2.

今回は、「アメリカオオアカイカ」を処理する、加工室の前の作業だ。

解凍された、大きなイカの頭部?胴体?の一部が、作業台に並んでいる。

イカの一部という事だが、全体となると、一体どれ程の大きさなのか、想像出来ない。


トレーに並んだイカの切身を金属探知機のローラーベルトに流している。

ブザーが鳴ったら、そのトレーをもう一度、ローラーベルトに流す。

それでも、ブザーが鳴ったら、検査異常品の棚へ置く。

「アッきゃん。後ろ」

龍治が秋山に、顎をしゃくって、後ろを見るように云った。

イカの切身のトレーが、山積みになっている。

間もなく昼休みだ。

秋山の作業が追い付いていないのだ。

「三、四枚、一遍に流せ」

龍治が、金属探知機の受け口で、構えている。

「よおぅし」

秋山は、龍治を懲らしめようとした。

バカにしやがって!


しかし、作業は、あっという間に終った。


奥田仁美さんが、亡くなった。

奥田仁美さんは、五年前に地元の高校を卒業して、花宮水産へ入社した。

塩出事務所で、加工作業に従事していた。

今年十月に、同じ花宮水産の塩出事業所の加工部、梶浦祐二との結婚が決まっていた。

塩出市内のマンションを新居にするため、準備していた。


その日、奥田仁美さんは、帰宅前、職場の先輩に、マンションへ立ち寄ると云っていた。

職場の先輩は、奥田さんと同じく、ホタテの貝柱を加工している松本博子さんだ。

翌日、会社の始業時間になっても出社しない。

所長が連絡をしたが、両親は、新居になるマンションへ、泊まっていると思っていた。

新居を決めてから、準備のため、度々、マンションへ泊まる事があった。


所長は、奥田さんの両親を訪ねて相談し、一緒に警察へ届け出た。

すると、すぐ警察に女性が死んでいるという通報があった。

警察は、現場に急行した。


所長が警察で、場所を聞いて、奥田さんの両親を車で、連れて行った。


新居となるマンションから幹線道路へ出る。

すぐの交差点を真っ直ぐ海に向かう。

車で五分程走ると、東鴨神社の参道がある。

パトカーや警察車輌が、数台停まっている。

参道に、黄色い規制線のテープが張っている。

鳥居の横の空地に、車を停めた。


規制線テープを警察官が通してくれた。

参道を進むと常夜灯がある。

夥しい血の飛び散った石畳に、遺体があった。

両親は、一目で、仁美さんだと分かった。

所長は、慰めようが無かった。

所長は、すぐに、梶浦に連絡を入れた。


突然の出来事で、また、寺井社長に依頼があった。

依頼があったのは、また、名指しで龍治だった。

しかし、何を思ったのか、寺井社長は、秋山をセットで、手伝いに向かわせた。

所長は、秋山の顔を見ると、明らかに、怯えたような顔をした。

しかし、花宮社長とは、話しが着いていたのだろう。

何も云わなかった。


奥田仁美さんは、午後六時過ぎに、タイムカードを退勤打刻している。

その後、マンションに、立ち寄っている。

車は、マンションの駐車場に停めていた。

隣室の居住者と会話をしている。

午後八時頃、マンションから出た。

防犯カメラの映像で、確認が取れた。

マンションの前の道を横切った。

ガソリンスタンドの角の、横断歩道から、幹線道路を渡った。

真っ直ぐ、海に続く道を歩いている。

ガソリンスタンドの防犯カメラで、午後八時十分頃までの確認が取れた。


その後の行動は、不明だ。

だが、何処へも寄り道せずに、東鴨神社へ向かったと思われる。

その先に行っても、海岸沿いに、出るだけだから。


ガソリンスタンドから東鴨神社まで、歩いて約十分。

奥田仁美さんは、午後八時半頃、参道の途中、常夜灯の脇で殺害された。


解剖所見では、そうなっている。

死因は、左頸動脈を切られた事による、出血性ショック死だった。

翌日、午前十時半頃、近所の老夫婦が、参道を散歩していて遺体を発見した。

と、いうのが、殺人事件の現在、判明している概要だ。


午後五時半、退勤時間になった。

秋山は、龍治と、タイムカードを打刻した。

加工室の一室で、所長が、作業をしていた。

秋山と龍治が軽く会釈して、帰り掛けた。

所長が秋山と龍治を加工室へ呼び入れた。

後、男性の従業員と女性の従業員がいた。

二人とも、上下、白の作業衣にビニールのエプロン姿で、長靴を履いている。

作業用キャップとマスクをしている。

いつもの出で立ちだ。

男性は、ホタテの貝柱をスライスしている作業員だと分かった。

女性の方は、分からない。


所長は、もう、秋山に迷惑そうな顔は見せない。

「ちょっと、これ、食べてみて」

所長が三枚に下ろした魚の片身を指差した。

鯖だ。

「今度、〆鯖をやる事になったんや」

所長が云った。

試作品を試食しろ。という事だ。

「石上さん。切ってあげて」

ホタテの貝柱をスライスしていた男性だ。

他の女性二人とは、段違いに手際が良い。

石上さんは、袋から包丁を取り出すと、〆鯖を切身にした。

「どうぞ」

と云って、切身を三人に勧めた。

あれっ?

秋山は、首を傾げた。

以前と何か違うと思った。


「旨い」

龍治がマスクを顎にずらしたままで云った。

「少し、酸っぱいけどなあ」

秋山がマスクを口に戻して、云ってから、「あっ。いや、いや。これくらい、パンチがあった方が、酒が進むかもしれないですね」と付け加えた。

秋山は、石上さんが睨んでいるように見えた。


「石上さん。やっぱし、初めに、砂糖で〆ようか。後は、そのままで行きますか」

所長が云った。

「けど、時間と砂糖のコストが増加しますよ」

石上さんが云った。

最初に、砂糖で〆ると、砂糖の材料費が嵩み、手間も掛かる。

それに、砂糖で〆ると一時間、時間が掛かる。

「そうやなあ。それやったら、何か工夫せなあかんなぁ。儂も考えてみるわ」

所長が、そう云った。

石上さんは、頷いた。


危なかった。

石上さんを怒らせてしまうところだった。

明日から、目の敵にされても困る。


所長に挨拶して駐車場へ出た。

「アッきゃん。何かあったんか」

龍治が聞いた。

龍治は、身体に似合わず、感が鋭い。

「いや。何か、分からんけど、石上さんが、鯖、切ってる時、変な感じがしたんや」

秋山が答えた。

「印象ちゅうんは?」

龍治が、重ねて聞いた。

秋山は、以前、ホタテの貝柱をスライスしていた時に、石上さんを見ている。

その時は、職人さんだと思った。

他の作業員とは、まるで違っていた。

それを説明すると、龍治が云った。

「へぇえ。分かるんや」

龍治は、石上さんの前職が、寿司屋で板前をしていたと云った。

チェーンの回転寿司店が増え、勤めていた寿司屋の大将が店を閉めた。

その後、職を転々として、花宮水産へ入った。

所長は、石上さんを高く評価していた。

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