イベント7 異世界帰りの幼なじみと休日デートするらしい。ずっと一緒にいてやるよ! ②

 こずえの服を買い終わると(下着類はさすがに自分一人の時に買っていただくよう頼んだ)、俺たちは昼食を取ることにした。


「なにか食べたい物はあるか?」


 俺は彼女に尋ねる。

 

 すでにけっこうな買い物をして、財布がだいぶ平べったくなっていたものの、せっかく外に出たんだから、なにかリクエストがあったら、こたえてやりたいところだ。

 なにしろ、こいつは20年以上、日本の食べ物とご無沙汰だったのである。


 すると、幼なじみはまたしても懐から羊皮紙を取り出し、なにやら確認し始めた。


「この商店街を少しいったところに、カフェがあるらしい。もしよかったら、そこで」

「了解」


 その喫茶店には心当たりがあったため、俺は梢を先導する形で歩を進める。


 しかし、こいつはどうもこの辺りのことを予習してきたらしいな。

 三上みかみがどうとか呟いていたし、俺の知らない間に彼女から色々教わっていたのかも。


 ほどなくカフェに着いた。

 オープンテラスのある、なかなか小じゃれた個人経営の店だ。


「ええと……一番大きいサイズのアイスコーヒーを頼んで欲しい。食べ物はよくわからないから、たーくんに任せる」


 相変わらず羊皮紙を見ながらそう告げる梢。

 俺は言われた通り、アイスコーヒーと適当な料理を注文する。


「お待たせしました」

 

 店員に出されたトレイを見て、俺は唖然とした。

 

 コーヒーのカップがとてつもなくでかい。

 某有名チェーン店のベンティサイズぐらいは優にある。

 明らかに女の子が一人で飲み切れるサイズには見えなかった。


「……こりゃ、やっちまったなあ。まあ飲めるところまでで――」


 いいよ、と言いかけた俺の声が途切れた。

 

 梢がくだんのコーヒーに、ストローを2本刺してことに気付いたからだ。

 

 片方は梢自身へ。

 そして、もう片方は俺の方へと、ストローの口が向いている。


「……いや、なにこれ?」

「一人では飲み切れないから、一緒に飲んで」


 羊皮紙をチラチラ確認しながら、なぜか棒読みでそう告げる彼女。


 周囲のお客さんが、ほほえましいものを眺めるような眼差しを俺たちに送ってくる。

 

 ……いやこれ完全にカップルと勘違いされてね?


「たーくん、案ずるな。いまどきの男女の友達は、このぐらい普通……らしい」


 俺の心の内を読んだように、梢が告げる。


 ……そうなのか? 

 俺の気にしすぎか。


 ストローに口をつけ、梢が目力でこちらを促す梢。

 釈然としなかったものの、たかがコーヒーのことでこれ以上論じ合うのも時間の無駄な気がしたので、俺は考えるのを止めて、ストローに口をつけようとした。


「あ! 待って」


 梢が慌てて、俺を制する。

 

「忘れていた。これを入れる」


 懐からなにかを取り出す。

 小瓶だ。中に黄金色の液体が入っている。

 キュポッ、と蓋を取って、波打つ液体をコーヒーにそそぎ始める彼女。


 妙に高級感のある液体だが、いったいなんだろう。

 少なくともガムシロップには見えないが……。


「準備完了だ。さあ、たーくん、一緒に飲もう!」


 瓶の中身をすべて移し終えると、梢はそう告げた。


「……今のは?」

「いいから」


 またしても目力を発揮する彼女。


 ……まあ梢も同じ物を飲むんだから、毒ということは――


「――――!?」


 一口含んだ瞬間、思わず目を見開く俺。


 うまい。それも、とてつもなく。

 ただの水出しコーヒーのはずなのに、これまで人生で飲んできたどんな飲み物よりも深みのある味わいをしている。

 それでいて、くどくはなく、喉越しがさわやかだ。


「たーくん、どう?」

「…うまいな。でも、ホントになにを入れたんだよ?」

「エリクサーだ」


 幼なじみの口から出てきた単語に、俺はストローに口を付けたまま、目をぱちくりさせる。


「なんだって?」

「たーくん、身体に力が漲っているような気がしないか?」


 そういえば、全身が軽い。

 それに体の奥底から力が沸きあがってくるような感覚がある。


「……変だな、さっきまでそんなことはなかったんだが」

「今、これを飲んだからだよ」


 空になった瓶を振ってみせる梢。


「エリクサーは異世界でも極めて希少な霊薬。飲めば、HP、MP、状態異常のすべてが瞬時に治る」

「いや俺、疲労感ぐらいしか感じてなかったんだけど」

「それも治る。たーくんが部屋に常備しているリポ〇タンDと同じ」


 栄養ドリンクじゃん。


「今日一日たーくんに付き合ってもらうのだから、体調を万全に整えるのは、パートナーとして当然の務め。『よし! 三上のアドバイス通り、気遣いのできる女をアピールできたぞ!』さ、一緒に最後まで飲もう」


 異世界語で言った部分は理解できなかったが、せっかくの梢の好意なので、俺はありがたく霊薬のご利益に預かることにした。

 

 やや恥ずかしいながらも、梢と一つのカップからコーヒーを飲み始める。

 間近で見る幼なじみの顔はなぜか赤く染まっていたが、たぶんエリクサーとやらの効果なんだろうな。

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