イベント7 異世界帰りの幼なじみと休日デートするらしい。ずっと一緒にいてやるよ! ③

「しかし、街の様子もだいぶ変わったな」


 こずえがふいに言った。


 喫茶店を出た俺たち二人は、商店街に沿って歩いていた。

 

 時刻は午後二時を回ったあたり。

 昼のピークタイムを過ぎたアーケード街は、閑散としている。


「まあ20年経ってるからな。特にアレなんかは、おまえさんが見たこともないような機種が出回ってるぞ」


 俺は左手の携帯ショップを示して告げる。

 20年前だと、スマホどころか、ようやくガラケーでインターネットが見れるようになった時期だったはず。


 そろそろ梢にも、現代の必需品であるスマホの使い方を教えておかにゃならんな。


 俺がそんなことを考えていると、当の彼女が尋ねてくる。


「ところでたーくん、冒険者ギルドはどこだ?」


 思わず、足を滑らせそうになる俺。


「なんて?」

「いや、街の中心部には必ずあるはずだろ? 見当たらないので気になって」

「ねーから、そんなもん」


 梢は驚愕に目を見開く。


「なんということだ……この世界の人類は20年の間にそこまで衰退していたのか」

「いや20年前からねえよ……」


 嘆息交じりにこたえる俺。

 

 ――異世界ボケ


 梢は異世界での生活が長かったため、現代日本の基本常識やルールが曖昧に――というか、異世界のそれらとごっちゃになってしまっているのである。


「梢、おまえさ、中学生の頃、なにして遊んでた?」


 幼なじみが微かに眉をひそめる。


「急にどうしたんだ?」

「あー、ほら、休日に友達と出かけたりしてたんだろ? おまえ、友達多かったし。で、どこに遊びに行ってたのかなーと思って」

「ああ、それは………」


 腕を組み、考え込む梢。

 うっすらとしか思い出せない記憶を懸命に呼び起こそうとしているのだろう。

 

 眉間に皺が寄っているところを見ると、なかなかに苦しい作業のようだが、俺はあえて見守り続けた。

 異世界ボケを治すには、昔のことを思い出してもらうのが、一番手っ取り早いと思われたからだ。


「ううむ……」

 

 唸る彼女の目が、ふと正面の、とある店にとまる。


「そうだ! こういうところによく来ていた記憶がある!」


 店内からは派手な電子音や画面の光が通りまで漏れていた。


 ゲームセンターだった。

 



「で、なんでゾンビゲーム?」


 俺は彼女に尋ねる。

 入店して、なにをやりたいか尋ねると、真っ先に梢が示したのがそれだったからだ。


「つい最近まで、でやっていたのでな」


 ゴキゴキゴキーー


 かわいらしい見た目にまったく似つかわしくない音で、拳を鳴らす幼なじみ(ちなみに、いま彼女が着ているのは、つい先程買ったばかりの服だ)。

 

「アンデッドの浄化……高難易度クエストだな。腕が鳴る」


 そうじゃないんだが……。


「ところでたーくん、これは二人でやるクエストらしいぞ」

「ああ。2プレイ可能だな」

「よし! さっそく殺ろうか」

「……いちおう言っとくけど、聖剣とか出さないでね?」

「わかっている。私は同じ失敗は繰り返さない」


 梢は懐を探り、おもむろに細長い物体を取り出す。


「最近は、目立たず持ち運びもしやすい、この短剣イグゾダスを常備している」

「いや、めちゃめちゃ目立つからしまって!?」

「しかも、名前のわりに聖属性だから、アンデットに特効がある」

「聞けよ!」


 とりあえず物騒なものはしまわせて、備え付けの銃を手に取る。

 

 ゲームは、スクリーンに表示されたエリア内を自動で進み、画面に次々現れるゾンビを倒してゆくというタイプのシューティングゲームだった。

 エリアを脱出できればクリア。

 道中で敵にHPをゼロにされると、ゲームオーバーだ。


「それじゃいくぞ」


 二人分の金を入れて、スタートボタンを押す俺。


 ゲームが開始された。

 ショッピングモールのような場所を画面が進んでゆく。

 と、突然、脇のショーウィンドウを突き破って、ゾンビが現れた。


『ぐおおおおおッッ!』


 ライフルを構えて、狙いを定める俺。

 しかし――


「フン!」


 正面の大スクリーンが揺れた。


 梢が手にしたライフルを画面に叩きつけたからだ。


「おい!」


 驚愕の声を上げる俺に構わず、彼女は二発目、三発目を振り下ろす。


「フンフンッ!」


 ガーンガーン、と銃を叩きつけられ、大きく揺れるスクリーン。

 

「何考えてんだおまえ!?」


 慌てて彼女の腕をつかむと、梢は怪訝そうな顔を向けてきた。


「たーくん、なぜ邪魔をする?」

「いや、なんで画面をぶっ壊そうとしてんの!?」

「このハンマーで敵を攻撃しているだけなのだが」


 くいっ、とライフルほ持ち上げる彼女。


「……悪いけど、この武器の正式名称を言ってみて?」

「戦槌」

「ち・が・う・だ・ろ。銃だよ! 


 俺は手に下げた銃で、画面内の敵を一匹撃ってみせる。


「わかったか? こうやって使うんだよ」

「飛び道具だったのか!」


 驚愕の声を上げる幼なじみ。


 大丈夫だよね?

 こいつ手遅れじゃないよね?

 まだギリギリ戻ってこれるよね!?


 幸い、当たり所が良かったのか、画面が割れたりはしていなかったので、俺と彼女はゲームを続けた。


 次に状況が変化し始めたのは、ゲームの中盤を過ぎたあたりだった。


「おい、あの台すごくね?」

「女の子の方、めっちゃうまいな」

「神プレイヤーかしら!?」


 最初は慣れない武器に戸惑っていた梢が、的確に敵を捉え始めたのである。


 というかほぼ無双だ。


 ――ダララララララララララ


 間断なく打ち続ける彼女の弾は、すべて正確に画面内のゾンビに吸い込まれてゆく。一発も外れない。


「たーくん、後方にスイッチしてくれ! 私が前衛をつとめる」


 そう告げるや、俺の手から銃を奪い、今度は二丁銃で撃ち始める。


 ――ダララララララララララララララララララララララララララララララ


「す、すげえ……こんなん見たことないぞ」

「スコア、日本記録じゃね?」

「かわいいし、絶対カリスマゲーム配信者とかだよ!」


 いつの間にやら俺たちの周りに、ちょっとした人垣ができていた。


『ミッションコンプリート!!』


 画面に大きくその言葉が表示された瞬間、わっと野次馬から喝采があがる。


 フーッ、と銃口を吹いてみせる梢。

 すげえ様になってるけど、おまえなぜそんなポーズだけおぼえてんの……?


 画面を見ると、エンドロールの背景で、若い男女が抱き合ってキスをしていた。

 どうやらこのゲームは、カップルが二人でゾンビの群れから脱出するという内容だったらしい。


 画面をじーっと見る梢。


 唐突に、なにかピンと思いついた顔になった彼女は、こちらに両手を差し出してきた。


「た、た、たーくん、このクエストはクリア後に、これを行わねばならないみたいだぞ?」


 目を瞑り、口をにゅーっとこちらへ突き出す梢。


「ど、どうぞ?」

 

 体をカチカチに強張らせて両手を突き出し、半分白目を向いている様は、先程まで画面内にあふれていた敵キャラにそっくりだった。


「なんでゾンビの真似してんだ?」

「………………」

「もう終わったから、次いこうぜ」

「………………」

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