12.リアムの困惑

落ち込んでいるカーラさんの為に、飲み物を買って来た。彼女は噴水の前のベンチに座り、しょんぼりとしている。あっという間に群がった子ども達に、財布の中身を全て渡してしまったカーラさん。止めようかと思ったが、彼女が嫌がったので見守っていたら、子ども達はお礼を言うとサッサと消えた。


その後も、ずっとぼんやりとしているカーラさんをベンチに座らせ、馴染みの店のジュースと菓子を購入した。複数の視線が彼女に注がれているが、有金を全て取られてショックを受けている田舎出の少女。そう見えているだろう。金目当ての奴らは近寄ってこない。ナンパ目的の者も、私がいるから様子を伺っているようだ。


「説明が足りていませんでしたね。王都は人が多い。人が多ければ、色んな人がいます。今のような光景も珍しい事じゃない。止めなくて申し訳ありません。お金は……」


「良いんです。あれは、今日使い切っても構わないと思ったお金なので。買い物をしたと思えば、それで終わりです。けど……私はあの子達に……お金を渡す事しか出来なかった。うちの領地なら、学校に通えてご飯も食べられるのに……こんな事しなくて良いのに……」


カーラさんは、すっかり落ち込んでしまった。王都ではよくある光景だが、平和なバルタチャ家の領地で暮らした彼女にとっては、初めて見る光景だったのだろう。


そういえば、バルタチャ家の領地で路頭に迷っている子ども達は一人もいない。親が居ない子は必ず孤児院で暮らしているし、孤児院の子ども達も学校に通っている。


領民が少ないから目が行き届くのだとエリザベス様もポール様も仰っていた。だが、領民が増えても彼らは変わらないだろう。あの2人にとっては、領民を慈しむ事は当たり前なのだ。


彼らは間違いなく、本物の貴族だ。


イアンも領地運営に苦労している。代官を派遣されても、全てを任せきりにしないと決めている貴族は少ない。国から派遣される代官は、最低限の事はこなすし不正はしない。けど、領地を発展させるアイデアを出す事はあまりない。代官も人だ。やる気のある領主ならアドバイスもするし知恵を授けるが、そうでないのなら仕事として淡々とこなすだけになる。私だって、そうだった。


イアンやポール様、エリザベス様のような貴族は少数派だ。


イアンは本当に真面目で、あんなに仕事が忙しいのに領地運営に手を抜かない。代官は優秀だが、任せきりにはしない。領地の事をよく把握していて、問題点も自分で考えて解決しようとする。ブロンテ侯爵家の領地は広大だから、目が行き届かなくて困るとよくぼやいていた。そんなぼやきが出るのは、真面目にやっているからだ。


ま、最近はエリザベス様のおかげで領地に目が行き届くようになったと惚気ていたけどな。エリザベス様は、本当に優秀なお方だ。


何度考えても不思議だ。


親はどちらも酷い貴族の代表のような者達なのに、エリザベス様もポール様もどうしてあんなに素晴らしい人なのだろうか。ポール様の祖父が優秀だと聞いているから、隔世遺伝だろうか。


遺伝……私の心が、ズキリと傷んだ。


……いけない。また嫌な事を思い出してしまった。母が死んだのは……血縁を重んじるこの国の制度のせいだ。そんな風に思っていた時期もあった。


だが、違うのだ。


一見厳しいと思われる制度は、邪な者を排除する為。血が繋がっていても無能なら跡を継げない。


もっと早く無能を排除する法律が出来ていれば……エリザベス様は冷遇されずに済んだだろうに。


ああ、また物思いに耽ってしまっていた。気を取り直して、カーラさんに飲み物を渡そうとすると彼女は困ったように笑った。


「……あの、嬉しいのですがお金がなくて……」


「これは私の奢りです。なくなったお金で買ったと思って下さい」


「……そんなわけには……」


「お菓子もありますよ。クッキー、お好きでしたよね?」


「……はい」


「高級ジュースとクッキーを買ったと思って、忘れましょう」


そう言って慰めると、カーラさんは何かを決意したようにまっすぐ私の目を見て、言った。


「……ありがとうございます。でも、忘れる事は出来ません。今はたまたま、私が被害にあっただけだから良かった。けど、エリザベスお嬢様をお守りしている時だったら……! すぐに兄と警備計画を練り直します! もっと、王都に詳しくなります! リアム様、教えて下さい。今の子達は、その……住む所がないのですか?」


さっきまで落ち込んでいたのに、まるで別人だ。ここまでカーラさんに信頼されているエリザベス様が、少しだけ羨ましかった。

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