◇フォーリング・ダウン

 どこの誰かは知らないけれど

 誰もがみんな知っている……♪



 暑い日々が続くこの頃。高温多湿な気候は人々から冷静な思考力を奪ってゆく。

 代わりに湧き立つような苛立ち、怒り。むしゃくしゃが煮えたぎる。


 ましてやストレス社会と呼ばれる現代だ。

 ちょっとしたことで大きな対人トラブルへと発展する――そういうケースもままある。

 すべては怒りの制御力コントロールを暑さが奪うために起こる悲劇ともいえる。


 そして、映画『フォーリング・ダウン』の主人公がそうであったように、怒りとはひとえに正義感の裏返しでもある。


 街中でゴミをポイ捨てする人を見かけた。

 電車やバスで、弱者に席を譲らぬものを見かけた。

 長蛇の列への割り込み行為やその他あれこれ。

 怒りの種とはそこかしこに散らばっている。あげてゆけば枚挙にいとまないほどだ。



 そして今日も街には罵声が響き渡る。

 聞こえてくるのは正義の雄たけびか、はたまた……


 怒りに任せ、叫び狂っているのは一人の男だった。

 通行人とちょっと肩がぶつかったことが、その発端らしいと知る。

 蜘蛛くもの子を散らすようにして逃げてゆく一般市民たちと、入れ替わりに駆けつけてくる警察官たち。


 連行されてゆくのはいまだ怒りの収まらぬ彼一人だ。

 公務執行妨害で逮捕かな、と思う。きっと明日の朝刊における地方欄の一角を飾るのだろう。正義とは、時として人を狂わせるものなのだ。



 そんな彼であるが、どこの誰かは誰も知らない。

 だが、誰もがみな彼のことを知っている。







 人々はそんな彼を、激昂げっこう仮面かめんと呼ぶ。

 そんな時代に、我々は生きているのだ。

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