イベント5 異世界帰りの幼なじみがこれから一緒に住むらしい。頼むから、タオル一枚でうろうろしないでくれ… ①

「今のうちに聞いておきたいんだけど」


 校門を出ると、俺はこずえに話しかけた。


 時刻はすでに夕暮れ時。

 部活見学を終えた俺たちは、制服に着替えて、下校するところだった。

 ちなみに長谷はせはこのあとも委員会があるとかで、まだ学校に残っている。


 とにかく、長かった転校初日も、これでようやく終わりなのだが――


「なに?」

 

 梢は、こちらに美しい顔を向ける。

 俺は、朝からずっと不安に思っていたことを思い切って尋ねた。

 

「おまえさん、帰る家はあるんだよな?」

「ある」


 即答する彼女。

 俺は思わず胸を撫でおろす。


「たーくんの家」


 その場でずっこけた。


「な・ん・で・だ・よ」

「言いたいことはわかる。たしかに、私たちはまだその時期ではない。しかし、私に帰る場所がない以上、やむを得ない」

「実家があるだろ?」


 俺の問いに、珍しく梢の顔が曇った。


「父母が存命で健やかにお過ごしなのは確認している。だが、さすがに今すぐには顔を出せない……いや、と判断した」


 俺はしばし考えを巡らせ、彼女の言わんとしていることを推察する。


 20年も行方不明だった娘が、ある日突然、10代の姿のままで目の前に現れたら?


 ――誰だって混乱するだろう。というか、混乱で済めばいい方で、最悪精神に取り返しがつかないほどのショックを受けてしまうかもしれない。


「むろん、いずれは戻るつもりだが――」

「なんらかの対策を練って、慎重にいく必要がある……か」

「そう」


 目を伏せる幼なじみ。

 寂寥感の滲むその横顔を見て、俺はすぐさま決断した。


「……わかったよ。とりあえず、今日はうちに来な」

「え?」

 

 梢が顔を上げた。


 こいつがこんな状況になっちまってるのは、元はと言えば中学時代に俺をかばったからだ。

 本来、転移させられるはずだった俺の身代わりになったため、20年も異世界で過ごす羽目になってしまったのである。

 

 なら、帰還した彼女に住居ぐらい提供するのは、当前の義務だろう。


「いいの?」 

「ああ」

「……たーくん!」

 

 顔を輝かせる彼女に、俺は一抹の予感をおぼえる。

 

 なんだか、このまま梢がずーーーっと、末永く俺のアパートに居続けることになるのではないかという……。




 とりあえず近所の量販店で最低限の買い物を済ませると、俺は梢を連れて、いつもの安アパートに帰宅した。


「おまえさん、着替えは持っているんだよな?」

「持っている。そういえば昨日からこの制服を着たままなので、普段着に着替えたい」

「わかったよ。じゃあ、外で待ってるから終わったら呼んでくれ」

『別に外に行かなくてもいいのに』


 最後のアースガルド語の呟きは理解できなかったが、とにかく俺は外に出る。

 しばらくすると、中から声が届いた。


「着替えた」


 ドアを開け、室内に戻ると、全身を鎧で固め、腰に剣をいた少女が、部屋の中央に佇んでいた。


「……いちおう聞くけど、それが普段着?」

「そうだが」


 ガシャリと派手な音を立てて俺の方に向き直る幼なじみ。


「どこか変か?」

「……とりあえず、さっきド〇キで買ったスウェットに着替えなおしてくれ」


 安普請の賃貸でこんな姿でガシャガシャ動き回られたら、即行で騒音のクレームを入れられてしまう。

 ただでさえ朝の一件で大家にマークされているだろうに……。

 

 再び表へ出て部屋に戻ると、梢はようやく見慣れた日本の格好で俺を出迎えてくれた。


「この服…きわめて動きやすいが、実用性には乏しいな。私の鑑定スキルによると、防御力がたったの2しかない。これでは素手のゴブリンの攻撃にも耐えられまい」

「そうか。でも、俺の部屋に出るのはゴキブリぐらいで、ゴブリンは出ないから安心だな」


 そんなやり取りを交わしつつ、俺は買ってきた食材を冷蔵庫から取り出す。


 ちなみに、梢がどこから鎧やら剣やらを持ち出したかというと、今朝方見かけた例の宝箱からである。

 いまさらだけど、これを俺の部屋まで持ってきていた時点で、居座る気まんまんだったってことだよね……まあいいんだけど。


「とりあえず、飯を作るから座って待っててくれ」

「たーくん、食事なら私が――」

「いや、いいから座っていてくれ」


 宝箱から囲炉裏用の煉瓦を取り出そうとする彼女を制し、俺は調理を始める。


 20分ほどすると出来上がった。


「いただきます」


 食事の前に両手を合わせて一礼する梢。

 こういう仕草には、日本人的なところが残っているのになあ……。


「――うまい!」


 一口、味噌汁をすするなり、目を見開く梢。

 

「そうか?」

「この味だよ……」


 うっすらと涙さえ浮かべる。


「……そういえば、おまえさんは日本の食べ物を口にするのは、20年ぶりだったな」

「ああ」


 味わうようにゆっくり箸を進める幼なじみを前にして、俺は少々申し訳ない気分になった。


 解凍した冷凍ご飯。

 惣菜コーナーで買った塩鮭。

 申し訳程度に添えた海苔とたくわん。

 

 唯一俺が作ったのは、味噌汁ぐらいである。

 どうせなら、もっといい物を用意してあげればよかった。


「悪いな、ありあわせの物ばかりで……」

「たーくん、そんなことはない」


 謝罪する俺に、梢は味噌汁の具材を箸でつまみ上げる。


「この切り干し大根などは、私の大好物だ」

「おまえ、子供の頃から好きだったもんなあ、それ」

「! だから先程、買ったのか!」

 

 梢が驚いた顔で言う。


「漬物のたくわんも塩鮭も……すべて私が幼い時分から好物だったものだ。おぼえてくれていたのか!?」

「まあ」


 感極まった顔になる梢。

 少々リアクションが大きすぎるように思えたが、まあ20年間も好物をお預け状態だったことを考えれば無理もないか。


 とにかく記憶が間違っていなくて、よかったよかった。


 ほどなく彼女が食事を終えた。

 

 梢の使った食器類を洗っていると(自分で洗うと言われたが、どうしても皿を割ったり流し台を破壊したりするイメージしかわかなかったので固辞した)、ピーッ、という音が浴室の方から響いてきた。


 湯が沸いたことを知らせるチャイムだ。


「梢、風呂はどうする? 先に入るか?」

「私は客人。あとでいい」

「そか」


 ふと、衣擦れの音が聞こえてきたので、俺は手を休めて居室の方へ目をやる。


 梢がスウェットの上を脱いで、下に手をかけたところだった。

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