初撃 03

初春、厳しい寒さに若干の暖かさが混じり生命の芽吹きを感じる頃。

その一切を遮断するかのように窓もカーテンも全て閉め、無数のディスプレイが青白い光を発しサーバーから出る生暖かい空気に包まれている部屋に、先ほど一仕事終えた初老の男性が入ってきた。

トレードマークの白コートに包まれた平均男性より一回り程大きいその上背は意外にも威圧感とは真逆の包み込むような優しさを醸し出していた。


「お疲れ様です試験官の皆さん。そろそろ少休憩と聞いたので差し入れにバウムクーヘンを買って来ました。」


部屋にいる人々の疲労がその一言で沈殿するどんよりとした空気が穏やかなものへと変わり職員達はゆったりとしたテンションで各々休憩し始めた。

声の主はコッホ エルノギア。

バイオ科学研究において世界トップレベルの学術とそれを利用した最高峰の体術を会得出来る現代に於いて文武共に至高の学び舎とも言われるノギア学園の学園長である。


「うわぁ!これめちゃ並ぶヤツじゃん!コッちゃんわざわざありがとー!愛してる!」

「志賀先生…敬語。」


志賀と呼ばれた女性は先程まで作業していたモニターにくるっと背を向け、コッホの元へ駆け寄る。

その光景を同じく作業をしていた男性に呆れられながら見ていた。

男の首にかかっている名札には教員という文字の下に代田会弦と書かれていた。


「ハハ、いいんですよ代田先生。気安く呼べますし来年度から生徒にもそう呼んでもらいましょうか。」

「教師全体の威厳が無くなるので絶対やめて下さい。それと志賀先生、まさか生徒の前で学長をそのふざけた名前で呼んでいないですよね?」

「あー…うん!大丈夫!大丈夫だから後で生徒に聞いたりするのだけはやめてね!」


志賀は汗をかきながらわざとらしく口笛を吹きこう言った。


「ここまで潔いと、なにも言えませんね代田先生。」


苦笑しながらコッホはそう言った。


「はあ、学長も許しちゃ駄目ですよ。」

「分かりました、善処しておきます。ところで代田先生試験の方は?」


代田は椅子を再びモニターの方に向け、カチカチとパソコンを弄る。最近転職してきたという彼だったがその疲れ切った目をしたその姿は新人とはかけ離れたベテラン社畜である。


「受験生への試験用タスプレイ等の支給品の配布とスタート位置への誘導並びにモニターバグズの展開は完了しました。予定通り開始可能です。」

「ヒュー!シロちゃんゆーしゅー!」


志賀は代田の背中をバシ バシン!と乱暴に叩きながらそう言った。

彼女の胸にある志賀メリナの名札がその拍子に翻る。



「ほんとは昨日あらかた終わる予定だったのに志賀先生仕事僕に押し付けてどっか行っちゃったので僕徹夜でやったんですよ。フフッいやいいんですよ?時間かかったのは僕の要領が悪かっただけなんで…でも理由が新作のパンケーキを食べに行きたかったって聞いた時は流石にパソコンを投げたくなりましたが…」

「…ごめんなさい。」

「はい、反省して下さい。」


この代田という男。とにかくデスクワークの要領が悪く、他の教員達が毎回仕事を手伝っているのだが、責任感が強くなんだかんだで一人で締切までには終わらせる為先輩であるメリナから仕事を振られまくるのだ。

彼がこれをパワハラで訴えないのは偶にある飲み会で彼女に奢ってもらえるからであろう。

一通り反省し終わったあと、受験生の最終チェックをしていたメリナがコッホに質問した。


「あれ?なんか一人だけのとこない?」


彼女は自分のモニターに映っていた顔写真を指してそう言った。


「彼女は少し特殊な受験生でして。」

「特殊?」


コッホに変わるように代田は面倒臭そうに頭をポリポリ掻きながら続けて答えた。


「受験番号334リスキィ ルドワンテ。昔試験で受験者のほとんどをに再起不能にし、二年間の受験資格の停止を受けたいわゆる腫れ物。一応今年から受験可能になったんですが、罰則として一人での受験しか許可されなかったらしいですね。僕は反対したんですがね、あんなのが生徒になるとなれば面倒臭いなんてもんじゃない。」


代田はため息と共に吐き捨てるようにそう言った。


「えー?でもシロちゃんの方が強いでしょ?」

「…そういう問題じゃないんですよ。後僕の名前は『だいた』と読みます何回間違えれば気が済むんですか。」

「ん?いや知っててシロちゃんって言ってるんだけど?」

「学長、ぶっ飛ばしていいですか?この人。」

「まあまあ」

「あと私この子も気になるんだよね〜。個人的に推し。」


ムカデは画面の端にある人物を指差す。


「サルシャ デメッド、確かに優秀ではありますが…特に変わった点がある受験生とは思いませんが?」

「あーシロちゃんには伝えとかないとなんだけどこの子ね…」


◆◆◆


「お、始まった。」

俺は左腕に浮かび上がる試験開始の文字を見てそう言った。

試験開始前、熱さまシートのようなものを職員に三分間程腕に貼り続けられ、その後乱暴に剥がれされたら腕にタトゥーの様にディスプレイが刻み込まれていた。

コイツはタスプレイといい試験官いわく試験が終わったあとぐらいには消えるらしい。

タトゥー+ディスプレイ=タスプレイかシンプルでいい名前だ。

そしてその技術に対しての感動をサルシャに伝えたが、無視された。

ついでに俺のペア、サルシャ デメッドについて話しておこう。

その名前を聞いたことはある。

確か射撃の超遠距離部門の最年少世界チャンピオンだとかで一時期ネットで騒がれていた。

決して取材を受けない為か、その正体を詳しく知るものは居ないらしい。

彼女が話題になる度にその正体がなんなのかでクラスがその話が盛り上がっていたのを覚えている。

背中にライフルのようなものを背負っているし、一度だけ熱烈なファンのクラスメイトが見せてきた生写真と顔も合っている。

目の前にいるのはご本人で間違い無さそうだ。

ちなみにライフルは実銃では無い。

試験前に学校から支給された軽量の電動銃である。おそらく脳天に当たっても気絶する程度の物だろう。

頼りになるのは間違い無いが、試験前に俺をゴミのように投げ飛ばしたことに関してはまだ引っかかる部分がある。

あの教員いわく、身体に触られる事を極端に嫌がる性格らしい。

それは知らなかったとはいえ悪いことをしたと思う。

だがもう少し平和的な解決は無かったのか、他の受験生の前で自分よりちっさい女子に投げ飛ばされるのはあまりにも情けなかった。

まあここでペアになったのも何かの縁、俺は仲良くなる事を決めた。

初手であんなことがあったとはいえ意外と話してみたら気が合うかもしれない。

そして俺は声をかけることにした。


「なあ、サルシアガッッ!」


仲良くなる為の第一歩を踏み出し、そして秒でおもいっきり地面にうつ伏せに叩きつけられた。

もちろん彼女に。


「なんでだよ!俺触れてすらねえぞ!」

「静かにして下さい。」


無言を貫いていた初めて聴く彼女の声はその美貌に似合う透き通るような声だった。

見れば彼女も薮に隠れるように態勢を低くして向こうの方にある何かをジッと見ていた。


「敵です、二人で木の上に隠れている。」

「…!」


俺もすかさず横にある薮の方へと転がりサルシャの見ている方向を目を凝らして薮の中から覗いた。

が、目に入ってくるのは人気の無い薄暗い雑木林のみである。

そもそも近くの木の上ですら枝に隠れてとても見えるものでは無かった。

そんな俺を察したのか彼女は双眼鏡を手渡してきた。

ありがたく受け取って見てみると確かに木の上に待ち伏せするように二人の受験者がいた。

ただし彼らがいたのは300メートルも前の森林地帯であったが。


(まさかこれを肉眼で見たのか!?)


俺がそう尋ねようとしたその時、彼女は既にその冷徹な鉄筒を流れる様に構え、そして撃った。

ドン!

電動銃の意外にも重厚な音と共に放たれた弾が渡された双眼鏡越しに左の木に登っていた受験者の脳天に当たるのが見えた。

当然だが300メートル離れていて間に木々があるとはいえどの方向から弾が来たかぐらいは相手に知られる。

右側にいたもう一人の男は咄嗟のことに驚きながらも頭を守るようにして木の影に隠れようとした。

しかし、その行動も彼女は予測していた。

彼女が狙ったのは頭以外で一発KOが狙える場所。

そう、彼女から放たれた弾は下半身にある二つの玉の方へ一直線に放たれそして着弾した。


『ぎゃあああああああああああああああああ‼︎‼︎』


俺は双眼鏡越しに聴こえないはずの絶叫を感じ、力なく低木の中へ落ちていくのを見て股間がヒュッとなる感触を味わった。


サルシャ デメッドに容赦は無い。


そして彼女は銃をしまうと俺の元へと歩いて来た。

そして淡々とこう言った。


「今の様に私が敵を排除するのであなたは何もせず、私の邪魔をしない様にしておいてください。」

「いやそれは…」

「あなたは見たところ肉付きは良い様ですが言ってしまえば一般的な青年男性です。ノギアには連れて行ってあげるので黙って私の後について行って下さい。」


俺はその彼女の不遜な態度にムッとした。

俺にだってプライドはある、おんぶに抱っこで受かって平気なほど面の皮は厚くない。

俺は言い返そうと口を開こうとした。

だがその後彼女は俺の股間のあたりをチラッと見てこう言った。


「私の邪魔をするのだったら、あの方と同じようになっていただきます」

「……。」


俺のプライドは別のプライドを守る為敗北した。


「ではあの2人にトドメを刺してから都市部に行きましょう。都市部エリアまで行けば高い建物から狙撃ができます。」


サルシャが二人の方へ行こうとした、その瞬間だった。


「てっめえ‼︎よくもやってくれたなあぁぁ‼︎ぶっ殺してやるぅあああ‼︎」


いきなり背後から現れたその男は先程サルシャがオナゴにしてしまった受験者だった。男は血走った目でサルシャをロックオンし、頭に手に持ったバールようなものを叩き込もうとする。


「ちっ!」


サルシャが咄嗟に銃を取り出そうとするが取り回しの悪いライフルでは防御も反撃も間に合いそうに無い。

ギィィン…

俺は咄嗟の判断で支給された木刀で間に入るかの様にガードした。

衝撃で手がジーンと痺れる。


「ぢぐじょうぅ!ぜっでえぶっ殺してしてやるからなあ゛あ゛‼︎」

「逃さない‼︎」


一時退避をしようとする男にサルシャはすかさず銃を構え撃った。

が、男はすぐに木の影に隠れて射線を切り人間とは思えない速さで森の闇へ消えていく。


人に使うのは初めてだがしょうがない。


俺はすかさず右手に力を入れ、サルシャに見えないように能力を発現させて男を引き寄せようとした。

その時だった。


「え?」


引き寄せられたのは俺だった。

俺の身体はフワリと浮き、振り回される人形の様に抵抗も出来ずに落ちていく様な凄まじいスピードで男へと向かった。


「あべっ…んば!ぼっがっ!」


障害物なんてお構い無しに男に向かってまっすぐ進む為、枝や羽虫の群れにぶつかりながら俺と男との距離は縮んでいく。

そして20秒程経っただろうか森の中の少し開けた場所にいる男を俺は見つけた。

というか目の前に迫っていた。


「どいてどいてどいてぇ!」

「ぬわっなんだお前え゛ぇ!」


願い届かず、俺は男と激突し引き寄せる力は仕事を終えたかの様に消えた。

体中に枝が刺さりまくって痛い。

俺が立ち上がると向こうは既に体制を整えこちらに体を向けていた。

がどこかで落としたのか、武器は持っていなかった。


「はあ…はあ…なんだてめえ…U(アンダー)S(スーツ)も持ってねえ癖にどうやって俺に追いつきやがったぁ…。」


言える訳が無い、俺の恩人との約束なのだ。

あれ?別に約束した訳じゃ無いか。

まあいい、どっちにしろバレていないみたいだからよしとしよう。

俺はなんとか離さずに持っておいた木刀を構えた。


…ん?US?


「お前確かサルシャ デメッドと一緒にいた奴だったよなあ?お前を潰しておけば、近接戦闘の出来ないサルシャのポイントもゲットしたようなもんだよなあ?」

「いや案外そうもいかねえと思うが…」

「ああ?」


油断していたとはいえ、自分よりガタイの良かった俺をノーモーションで投げ飛ばした女である。

近距離もいけるクチではないかと思ったがそう思うと自分の存在意義がとうとう薄れていくのであまり考えないことにした。


「まあいい、どちらにしろてめえは倒さねえとなあ。やってやんよ…そしてあのふざけたクソスナイパーをぶっ殺してやるわあぁぁ!」


その時先程まで素手だった男の右手に俺の木刀より一回り短い棒が現れた。


バールのようなものだ。


「なっ!?」


驚く俺をよそに男は俺の頭へ棒を走らせる。


ブォン


間一髪で避けた俺はそのまま懐に潜り込みカウンターを仕掛ける。

だが顔を上げると先程まで俺の目の前にいた男の姿が無かった。


「ぶっ殺ぉぉぉぉす!!」 


男は俺の遥か上にいた。

俺に攻撃した後の一回の跳躍で約4メートルも跳んでいたのだ。

防御でどうこう出来る問題じゃない、重力を乗せた強力な一撃が俺に直撃する。

…待てよ?…重力?

俺は木刀を左手で持ち男から見えないよう体の影に隠して右手に力を入れる。

右手が漆黒に染まり俺は男の方に手を向けながら見えない紐を引っ張る様に腕を引いた。

そしておれはグンッという衝撃を受けながら男のいる方へ急速に引き上げられた。


「なっ⁉︎」

「立場が逆転したな。」


スピードの乗った俺とは逆に、距離を詰められた相手は落ちる力ありきの攻撃だった為やむなく防御へと回った。

だが咄嗟の防御にも関わらず俺のお粗末な防御と違い俺がどこに刀身で打っても最低限のダメージしか与えられない綺麗な防御体制を取ろうとしていた。

いくらスピードが乗っているとはいえ普通に叩くのでは効果がない。

だから俺は刀の持ち方を変えた。柄を右手だけで持ち左手を柄先に添える。


「お前その構えはっ!やめろぉぉ!!」

「ご愁傷様。後で粗茶でも入れるから許してくれ。」


俺は防御しにくく、かつ大ダメージを与える一撃を突いた。

既に瀕死となっていた彼の男の象徴に向かって。


「ナガッ!アア…」


男は悲鳴も上げることも無く、そして力の抜けた様に落ちていった。

男は今日、大事なものを奪われたのだった…

白目を剥き泡を吹いている男の顔に俺は慈愛と同情の念を込めて静かに合掌した。


~~~


「敵は?」


俺が彼にトドメを刺して少しした頃。

サルシャがこちらに来た。

ちなみに男の名前はカルゴというらしい。男の身体に手をかざした時にタスプレイから名前がが出てきた。

ホント便利、一家に一枚は欲しい。

サルシャは男の状態を確認したあと、意外にもこちらに向かって謝罪した。


「すいません、もう一人の方にトドメを刺していまして遅れてしまいました。」

「謝んなくていいって。サボってた訳じゃ無いんだし、それにもう一人の方に行ったってことは俺のこと信用してくれてたってことだろ?」

「…ええまあ。」


それだけでもありがたいことだと思った、勿論向こうが信頼してくれるのならそれ相応の働きをしないといけないだろう。

これは俺だけの試験では無いのだ。


「でもいきなり棒が現れたのはビックリしたな。」

「あなたUSを見るのは初めてなんですか?」

「え!?これがUSなのか?」

「ええ、詳しい説明は後でしますが…」

「でもなんで…」


USの免許を取るための学校の入学試験なのになんでUSを持っているんだ?


「早く都市部エリアに行きましょう。ここでは私の狙撃は本領を発揮出来ませんので。」


そうして移動しようとしたその時。

パチパチパチパチパチパチ

背後から拍手が聞こえ、俺は咄嗟に木刀を構えながら振り向いた。


「流石ですね、サルシャ デメッドさん。」


黒い背広に蝶ネクタイ。

大きな丸メガネをかけ、まるで執事のような格好をしたその男はたった一人で現れた。

あの風貌とオーラ、恐らく只者ではない。


「何者だ?お前。」


俺は警戒するように訪ねた。


「私から話すより彼女に聞いた方が早いと思いますが?」


俺は隣にいたサルシャの方を向いた。

彼女は青ざめ冷や汗をかき、突如現れた男を睨みながらライフルに弾を装填していた。


「何故あなたが…?」

「サルシャ デメッド…いえ、『偽名』でお呼びするのは失礼に値しますね…」


男は蝶ネクタイを締め、姿勢を正してこう続けた。


「近衞財閥現総帥、第一息女近衞壱与様。総帥様がお呼びです。試験を棄権し家に戻って下さい。これは『総帥命令』です。」

「…は?」


CVOの上部組織であり世界最大の企業グループ近衞財閥、彼女…サルシャ デメッドはそのトップの一人娘だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る