会議は踊って 08
「…八木君、君に与えられた選択肢は二つあります。一つは今ここで私に殺されるか。もう一つは永久に研究機関で身体を切り刻まれ、そして死ぬか。」
命の恩人から放たれたその言葉に俺は意外にも平然とした気持ちでそれを聞いていた。
紅宮と話した時からある程度覚悟していたのもあるが、いざ人から
『君死ぬか生き地獄かどっちがいい?』
…なんて言われてもあまり悲観的な気持ちにはならないもんなんだな。
まだ現実的に感じてないのか、あるいは一度死んだようなもんだから死ぬ事に関してあまりショックを感じなくなっているのか…多分前者だろう。
普通に死ぬの怖いと思うし。
それよりこんな早くバレたのが予想外…というわけでも無い、クロムウェルとの闘いでもヴァイラスとの闘いでも割と能力は使っていた。
いずれにせよこのままこの事を隠し通したままノギアに入学するのは不可能だっただろう。
「一応聴いておきますが…今宣告したことについて思い当たる節はありますか?」
「あります…けど、出来れば詳しく説明して頂くと助かります。」
「分かりました話せる範囲のことは全て話しましょう。」
代田は姿勢を正し直し、顛末を話し始めた。
「3日前の試験には『ステルスバク』という自律飛行型極小カメラが試験場全体に配備されていました。『ステルスバク』には『シラト』感知装置もついており、それを使うことで『シラト』同位体である『ヴァイラス』かどうかも判別することが出来るのです。」
うおお、分からん分からん。
急に団体様で登場した単語に俺は頭が追いつかなくなる。
俺の頭に入って来た情報だけでフランクにまとめるならば、
めちゃちっちゃい監視カメラでシラト…確か現代バイオテクノロジーに欠かせない物質だったっけか。
サルシャのABC症のアレルゲンでもあるその物質を、その監視カメラで感知する事が出来て、その機能でヴァイラスも見つける事が出来るってことか。
てか、俺3日も寝てたん?
「試験開始から少し経った頃、森林エリアに配置したステルスバグから微かなヴァイラス反応を示すデータが送られてきました。とは言っても極々微量な反応、試験会場が過去にヴァイラス被災地だということもあり、私はかつて立川を襲ったヴァイラスの残滓のようなものに反応したのかと思っていました。」
森林エリア…という事はそのヴァイラス反応は…。
そんな事を思案する俺をよそに代田はそのまま話を続ける。
「そして加速のヴァイラス エボル の襲撃後、ヴァイラスの足跡を見つける為私とCVOの事後処理部隊はエボルの侵入経路を探る為に試験中のヴァイラス反応を追っていました。すると先程のとある僅かなヴァイラス反応がとある一人の受験者の軌跡とピタリと一致していたのです。」
「それが、俺…」
代田はコクリと頷いた。
「とはいえ感染の特徴も無く、そもそもカムナ君はエボルに狙われた被害者でもある。疑問に思った我々は君が意識を失っている一週間に数々の精密検査をしました。」
一週間も寝てたのか、クジラのヴァイラスの時といいよく眠るな俺は。
自分の快眠っぷりに感心していると、代田は顔を強張らせ真剣な表情で俺を見据えた。
「カムナ君、君がどういう体質で君と君の中にいるソイツがどのようにして出会ったのかは後に聞きましょう。問題は君の身体の中にいるそのヴァイラスが
代田は俺の右腕へと視線を落とす。
「君の右腕にいるソイツは約二十年前パリを死の都にしたヴァイラスの一つ、人類が創り出した最初のヴァイラス『トト』。
その生き残りの可能性があります。」
「は、はぁ?」
いきなりそんなこと言われても意味が分からない。
あのほぼ死にかけでクジラのゲロみたいになってたあのトトが?
カップラーメンで胃袋を掴まれてたあのトトが?
…でも、あのクジラのヴァイラスに襲われた事件でヴァイラスの死体は巨大な球体の肉塊となっていたらしい。
ヴァイラスの自爆でないのだとしたらトトがやったのだろう、その後俺に意識を取り戻されたとも考えられる。
あれをもし人にもやれるとしたら?
そもそも彼女はあの時残り僅かな命だと言っていた。
俺の体が特殊な可能性もあるがあの女児の身体から俺に感染しただけで全快とはいかない筈。
そんな状況でも、彼女はあの巨大な化け物を潰せるのだとしたら全盛期は…。
俺の脳内で歴史の教科書やテレビの中でしか見た事ないパリの街並みが軒並みトトによって球体に潰されていくのが想像された。
だとしたらやっぱり気になる事がある。
歴史に残る大災害を引き起こしたと言われている奴にしては人間に対してあまり敵意は見せてなかったような気がする。
勿論、最初は殺そうとしてきたし弱っていたからわざわざ敵意を見せるような真似をしなかっただけと言われればそこまでだが。
「それで、今に至るって訳ですか。でもそんな奴が右腕にいるんだったら今生かしといて貰ってるだけでも有難く思った方がいいですね。」
半ば生への道を諦めたような俺の発言に代田さんは尚も険しい顔をしたままだった。
「先程の話ですが…実はまだ君の運命決まった訳ではありません。」
「?」
代田さんが沈黙を切るようにそう口を開いた。
「先に提示した二択は君を処分したい近衞財閥が提示したものです。君の正式な決定は財閥と各国研究機関そして各政府の代表達の有識者会議で決定します。」
「え、じゃあまだ助かるかもしれないって事ですか?」
俺は突如として舞い降りた一
「ええ、ですがこれまで開かれた有識者会議のほとんどは財閥の決議案で通っています。だが今回は右腕にいるヴァイラス以上に未だ謎の君の体質自体にも各国は興味を示している。もしかしたら無闇に人権を無視していない選択肢が出てくるかも知れません。」
「その会議っていつですか!?」
代田さんは壁の上の方に掛けられている時計をチラリと見てこう言った。
「今、行われています。」
◆◆◆
カムナが目覚める数分前
有識者会議の会場となった近衞ロイヤルホテルパーティホールでは開会直前とあって慌ただしい雰囲気が漂っていた。
そしてその扉の前に軍服を肩に羽織り、平均より少し大きめな体格の女性がツカツカと歩きながらやってきた。
年齢は三十半頃、少し露出された胸元の近くには『CVO』のマークが刻印されたワッペンが貼ってある。
彼女は知人を見つけると歩みを少し速め、その男へと歩いていった。
「ビザベル博士、貴方も会議に?」
ビザベルと呼ばれた恰幅の良い男は己の名前を呼んだ女性に対し帽子を取り挨拶をした。
「これはこれはエリトメルフェルCVO最高司令官殿。まさか貴女を有識者会議で目にするとは思いませんでしたよ。」
「フッ、苗字で呼ばないでくれ博士、むず痒いんだ。私のことはこれまでもこれからも『リアリナ』と呼んでくれ。」
リアリナが差し出した右手にビザベルは応じる。
自分より一回り歳下である彼女から放たれるその口調にビザベルは苦笑した。
「ところで…そちらの可愛い女の子はどなた様かな?」
リアリナはビザベルの後ろでこちらに見向きもせず論文を凝視する人物を見てそう言った。
体格と顔つきから見るに高校生のようだ。
同じ年頃の女子がファッション雑誌を読むようなテンションで彼女は素人が一目見ても分かる程の高度な論文の束を読んでいた。
「彼女は私の研究室で預かっている学生でしてね、いい経験になるかと思い連れてきたのですよ。…おい君、リアリナ殿に挨拶ぐらいしないか!」
ビザベルがそう学生に言う。が、彼女は聴く耳も持たず論文から目を離さなかった。
「いい加減にしろ!こう…」
再び怒鳴ろうとしたビザベルをリアリナは手で静止した。
「いやいいんだ博士。気にしないでくれ、遊んでいる訳でもないしな。それにもう会議も始まる、私達も早く入ろう。」
ビザベルは不満そうな顔をしながら仕方ないと言った様子で会議場の扉を開け中へと入った。
リアリナと先程怒鳴られた少女はビザベルが開けた扉が閉まる前に滑り込む様にして続いて入室した。
−−–
「おお、なかなかに広いな。」
会議場は普段はパーティ会場として使われているとだけあって部屋の隅々まで飾りが施された絢爛豪華なつくりであった。
既に殆どの有識者たちが着席しており、ビザベルとリアリナは残る最後の出席者であった。
それに気づいたビザベルは最後の一人になってしまったことを申し訳なさそうに縮こまりながら己の氏名標が置かれている扉に一番近い席に座った。
連れ添いの学生服の少女は彼の席のすぐ後ろに雑に置かれたパイプ椅子に座わらせられることを知り、若干不服な顔をしながら座った。
上座の方にあるスクリーンが彼女の席からだと見えにくいからである。
リアリナは鼻唄を歌いながら中央より少し奥の席へと向かい不遜とも言える態度でドガッと乱暴に座って配られたアイスティーを見るとズゾゾっと一口で飲み干す。
議長席に座る無数の皺が刻まれた老爺がそんなリアリナをギロリと一睨みし、その後会議室を一望した。
「それでは予定より少し早いですが、これより緊急有識者会議を始めたいと…」
議長が開議の言葉を口にした瞬間、既に全員着席しているはずの会議室の扉がゆっくり開いた。
「こ、近衞 司総帥…。」
何年も使われているであろうアンティーク調のビジネススーツに
扉から現れたのは現在半隠居生活とされている近衞財閥総帥 近衞 司であった。
「総帥!今、お席を…!」
「構わん、儂は
突然の事で驚いている者もいるだろうが気にせず続けてくれ。」
そう言うと司は付き添いの黒服に会議室の隅へと車椅子を引かれていった。
(近衞の総帥まで来るとは…
リアリナは一抹の疑問を抱いた。
「で、では改めて緊急有識者会議を開会いたしします。
議題はヴァイラスを内包する少年の実体とその処遇についてです。
ではまず、会議内容の深い理解の為現在人類が置かれている状況から説明しましょう。皆様画面をご覧下さい。」
そう議長が言うとスクリーンに逃げ惑う人々とそれを追いかけ無惨に殺戮を繰り返すヴァイラスを収めた映像が流れた。
詳細を説明されなくともそれが史上最悪のヴァイラス災害、パリの悪夢の片鱗を映したものである事を皆悟った。
「十九年前のパリで我々人類は力と富の果てしない追求の産物としてこの世の
その後、原因不明の暴走によりパリは壊滅。
約30万人の被害を出した災厄は『パリの悪夢』と呼ばれその後現在までの二次災害を含めばその被害は200万人を裕に超えるとされています。
現在、全十二体のうち名と能力が判明しているのは六体。
落下の理を操るヴァイラス トト
魂の理を操るヴァイラス レトロ
生きとし器を操るヴァイラス ロナ
視世界の理を操るヴァイラス ニシナ
白骨の理を操るヴァイラス ラブドゥ
そして、先日その詳細が明らかになった
軌速の理を操るヴァイラス エボル
このうち『ラブドゥ』と『ニシナ』の2体のヴァイラスは九年前の東京大災で討伐され、それ以来人類の生活圏へのヴァイラスの襲来は『ロナ』の能力で作り出された改造生物のみとなっていました。
しかし3日前、ノギア学園入学試験会場に『エボル』が襲来、それと同時に既に死んだと思われたヴァイラス『トト』が受験生八木カムナの体内に存在したことが判明したという次第でございます。
では、改めて会議を開始いたします。」
有識者会議が始まった…が、会議は始まってから数十分間突如として現れた近衞 司のご機嫌取りな内容が延々と続いた。
(ああ、リアンに会いたい…。)
リアリナはそんな会議内容に酷くうんざりするものの、ご機嫌取りをする彼等の気持ちが分からぬ訳では無かった。
彼の機嫌を損ねれば自分の築いてきたキャリアが全て無駄になり、酷ければ家族共々路頭に迷って挙句の果てにに一家心中…などという噂も立つほどであるのだ。
それが事実かどうかはともかく実際、療養で半隠居状態の身とはいえ財界、政界、学問界に於いて近衞 司の名は余りにも大きい。
(ったく、あのジジイなんで来やがった。お陰で議論が議論になってねーじゃねえか。)
議論は彼の内包するヴァイラスの暴走の危険性と彼の体質の希少性、そして彼に親族等々が居ないという観点から、近衞お抱えの研究施設へ件の少年『八木カムナ』を研究対象として殺処分し安全性を確保した後、移送される方向へと進んでいった。
「そういえば、その少年は今どうなっているんだ?議長。」
とある大学の教授が形式ばった議論の中そう発言した。
「ご安心をボロペンス教授、現在元最高オフィサーである代田会弦と数十人のCVO上級隊員が特別拘置所にて八木カムナを包囲及び監視についています。」
議長がそう答えたがボロペンスは不満そうに言葉を続けた。
「そんな事は分かっている。問題はパリを、ひいては西ヨーロッパのほぼ全域を人の住めぬ場所にした奴ならそれが分かった時点で即刻、殺すべきだと言っているんだ。
しかも側で監視する一番重要な役は元CVO隊員、しかもエボルとかいう奴をみすみす逃しているそうじゃないか。
そんな奴を監視に置いたCVOは無責任極まりないと言わざるを得んな。
で、どうなんだ?議長。」
「そ、それに関してはリアリナ殿にご質問を…。」
議長が助けを求めるような視線をリアリナに向けながらそう言った。
リアリナは自分が発言しなければならない事を察すると面倒臭そうにマイクのスイッチをオンにした。
「あーえーと、CVO最高司令官のリアリナ エリトメルフェルです。さっき質問されました…えーと、なんだったかな…そうボロパンツ教授。」
「ボロペンスだ!」
「ああ、そうでした」
ボロペンスは頭に血管を浮き上がらせながらリアリナを睨んだ。
「大体、こんな文民出身の…しかも女なんかが人類の盾たるCVOの最高司令になったのがそもそもの間違いなんだ…!」
ボロペンスがそう小声で吐き捨てるように言ったのをリアリナは見逃さなかった。
「ボロペンス前最高司令殿〜。折角CVOから追い出された後にコネで客員教授と云う毒にも薬にもならないポジションに就けたのですから無理に噛み付かず肩書きのような生き方をされたらどうですか?
それとも、そのポジションでは現役時代ほど汚職で稼げないのでストレスが溜まってらっしゃるのかどうなのか、過去の栄光のように偉そうにしていたいのかどうなのか…まぁ私には分かりかねますがねぇ〜!?」
「貴ッ様ァァ…!」
リアリナはこの議場で笑い声を出さぬよう必死であった。
ボロペンスの顔が徐々に真っ赤になり、眉間にシワを寄せ、爪が手のひらに食い込むほど強く握られた拳をテーブルの上でプルプルと震わせているのがひどく滑稽だったからである。
ヴァイラスの死体を合法的に取り扱える唯一の機関という立場上、ボロペンスの頃までCVOは近衞などのバイオ産業などと非常に癒着した機関であり、それ故に度重なる無茶な討伐作戦などで隊員を無駄に死なせていた。
だが彼女、リアリナ エリトメルフェルはそんなCVOを本来の目的である対ヴァイラス組織としての機能を人事部という立場から刷新、組織内の汚職を廃絶そして的確な人材配置をし、さらに大学で防衛学を学んでいたことから隊員からの多くの支持を集め最高司令官の座へと就いたのである。
「質問の内容についてはご心配なき様。そもそも最高オフィサーのリアンは今アフリカに遠征中、もう一人の最高オフィサーは…皆さんご存知の通り、不安定な方なのでね、任せる事は出来ない。
大体、新種のヴァイラスを発見したなら原則拘束とすると定めたのはあなた方だ。」
そう言われ、一部の出席者は唇を噛んだ。
「確かに代田はCVOを辞めはしましたが不祥事とかそんなのではありません。世界一頼りになる素人と思って下さい、CVO最高司令としてこれは誓いましょう。」
先程とは一転、丁寧な口調でそう言ったリアリナに驚いたのか、ボロペンスを含めた他の会議の参加者は押し黙り、会場は再び静寂に包まれた。
「それに、彼ほどヴァイラスを恨んでいるやつを私は知らない。もし件の少年がヴァイラスに乗っ取られるようなことがあってもその瞬間に彼は殺してくれるだろうよ。これでご安心でしょうか?客員教授殿。」
「……。」
ボロペンスは不機嫌な顔をして自分の方を向いてきたリアリナから顔を逸らした。
リアリナはそんなボロペンスを見て鼻で笑うとマイクのスイッチをオフにし、椅子にもたれた。
(しかし、八木カムナ君とやらも哀れだな。わざとじゃなかろうに、ヴァイラスが身体の中に居るだけで事実上の人権剥奪か。いつの時代も自由は旧世代の手の上だ。)
彼女の話が終わり会議の結論が処分という方向に決まりかけていたその時。
一つの細い腕が天に挙げられた。
腕の主はこの会議の名簿に乗っていない、本来なら場違いだと一蹴される行動。
だがその真っ直ぐと佇むそれにリアリナは興味を示した。
「いいよお嬢さん話してご覧。」
腕の主はこの会議の出席者の平均年齢を大きく下げている要因でもある。
許可を得られた彼女は前方に座る男を押しのけ彼のマイクを奪いスイッチを入れた。
「私から一つよろしいでしょうか。ノギア学園高等部バイオ科学研究科の
八木く…八木カムナについて皆さんに話したい事があります。」
突然の彼女の行動に会場は少なからず騒めいた。
「何を勝手に…ここをなんの場だと思っている!そいつを早くここから追い出せ!」
ボロペンスが叫んだ。
「確かに突飛な行動だとは思うがまあ聞いてもいいじゃないか?
他の不機嫌なアドバイザーの皆さんも一人の少女の言葉で覆る会議をしている自覚があるのなら遠慮なく反対すればいい。
ビサベル博士も、よろしいかい?」
「え、ええ。私は大丈夫ですが…」
参加者たちが皆沈黙したのを見て京香は口を開いた。
「では、まず最初に。結論からいうと八木カムナの中のヴァイラスが暴走する事はありません。」
その確信を持った言葉に会場が再び騒めいた。
「その根拠は?」
と、リアリナが合いの手を入れた。
その言葉を待っていたかの様に紅宮は持っていた端末を操作しスクリーンにとある論文を表示する。
その内容にリアリナは見覚えがあった。
会議が始まる前紅宮が読んでいた論文である。
だがリアリナ以外の参加者は論文の内容よりもその論文の右上に書かれた著者欄から目を離さなかった。
そしてその論文を見た瞬間近衞 司の目が誰よりも大きく見開かれていたのに気づいた者はいなかった。
「「し、白戸真希奈だとォ!?」」
会議場を震わすような大声が響く。
(白戸真希奈…現代のバイオ社会で必要不可欠な有機合成物質『シラト』を創り出した現代科学史上最高の天才。それに彼女の論文といえば…)
「何故お前が白戸真希奈博士の論文を持っている…博士の論文は本人
とある国の長官がそう叫んだ。
「ちょっと待て、今思い出したぞ。その名字…貴様白戸真希奈の助手だった紅宮アマネの親類か!?」
その言葉で京香に視線が集まる。
「ええ、そうです。アマネは私の祖母です。」
京香は淡々と言った。
だがリアリナを除く他の参加者は真逆のテンションであった。
「確かに、それなら白戸真希奈の論文を持っているのにも説明はつく…だが…!」
「紅宮アマネといえば、白戸真希奈の研究をヴァイラスの開発に転用した大犯罪者ではないか!」
「早くこの娘を連行し、居場所を吐き出させろ!誰か警察に…」
会場が阿鼻叫喚に包まれ、紅宮は何も発言できなくなる。
リアリナは騒ぎはしないがあくまで中立の立場の為、あえて紅宮を手助けするような事はしなかった。
「静まれッ!」
参加者全員の耳を貫く一喝を放ったのは本来この場を収めるべき議長ではなく、傍聴人として出席している近衞 司であった。
重く、そして響くその声が車椅子に乗る老爺から発せられた事に皆が驚きを隠せず、その影響力の大きすぎる野次のおかげで一瞬のうちに会場は省エネ設定のエアコンの音が鮮明に聞こえるほど静かになった。
「お前達が今する事は紅宮アマネの糾弾なのか?
違うだろう、この会議は少年八木カムナの処遇を決める場の筈だ。」
司は出席者達をジロリと睨んでそう言った。
意見する者など、いなかった。
(おいおい、傍聴人って言ってたじゃねえか。)
リアリナはそう心の中で近衞 司に呆れていた。
「さあ、紅宮殿続けてくれ。」
「分かりました、ですが皆さんの気持ちももっともだと思うので説明させて頂きますが、紅宮アマネは数年前に他界しています。
この論文も祖母の遺品整理の時に発見したものです。」
一瞬どよめきが沸いたが皆近衞 司の方を見て口をつぐんだ。
「話に戻りますと、この論文には八木カムナと特徴が一致する体質について記されておりその体質は『自然宿主』と呼称されています。
当時白戸真希奈は有機合成物質『シラト』に一切の不和なく同調する体質の存在を示唆しており、この論文にはその体質が存在する事が理証されています。
皆さんご存知の通り、ヴァイラスもシラトの同位体から造られており、つまりこれはヴァイラスの『感染』による侵蝕を受けず、逆にそれを封じ込める体質があると言っていると同義なのです。」
「つまり、八木カムナの中にいるヴァイラスは封印されていると?」
リアリナがそう質問した。
「はい、以上の事から八木カムナを早急に処分する必要はなく、逆に即時解放しても問題は無いと言えます。」
皆何かしら反対しようとしたが、白戸真希奈の論文に異を申すことの出来る科学者などいなかった。
科学者ではない彼女を除いては
「それは少々早急で楽観的ではないのか?紅宮殿。」
紅宮は静寂の中発言したリアリナの方を振り向いた。
「確かに安全だという根拠は分かった。だが、万が一暴走した時の対応についてが君から出ていない。
会議が始まってすぐ部下に調べさせたが、君は八木カムナの同級生らしいな。
同級生だから、直接喋ったから大丈夫だと思ったのか?
もしかしたらヴァイラスを封じ込める体質でもなんでもなく、感染してるヴァイラスが人間のフリをしているだけなのかもしれないな。
その可能性は考慮したのか?紅宮殿。」
紅宮はリアリナを見据えたまま動かない。
「君とっては慎重かつ愚鈍で、厄介に思われるかもしれないが、リスクを極限まで回避し、より多くの市民を護るのが我々の仕事だ。」
紅宮は黙り込んだ。
リアリナは八木カムナを積極的に殺したい訳ではない。
紅宮もそれは分かっている、だからこそ彼女と他の出席者を納得させるだけの論弁を自分が言えない事に歯を食いしばっていた。
自分の取り柄の頭脳を持ってしてもクラスメイトである彼を救えない事に煮えたぎる程の自責の怒りが沸いていた。
「そこで、だ。私から彼が我々からの信用得てもらう為の提案がある。他の有識者の方々も聴いて欲しい。」
リアリナはそう言うと、とある一つの解決策を語った。
その後会議は紅宮とリアリナを中心にその策のブラッシュアップを図るものとなり、数十分間の白熱した論議の後会議は終了した。
「…では、これより有識者会議を閉会いたします。皆様御協力ありがとうございました。」
一仕事終え、背伸びしたリアリナが扉付近を見ると既に近衞 司は消えていた。
(何しに来たんだ本当に…そんなことより早くセントラルタワーに帰って関ヶ原の潤う頬に頬擦りをしよう。セクハラで訴えられても後悔しない程に)
リアリナは軽やかな足取りで扉へと向かった。
~~~
【第三十八回有識者会議決議書】
.
.
.
.
-八木カムナの処遇について-
八木カムナは当該決議書に記される以下の条件付きで厳密な身体検査の後、木更津拘置所感染者専用牢及び木更津CVO基地からの解放を許諾する。
以下条件
(中略)
・八木カムナにUSを入着させ、戦闘能力の増強と自然宿主のUS使用時におけるデータを記録することを命ずる。
・四月一日0:00まで武芸指南役及び監視役として代田会弦の同行を命ずる。
・八木カムナの内包するヴァイラスが暴走もしくはその危険性が判断された場合、CVO隊員及び処刑執行役による速やかな死刑執行を命ずる。
・四月一日0:00までに八木カムナによってヴァイラス(個体名 エボル)が討伐されなかった場合八木カムナの身柄のCVO研究施設又は近衞生物学術研究所への速やかな引き渡しを命ずる。
書記 マースティー ブルーローズ
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