◇失敗

「失敗したなぁ」と彼は呟いた。

「失敗したわ」と彼女もそれにこたえた。

「失敗しましたなぁ」――となりに住んでいる老人も言った。

「失敗しましたわねぇ」――駅で出会った上品な婦人も言った。


「失敗したなぁ」

 道行くすべての人々が皆、口々にそう言っていた。


 今は生きとし生けるものがみな――自分の人生における大事な選択の、その成否がすぐに分かる時代だ。テクノロジーの進歩によって、生まれながらにして持っている運命の行く末そのものすら分かってしまう時代と言っていい。そうして……おおよその予想通り、人生に成功する人など、実にごく一部に過ぎないことも浮き彫りになっているのだった。





「……これが今年のアカデミー賞をとった映画なのかい」


 私は口をとがらせて、この映画に誘った友人に抗議した。


「みんなでずーっと『失敗したなぁ』って言ってるだけじゃないか」

「でも、あの超有名なN監督が手掛けた映画なんだよ。それだけでも世間は大喝采さ。見るべき価値があるとは思わないかね」


 映画好きの彼は、そう言って難しい顔をして見せた。


 確かに。

 今、世間ではこの映画が空前の大ヒット中だ。監督からすれば大成功に違いない。観客の満足度もきわめて高いという。だが……それでも何か釈然としないのであった。




「失敗したなぁ」


 私は、少し軽くなった財布の中身を思いながら、そそくさと映画館を後にした。

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