イベント7 異世界帰りの幼なじみと休日デートするらしい。ずっと一緒にいてやるよ! ①

 こずえがやってきて、早1週間が過ぎた。


 本日は、休日。

 こちらの世界の生活物資をほぼなにも持たない彼女のために、今日は買い物に付き合ってやることにしたのであるが。


 ――正午に駅前の噴水広場で待ち合わせしよう


 彼女にそう告げられ、少し早めに指定の場所に到着した俺は、ぼーっと立ち尽くしていた。


 ……しかし、わけわかんねえなあ、と内心小首を傾げる。


 現在梢は、わけあって俺のワンルーム賃貸で共に暮らしている。

 つまり、一緒に買い物に行くなら、連れ立って部屋を出ればいいだけなのだ。

 なのになぜ、わざわざ待ち合わせ場所を指定して、別々のタイミングでアパートから出発する必要があるのか……。


 広場には数名の親子連れやお年寄りの姿があった。ハトに餌をあげたり、のんびり日向ぼっこをして、思い思いに過ごしている。

 平凡で穏やかな風景である。

 

 そこに突然


 

 ――バカッバカン、バカッバカン



 そんな非日常的な騒音が響き始めた。


 そこはかとなく嫌な予感をおぼえた俺は、音の元へと目を飛ばす。


 道路の向こうから、なにかが近付いてくる。

 雷鳴のような音は、その何者かが立てているらしい。いや、何者かではなく――


「ヒヒヒーンッッ!」


 馬だった。


 バカンッ! とひときわ大きな地響きを立てて、俺の眼前で馬が蹄を止めた。


「たーくん、待たせたな!」


 馬上から声をかけてきたのは、もちろん異世界帰りの幼なじみ、依知川いちかわ梢である。


「……お疲れさん」


 いちおう挨拶を返す俺。

 周りの人々は、当然ながら唖然とした表情を浮かべている。

 視線がとても痛い。


「私は疲れていないぞ? このとおり馬に乗ってきたからな! たーくんの方こそずいぶんと疲れているようだが、大丈夫か?」


 さっきまで大丈夫だったけど、おまえのせいでどっと疲れが出たんだよ――と言っても、どうせこいつには伝わらないので、とりあえず聞くべきことを聞くことにする。


「……で、その馬はなんなわけ?」


 俺は、彼女の騎乗している真っ白な毛並みの馬を示して尋ねる。

 どうでもいいが、やたらと筋肉質でがっしりとした馬だ。

 

「名か? たしかサイレントアスカとか厩舎には書いてあったな」

「おま……それまさか競走馬じゃねえよな!?」

「よくわからんが、他の馬とは一線を画すオーラを放っていたのでな。即座に徴用したよ」


 ………………競馬の馬ってあれだよね?

 たしか一頭、ウン千万とか、ウン億とか普通にするんだよね?


「たーくん? なにを青い顔になっている?」

「返してこい」

「え?」

「早く返してこい!!!」


 俺の剣幕に、梢はあわてて馬首をひるがえす。


『なぜ怒らせてしまったんだ…………三上みかみの『ドラマティックを演出をしろ』というアドバイスを受けて、白馬で出迎えてみたのに……』


 去り際に、異世界の言語で何事か呟いていたが、当然俺にはそんなことを気に留める心のゆとりはなかった。




 1時間ほど待つと、彼女が戻ってきた。


「ちゃんと返してきたか?」

「ああ」


 俺はため息を吐いた。

 

「どうもおまえには盗癖があるなあ……」

「私は盗みなどしていないぞ!?」

「いや、普通に馬を盗んだろ」

「先程の馬は徴用しただけだ。まあ誰もいなかったので、勝手にテイムスキルで馬を手なずけて連れ出したのは事実であるが」

「それを窃盗っていうんだが……」


 まいった。どう説明したら、いいんだ……。


「異世界にいた頃は、「勇者様に馬を使ってもらえれば家名に箔が付く」などと言って、むしろ馬主がすすんで供出してくれたものだが」

「その「異世界にいた頃は」が付くときは要注意だってことを、そろそろ覚えようぜ?」

「……わかった」


 どこかしょんぼり頷く梢。


 ちょっとかわいそうだが、仕方あるまい。

 そもそもこいつがこんな風にいまだに異世界色の濃い思考しかできないのも、俺の身代わりに異世界に行ってくれたからなのだが、だからこそ俺には、彼女が現代社会に適応できるよう面倒を見てやる義務があるんだし。


「まあ、さっきのことはもう置いといて、とりあえず服を買いに行こうぜ」

「わかった!」


 パッと顔を輝かせる梢。

 相変わらず単純だ。本当に同い年なのだろうか……。

 

 服屋につくと、彼女は懐から羊皮紙を取り出した。


「ええと、三上から教えてもらった服装は……」


 紙を見ながら、なにやらブツブツ言い始める。


「たーくん、ちょっとここで待っていてくれ!」


 やおらそう告げると、店の前に俺を残して店内へ走り去る。

 ちなみに彼女が異世界の神から与えられた衣類は学生服しかなかったため、ド〇キで俺が買ってやったスウェットを除くと、あとは異世界から持ち越した奇妙な衣服(装備品?)しか持っていなかった。

 なので、私服の取り揃えは、かなり急を要する案件だったりする。

 

 しばらくすると、彼女が戻ってきた。


「ど、どうかな?」


 試着した服に身を包んだ幼なじみを前に、俺はしばしの間、言葉を失った。


 ショートデニムに黒のロングブーツ。

 ハイネックのノースリーブは、丈が短いためいわゆる「へそ出しスタイル」になっている。


 そして、白いシュシュでまとめたポニーテール。


 すべてが俺の好みにどストライクだった。


「い、いいんじゃないか?」


 年甲斐もなく、ややキョドりながら告げる俺。


「その…………かわいいだろうか?」

「あ、ああ。かわいいと思うぞ」

 

 梢はそれを聞くと、両手で小さく握り拳を作って、胸の前で合わせた。


『やったああああー☆ たーくんに異性として意識してもらえたああ~♡』


 アースガルド語でなにか叫んだが、幼なじみのギャルファッションに目を奪われていた俺は、曖昧に頷くことしかできなかった。


「それじゃ、次はこっちの店に付き合ってくれ!」


 意気軒高に告げる梢。

 彼は彼女の示す店に目を向ける。


 ランジェリーショップだった。


「では、また試着して見てもらいたいから、ここで待っていてくれ!」

「まてまてまてまてえええええっっっっっっっ!?」

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