3.カーラの過去

私は父が大好きだ。だけど、母は苦手。


父は武術の使い手で、とても強い。

母はそんな父が好きで結婚した筈なのに、私が父の真似をするといつも顔を顰めてしまう。兄は褒められるのに、私は同じ事をしたら叱られる。


兄は男で、私は女。理由はそれだけだった。


私は、母の前で身体を鍛える事はやめた。だけど、父も兄も私の気持ちを分かってくれて、母の目を誤魔化していつも訓練に混ぜて貰っていた。


けど、こっそりだから兄より身体を鍛える時間が足りない。身体つきも兄とは違ってきた。前は3回に1回は兄に勝てたのに、次第に4回に1回、5回に1回と増えていき……成人した頃には兄に勝てなくなった。


母はいつも女らしくなれと叱り、私に家事全般を教え込んだ。それなりに家事は出来るようになったけど、いまだに細かい作業は苦手だ。


敬愛する主人であるエリザベスお嬢様のように、美しい刺繍を作る事は私には出来ない。


母から、家に居ると兄や父の悪影響を受けると言われ、成人したらすぐに城のメイドになった。母の紹介で、断る事は許されなかった。


最初は気が進まなかったけど、職場のみんなは温かくて仕事はとても楽しかった。

私は力仕事が得意だから、向いた仕事を優先的に回して貰える。住み込みだからうるさい母と会わなくて済むし、母の目を盗んで、父や兄が屋敷を訪ねてくれるから休み時間に訓練が出来る。今のままでも充分幸せだと思っていた。


だけど、何か物足りない。


そんな気持ちを見抜いてくれたのが、当主のポール様の代わりに代官になったリアム様だった。


「次はカーラさんですね。今のお仕事で、不満点はありますか?」


「ありません。とても良くして頂いております」


「……本当に?」


「ええ、仕事に不満なんてありません」


「だけど、なにか物足りないと思っているのでしょう?」


背中に、嫌な汗が流れた。

隣に座っているエリザベスお嬢様が、心配そうにしてるじゃないの。やめてよ。


エリザベスお嬢様は、幼い頃から領地の為に働いて下さった立派な方だ。うちの領地で、エリザベスお嬢様を嫌う人は誰一人存在しないだろう。そう断言出来るくらいに領民に慕われている。


私が幼い頃は、もっと貧しかった。

それなのに税金はどんどん上がる。欲深い領主のせいだ。そんな時、領地に現れたエリザベスお嬢様は、泥だらけになりながら畑仕事を手伝い、親から殴られても税金を上げる事に反対して下さった。


エリザベスお嬢様の努力で、なんとか税金の値上がりは最低限で済んだ。だが、我々は税金を払う力など残っていなかった。


父も母も、毎日遅くまで働いていた。それでも、食べるものに困る暮らしだったのだ。


エリザベスお嬢様は、税金の支払いを一年間だけ待って下さった。両親はうまく誤魔化した。あと一年で、なんとか立て直すわ。


そう言って、領地を徹底的に調べて下さった。


まだ幼い弟のポール様を連れて、領地を隅々まで回って下さった。先代の領主の時から仕えているセバスチャンさんやリアさんを親のように慕っておられた。だけど、ちゃんと彼女は領主の代行をしておられた。セバスチャンさんやリアさんに命令する姿は、まさに領主様だった。


エリザベスお嬢様は博識で、我々は価値がないと思っていたものを見つけ出し、どんどん商品を作り上げた。


商人達は、半信半疑ながらもエリザベスお嬢様の言う通り販売を行った。すると、あっという間に完売したのだ。


さらに、畑の改良も行って下さった。我々の知らない肥料の作り方を教えて下さり、畑の収益は倍になった。


1年で、3年分の利益が出た。


我々はエリザベスお嬢様に感謝し、約束の倍の税金を払った。しかし、エリザベスお嬢様は三分の一しか受け取って下さらなかった。


そして、今まで両親が申し訳ない事をしたと謝罪して下さったのだ。


彼女は、女神だ。いや、天使だと大騒ぎになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る