サルシャ デメッドとABC症 04
「近衞壱与様、試験を棄権し家にお戻り下さい。これは総帥命令でございます。」
オールバックの黒髪に細長い体型に大きな丸メガネ、動きにくそうなピチッと決められたスーツが特徴的なその男が放った言葉はその丁寧な物腰とは裏腹に機械のように淡々と告げられた。
「申し遅れました、八木カムナ様。私は近衞壱与様の専属の執事でありますクロムウェルと申します。」
胸に手を当てお辞儀をするその所作は素人の俺から見ても一流を感じさせる程流麗であったがその分彼の口から放たれる乾いた声色は俺に不気味さと恐ろしさを感じさせる。
「俺の名前知ってんのか?」
「あなたがお嬢様のペアだと分かった瞬間から調べさせて頂きました。『八木カムナ』年齢15歳両親共に不詳、6歳から12歳までバークシャー孤児院で過ごし、その後孤児院にいた67人の孤児と共に謎の失踪を遂げる…こんなとこでしょうか。」
当たっている。
試験開始からそれほど経っていないのに…恐ろしいな、近衞の情報網は。
「さあ壱与様、帰りましょう。近衛家は貴方様をお待ちしております。」
「いえ、帰りません。それにクロムウェルさん、私が棄権したら彼はどうなるんですか?」
サルシャは俺の方をチラッと見てからそう言った。
「勿論一人で受けて頂くことになります。しかしお言葉ですが八木様には一人でこの試験を突破できるような実力は無いと思われますので…来年の試験をご挑戦頂く事になるかと。」
「私の意思は?」
「家の決定です。当主では無い壱与様には従う義務がありそして私は連れ戻しに来いと命令されています。そこに貴方や私の意思の介在はございません。私は雇われている以上、力づくでも壱与様を連れ戻…」
タァァン!
誰もいない森の中に一発の銃声が響く。
撃ったのは勿論彼女だ。
「行きません。私とこの才能は近衛の駒になる為に生きてきた訳じゃ無いんです。」
およそ三百メートルもの距離を当てたサルシャである。
たかだか十数メートルほどの距離で外す筈がない。
だが彼…クロムウェルは防いでいた。
まるで赤子に小石を投げられたかのように、額に向かれ放たれた弾丸を手で弾いていた。
「ナッ…!」
常識ではあり得ない現象に俺は目を疑う。
弾丸が当たったと言うのに彼の手には傷一つ付いていなかった。
「不意打ちとはいえ私が弾丸を掴まずわざわざ弾く選択を取るとは…やはり貴方は才能の塊です壱与様。その『不幸な境遇』に生まれて来たのにも関わらず、貴方は天性の狙撃センスと弛まない努力で他を寄せ付けない圧倒的な実力を手にした。その貴方の実力に敬意を表して…本気で貴方を捕える。」
その言葉と同時に袖をまくった彼の腕を疾る様に血管が盛り上がる。
細いと思っていた脚にスラックスの上から分かるほどに筋肉が盛り上がり、急激な基礎代謝の変化で熱せられた体からは蒸気が迸っていた。
「まともな戦意を持つ前に決着をつけます。私のUS『ベルファスト』によって。」
ドン!!という地面を蹴る音が響き、彼はサルシャ最大の攻撃手段であるライフルによる射撃を封じる為に襲いかかる獣の如くサルシャに肉薄した。そのクロムウェルのパワーとスピードは側から見ても先程戦った男とは段違いであった。クロムウェルはそのままサルシャの脇をすり抜け、あくまで意識を落とす為の手刀を繰り出した。
「失礼。」
まるで礼儀作法に乗っ取るかのように放たれた美しい軌道を描く手刀。
サルシャは避けることを諦めギュッと目を閉じた。
だが彼女の首にその手刀が当たることは無かった。
攻撃目標であった彼女の身体は引っ張られるように俺の右腕の中へすっぽりと入っていったのだ。
「!?」
「危ねぇ、ギリギリだったか。」
俺はクロムウェルが突進してくる直前に五メートルほど離れたところからサルシャを能力で引き寄せていた。
何かしら攻撃を仕掛けてくると思ってやっておいて良かった。
かなり際どいタイミングだった。
あと能力発動のタイミングがコンマ1秒遅かったら、サルシャの意識は持っていかれていただろう。
さてここからどうするか…
ふと腕の中のサルシャを見ると彼女は虚を突かれたかの様に俺の方をボーっと見ていた。
その後自分がほとんど抱きつかれたかような体勢なっていることに気づきバッ!と俺から離れ、そっぽをむいてしまった。
触られるのが嫌いと分かっていてもちょっと心に来るなぁ。
一方クロムウェルはそんな俺たちには目もくれず空振った手刀をジッと見てこう呟いた。
「今の…どうやったんですか?」
不味い。
咄嗟とはいえ特に隠すこともせず能力を使ってしまった。
「あっ、いやぁどうやったんでしょうね!あそうだヒモですヒモ!こう見えないヒモでクイッと…」
「付近にそんな気配は有りませんでしたし、壱与様にヒモを仕掛ける素ぶりもありませんでした。それに、壱与様があなたに引き寄せられる瞬間あなたの右腕が黒くなったように見えました。」
なんちゅう観察眼だ、これもUSの能力なのか?
まあ我ながら苦しすぎる言い訳だとは思ったが。
「あなた何者…いや、ナニモノなのですか?」
「…さあな、俺のこと倒したら教えてやるよ。」
「バカなんですかあなた!?これは私と近衞家の問題です!あなたには関係ないじゃないですか!」
サルシャはそう叫んだ。
「関係ないことあるか。こっちだって試験が掛かってるんだぞ?あいつの言う通り俺はサルシャに比べれば弱いかもしれない。事実俺一人でヤツに勝てるビジョンが全く見えないしな。」
「フッ、ならば尚更何故そんな無駄な抵抗をするのか理解に苦しみますね。」
クロムウェルは額に指を当ててトントンと叩く仕草をしながらそう言った。
「話をよく聞けよキザ執事。『一人』で勝てるビジョンが見えないだけだ。『二人』ならまだ分かんねえよ。」
クロムウェルはピクッと眉を動かした。
「では私を倒すと?貴方と壱与様が?」
「ああ、戦うよあんたと、倒したらポイントも貰えるしな一石二鳥ってやつだ。それに彼女はお前らのとこの近衛壱与である前に、俺のペアのサルシャ デメッドだ。」
「よろしい、格の違いを教えてあげましょう。」
俺は木刀を構え、正面からクロムウェルと対峙した。
あたりの空気がピリつき、木の葉を撫でる風の音のみが耳を撫でる。
しばらく睨み合った後俺は目の前の男に向かって雄叫びを上げながら全速力で走り出した。
「ウオオオオオオオオオオォォォ!」
ぶつかる。
そうそこにいる誰もが思った瞬間。
俺はそのままクロムウェルの前で180度振り返った!
「!?」
「何をっ」
俺はクロムウェルに向かったそのスピードのままサルシャを担ぎ上げ、能力を使ってサルシャごと遠くの方にある木に向かってサルシャもろとも自分を引き寄せた。
そう逃げたのだ。
「な、なああああああぁぁぁぁぁ…!?」
サルシャの驚愕の叫び声が次第に遠のき、先程ピリついた空気だった場所には構えの体勢のまま一人ポツンと佇むクロムウェルがいた。
側から見るとなんとも哀しい光景である。
だが初っ端から欺かれた彼は怒るどころか一人不敵な笑みを浮かべていた。
「八木カムナ…あなたは数ある選択肢の中で最も愚かな道を選んだ。逃げると見せかけて私を誘い、『あの』場所で闘うつもりだったのだろうが…闘いの舞台にそこを選んだのはあなたの最大の失敗だと言わざるを得ない。」
クロムウェルは先程カムナとサルシャが消えた方向に体を向け深くしゃがみこんだ。
「行くぞ『ベルファスト』」
クロムウェルは地面を抉るほどの脚力でカムナたちが消えたの方へ向かった。
◆◆◆
先程の場所から500メートルほど離れたところだろうか。
俺は能力を使いながらサルシャを抱え、ある場所に移動していた。
この能力、先程分かったことだがどうやら自分より軽いものは『引き寄せ』、自分より軽いものは『引き寄せられる』らしい。
「一つ、聞いてもいいですか?」
俺にしがみついているサルシャがそう呟いた。
「あなたのこの能力って、なんなんですか?USにしては突飛過ぎですし、何よりあなたはUSを先程知ったばかりです。」
…まあそうだよな、ここまで堂々と使っといて今更隠すなんて無理だろう仕方ない。
俺はサルシャに話す事にした。
数ヶ月前巨大なヴァイラスに襲われたこと。
その時一緒にいた人型のヴァイラスが消えていたこと。
そしてその日からこの能力が使えるようになっていたこと。
そして自分の中にそのヴァイラスがいて、自分はヴァイラスに感染されても平気な自然宿主という体質であることを。
「なるほど、あなたも特異体質なんですね…。」
「悪いが俺も教えてほしい事がある。まあ二つ目に関してははお前が言いたく無いっていうんだったら言わなくてもいいんだが。」
「なんでしょう?私が分かる範囲であればできる限りお答えしたいと思っていますが。」
「あいつの持つ身体能力とあと…なんでお前は近衛家から追われてんのか理由が聞きたい。」
俺がそう言うとサルシャ少し黙った後二つとも答えると言ってくれた。
「分かりました、ではまずUSとは何かから教えましょう。クロムウェルの前に戦った人のことを覚えていますか?」
「ああ、いつのまにか俺らの後ろに回り込んでたあいつか。すげえ動きしてたやつ。」
「あれがUSの基本的な能力の一つ『身体能力』の強化です。噂ではドーピング薬の五倍の効果が得られるようです。」
「あの執事のバケモンみたいな速さもUSか…」
「ええ、彼は特に足の強化に注力していたのを覚えています。もっとも訓練していたのをチラッと見てただけなので詳しいことは分かりませんが。」
俺は能力を使いながら後ろを振り向く、一応簡単には追いつかれないよう蛇行しながら移動しているのだが脚力特化と聞くとパワーでゴリ押しされそうで不安だ。
「追いつかれないか心配だな。」
「ないとは言い切れませんが、可能性としては低いと思います。私たちの移動速度も十分速いですし、USと言えどベースとなっているのは人間の身体です。全力で長時間使い続けることはできないでしょう。」
そうか常に全力を出せる訳じゃ無いのか。
もし追い付いたとしてもその後俺&サルシャと戦わなきゃいけない訳だし、鬼ごっこに全力をかけるとは考えにくいしな。
「後もう一つ、基本的な能力として身体の硬質化があります。USを体表面近くまで移動させ体内を流れる電気信号によって硬質化させる。攻守ともに優れる能力です。これは先ほどクロムウェルが私の弾丸を受け止める時に使っていましたね。」
「ああ、なんで弾丸普通に弾いてんのか気になってたけどそういうトリックだったのか。」
…でも待てよ。
なんで最初に戦った奴はキンタm…急所に攻撃されそうだった時硬質化を使わなかったんだ?
まあでもそこは別の硬質k
「そしてこの硬質化の応用として武器の生成があります。非常に便利な能力ですが、欠点として生成時体内USを多量に使う為皮膚表面の硬質化による防御ができません。」
俺はサルシャの声で我に返った。
危ない危ない。
でもなるほど、確かにあの時彼奴は棒みたいな物を作り出していた。
だから硬質化を使わなかったのか。
「…私が知っているのはこの程度です。すみません少ない情報で。」
「いや、かなり助かる。知っているのと知らないのとじゃ大違いだ。」
USについてサルシャから聞いたことをまとめてみると、
・『身体能力の強化』 これは話を聞く限りだとデフォルトで常時発動
・『皮膚表面の硬質化』 多分力んだりとかの動作が必要
・『武器の生成』 これは例の玉失いのカルゴが使っていたやつ
クロムウェルが使えるかは不明(出来る気がする)
…なるほど、こう見ると武器作ること以外は元々の身体能力の延長線みたいな感じだな。
俺も身体能力良い方だし、トトの能力とサルシャの狙撃もあればなんだかいける気がする。
後はさっき俺の雑魚脳みそが考え出した作戦が上手くいくといいが…。
「それと、私が何故近衛家から追われているのか…でしたっけ?」
「ああ、彼奴がお前を連れ戻す詳しい理由もわかってねえし一緒に戦うんだったらやっぱ知っておきたいだろ?強要はしないけど。」
「いえ大丈夫です。貴方も危険を承知で私に自分の体質のことを話してくれましたし、隠していてもいずれバレますしね。」
そう言うとサルシャは俺の背中の後ろで何やらゴソゴソとしだす。
「どうした?」
そして一息置かれた後、俺の首筋に冷たいものがピタッと触れた。
「ぬあ!?」
「ホントにUS使って無いんですね…。」
「いや、そう言ったじゃん!今絶対しゃべる雰囲気だったろ!何急に関係ないこと…」
「ありますよ。」
サルシャはそう被せる様に言った。
考えると違和感がある。
なんで触っただけでUSの有無を確認したんだ?
その俺の疑問に応えるようにサルシャは自分が追われている理由について語り始めた。
◆◆◆
「逃げるのは止めたんですか?」
俺たちがビルが何棟も建っている市街地に着いてから五分ほど経った後俺はクロムウェルに追いつかれた。
先程膨れ上がっていた筋肉は落ち着きを見せ、長時間走り回っただろうに彼は汗の一つも書いていなかった。
「脚特化のUSにしては遅かったすね。」
「…ではパワーが足りないかどうか貴方で試してあげましょうか?ボロボロになるまで。」
怖えよ、いや煽ったの俺だけどさ。
「壱与様は…どこかのビルから私の狙っているのでしょうね。」
正解
サルシャとはここにくる前に狙撃ポイントのとあるビルで別れた。
高所からの狙撃、しかもどのビルにいるのか分からない。
スナイパーの彼女の本領が発揮できるロケーションだ。
俺はチラッと右方五十メートルほどの距離にあるビルの方に視線を向けた。
「そんな分かりやすいブラフ乗る訳無いでしょう。」
「どうすかね、案外本当だったりして。」
「下らない心理戦はこれまでにして先手を取った方がいいんじゃ無いんですか?」
「そっちこそサルシャに撃たれる前に動いた方がいいんじゃ無いのか?」
このような正面に立っての戦いの場合、有利になるのは先手を取ることではなく相手の動きを待ってからのカウンターである、と中学の剣道の先生が言っていた。
だから誘ってみたのだが…乗ってこない、相手もカウンター狙いなのだろうか?
実際サルシャの狙撃は脅威だと思うんだが。
「…単刀直入に言おう壱与様を引き渡せ。別に悪いようにはしない、一人な以上今年の試験は難しいかもしれないが来年また受ければいい。協力してくれるのなら金も渡そう。」
「……。」
沈黙が数秒続いた後クロムウェルは今までの乾いた口調から真剣なものへと変え俺を説得し始めた。
「これは壱与様の為でもあるんだ。壱与様は…」
「知ってるよ。触れることもできない体質なんだろ?US、いやこの世の全てのバイオテクノロジー由来の全ての物質に。さっき本人から聞いたよ。」
「…っ!」
ABC症。
詳しいことはよく分からなかったが、バイオ製品に含まれるとある成分に強いアレルギー反応を起こしてしまう病気らしい。
発症原因も治療法も不明、百万人に一人ぐらいの割合で発症する難病だ。
彼女自身もそれらしい原因に心当たりは無いらしい。
そりゃ連れ戻したいって気持ちも分かる。
ただでさえそこら中バイオテクノロジーだらけのこの現代社会で生きていくのにも大変だってのに、よりにもよって戦課とかいうUSに触れない方が珍しい場所に入学しようとしている。
鳥アレルギーの奴が養鶏場の面接受けてる様なもんだ。
「知っているのなら尚更だ、何故協力しようと思わない!」
「知ってるからこそだ。そんな症状抱えてるの知っててここ受けにきたんだろ?アホとは思うがそれだけ戦課に行きたい理由があるってことだろ?なら俺はそっちを尊重する人間だ。」
「…平行線ですね。」
クロムウェルは再びUSを稼働させた。
さっきと違うのは今度は捕まえる目的ではなく俺を倒すために稼働させたということ。
正面から来る威圧感に俺は気圧されそうになる。
「『ベルファスト』。貴方を行動不能にしてからゆっくり聞き出すとしましょうか、壱与様の場所を。」
「言っとくが、俺を倒したところでアンタにサルシャは捕まんねえよ。なにせ今回の試験一番本気なのは…彼女だぜ?」
パァァァン!
乾いた音がビルに反響する。
そしてその音が耳から俺の脳へと伝達されるその前に、俺の脳は目から送られてきたサルシャの放った弾丸がクロムウェルの顎部に炸裂するその光景を受け取った。
「なっ…!?」
「びっくりだよな、お前が弾くのを計算して撃ってるんだってよ。もう俺には何が何だかよく分からん。あ、そういえばちゃんとホントだっただろ?」
そう弾は先程俺がチラ見したビルから来ていた。
してやったりと言う気持ちである。
最近はチェスだのポーカーだの大体の心理ゲーム負け続けだったからな。
紅宮が相手だったのもあるが。
「心理戦は俺の勝ちだな。」
俺はそう言うと木刀を構え、よろけているクロムウェルに向かって走り出した。
「今度は相手してやるよ!」
「相手を選べ、八木カムナ。」
クロムウェルは俺を睨みながらそう言い放つ。
俺は腕を黒く染めた。
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