イベント7 異世界帰りの幼なじみと休日デートするらしい。ずっと一緒にいてやるよ! ⑤

 クレーンゲームを終えると、俺たちは商店街に戻るために店内を移動した。


 と、ふいにこずえが足を止める。


「どうした?」


 彼女は通路の脇に設置された筐体をじーっと眺めていた。


「この箱みたいなもの……うっすらと記憶があるな。たしか中に入って写真を撮るのではなかったか?」

「あー、プリクラか」


 昔からある例のやつである。

 男子でかつ彼女のいたことがない俺には無縁の代物だったが、中学生の時陽キャだった梢なら利用していた可能性は高い。


「撮ってみるか?」

「……うん」


 こくりと頷く幼なじみ。


 少し自信がなさそうなところを見ると、本当にプリクラのことをほぼ思い出せないのだろう。

 だが、こうやって少しでも記憶に残っている事をリプレイしてゆき、次第に現代日本の常識感を取り戻してもらうことが、彼女のまともな学生生活、さらには異世界にいた頃思い描いていたという「充実したスクールライフ」に繋がるに違いない。


 ということで、俺は彼女と一緒にプリクラの筐体に身を滑り込ませた。


 のれんのようになっている入口をくぐると、ちょうど二人が並んで立っていられるぐらいの空間が広がっていた。

 コインを投入すると、正面のタッチパネルが光る。


【今日はどの気分?】


 そんな音声とともに、「背景を選んでください」という文言が現れる。


「梢、希望はあるか?」

「…………」

「梢?」

「……たーくん、いま気づいたのだが、これは恋人同士が撮るタイプの撮影機ではないだろうか?」


 俺は辺りを見回した。

 ボックス内の壁には、複数の出来上がりサンプルが貼られていたが、どれも若い男女がにこやかに笑いあったり、おどけたりしている写真だった。


「たしかにそんな感じだな……。別のやつに移るか」

「い、いや、いい。大丈夫だ!」


 なぜか慌てて、そう叫ぶ梢。


「ああでも、もう金を入れちまったかあ」

「そ、それだ! もうコインを投入してしまったのだから、このまま一緒に私と撮影すべきだ! ぜひにも!」


 いつになく熱心な口調で説く彼女に俺は内心小首を傾げたが、とりあえずこのまま続行することにする。


「で、背景だが――」

「赤一色がいい」

「え?」

「こうなった以上、この撮影はもはや私にとって合戦。ここ一番の戦場の空は、血のように赤いと相場が決まっている」

「そうなのか」


 必ず決めるとかブツブツ呟く彼女を不審に思いつつも、とりあえず要望どおり、赤を選択する。

 俺はその時、背景選択画面の下の方に、「美肌補正」という項目があることに気付いた。


「見た目の補正とかも、やるか?」

『格好良さ強化!』


 突如叫び声を上げた幼なじみに、俺は不覚にもびくっと身を震わせてしまう。


「な、なんだよ、いきなり!?」

「見た目の補正といったので、バフをかけた」

「いや、機械でやるかどうか聞いたんだけど……」


 見ると、彼女の瞳には例のごとく五芒星が浮いていた。


「たーくん、人間のステータスには《外見》という項目もあるんだ。いま、私自身とたーくんの外見に魔法で補正をかけた」

 

 俺は正面のスクリーンに映る自分の顔を確認する。

 誰なんだこのイケメンは、と問いたくなるぐらい他人レベルに顔面をいじられた俺の顔が映っている。


 対して梢の方はというと、普段とほぼ変化していない。


「…………これってあれだよね、おまえの方はいじる必要もないけど、俺の方は原型をとどめないぐらい、いじる必要があったっていう補正魔法さんの煽りだよね?」

「い、いや、そんなことはないと思うぞ? 私は普段のたーくんの顔が一番好きだし。……たぶん外見の能力値がカンストして周回してしまったんじゃないかな?」

 

 へたくそな慰め、ありがとうよ。


【あと30秒で撮影が始まるよ~】


 再び音声が流れた。

 

「たーくん!」


 梢が俺の袖を引っ張る。


「今度はなんだよ」

「これを見てくれ!」


 彼女の指さしているのは、ボックス内に貼られている完成サンプルの一つだ。


 仲睦まじそうなカップルが顎の下でピースサインを作り、変顔をしている。

 背景にはピンク色のハートのデコレーション、下の方に「ずっと一緒だよ♡」という文字列が入っている。


「こ、これを私もやりたい! 設定してくれ」

「写真のデコのことか? これはな――」


 撮影の後に作るんだよ、と言おうとしたが、その時、カウントダウンが始まった。


《はい撮るよ~、さん、にー、いち》


 話を中断して、正面に向き直る俺。


 カシャ、という音がボックス内に響く。


 撮られた画像が正面のスクリーンに現れた。

 

 俺も梢も卒業写真みたいにピンと背筋を伸ばして棒立ちで前を見つめている。

 なんのポーズもとらない、陰キャあるあるの撮影だ。


「く……っ! しまった、間に合わなかったか!」


 歯噛みしながら、なぜか悔しそうな声を上げる梢。


《次いくよ~、かわいいポーズを撮ってね~》


 正面スクリーンに手を猫のように丸めたモデルの画像が浮かんだ。

 俺たちもそれを真似てポーズを撮る。


《さん、にー、いち》


「いまだ!」


 叫ぶと同時に、梢がぐるんと両腕を大きく一回転させた。

 その軌跡をなぞるように紫色の炎が宙に出現する。


 ――カシャ。


 撮られたものが、すぐさまスクリーンに映し出される。


 両手を猫のポーズに構える俺たち。

 その二人を取り巻くように、紫色の炎がハート型に浮かんでいる。


「ふふ……どうだ、私のデコは?」


 瞳に五芒星を浮かび上がらせながら、ドヤる幼なじみ。


「この紫炎はな、私のユニークスキルなんだ。触れたものすべてを灰燼に還すから気を付けてくれ」

「使うな、んなもん!」


 ……いや、説明を途中でやめた俺も悪いんだけど、普通リアル空間をデコしようとする?


 などとやっていると、またしても機械音声が次の案内を始める。


《はい、最後はちょっと変な顔で撮ってみましょ~》


 現れたサンプル画像の男女は、舌を突き出して目を丸くしていた。

 ちょうどアインシュタインの有名な写真を真似しているかのような顔だ。


《さん、にー、いち》


 次の瞬間、梢の両腕がまたしても円を描いた。

 腕を一周させた彼女は、ドン引きするぐらい素早くて正確な動きで、眼前の虚空に指を走らせる。


 ――カシャ


 出来上がり画像が正面に映し出された。


 今度はハート形の炎に加えて、俺たちの手前の空間にも紫色の炎の列が浮かび上がっている。

 炎はこんな文字列を形作っていた。


 ――二人は永遠とわに一緒♡――


「…………いや、なにこれ」

「うむ、我ながらよくできた」


 瞳に五芒星を浮かび上がらせ、舌を突き出して変顔をきめたまま、満足げに頷く梢。

 こんな残念な美人みたことがない。


「ここまで細やかな紫炎の操作をするには、凄まじい練度が必要とされるんだぞ」

「そうか。ところで、なにか昔のことを思い出した?」

「いやなにも」


 ……ですよね。


 俺と梢は撮影ブースから出ると、現像されたプリクラを手に取った。

 それから、ゲームセンターを出て、通りへと戻る。


 いつの間にか、日が傾きかけていた。


「どうだったよ、20年ぶりのゲーセンは?」


 俺は少し前を歩く幼なじみに尋ねる。


 心なし足取りが軽いというか、軽くスキップしているようにも見えた。


「うん、とても楽しかったぞ。『大好きなたーくんとたーっぷり遊べたから♡』」


 振り返ってそう告げる梢は、とても幸せそうな笑みを浮かべていた。

 暮れなずむ夕日に照らされたその横顔は、思わず言葉を失うほど、輝いて見えたのだった。

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