イベント6 異世界帰りの幼なじみと勉強会をするらしい。参加者が俺以外、全員女子なんだが ②

 放課後。


 俺は3人の女子生徒と連れ立って校門を出た。


「本当に俺も行っていいのか?」


 道すがら、俺は長谷はせに尋ねる。


 ――こずえの勉強を見てやって欲しい


 幼なじみのあまりの学力のなさに危機感をおぼえた俺は、思わずクラスメイトの長谷景子けいこ三上樹里みかみじゅりにそう頼み込んだ。

 幸い彼女らは快く了承してくれたのだが、なぜか俺も一緒についてくるよう、長谷に言われたのである。


木島きじまくん」


 長谷が眼鏡をくいっと持ち上げながら、口を開く。


「ずいぶん依知川いちかわさんのご心配をなさっているようですけど、あなたも授業についていけていないのでは?」


 図星を突かれ、言葉に詰まる俺。


「これでもわたくしもクラス委員ですので、困っているクラスメイトには助力させていただきますよ」


 そういえばすっかり忘れていたが、この子は担任から俺たち転入生の世話をするよう言われてるって話だった。


「あー、バレちまってたかあ」


 俺は頭をかきつつ、うそぶく。


「景ちんは学年トップだからねえ。エロに無駄に関心が高いことを除けば、優秀だよ~」

「三上さん、適当なことを仰らないように。わたくしの性に関する興味は控えめです。アダルト女優さんの名前も500名程度しか暗記していませんし」

「はは……」


 というようなやり取りをしつつ歩いていると、ほどなく見慣れた家の前に辿り着いた。

 いつかの登校時に梢が窓からパンツをもらった邸宅だ。


「どうぞ」


 ドアを押さえつつ、中に入るよう長谷が促す。

 

「お邪魔します」

「失礼する」

「お邪魔しま~す」


 玄関に上がると、俺はキョロキョロ周りを見回した。


「ご家族は?」

「父も母も仕事で夜遅くまで帰宅しません」


 うーん、誰もいないのか……。


「たっちゃん、なーに立ち止まっちゃってるの? そこにいられると階段を上がれないんだけど」

「あー悪い。男の俺が家族のいない隙に勝手に上がりこんじゃっていいのかなー、とかちょっと思って」

「そんなのクラスメイトなんだから、いいに決まってるじゃん。ほら、いったいった!」


 ガシッと男友達が肩を組むような感じで、樹里が俺の肩に腕を回してきた。

 そのままぐいぐい階段の方へ引っ張ってゆく。


「――ッ! お、おい、未婚の女がみだりに男子の体に触れるのは、少々破廉恥はれんちがすぎるのではないか?」


 なぜか余裕のない声で、梢が叫ぶ。


 いや、おまえ初めて家に来た時、俺の体の上にノーパンでのってただろ――という台詞をかろうじて飲み込む俺。


「なにそれ、いつの時代の価値観wwww」


 樹里はケラケラ笑うと、ますます俺に体を密着させ、ゆさゆさと肩を揺さぶってきた。

 

「~~~~~~~~~ッッッ」


 拳を握りしめ、なぜかものすごく歯がゆそうな顔になる梢。


「三上さん、お二人を部屋までご案内してあげてください。私は飲み物を準備しますので」

「あいよぉ」


 どうやらこの二人は、旧知の仲らしい。


 俺たちは、樹里の先導で長谷の部屋まで辿り着く。


 室内に入ると、まずどでかい本棚が目に入った。

 あとは簡素な勉強机にベッドといくつかの家具類。


 女の子の部屋っていうと、フリフリのピンク色があるっていうか、もっとファンシーなイメージだったが、思いの外シンプルである。


「なんか真面目そーな部屋だなあって思ったでしょ?」


 俺の心の内を読んだように樹里が尋ねてくる。


「でも、実はこんな感じなんだよねえ~」


 彼女は本棚に手を伸ばし、分厚い百科事典を引き出した。

 にやっと笑い、背表紙をこちらに向ける。


 そこには、本来18歳以上の人間にしか購入できないはずのメディアがぎっしりと詰まっていた。


「はは……」


 まあ個人の趣味だからいいんだけど、年頃のお嬢さんが放〇プレイもののDVDを持ってるってどうなんだ……。


 ふと、隣を見ると、梢が腕を組んで不思議そうな顔でDVDのタイトルを眺めていた。


「たーくん、なぜ女性の小水を浴びることが褒美になるんだ?」

「……いいから、おまえは今日は学校の勉強に集中しなさい」


 こんな感じの滑り出しで、勉強会は始まったのだった。


 


「さて、依知川さん」


 長谷が眼鏡をくいっと持ち上げながら、尋ねる。


「休み時間にお話ししていたことは、本当なのですか?」

「ああ」

「では、まじめに考えてあの英文が象形文字のようにしか理解できなかったと?」


 日中、英語の時間にあてられた梢は、Iam a queenを『私は土下座して命乞いする敵を見下ろした』と訳してこたえたのである。


 事情を知っている俺はともかく、他の人がきいたら、悪い冗談だと思うのも無理はない。


「……なにか違うかもしれないとは、正直私も思った」


 梢は腕を組みながら、こたえる。


「だが、英語はほぼ完全に忘れ去っているので、とりあえず今の自分にできる全力を出して、読み解いてみたのだが」

「いやいや、英語を完全に忘れてるって、どういう状況?」


 樹里がツッコミを入れる。


「日本に住んでて、アルファベットが絵文字に見えるとかありえないでしょw」

「あー、それについてはちょっと事情があってな……梢は最近まで外国にいたんだけど、その国では英語はまったく使われていなかったらしいんだ」

「というか存在さえしていない」


 梢が横から補足する。


「そんな国があるんですね……」

「あー、まあ特殊な国でな」


 俺は、さりげなく手ぶりで、「発言に気を付けろ」と幼なじみに伝えつつ、長谷にこたえた。


「……私が日本からその国に移住した直後は、とにかく現地の言葉をおぼえるのが最優先だったんだ」

「アースガルド語だっけ?」

「そうだ。きわめて難しい言語でな。必死になって習得するうちに英語の知識は薄れてゆき、数年後にはきれいさっぱり思い出せなくなっていたのだ」


 ――異世界ボケ


 実のところ、この幼なじみが異世界に行って忘れてしまったのは、英語だけに留まらず、こちらの世界の知識全般に及んでいたりする。


「なるほどわかりました」


 長谷は眼鏡を持ち上げつつ、頷く。


「では、梢さんには文字通りアルファベットをおぼえるところからやっていただきましょう。木島くんは私の作った小テストを解いてください。まず学力を知りたいので」

「わかった。でも、その前にトイレを借りてもいいか?」

「あ、はい。お手洗いは部屋を出て、廊下の突き当りです」

「さんきゅー」


 俺は彼女の部屋を出て、手洗いへ向かった。

 用を足して再び戻ろうとしたとき、ふと話し声が聞こえてくることに気付く。


 先程は気付かなかったが、長谷の隣の部屋のドアが少しだけ開いていた。

 どうやら話し声はそこから洩れてくるようだ。


 しかし、この声……どこかで聞き覚えがあるような。


 あまり覗いてはいけないと思いつつも、俺はドア前を通り過ぎる時に、ちらっと一瞬だけ室内に目を向けてしまった。


 途端に、足を止めた。


「え……………」


 部屋の中にいたのは、俺が以前勤めていたブラック会社の上司だった。

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