イベント6 異世界帰りの幼なじみと勉強会をするらしい。参加者が俺以外、全員女子なんだが ④

「ところでさ」


 たーくんが離席すると、すぐに三上樹里みかみじゅりが口を開いた。


こずえちゃんは、前の学校で彼氏とかいたの?」

「はあ!?」


 私は思わず上ずった声をあげる。


「なぜ急にそんな話になる?」

「いや、女子が3人も集まれば、普通にそういう話にならない?」


 ……そういうものなのか? 少なくとも異世界で女だけのパーティーに参加した際は、次の敵拠点への潜入方法とか、誰がモンスター狩りで優先的に経験値を取得するかという話題しか上らなかったが。

 

「んん~?」


 三上がこちらの顔を覗き込む。

 どうやら私が言葉に詰まったのを、なにか別の意味に解釈したらしい。


「――ッ、い、いない! いなかった」

「ほー、そんな美人さんなのにぃ? てことは、その頃からたっちゃん一筋だったとかぁ? 日本に残してきた彼のことが忘れられなくて~みたいな」

「――ッ」


 こいつ…………本当に私の心が読めるのか?


「そ、そもそも私には使命があったし、そんなことをしているゆとりは皆無だったのだ」

「使命……ですか?」


 長谷はせが眼鏡をくいっと持ち上げて、聞き咎める。


 ――いかん


 私は慌てて口を押えた。


 たーくんに異世界のことはなるべく秘匿するよう言われていたのだった。気を付けて発言せねば。


「……ご存じのとおり私は外国にいたのだが、そこで周囲の人々から求められていた行動があったのだ。使命とはそのことだ」

「ボランティア活動のようなものでしょうか?」

「そう、それだ」


 魔王という大きな害虫を世界から駆除する活動だったのだから、広義では嘘にならないだろう。


「ボランティア仲間から告られたりはしなかったの?」

「そういうことは一切なかった。私以外のパーティメンバーはずいぶん親密な間柄になっていたようだが」

「ほほー?」

「なにしろ、いつ命を落とすかわからない状況だったのでな。思い残すことがないようにか、宿に泊まるたびに周りの部屋から、その、行為の音が漏れ聞こえてきたものだ」

「命て……ボランティア活動なのに、過酷すぎない?」


 バン、という音が響いた。

 長谷が両手を机に叩きつけた音だ。


「状況から察するに、乱交もアリだったのでは?」

「ああ、まあ…………複数の男女が同じ部屋に入っていくのは、何度か見かけたな」

「乱交するパーティー……ということは、まさかヤリサー!?」


 眼鏡を反射させ、しきりにブツブツ言い始める彼女。


 なにかひどい誤解をしているような気がするが……。


「ま、こっちの人は置いといてさ。たっちゃんの方はどうなの? なんか進展あった?」

「進展?」

「たとえばデートに誘われたとか」


 私は口をつぐんだ。

 三上が、おっ、という顔になる。


「…………今度の休日に買い物に誘われた」

「おおーっ!」

「勘違いするな。ただ生活必需品を買う手伝いをしてくれるというだけだ」

「けど、チャンスじゃん。もしかして、狙われてんじゃないの?」

「そ、そうなのか!?」


 思わず身を乗り出す私。


「ということは、こんな感じになる可能性も?」


 懐から羊皮紙を取り出し、彼女に提示する。


「うーん………………たぶん子供の頃に描いたラクガキとかだと思うけど、話の流れ的に、カップルでお出かけ中の絵って感じでいいのかな?」

「そのような解釈で構わない」


 描いたのは子供の時分ではないが、とりあえず私は頷いた。


「わかった。それじゃあ――」


 三上は私の絵画に沿った詳細なプランを語り始めた。

 さすがに私の目から見ても垢抜けている――たしか、たーくんいわく、陽キャとかいったか――だけあって、大変参考になる戦術に思えた。


「話は理解した。感謝する」


 すべてを聞き終えると、私は素直に頭を下げた。

 もはや、この人物に彼への想いを隠し通すことは、無理だと悟ったからである。


「うまくいったら、教えてねーん」

「ああ」


 ちょうどその時、居室のドアが開いた。


「うーす」

「たっちゃん、戻ってくるの遅かったじゃん」

「ああ、ちょっとな……ていうかお兄さん、在宅してたんだな」


 幼なじみは、長谷の方を振り返って言う。

 

「……まさかスワッピングも……いえそれどころか――」

「長谷?」

「ハッ! な、なにか仰いました?」


 あいかわらずブツブツ呟いていた長谷は、慌てて眼鏡を持ち上げながら、たずねる。


「いや、お兄さんを見かけたからさ」

「あ、いました? あの人、たまに会社を休むことがありまして」

「そういや、困ったことがあったら欠勤する癖があったなあ……俺たちには休むなって言うのに」

「え?」

「いや、こっちの話」


 それから、私たちは日が落ちるまで、勉強した。




「で、勉強会はどうだったよ?」


 帰り道。

 途中まで一緒だった三上と別れ、私と二人きりになると、彼が尋ねてきた。


「大変有意義な時間だった」

「そりゃよかった」


 ――いろいろな意味で勉強になったし


 たーくんの少し後ろを歩きつつ、私は懐からそっと羊皮紙を取り出した。

 先程、三上に見せた物とは違う絵だ。

 そこには、一つの机で頭を寄せ合い、勉強をする仲睦まじい男女が描かれている。


 私は、この絵を描いた時のことを思い出す。


 ――我々の言葉だけを使え


 それが、私に付きっきりでアースガルド語の教育を施した神官の口癖だった。


 異世界に転移したばかりの頃、私への風当たりは、控えめに言ってもひどく厳しかった。

 それは本来の適正者であるたーくんではなく、勇者の素質に欠ける私を召喚してしまった神官たちの焦りもあったからだろう。

 失敗の糾弾を恐れるように、彼らは私にきわめて過酷な教育を施した。


 ――二度と元の世界のことを思い出すな

 ――すべて忘れて、我々の言語と習慣だけを叩きこめ

 ――それができるまで、睡眠も食事も最低限だ


 このような生活が長く続いたあと、私は勇者として送り出された。

 やがて実績を上げ始めると、周囲の私に対する扱いは目に見えて変わり出したが、その頃にはもう、元の世界のことをほぼ綺麗に忘れ去っていた。


 ――私が密かに隠し持っていたこれらの絵を除いて


 

 私は、絵の中の少年少女を見つめる。彼らは頭を悩ませつつも、どこか楽しそうに勉強していた。

 

 今日はこの図のように二人きりではなかったが――


『まあ物凄く楽しかったし、充分夢が叶ったかな』


「ん? なんか言ったか?」


 たーくんがくるりと振りかえって、尋ねる。


「なんでもない」


 私はそうこたえると、小走りに彼の元へと向かった。


 頭上の夜空では、星が瞬き始めていた。

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