イベント5 異世界帰りの幼なじみがこれから一緒に住むらしい。頼むから、タオル一枚でうろうろしないでくれ… ②

「おま……なにやってんだよ!?」


 突然、服を脱ぎ始めた幼なじみに、俺は驚いて声を上げる。


「なにとは?」


 半裸で振り返り、こずえが尋ね返す。

 

「なんで裸になろうとしてんの?」

「これからお風呂に入るのでは?」

 

 夜。

 帰る家がないという彼女を俺の住むアパートに連れてきたのであるが。


「今、風呂は俺が先に入るって話にならなかったか?」

「なった。だから、服を脱いでいる」

「いや、意味わかんねえだろ」


 かろうじてバスタオルを巻いているものの、ほっそりとしていながら出るところはしっかりと出た肢体が、かなりきわどい所まで見えてしまっている。

 絶世の美少女の艶姿から、俺は慌てて目を逸らせた。


「服を脱がないとたーくんの背中を流せない」

「……なに言ってんの?」

「私の記憶によると、幼なじみの女が宿を借りる時は、一緒に入って背中を流すのが、礼儀だったかと」

「――なわけねえだろ!」


 俺はこめかみを抑えて、首をふる。


 ――異世界ボケ


 20年以上、異世界で生活していた彼女は、現代日本の常識やルールが控えめに言ってかなり曖昧になってしまっているのである。


「……もうそこまで脱いだら、先に入っちまってくれ」

「客の私はあとで――」

「いや、風邪でも引かれると俺も困るから」

「わかった」


 梢は素直に頷くと、タオル一枚で風呂場に向かう。


 精神を消耗した俺は、床に座り込んだ。

 

 ――あ。部屋の外に出るのを忘れた。

 でも、もういいか。あそこまで見ちまったら、いまさら感があるし……。


 ほどなく、梢がバスルームから姿を現す。


「おまたせ」


 思わず息をのむ俺。

 濡れた長い黒髪をやや上気した肌に垂らした彼女が、常にも増して輝いて見えたからだ。


「お、おお。それじゃ俺も入るかなー」


 微妙にギクシャクした態度で風呂場に向かう。

 

 湯舟に浸かったあと、体を洗っていると、妙な考えが頭の中に浮かんできた。


 ――これってあれだよな。一晩過ごす男女が交互に風呂を済ませるてる図だよな……


 慌てて首を振り、バシャーっと湯を被る。


 いかんいかん、なにを考えているんだ俺は。

 困っている幼なじみに寝る場所を提供するだけ。ただそれだけだ。

 こじらせた妄想をするんじゃない。


 自分に釘を刺し、風呂を上がると、再びタオル一枚になった梢が布団の脇に正座して俺を待っていた。


「なんでまた脱いでんのおおおっ!?」

「たーくん、いくら私でも、さすがにこの程度の常識はわきまえているぞ」


 若干緊張した面持ちで俺を見上げる彼女。


「このあとは性交する流れになるのだろう?」

「ならないからあああっっっ!」


 悲鳴を上げると、俺は服とともに梢を脱衣所に押し込んだ。



 

「それじゃ、少し早いけど寝るか」


 俺は梢に告げた。


 ちらりと、並んで敷いてある布団に目を落とす。

 我が家にはベッドがないため、床に布団を敷いているのだが、部屋が狭いため、必然的に横並びで敷き詰める形になってしまったのである。

 

 布団と布団の間には、隙間がまったくない……。


「じ、じゃあ俺はこっちで寝るから、おまえはそっちの新しい方を使ってくれ」


 そう伝えると、そそくさと自分の布団に潜り込む。

 できるだけ壁の方に枕をよせ、梢に背を向ける形で横になった。

 

 目を瞑り、おかしな妄想が浮かぶ前に、眠りの国に旅立とうとする。

 

 ………………………………………………そういえば昨日の夜、いきなりこいつに叩き起こされたんだよな………しかも、俺の上にまたがってて…………………つーか、こいつ、最初はノーパンだったよなあ、それで短いスカートでまたがってたってことは、あの部分が直に俺の肌に――


「わあああっっっ!?」


 俺はがばりと上体を起こす。


「たーくん、どうした!?」


 梢が即座に声をかけてくる。


「い、いや、なんでもない。そういや、電気を消し忘れてたから――」


 俺はそう誤魔化しつつ、電灯のリモコンへと手を伸ばす。

 その時初めて、彼女がすぐ近くにいることに気付いた。

 壁に背を預け、体育座りを崩したような姿勢で、俺の頭の斜め上あたりに腰を下ろしている。


「どうしたんだよ、そんなところで」

「せっかく寝床を用意してもらったのに申し訳ないが、ここで寝させてもらっていいか?」

「いいけど、座ったまま眠るのか?」

「ああ」


 梢は澄んだ目で横たわる俺を見つめる。


「異世界では、いつもこの姿勢で就寝していたんだ。いつ敵の襲撃があるかわからないからな」


 カチャリと鞘に納めた剣に触れる彼女。

 幼なじみは剣をかき抱くように持っていた。

 その姿があまりにも自然であったため、俺は剣の存在に違和感を抱くこともなかったのだ。


 ――きっと大変な人生だったんだろうな


 再び布団を被った俺は、心の中でそっと彼女の半生に思いを寄せる。

 

 冒険の日々といえば聞こえはいいが、実際は常に死と隣り合わせの過酷な毎日だったのかもしれない。

 俺に気を使ってか、あまり当時の苦労について話さないが……


「おやすみ梢」


 俺はそう告げて、目を瞑った。


 せめて今日からは、心からくつろげる睡眠が彼女に訪れるよう、祈りながら。


 

**************************************



 静かな寝息を立て始めた幼なじみを私は無言で見つめた。


 懐から一枚の羊皮紙を取り出す。


 そこに描かれているのは、なんの憂いもなく、安らかに眠る少年と彼に膝枕をして同じく安らいだ笑みを浮かべている少女だ。


 私は、そっと手を伸ばす。

 眠りに就いているたーくんの髪に触れる。


 さすがに頭を持ち上げれば起こしてしまうから、膝枕は諦めねばならないが――


 私は体にもたせかけていた剣を、音を立てないように傍らの床に置いた。


 そして、もう一度愛しい幼なじみの寝顔に目を落とす。

 

 

 ――今日はこれを抱いていなくても、眠れそうだ 

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