覚になった。
「どうですか八木君?」
「熱は均等になりましたけど…なんだか動きにくいですね、チクチクする感覚がしますし。」
手をグーパーグーパーと開けたり閉じたりすると、その度に腕の内側の神経にイバラを巻きつけたような痛みが走った。
「へぇもう循環できたのか。」
リスキィが感心したような口調でそう言った。
「上出来です、一発で循環のコツを掴んだのは志賀君以来ですよ。一度その状態でジャンプしてみましょうか。」
「いいですけど…」
こんなガチガチチクチクな状態で動けるのか?
全く前より動けるようになったように感じないんだけど。
しゃがむのにも普段の二倍ぐらい力が要る気がするし。
「それじゃ…せーのっ!」
俺は思いっきり地面を蹴った。
その瞬間、脚の筋肉にブーストがかかったように力が入り、先程感じていた違和感は無くなった。
「え?」
気付けば俺は近くのビルより高く飛んでいた。
世界は蹴った反動でひっくり返り、俺の眼下に一面の青が広がる。
俺は空を踏んでいた。
全身の内臓がフワッと浮く感覚が俺の上半身に走った。
予想以上のパワー…と言いたいところだったが、そういえば試験会場にいたUSerも5mぐらい跳んでたな。
だが、俺の場合その倍は跳んでいる。なんの差なのかは分からないが、紅宮のさっきの話を思い出すにUSの性能差だろう。
と、そんなことを考えているうちに俺を宙に押し上げた力は既に失われ、代わりに重力が母なる大地に俺を引っ張りおろしているのに気づく。
「あ、やべええぇぇぇぇぇ…!」
跳んだはいいものの降りる時のことを考えていなかった俺は空中で手足をジタバタさせる。
が、四肢は空を切るだけでなんの力も生み出さなかった。
「フンッ!」
俺は咄嗟に能力で近くに立っていた電灯に自分を引き寄せ、電灯を伝って降りることで事なきを得た。
「助かった…。」
「どうでした?USは。」
サルシャがへたり込んだ俺の顔を覗き込んだ。
「危うく地べたに俺の魚拓が出来上がるとこだった…」
「あら、面白い表現ね。それより『能力』、使えるのね。」
そういえばそうだ。
USとヴァイラスは干渉し合ってしまうと勉強した覚えがあるが…俺の体質が特殊だからだろうか。
「まあ色々気になることはありますし、まだ正式な免許もとっていませんが…とりあえず八木君US取得、おめでとう。」
その言葉ととも代田さんとリスキィが拍手をした。
代田さんはともかくリスキィまで拍手したのは驚いた。
サルシャも二人が拍手したのに少し驚きつつ、慌てて手を叩いてくれていた。
「USerの先輩として私から言うことは一つだけです。
ヴァイラスをも殺せる大いなるその力に飲まれてはいけません、どんな力でも所詮扱うのは一人の不完全な生物です。
それを心に留め行動してください。」
代田さんは穏やかな声でそう言った。
それはUSerとしてはもちろんヴァイラスの力を持つ者として向けられた言葉なのだと俺は受け取った。
「了解です、代田先生。」
そう俺が言うと彼は若干照れ臭そうにはにかみ、頭を指でポリポリと掻いた。
「…じゃ、『チューンアップ』の時間ね。」
このしんみりとしていた空気をぶち壊したのは紅宮だった。
てか待て、『チューンアップ』!?
あの電流流されるとかいう?
紅宮の後ろには既に家庭用エアコン程の大きさの物々しい機械が用意されていた。
機械から伸びる恐らく電極と思われる赤と黒の二本の端子が嫌な意味でチャーミングである。
遠くから見ても一目でソレだと分かる見た目だ。
「え?今からか!?」
「当然でしょさっき『チクチクする』って言ってたじゃない、USが馴染んでない証拠よ。サルシャ抑えといて。」
「了解です。」
逃げようとした俺を手慣れた手つきでサルシャが後ろから羽交い締めにした。
その小さな体躯とは裏腹に体はがっちり固定され、身動きが取れない。
てか……ずっと気になってたけどいつから知り合ったんだコイツら!
特にサルシャ、共に修羅場を乗り越えた俺よりも紅宮とのチームワークの方が良くね?
気のせいか?気のせいであってくれ。
(はっ…ABC症。俺今US着てるよな。)
ふと心配……まぁ逃げる口実を作るためもあるが、俺は脇下から伸びる彼女の腕を見た。
長袖・厚手の手袋・スキマは無し。
なるほど、対策はバッチリしてある、100点だ。
ガチャガチャン!
背後のサルシャに気を取られている間に俺は手足に手錠をかけられていた。
自由の身から一転、数日前の状態に逆戻りである。
「なんで、手錠!?」
「つけてないと暴れるでしょ。ええと…両手首に針をぶっ刺して……とりあえず400
そう言った彼女の操作するパソコンに映るメモリは振り切っていた。
絶対とりあえずでやる威力じゃない…!
「ちょっっっっっっっと待とう!紅宮さん、400Vって高くない?
俺100Vの電圧で病院に運ばれた先輩の話聞いたこt…」
「紅宮さん。電流を流した瞬間に離れます。合図をしてください。」
「分かったわ…3、2、1……。」
「ちょっストッ………………!!!!!」
アアアアアアアアアアアァァァァァァァァ……。
俺の悲鳴が虚しく、木更津の空に響いた。
~~~
そんな彼等の様子を代田は少し離れた木陰で見守っていた。
あの三人のヴァイラスに怯えている者がいれば、自分一人で何とかするつもりだった彼だが、どうやら杞憂のようだと安心していた。
(加速のヴァイラス エボルか…。)
代田の思考は既に件のヴァイラスをどう倒すかに移っていた。
CVOにいた頃に罹った職業病のようなものである。
「葉巻はいるかい?」
思案しているといつの間にかリスキィが隣に立ち、煙草を吸いながら同じ銘柄のものを勧めてきた。
「いえ、私は吸わないので。というか一応ノギアに入ったらあなたと僕は生徒と教師なんですから敬語を使いなさい。」
「へぇ〜…ちなみに歳は?流石に歳下に敬語を使うのは…」
「26です。」
リスキィは黙りこくった。
恐らく歳上だったのだろう。
誤魔化すように彼女は戯れるペット達を見るような穏やかな目でカムナ達を望む。
「楽しそうで何よりだ。」
実際に広がっているのは穏やかとは真逆のバイオレンスな光景だが代田はそのことについては言及しなかった。
「ええ、ですが命が掛かっています、それ相応の覚悟は持ってもらう必要がある。彼等の為にも僕は厳しく指導するつもりです。勿論あなたにもね。」
代田は試す様にそう言ったものの、彼女、リスキィ ルドワンテについては大丈夫だと確信していた。
師を介さず独学で触手の発現まで成功させるのは至難の業である。
無免許でのUSの使用という点を除けば、彼女はもっと表舞台で輝いて良い存在だ。
「それはもっともだ、だが試験での八木少年達を見る限り、ヴァイラスを前にして怖気付くような人間ではない。
まるで修羅場を何度も
「『不思議』…そうですね。サルシャさんもそうですが、特に八木君は体質もその経歴自体もまだ不可解なことが多いですからね。」
「というと?」
リスキィが葉巻を吸う手を止め、耳を傾けた。
「彼には6歳より前の記録が一切見つかりませんでした。
彼に関する一番古い資料は彼が居た孤児院の焼け跡から見つかった孤児の引き取りデータのみです。
戸籍は存在したので偽名を使っている訳では無いようですが父、母共に無記名でした。」
「八木少年が六歳の時……そうか彼は東京大災の孤児か。」
リスキィが出したその単語に代田はピクリと反応する。
代田会弦が初めて実戦を経験した事件でもあるそれは、史上最悪のヴァイラス災害でもあり、テロでもある。
「…まあ彼がどんな人間だろうと彼が人間である限り彼を守り抜きますよ。それが私の使命ですから。」
そう言うと代田はカムナ達の元へと向かう。
追従するようにリスキィも足を動かした。
---
「八木君、USに名前をつけましょう。」
カムナ達のところに着いた代田は開口一番そう言った。
「ハァ…ハァ…名前…ですか?」
そう答えたカムナの顔は少しやつれている。
どうやら相当チューニングを重ねたらしい。
「USには名前をつけるのがUSerの通例なのだよ。私の『ヴィトリス』や、代田……さんの『ジロンド』のようにね。」
リスキィがそうフォローする。…が、カムナの方はそう言われてしばらく思案したものの何も思いつかなかったらしく、
「サルシャ、なんか無い?」
サルシャに振った。
紅宮に振らなかったのは彼女に頼めば必ず何か変な名前をつけられると彼が確信していたからだった。
「えっ?私ですか?」
沈黙が続き、サルシャのライフルが風に吹かれた拍子にカチャカチャと音を鳴らす。
顎に手を当て、しばらく熟考したサルシャはゆっくりとその名を口にした。
「では………『
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