試験開始と二人の天才 02


ここは新特急名古屋駅。

この地方で横浜への直通の列車が発車する唯一の駅だ。

まだ朝ということもあり、出勤中の会社員達がヌーの大群のように駅構内をどこか疲れた顔で歩いている。

正直この人波は苦手だ。

私はまだ出発予定時刻まで30分程あることを腕時計で確認し、とある人物に電話をかける。

今日自分と共に横浜に行く中学の同級生を駅構内のカフェで結構前から待っているのだが一向に来る気配がなく、私の怒りは沸々と湧いていた。

そして何回かのコールの後、その同級生が電話に出た。


「今どこ?」


私はイライラを隠さずそう放った。

こういう時は怒りをアピールするのが大切、と過去に読んだ人間関係に関する本に書いてあった。


「すまん…まだ手前の駅だ。」

「あなたが言ったのでしょう?一人で行くの不安だから行くとこ同じなら一緒に行かないかなんて私に提案してきたの、あれえ?そういえば集合時間何時でしたっけ?あ な た が き め た。」

「…7時半っすね。」

「で今は?」

「8時前です。」

「待ってた間のカフェ代奢りなさいよ?」

「…はい」

「じゃ金時計で待ってるから、よろしくね八木君」

「イエスマダム」


通話が切れる音が鳴ったのを確認し、私はせっかくのタダ飯なのでもう一品スイーツを持ち帰りで頼み、会計を済ませてこの駅の待ち合わせスポットとして有名な白金時計を目指した。


あれは半年ほど前のことだった。


一週間ほど学校を休んでいたクラスメイトの八木が出会い頭にノギア学園という日本トップクラスの学校を受ける為の願書の出し方が分からないと私に泣きついてきたのだ。


私もノギアを受けることは学校でそこそこの話題になっていたのでどこからか聞きつけてきたのだろう。


話を聞いているうちに彼がそのノギアを受ける受けない以前の学力だったことが判明し、努力していない人間がなによりも嫌いだった私はその場でつっぱねた。


が、後で彼の色々な事情を耳にしおせっかいな性格の私は超短期間で二次関数も分からなかった彼をノギア学園戦課の筆記試験をパス出来るレベルまで育て上げた。


思いの他彼の地頭が良く飲み込みが早かったのと、戦科の筆記試験が比較的容易なのもあったが誰か私を家庭教師として高額で雇ってもいいレベルだと思う。


ちなみに戦科というのは彼が受ける学部である。

本当はバイオ技能学科というU(アンダー)S(スーツ)の技術関連の学科なのだが、在学中にヴァイラスとの戦闘に駆り出されたり、座学もCVOやIRP(国際機動警察)などの治安維持組織に就職する為の必要な学問を専攻で学ぶことから戦科と揶揄されている。


八木は学術的な物はからっきしだったものの、時より体育などで見せた運動神経は抜群に良かった。

何故彼が運動部に入らないかは当時中学校の七不思議にもなっていた程である。

戦科は実技を重視する傾向にある、もしかしたら…彼なら合格するかもしれない。

まあ地元の中学初のノギア合格者の称号が独り占め出来ないのは少し残念であるが良しとしよう。


そう思いながら白金時計に到着し携帯を弄りながら少し待っていると彼が向こうの方から走ってきた。


「ジャスト30分の遅刻よ。」

「ハァ…ハァ…悪い、緊張で眠れなくて寝坊した。」

「運動会前の小学生か、はいこれレシート。」

「うわっ高えな。てか追加でえげつねえ金額のケーキ買ってねえか?」


八木は私の左手にぶら下がる持ち帰り用の保冷バッグをチラッと見た。

中には先程買ったスイーツが入っている。


「むしろこの金額で許してくれる私に感謝しなさい。遅いにも程があるわ。」

「さーせん…にしてもでけえなお前の荷物。」


私の人一人が丸々入ってしまうのではないかというサイズのキャリーバッグを見て彼が言った。


「中身何入ってんだ?」

「秘密。そろそろ行きましょう。」


私達は特急が発車するホームへと向かった。


◆◆◆


電車に乗ったたちは予約済みのボックス型の個室席に座った。

周りからは人々の話し声が聞こえるが、決して賑やかにおしゃべりをしているわけではない。

何故ならこの列車に乗っている乗客はほとんどがこれからノギアを受ける受験生だからだ。

微かに聞こえる去年の実技はどうのこうのの噂話や今更になって嘆く声。

ある意味では賑やかと言えよう。


俺の受ける戦科の入試は筆記と実技の二つに分かれており、他の学部と同日に筆記を終わらせた後に実技試験をするらしい。

その実技試験が行われるのが今日。

だからここに乗っているのはほとんど戦科の受験生である。


「で、話って何?」


列車が発車してしばらくした頃他の乗客と同じように向かいの席で勉強をしていた同級生、紅宮京香こうみやきょうかがそう口を開いた。


「大事な話があるってわざわざ私に個室席取らせたんだから話しなさいよ。」

「ああ、実は…」


俺は重々しいテンションで話を始めようと口を開いた。


「無理。」

「…え?」


が、紅宮は五文字目にして話の腰を折ってきた。


「あなたのことは努力の出来るいい人だと思ってるわ。でもごめんなさい、私はあなたに男性としての魅力を全く全然微塵も感じないの。でも落ち込まないで、いつかあなたにも良い出会いがあるわ。」


紅宮は参考書から一切目を離さずクソ程棒読みでそう言った。

顔ぐらい上げてくれよ、てかなんて勘違いしてんだこいつ。


「ちょっと待て、俺がいつ紅宮に告白した。」

「え?違うの?私てっきりそれ目当てで声をかけて来たものかと思ったのだけど。」


紅宮はようやく参考書から顔を上げ、驚いたようにそう言った。


「ちげえよ、ていうかお前俺に好かれてると思った上で勉強付き合ったのか?」

「まあ…哀れな男子中学生の青春の切ない1ページにしてくれればとは思ったわね。」

「それは自意識過剰ってやつじゃ…」

「黙れ」

「はい、ごめんなさい。」


なんで俺が謝っているんだ。


「でなんなの?結局話って」


俺は自分が何を見せたかったか思い出し俺は机の上に広げてあった自分の勉強道具をしまって自分右腕を乗せた。


「?、どうしたの急に。緊張で気でも狂ったの?」

「違えよ、まあ見とけ。」


袖を肘までまくり右腕にグッと力を入れる。

すると腕はまるで黒い絵の具を白い紙に垂らしたかのように黒く染まっていった。

やがて肘から先は全て黒色となり、それから漏れ出すように暗い紫色のエネルギーの奔流が漂いだした。


「何…これ…」


紅宮が食い入るように俺の腕を見つめていた。


「これだけじゃない。」


俺はその黒い右手をさっき遠くに置いた水筒にかざす。

そしてクイッと引っ張る動作をすると水筒は俺の右手に落ちていくように引き寄せられ収まった。


「あなた…人間なの?」

「そう言われると怪しいな。」

「これが話?」


俺はコクリと頷く。

この能力に気づいたのはトトと出会った日から意識を戻してからすぐのことだった。

一週間ほど意識を失い、何故か右腕が戻っていた俺はヴァイラス災害の怪我人として病院に運ばれていたらしく、目が覚めた時には野戦病院のようなとこのベットの上だった。

特に目立った外傷もないから、様子見を兼ねても明日には退院出来る。

そう医者に鼻をほじられながら言われた俺に待っていたのは長時間の暇であった。

病院なので勿論俺の年代が楽しめるような娯楽は置いていない。

仕方ないので普段掃除道具にしている新聞でも読もうかと、看護士が無造作に俺の足元に置いた新聞にグッと手を伸ばし、力を入れたその時。

突如として俺の腕が禍々しい黒に染まり、そして俺の手から数センチ先にあった新聞は俺の右手にスポッと落ちるように収まった。

俺はもう新聞どころではなく、夢中で色んなものをコッソリ引き寄せた。

堂々とやらなかったのは、ヴァイラスに感染された人間も能力を使えると学校で聞かされていたからだった。

だが俺には感染された人間とは違い意識はある、気を失う前の記憶から推測するにこれはトトの能力なのだろう。

退院後数日間、柄にもなく本や資料を読み漁ったが俺の貧相な知識と頭脳ではまともに読むことすらできなかった。

なので俺は学校で一番その分野に詳しそうな紅宮に接触しつつ、自ら調べる為にヴァイラスに関する資料が豊富なノギアへの受験を目指したのだった。

元々運動方面には自信があったのと、筆記の容易さから戦科を選んだという訳だ。


俺はそのトトやクジラのヴァイラスなどの事の顛末の殆どを紅宮に喋った。

漏らした事は言わなかった、あれは墓場まで持っていく。


「試験前に聞いてみようと思って。お前こういうの詳しいって聞いたからさ。」

「ええそうね、その分野に関してはその辺の誰よりも詳しい自信があるわ。」


俺のいた中学…いや俺のいた街で紅宮京香の名前を知らない奴はいない。

紅宮は今年のノギアのバイオ科学研究科の主席合格者。

その方面の知識でいえば同世代の中では1、2を争うレベルと言っても過言ではない。


「まさかだとは思うけど私に話しかけたのってそれ目当てだったの?」

「ああ、だって紅宮中二の頃その方面の論文書いて賞貰ってただろ?それで詳しいのかと思ってこれを相談しがてら仲良くなろうと。」

「ああ、そんなこともあったわね。あれ当時中学生が書いてると思われると見向きもされないのじゃ無いかと思って一度勝手に校長名義で学術雑誌ジャーナルに出してたのよ。

お陰で校長の家に電話とマスコミが大量に押し寄せて後でもの凄い怒られたわ。」

「え、何そのクレイジーな裏話。」

「まあいいわ見てあげる。一応聞くけどこれ触っても大丈夫なのかしら?」

「え?あ、ああ俺以外が触っても問題ないのは確認済みだ。」


俺のリアクションをスルーした紅宮は最初は恐る恐る触っていたものの、次第に楽しむように俺の腕をいじり始めた。優しい力で撫でたり、何故かお菓子でつついたりしているので妙にくすぐったい。


「分かったわ、というか触る前からそうなんじゃないかとは思ってたけどね。」


紅宮は一通り弄んだ後そう言った。


「で、これなんなんだ?」

「あなたは『自然宿主』よ。」

「自然…宿主?」

「まずヴァイラスには感染という他の生き物の体を乗っ取る生態があるのは知ってるでしょう?」

「…そうだな。」


意識を失う前トトから説明してもらったことだ。

あの事件後から分かったことだが、感染という現象自体は俺が知らなかっただけで割と一般知識らしい。


「本来感染させられた生物はその精神をヴァイラスに汚染させられるのだけど、感染時の体の支配権がヴァイラスを上回って逆にヴァイラスを取り込んでしまうのが『自然宿主』と呼ばれる体質なの。」

「じゃあこの腕は…」

「取り込んだヴァイラスの力の一部が腕の表面まで出てきているのだと思うわ。そして恐らくあなたがさっき使っていたものを引き寄せる能力はそのヴァイラスの能力よ。」


俺は紅宮が話し終わり、右手の力を抜くと同時に先程まで黒く染まっていた右腕は元の色へと戻った。

紅宮が話していた内容はある程度予測していた事の範囲内ではあったが、専門家レベルの知識人に言われるとやはり安心感というものがある。


「あ、体質のことについては公言しない方がいいわよ。」


紅宮が右手を開いたり閉じたりしてる俺にそう言った。


「?別に大っぴらに言うつもりも無かったが、なんでだ?」

「これまで古今東西ピンからキリまであらゆる論文を読んできた私が『自然宿主』の言葉を論文で見たのはたった一回だけ、つまりそれほど稀有な体質ってことよ。まあバレて研究機関にでも捕まればどうなるかはあなたでもわかるでしょうけど。」


俺は捕まった時の自分を想像した。

実験室で体のあちこちを弄り回されたり戦場で人を殺したりして一生を過ごす血生臭い人生は嫌だ。


「ちなみに私は誰かにぺちゃくちゃ話したりしないから、安心なさい。」

「本当なんでもするんでマジでお願いします。」

「当たり前よ友達を告げ口したりなんか…ってちょっと!何をしているの⁉︎もういいから!あなたの誠意は伝わったから!頭を上げて‼︎」


【ピンポンパンポン】


俺が紅宮に誠心誠意の土下寝をしていると、列車内でアナウンスが鳴った。


【間も無くノギア学園前、ノギア学園前。バイオ技能科受験者の方はお降りにならずこのままご乗車下さい。】


「…着くみたいだな。」

「ええ、そうね。私がせっかくここまで連れてきてあげたんだから受かりなさい。」

「おう、サンキューな。」


列車が止まり、俺は駅に降りる紅宮を列車のドアまで見送る。


「八木君!」


ホームに発車ベルがけたたましく響く中、それに負けず劣らずの声量で紅宮が駅から俺に呼びかけた。


「ノギアで待ってるわ。」

「…おう!」


ドアがプシューと音を立てながら閉じられた。


~~~


駅を降りるとそこは瓦礫の山だった。


主な家は押し潰されたかのように壊され、ボロボロになりながらなんとか建っているビルがポツンポツンとそびえている。

かつてヴァイラスとの戦場になった都市だと隣にいた受験生がそいつの友達に話していた。

俺はぼっち受験だ、周りに知り合いはいない。

俺を含めた受験生達は駅を歩いて少しした広い森に囲まれた公園に案内された。

周りを見るとガタイの良い奴らばっかで少し怖気付く。

参加資格は13歳以上であることだけなので多種多様な人々が集まっていた。

(中学2年生未満だと手続きがめちゃくちゃ面倒なので流石に13ぐらいの奴はいなかった。)

ここにいる全員が今からしのぎを削り合うライバルなのだ。

集まってしばらくした頃仮設ステージに高級感のあるスーツを着た顔をした初老の男性が周りの黒服に支えられながら上がってきた。

顔にある左目のところに大きな痛々しい切り傷は騒がしかった空気を一気に沈め、壇上に注目を集める。

一呼吸置いて彼はその風貌に似合わない優しい声で話し始めた。


「皆さんこんにちは、私は今回の試験の進行を務めさせていただきますノギア学園学長コッホ・エルノギアと申します。」

「まさかコッホってあの…」

「あれが『鬼神』と呼ばれた男か…」


再び会場がざわつく。

少しして落ち着きを取り戻した頃、コッホは再び口を開いた。


「実技試験はここ旧立川市市街で二人一組、計356組でのバトルロワイヤル形式で行います。

試験はポイント制で午後0時〜午後2時までの間ペア以外の受験者を戦闘不能状態すると一人につきペア全体に一ポイント加算され、ポイント数上位数ペアが合格、そして他の受験者に戦闘不能状態にされた、または受験会場エリア外に出た場合は失格となります。

そして試験の様子はこちらで随時モニターで確認しており、倒した受験者が戦闘不能状態になったかどうかはこの後配布される貼性液晶画面タスプレイに表示されます。

その他の詳しい試験要項はそのタスプレイにて配信致しますのでご確認ください、私からの説明は以上となります。

それでは後ろにあるスクリーンにこちらがランダムで決めたペアが表示されますので合流でき次第、ペアで試験会場本部の方から支給品を受け取って下さい。」


受験者がスクリーンの下へ集まり自分と行動を共にするチームメイトを確認しにいく。

沢山の名前が連なる中、スクリーンの右下の方に俺と俺のペアの名前はあった。

ペアの名前はサルシャ デメッド。

とは言え顔も特徴も分からないので手当たり次第声を掛けるしかない。

俺はひとまず近くにいた俺より少し小さいフードを被った奴に尋ねることにした。


「なあ、そこの人サルシャって人知らないか?俺のペアなんだ。もし知ってたらあんたのペア探しも手伝うからさ。」


そうそいつに聞こうと後ろから肩を叩こうとした次の瞬間。


グルンと天地がひっくり返った。


「ガッハッッ!」


衝撃が身体を伝わる。

まさか肺の空気が全部外に出る体験を人生で2回経験するとは思わなかった。

俺は綺麗な内股で投げ飛ばされていたのだった。


「テッメェ!何しやがる!…え?」


俺が怒ろうと顔を上げた先にいたのは先ほど俺を投げ飛ばしたやつと同一人物とは思えない「やつ」の姿だった。

肩まで伸びた透き通るような銀髪に宝石のような青い目を合わせもったロシア系の顔立ち。

先程マスクとフードででよく顔が見えなかった彼女はこの会場のむさ苦しい空気に合わない華奢な美少女だった。


「あ、もう!仕事早くて助かるぅ!じゃ本部に案内するよー。」


俺が彼女に見惚れていると何故か妙に親しげな女性が俺たちのところにやって来た。

こっちもこっちで美少女だ。

胸にぶら下がっている札を見ると『教員』と書かれている。

どうやらノギアの先生らしいがどう見ても同い年かそれ以下にしか見えない。

外見は完全に生徒側だ。

…いやそんなことよりも今彼女とんでもない事を言った気がする。


「揃ったって…なにがですか?」

「え?そのままの意味だけど。そこペアでしょ?『八木カムナ』君と『サルシャ デメッド』ちゃん。」


『サルシャ デメッド』のタイミングでその教員が刺した指の先には先程俺を華麗に投げ飛ばした『彼女』がいた。


「はあああぁぁぁ!!!???」

「………。」


叫ぶ俺と無言の彼女。

波乱の試験が幕を開けた。

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