イベント7 異世界帰りの幼なじみと休日デートするらしい。ずっと一緒にいてやるよ! ⑧

こずえ?」


 俺は息を切らせながら、幼なじみを見つめる。


 ナンパ二人組が逃げたのを見届けると、俺は即座に彼女を探し始めた。


 とりあえず、梢が駆け去った方に走り始めたところ、ほどなく川面を眺めながら、呆然と立ち尽くす彼女を発見したという次第である。


「……なにやってんだおまえ?」


 ただならぬ気配におそるおそる、そう尋ねる。


 振り上げた右手。かたく引き結んだ口元。

 なにより、真っ青な顔色が、彼女がただ事ではない状況であることを物語っていた。


「たーくん……」


 ゆっくり腕を下ろす幼なじみ。


「…………さっきのやつらに何かされたとかじゃないよな?」

「違う!」


 念のために尋ねると、即座に首をふる。


「あの連中が絡んできたので、その……」

「一方的に叩きのめした?」


 彼女は目を伏せ、小さく頷いた。


「…………迷惑をかけてごめん」

「なに?」

「理由があったとはいえ、己を律することができず暴力をふるってしまった。たーくんに、揉め事は起こすなと、あれほど常日頃から言われていたのに……」

「……………」

「また面倒をかけてしまった。申し訳ない」

「逆だろ」


 俺の言葉に、顔を上げる梢。


「え?」

「謝るのは俺の方だって言ってんだよ」


 梢のような美少女をこんな場所に一人残したら、ああいう輩が寄ってくることなんて、簡単に予想がついてしかるべきだ。

 なのに、彼女を放置してのんびり便所なんぞに行っていた俺の完全なる落ち度である。


 俺は幼なじみに頭を下げる。


「怖い目に合わせて、申し訳なかった」

「た、たーくん、顔を上げてくれ!」


 顔を伏せたままの俺に、梢は慌てて声をかけてくる。


「私なら何も問題はない。腐っても元勇者だ。あんな連中何人束になろうと、敵ではない」

「そういう問題じゃないんだよ……」


 どんなに強かろうが女の子をあんな目に合わせてしまった自分が許せないのだ。


 だから、


 でも、梢は自らを責めるようなことを言っていたし、俺の怒りを自分に向けられたものと勘違いしていたのかもしれない。


 だとしたら二重に申し訳ない限りだ……。


「それより、たーくんの方こそ大丈夫なのか? あの連中、たーくんに暴行を加えたと言っていたのだが」


 あいつらそんなことを言いやがったのか。


「なにもされてねえよ。たぶんおまえを怖がらせるために嘘を付いたんだろ」

「そうか……」


 ほっとした表情を見せる梢。


「とにかく帰ろうぜ」

「うん」


 梢はなぜかちらりと自らの閉じた掌に目をやったが、それ以上なにも言わずに俺のあとに従った。


 暮れなずむ西日が土手を歩く俺たちの影を長く伸ばし、傍らの雑木林では木々がさわさわと葉擦れの音を響かせている。


 俺たちはしばしの間、無言で歩を進めた。


「たーくんは、さ」


 やがて梢がゆっくり口を開いた。

 その先を言おうかどうかひどく迷っているように視線をさまよわせる。


「なに?」


 できるだけ穏やかな声音で促す。


 彼女はなおもしばらく逡巡していたが、意を決したのか顔を上げて尋ねた。


 

「たーくんは、私に異世界に戻って欲しい?」


 

 一瞬なにを言われたのかわからず、俺は目を瞬かせる。

 

「……なんだって?」

「こちらの世界に戻って以来、私はに迷惑をかけ続けてきた。あなたは、私にこう告げる権利がある――「異世界に帰れ」と」

「………………」

「もし望むなら、私はそうする覚悟がある」

「やだよ」


 幼なじみは大きく目を見開いて、こちらを見る。


「え?」

「おまえに帰って欲しくないって言ったんだよ」

「………………」

「ずっとここにいて欲しい」

「――――――!」


 絶句して、俺の顔を眺める梢。


「な、なん………で?」

「そりゃあ、あれだ」


 俺は目を伏せて、頬をかく。

 今度はこちらが意を決する番だった。


 

「おまえのことが好きだから」



 梢の足が止まった。


「す………………き?」

「昔からな」

「…………!」

「だから、おまえがあの日消えた時はほんとうに悲しかったし、戻ってきてくれた時は心底嬉しかった」


 夕日の照り返しか、彼女の顔は真っ赤に染まっていた。


「なんでいままで黙って…………」

「いや普通にキモイだろ。20年も相手のことが忘れられなかったとか」

「そんなこと、ないっ!」


 俺の腹にどすんと衝撃が走った。

 梢が勢いよくしがみ付いてきたのである。


『うれしい、うれしい、うれしい、私も大好き、たーくんが大好き』


「せっかく返事をもらっても、アースガルド語じゃわかんねえよ」


 俺は涙を流す彼女の背に、そっと自らの腕を回した。


 しばらく抱き合ったのち、俺たちは静かに身を離した。

 

「ま、そういうわけだから、元の世界に帰るとかは無しにしてくれよ。面倒事は二人で乗り越えてきゃいいだろ」

「うん!」


 こくりと頷く幼なじみに、俺はそっと微笑みかける。


「じゃ、家に帰ろうぜ」


 俺たちは再び歩き始めた。


 しかし、梢はすぐに立ち止まると、懐からなにかを取り出す。

 手の中の物をしばし眺めたのち、くるりと反転して川の方を向いた。


 ぽいっ――――――ポチャン


 小さい物体を川に放り込む彼女。


「……おいおい、ゴミを不法投棄するなよ」


 俺の言葉に、彼女は首をふった。


「あれはゴミではなく――――いや、のさっきの言葉でゴミになったのかな?」


 そんなことを言いながら、いたずらっぽい笑みを浮かべる。


 残照に照らし出された幼なじみの横顔は、俺が今までの人生で見てきたどんなものよりも、輝いてみえた。

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アラサー無職の俺の部屋に、異世界返りの幼なじみが女子高生としてやってきた。しかも俺も若返らせてしまったので、これから一緒に『イチャラブ』学園生活を送ります 秘見世 @kanahellmer

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