逆に狂った時計 06

クロムウェルとの戦闘から数分後、俺達はそこから少し離れたモノレール線路の掛かる街の中心部のデカい交差点へと辿り着いた。

交差点を跨ぐ歩道橋は赤錆びがその表面の大半を占め、交差点の周りには居酒屋や居酒屋などの飲食店の廃墟がひしめき合っている。

人々が逃げ出した後そのままになっているのであろうか、隙間明かりが差し込む店内を覗けば皿やジョッキそして腐り切ったかつて料理だったものがテーブルや床に散乱していた。


ここは先程俺が槍兄弟に不意を突かれた場所だ。

漁夫の利で襲ってきた大量の受験者がまだ乱闘していると踏んで今度はこっちが漁夫の利を狙ってやろうという寸法…だったのだが。



「なっ……!」


少なく見積もっても三十人はいたその受験者達はなんと殆どが倒されてしまっていたのだ。


倒れた受験生の中で佇む一人の人間を除いて。


「おや?これはまた随分とかわいらしい若人達じゃないか。」


女だ。


スラっとした凹凸の少ない長身痩躯に似合うカーキー色のトレンチコート、左目にかかる薄汚れた片眼鏡モノクルと前髪に隠れかけている端麗な顔のその容姿は形容し難い妖艶さを醸し出していた。


「全員お前がやったのか?」

「ピンポンだ少年、私の名前はリスキィ。リスキィ ルドワンテだ。」

「リスキィ…!」


サルシャが驚いたような声を上げる。


「ほう!知ってんのかい!?私も有名になったもんだね。」


彼女は嬉しそうに言った。

口の間から覗くギザギザな歯がチャーミングだ。


「二年前の合格者、その殆どを半殺しにした犯人を知らない受験生がいる訳ないでしょう?」


勿論俺は初耳である。

とりあえずサルシャに知らないのがバレないように俺は適当に頷いた。

あの冷たい目で侮蔑の視線など送られてしまえば間違いなく精神にクるからな自殺しかねん。


「へえ…だが君の隣の少年は知らないようだよ。」

「え…?」


すぐバレた。

そして案の定サルシャがありえないという顔をして振り向いた。

何故だ、完璧な知ったかぶり顔だった筈なのに。


「で、どうする?倒すのかいこの私を。」


言葉の内容に対してその口調はまるで友達に話しているかのように軽く、俺は少し拍子抜けしてしまった。


「八木さん。」

「ドウワァ!何!?」


拍子抜けした俺の耳に走るくすぐったい感触と耳骨に感じる微振動、そしてその透き通った声色に不意を突かれ、俺は背筋をピンと伸ばしながら奇声をあげた。

そして視界の端にいたリスキィはそんな俺達を見てキャバ嬢を見つめるおっさんのようにニヤニヤとしている。 キモい。

そんな俺とリスキィに構わずサルシャは再び耳元で話し始めた。


「彼女と一人で闘えますか?」

「!」


俺はサルシャの口元が隠れるように体の向きを変えた。

単に後ろから囁かれるのがくすぐったかったのもあるが、彼女リスキィに唇の動きから会話を読み取られる危険を防ぐ為だ。


「どんな手を使ったのかは知りませんが、彼女は対多人数戦闘を非常に得意としています。このまま好き勝手にさせればここ周辺の受験生は皆彼女に狩り尽くされてしまうでしょう。なので私が他の受験生を倒している間、ここで彼女の足留めをしておいて欲しいのです。」


良案だ。俺とは違い、サルシャは一人でも安定してポイントを稼ぐことが出来る。それにこの試験は俺がどれだけサボろうとリスキィがPを稼げば俺も合格するのだ俺にとっても悪くない提案だ。ただ…


「俺がリスキィを足留めできるかどうかという不安点を除けばいい案だな。」

「いえそこは心配してませんよ。」

「ええ?」


三十人ぶっ倒した奴を俺一人で足留め出来ると思ってくれてるのか?

まさかサルシャ…デレか?

ここにきてクール属性がデレも発現するようになったのか? 

それとも俺が気づいていないだけで俺ってめちゃくちゃ強いのか?


「勘違いが顔に出ていますよ気持ち悪い。貴方が強いから頼んだのでは無く、私が足留め出来ないから貴方に頼むのです。癪ですが敵に位置が知られ、しかもこの距離のスナイパーに出来ることは皆無ですから。」


なんだがっかり。


まあ戦闘経験が先の二つと昔の友達との喧嘩を含めても片手で数えられる俺とは違ってサルシャはそれこそ幼少期から狙撃の練習をしてきたんだろうしそりゃそうか。


「別に貴方のことが弱いとは言ってませんよ八木さん。貴方のその…ヴァイラスの能力は引き留めるのに役立つと思ってますし、それに戦闘経験も浅いのにクロムウェルと闘って意識を失わなかったのは結構評価してますよ。」

「サ、サルシャ……」


俺はその干ばつの大地に染み込む雨のような言葉に感涙した。


「親愛のハグしていい?」

「冗談を言うならぶち抜きますよ。」


サルシャが背負っている狙撃銃に手をかけてそう言った。


ごめんて。


「ハァ…とにかく任せますよ。」

「ああ、任せてくれ。」


サルシャはそのままリスキィがいる方と反対方向へ走り出した。


「…悪い待たせたな。」


俺は振り向き、改めてリスキィと対峙した。

そのスラっとした体型見れば見るほどコイツに三十幾人も倒すようなパワープレイができるゴリラ系女子には思えない。

あの細い腕じゃ割り箸割るのにも苦労しそうだ。

て事は、コイツも使っているという事だ『US』を。


「ぜ〜ん然気にしてなどいない。逆に礼を言うのはこちらの方だよ、少年。」

「?」

「ことこの現代社会において、私が世界一の富豪になりその権力を一手に集め、どんなに技術が進歩しても手に入らないものがある。それはなんだと思う?少年。」

「さ、さあ?」


闘いの前とは思えないような質問にオレは困惑する。


「それは『青春』だよ少年。泥臭くそれでいてシトラスの香りが漂うような友情、モヤモヤとしながらも甘酸っぱくほんのり苦い劣情!性差や社会的評価、欲、それらの中で苦悩する10代後半の男女達が織りなす禁断の狂詩曲ラプソディ

それはいくら大人が試行錯誤しようと決して再現することの出来ない人類の社会システムと時流の摂理とシナプスが産んだ『エモさ』の究極形!…その片鱗を君達は見せてくれたんだ、感謝しかないよ。」

「お、おう…どういたしまし…て?」


彼女からアウトプットされた多量の情報を処理できず、俺はただ茫然としていた。

新手の精神的攻撃とかなのか?

いや違う、やっぱりコイツの本質はおっさん。

しかもコイツただのおっさんじゃ無い、荒んだ学生時代を恋愛マンガや街中でイチャイチャするカップルに自身を投影する事で心を満たすタイプのおっさんだ!


「フゥー…おっと無駄話が過ぎたね。お詫びと言ってはなんだが耳寄りな情報を教えてやろう。君が勘づいている様に私は『USer』だ。」

「…ユーザー?」


彼女は親指ぐらいの太さの葉巻に火をつけながらながらそう言った。

初めて聞く単語を知ってますよねみたいに言われても訳が分からん。


「US使用者のことだよ、知らないのかい?」

「知ってるもなにも試験ここでUSを使ってる奴がおかしいだろ。お前といい、槍野郎といい、金玉野郎といい運転免許合宿に車で来てるようなもんだ。」

「それは…あるんじゃないのかい?。」

「…確かにそれはあるな。」

「まあでも、君の気持ちは最もだ。だが多分他の受験者と私とではUSを所持している理由が違うと思うよ。」


ん?その言い方だと他の受験生がまるで組織的にUSを持ってるみたいな…。

まあいいか、どうせ分かったところで何も変わらんし考えるだけ無駄か。


「へえ、じゃあちなみになんでお前は持ってんだ?」

「それを教えるほどの義理は無いね。」


ちっ、どさくさに聞いてみたけど答えないか。

まあ他に何か教えてくれるらしいし、とりあえずそれで我慢しよう。


「さて話はここからだ。君は疑問に思っているはずだ、何故こんな絹糸のように繊細で可憐なギリシャ彫刻のような女性がたった一人でこんな人数の屈強な男達を倒しているのか。」

「そうだな。」


主語がだいぶ壮大になっているが、まあ概ね合っているしスルーでいいだろう。 


「少年にお姉さんがオシえてあげよう。USの新たな段階、私が彼らを倒せた理由を。」


そういいながら彼女はまだ肌寒いというのに、身につけているトレンチコートを腕を通しつつ身体の向きを変えて俺に背中が見えるように脱いだ。

コートの下から現れたセーターは背中部分が空いており、そこから色白の、そして真ん中一直線にゴツゴツとした背骨の形が浮き出る肌が露出される。

なんてセクシーな。童貞を二、三人は殺しているデザインだ。

危うく俺も殺されかけた。


しかし、真に驚愕したのはその後であった。

その露出されている部分からまるでツル植物が急激に成長するかのように突如としてソレは飛び出した。

そして緑色に光るそいつは背骨を挟む様に六対ほど生えたところで生えるのを止め、その先端をハルバード穂先のような形状に変化させたのだ。


なんだ…これ…。


「これが、タネだ。USの武器形成化能力を応用し、発現する事で特質能力を得る事出来る。俗に『触手』と呼ばれるUS形成能力の極地だ。」

「こんな細いので…コイツらを?」


見た感じ太さも長さもとてもパワーがあるようには見えない。

せいぜいうねうねしてて気持ち悪いなというのと先っぽがちょっと危ないというぐらいだ。


「おや?あまり驚かないな。まさか『こんな細いもの大したことなくね』とか思ってるんじゃないのかい?」

「まあ正直…。」

「やはり君は闘いの経験と洞察が浅いと見える。詰まるところ戦闘童貞だ。」

「せ、戦闘童貞?」


ふざけるな!こちとらここ直近で二回も勝った戦闘プレイボーイだぞ!

辛勝×2だけど。


「よく考えてみたまえよ、闘いに於いて相手の手数が増えるということがどれだけ厄介なことか。」

「!」


言われてみれば確かに、四肢以外からも攻撃手段があるという事は戦闘中そいつらにも気を配りながら両手両脚の処理をしなければいけない。

しかも彼女は特質能力を得ると言っていた、つまり手数が増える他にも何かあるという事だ。


「ではかかってきなよ。そう言えば名前を聞いていなかったね。」


何故このタイミングで名前を?と思ったが深く考えずに答えることにしよう。

こいつにまともに対応してるとカロリーの消費が半端ない。


「…八木カムナだ。」


俺はそう答えながら木刀を構えた。

先の2戦でだいぶガタがきているが無いよりはマシだ、それにさっき軍事基地に訪れた時にかっぱらってきた伸縮式の警棒もある。

折れてもう武器が無いと思わせて不意を食らわせてやる。


人のいない街を抜ける冷えた風が俺とリスキィの髪を凪いだ。


「いい名前だ。さてと八木少年どこからでも攻撃するがいい。私からは一切手出ししない。」

「…は?」


手出ししない?

え、いいの?ボコボコだよ?

女性の身体を木刀で打ち込み台みたいに叩きつける趣味は俺には無いよ?


「ああ、正確には手足を全く動かさないという意味だ。君から攻撃されたからといって反撃をするつもりも無い。私はこの触手だけで君の攻撃に対応してみせる。」


自身から伸びる触手をウネウネと動かしながら彼女は余裕の表情と口調でそう言った。


「後悔すんなよ!」


木刀を下段に構えながら走り出した瞬間、リスキィの触手のうちの半分程だけが一斉にその穂先を俺に向ける。

徐々に俺とリスキィの距離が肉薄し、木刀が触手の一つに差し掛かろうとした。

その時だった。

まるでその空間ごと断ち切るように、『ソレ』は迅来した。


ドオオオオオオオォォォン!


辺りの地表を這うようにソレが移動した軌跡から放たれたソニックブームは、当然その軌跡近くにいた俺達を不意を突くように襲った。



「「「「ぬわァァァァ!」」」」

「ぐっ…!」

「………!」


少し前に目覚め、脱落したというのに隙を見てリスキィにリベンジしようとしていた倒れてた受験生はゴミのように街の向こうへと飛ばされた。

一方それらと共に吹き飛ばされそうになった俺は咄嗟の判断で近くにあった街灯へと自分を引き寄せしがみつき、リスキィは触手をペグのように地面に突き刺すことによって衝撃波に耐えていた。


ーーー


「!…八木さん!?」


時同じくしてカムナ達から5キロ以上離れていた地点で狙撃を行っていたサルシャでさえ、そのけたたましい衝撃音と押されるような風をその身に感じていた。


「一体何が…。」


ーーー


衝撃から数十秒後、砂煙がまだ舞う中俺はうっすらと目を開けた。

辺りに無造作に無造作に置かれていた段ボールやゴミ箱、さらには自動車も吹き飛ばされたようだった。

ここまで共に戦った俺の木刀もあの爆風で吹き飛んでしまった。

さようなら俺のスーパー無双ランバーブレイド…。

あ、これ刀銘な。


「…リスキィ〜生きてるかー?」

「ふかしていた葉巻が消えてしまったショックで死にそうだ。」

「大丈夫そうで何よりだ。」


何故か片眼鏡モノクルが無事なリスキィをよそに俺は街灯の影になっていた体の中心部以外についている砂を払いながら辺りを警戒する。

吹き飛ばされた後には何かがあるに決まっている。

俺のジンクスがそう叫んでいた。


「この衝撃、もしや…。」


リスキィが二本目の葉巻に火を点けながらそう呟いた直後、俺は砂煙の中からゆったりとこちらに向かって来る人影を見つけた。

その不気味さに俺は反射的に警棒を構えた。

この状況、このタイミングで衝撃が来た方向からくる奴。

まともな奴な訳がない。


「いやあ、折角ニンゲンを見つけたのに速くてうっかり通り過ぎちゃったよ〜。やっぱりいい肉体を持った個体だったし性能がいい、目利きがいいね俺。」


それはこの状況と対照的に酷くちゃらけたような口調だった。

だが俺はそれを聴いて冷や汗が止まらなかった。

その声色を俺はつい数十分前に聞いたばかりなのだ。

そんな筈無いと俺は自分に言い聞かせる。

だが悪い予感というものは古来から高確率で当たるものである。

俺は今日それを身に沁みて実感した。


「クロムウェル…。」


その声、その背丈、その顔面。

先程俺たちで闘い、そしてその後サルシャの入学を使命に背いてまで認めてくれた少し素直じゃ無い男。

近衛家執事クロムウェルが…いやクロムウェルと全く同じ姿形をしたナニカがそこには立っていた。

だがトレードマークのメガネを掛けておらず、整髪料でガチガチにセットされていたオールバックは乱れ、髪色は生来の黒にピンクが入り混じっていた、そこにかつて彼が醸し出していた上品さは存在していない。

加えてソイツの下顎から頬に沿って目下まで伸びる巨大な二本の牙がそれが人間では無いことを俺に教え、全身の細胞がコイツは駄目だと危険信号を鳴らしている。


間違いない、ヴァイラスだ。


「知り合いかい?彼と。」


そう俺に聴くサルシャに俺は黙って首を横に振る。


「あれ?知り合いだったのか、コイツはちょっとマズったな。まあいいか聴くだけ聴いて知らなかったら殺せばいいし。」


牙をポリポリと掻きながら思ったことを全て口に出すその様はまるで無邪気な子供のようで、その全身から発せられる得体の知れなさは俺に生物としての恐怖を与えた。


「それじゃ、君らに質問。サルシャ デメッドってどこに居るか分かる?」


……は?

なんでヴァイラスがサルシャを?

いやそんなことはどうでもいい、今分かるのはバカ正直に答えれば確実にサルシャは殺されるということだ。

論拠はないがそう俺は確信した。


「その顔…知ってんなあ。」


それの言葉が俺の鼓膜を震わせた時にはソイツは既に俺との距離を数センチまで縮め右拳で俺の腹を殴っていた。


「ヴッ…プッッボエエエエエエェェ!」


吹き飛ばされる…というのはなかったものの衝撃で消化物と胃液がピチャピチャと音を立てながら俺の口から垂れ流される。

涙で視界は歪み、激痛が遅れて腹を駆け巡った。


「汚ったないなあ、ほら知ってんだろ?早く喋ってよ。」


蹲る俺の髪を掴み挙げながら奴はそう尋問するように言った。


「ゲッホッゲッホッ!…ハァハァ、お前ヴァイラスか?」


俺がそう言うとソイツは吐瀉物溜まりへと俺の顔を叩きつけ、足で頭をグリグリと踏みながら不満そうにこう続ける。


「だぁ〜かぁ〜らぁ〜ハァ…分かっていないようだから状況を教えてあげるよ、今お前は僕に生かされてるんだ。サルシャ デメッドがどこにいるか知ってるんだろ?いやそれどころじゃないな、表情を見るに知り合いでしょ。サルシャの元に案内さえすれば殺さずにおいといてあげる。従えよ、僕は君達にとっての上位存在なんだから。」


コイツとサルシャがどう言う関係かは分からない、だが確定なのはコイツがヴァイラスでトトと同じく喋れるぐらいには知性を持っているということだ。


しかもこの雰囲気、トトとは違って話が通じない!

クソ!食べ物で許したトトがチョロく見える!


「リスキィ逃げろ…コイツは感染した知性を持つヴァイラスだ。殺されるぞ!」


俺は彼女に向かってそう叫んだ。

俺に今出来るのはこれぐらいだ。

顔を踏まれているせいで彼女が何処にいるのかは見えないがここにいれば確実に彼女も殺される、いやリスキィは既にこの異常から逃げているのかも知れない。


「へぇ、コイツは随分とイケメンなヴァイラスだ。ああ…だがやっぱダメだね牙がダサい。」


リスキィは逃げていなかった、それどころか彼女はヴァイラスの肩を掴み俺から引っぺがそうとしていた。


「…なんだお前、死にたがりか?」


ヴァイラスはそんな彼女をなんとも思ってないかのようにニヤニヤと対応する。


「君こそ人間様の文化を学ばないか。人の顔を踏ん付けるだのどうこうのモラルは初等教育で教わるとこだ。知性があると聞いたが品性の無い知性ほど愚かな物はないよヴァイラス。まあ所詮虫ケラの脳みそに毛が生えた程度の…」


その台詞を最後まで言い終わる前に、ヴン!と音を立てながら空を穿つようにリスキィに向かってヴァイラスは裏拳を放った。

確実に息を止める為のその攻撃はリスキィの背中から生えし触手数本によって完璧にいなされた。


「挑発に弱いのかい?フフフ、口調といいまるでガキだね。」

「黙れ。」


それまでヤツの顔に張り付いていたニタニタとした薄ら笑いは消え、逆にリスキィの顔には小悪魔のような笑顔が浮かび上がっていた。

ヴァイラスは俺から足を放し、リスキィと向かい合う。


「一つ聞くが八木少年。サルシャってのはさっき君の隣にいたカワイコちゃんかい?」

「…ああ。」


俺は腹を押さえ、俯き立ちながらそう言った。


「なら、闘るしかないねぇ。」 


リスキィはヴァイラスを睨みながらそう言った。

既に戦闘に参加出来ない俺は巻き込まれぬよう二人から遠ざかる。


「…US『ヴィトリス』」


そのリスキィの言葉と同時にヴァイラスはリスキィから離れるように後ろに向かって トンッ と跳び、リスキィは既に展開していた6対の触手うちの一対を体内へ納めそれとほぼ同時進行で左手に触手の穂先と同じ形のハルバートを形成した。


「面白いな、さっきの男とは違いそうだ。それにそのウネウネとしたやつなにかあるだろ。」


ヴァイラスはそう言いながらその一回の跳躍で後方にあるビルの壁に足を着け、そして弾丸のように壁を踏み台にしてリスキィへと突っ込んだ。

あまりの速さに俺はソイツがリスキィに突進した事を数秒遅れて理解した程であった。


「!」

「何かと思えば突進か、上位存在とか謳う割に芸が無いね。」


だが彼女は何一つ傷ついていなかった。

それどころかヴァイラスの頬にはリスキィの触手が付けたと思われる切り傷が一筋付いていた。


嘘だろ…何したんだ。


反射神経の強化?

いやいや、USってのはあくまで肉体能力の強化だ。

脳をどうこう弄れるものじゃない。

かと言ってあんなマッハに近い物体の対処を素の脳でどうこうできるとも考えられない。


「なるほどね、今のでお前の触手の能力が分かった。脳や脊髄を介さない全自動の防御と反撃、それも動きじゃなく自分に向けられる『敵意』のようなものに対して反応する、それが能力だ。じゃなきゃあの速さの僕の突進を受け流すなんて不可能だしね。」

「!」


自動防御と反撃…だから『好きに攻撃してみろ』って言ってたのか。


「…全自動産うんぬんの方はともかく、何故反応するのが『敵意』だと思ったんだい?別に君のトロい動きに対応できる触手なのかもしれないじゃないか。」


相も変わらずリスキィは挑発を忘れない。


「まあね、でも突進してる時触手は僕にだけ反応して風に乗って飛来した砂利とかには一切触手は反応してなかったし。何より僕が挑発に乗って怒り始めてから触手は僕の方に先端を向け出したしね。」


ああ確かに、さっきリスキィに攻撃しようとした時に触手が半分ぐらいしか俺に向かってこなかったのは地面に倒れてた騙し討ちしようとしていた受験者達の『敵意』に反応していたからか。


「いい線行ってるよ。一回の攻撃だけでここまで見破られたのは初めてだ。というか、さっきの言い方だと君はわざと挑発に乗ったみたいな感じに聞こえるが?」

「その通りさ、誘いには乗ることにしてるんだよ。それくらいハンデにしてやらないと面白くないだろ?でもここまでだ。所詮はUS、人体の身体能力の延長線上。全てから潰して殺しその後、そこの奴からサルシャ デメッドの情報を吐き出させる。」


ヴァイラスはそう言い後ろ歩きに数メートル程リスキィと距離をおき、トンットンッと身体をほぐすように二回ジャンプした。

なにか来る。

その予感からリスキィは触手とハルバードを構え、俺も腹の痛みに悶絶しながら警棒を構える。

そしてヴァイラスは地面を踏みしめるようにゆっくりとリスキィに向かって一歩踏み出した。


「アクセラレーション:ライナー」


次の瞬間にはヤツはリスキィの後ろに立っていた。


何をした?

瞬間移動?

ワープ?


そして遅れてやってきたフワッと内臓が浮き出るような感覚とその後背中に走った鈍痛で俺は自分がぶっ飛ばされ、壁に激突したのを始めて自覚した。


「ガ!プッ…」


空気と共に中身の無くなった胃から酸っぱい匂いの液が口から飛び出し、そのままズルズルと壁に沿いながら下落ちる。

向こうを見てみればリスキィも反対側のビルの壁面にめり込んでいた。

瞬間移動じゃない。

アイツはただ走ってるだけだ。

衝撃波が巻き起こるほど速く。

壁に埋まり俯いているリスキィを観ながらヤツはケラケラと嗤った。


「やっぱりお前に対して直接攻撃しなければその触手は防御も反撃もしないね。横を通っただけじゃその触手は動かなかった。まあこんなもんだよ、最初に防いだ時は少し期待してたんだけどね。」


リスキィの触手はダランと下がり、完全に機能を停止していた。

それを見てヤツはリスキィから興味を失ったようにクルリとこちらを向いた。


「さて…君の番だ。サルシャ デメッドの居場所をおしえて貰おうか。」 

「ッ…!」


俺は必死で右腕に込めて腕を黒く染めた

考えてやったのでは無い。

ただ『コイツから逃げなきゃ』と思いながら俺は近くのビルに向かって能力を発動した。


「ん?なんだそれUSじゃ……まさか、?」


ヴァイラスが怪訝そうにそう言った。


「ラ゛ア゛ア!」


俺は逃げながらヴァイラスに向かって警棒をぶん投げた。

警棒はヴンヴンと唸りを上げる程のスピードでヤツの元へクルクルと向かったものの簡単に右腕で弾かれた。


「チッ…!」

「うおっ、USも使って無さそうなのにこの威力…なんなんだ君は?…しょうがない、サルシャデメッドとその体質両方吐き出させるとしよう。あ、ちょっと待ってよ逃げるなよ〜。」

「ハァ…ハァ…」


俺は脂汗をかきながらとにかくアイツから逃げた。

さっき殴られた腹の痛みがまだ引かない。

クソッ内臓やられてたりしないだろうな!? 


「ッ…マジかよ!」


後ろを振り返ればヴァイラスは俺を追いかけるのを止め、再びあの高速移動をする為に身体をほぐしていた。

次やられたら本気で動けなくなる。

ビルの影に隠れるか?いや、アイツならビルごと突っ込んで来そうな気がする。

そうされれば逆に瓦礫が舞って危険だ。

アイツは俺から情報を聞き出そうとしてるから殺しはしないだろうが再起不能なレベルにされられるかもしれない。


「仕方ない、いう事聞かないならもっかいぶっ飛ばすか、アクセラレーション:ラ…」


やばい。


そう思った瞬間だった。


「お前か人様の学校で好き勝手やってるヤツは」


ギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリリリリリィィ!!!!!!


「ングァッ…!」

「!?」


突如として現れたその男は俺達の上からまるで大根を擦りおろすようにヴァイラスの頭を踏みつけながら激着した。


降臨とはまさにこの事を言うのであろう、その一瞬で俺はすぐに理解した。

その男とヴァイラスの間にある圧倒的なパワーバランスの差を。

今まで見てきたどの生物よりもその男は強いと。


「喋れるヴァイラス以来だな、会話が可能なのかは別として…で、何しに殺されに来た。」


そのクマに囲まれた冷眸で彼は目下のソレを睨む。

エボルは自身を踏みつける男を見て高らかに笑った。


「ッハハハ!お前の事は知ってるよ!代田会弦!」


代田会弦


現ノギア教職員にして

対ヴァイラス機関CVOの元戦闘員、そして












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