イベント4 異世界帰りの幼なじみと部活見学するらしい。やめろ、そんなに激しくやると服が破けるだろ! ④

 ――なにかおかしい


 俺がそのことに気付いたのは、ランニングを始めて10分ぐらい経った頃だろうか。

 

 妙に体が軽い。

 そして、全身に力がみなぎっている感覚がする。


 初めのうちは肉体が若返ったせいだろうと思っていた。

 なにしろ、こちとら昨日までは駅の階段を登るだけで、ひーこら言ってたおっさんである。

 それが突然10代に戻ったんだから、そりゃあエネルギッシュに感じるよなー、と。


 だが、トラックを10周も走ったあたりで、さすがに異常だと感じ始めた。


 まったく疲れないのだ。

 どのぐらい頑張れるか試すつもりで、最初からほぼ全力で飛ばし続けているにも関わらずである。


 俺はふと、前方に人影を発見した。

 一緒にスタートした部長である。

 つまりは周回遅れに追いついてしまったわけだ。


 女子マネや女子部員たちが、俺を指さし騒ぎ始めていたが、当然俺にはそんなことを喜んでいる心のゆとりはなかった。


 10分も全力で走り続けて息切れ一つしないって、体力があるとか以前にもう人間じゃねえだろ……。


 足を上下させつつ、俺はつい先程の出来事を思い出す。

 

 こちらの肩に触れながら、呪文めいた言葉を呟くこずえ

 直後、淡い光に包まれた俺の体――

 

 理由はそれしか考えられなかった。


「そ、そこまで」


 顧問の先生の声がかかり、俺はようやく足を止める。


「……タイムは?」


 ストップウォッチを持った生徒にたずねる顧問。

 

「5000mを10分13秒です」

「馬鹿いうな! 世界記録が12分35秒だぞ!?」

「でも――」


 ストップウォッチを差し出す生徒。

 顧問はそれを覗き込んで震え始める。


「国体――いやオリンピックだ! わが校から五輪選手が……」

「いやぁー、さすがに計り間違えですよぉ~」


 シャブをキメているような目でぶつぶつ言い始めた顧問に、俺は慌てて軽口をよそおい、告げた。


 それから足早に幼なじみの元へと向かう。


「ちょっとこい!」

 

 傍らにいた長谷はせに声が届かないところまで、彼女を引っ張ってゆく。


「私の言った通り、大丈夫だっただろう?」


 腕を組んでドヤる梢を見て、俺は自らの予感が的中したことを悟った。


「……なにをした?」

後方支援マネージャーとしての仕事をさせてもらったまでだよ」

「具体的には?」

「たーくんのステータスに軽くバフをかけておいた。筋力、体力、俊敏性、これらをカンストまで引き上げた」

「ぜんぜん軽くねえだろ!」

「礼はいらない。私はたーくんの専属マネージャーだからな!」

「誰も礼はいってねえよ! とにかく元に戻せや」


 心底意外といった表情を見せる幼なじみ。


「……たーくんは私の支援魔法が気に入らなかったのか?」

「当り前だ。こんなのドーピングと変わらねえだろ!」

 

 完全な不正行為である。

 

 こんなんで結果を出したら真面目にやっている部員たちに申し訳ないし(現に伴走してくれた部長は、「僕の3年間の努力は……」とか四つん這いでうめいている)、騒ぎになったら俺たちの正体がばれてしまうリスクがある。


 しかし、梢は首をふって、無知な子供を諭すような目になった。


「たーくん、戦う前に薬や魔法でドーピングするのは、異世界では村の子供でも知っている常識だぞ?」

「…………1億回ぐらい言ってるけど、こっちの世界でおまえの常識は通じねえから。とりあえず、その強化魔法とやらを外せや」

「それはできない」

「なぜ?」

「私が解除魔法を知らないからだ」


 平然と告げる幼なじみ。


 俺は初めて疲れを感じ、その場にしゃがみこんだ。

 どうやら精神力までは強化されていなかったらしい。


「あのう――」


 そのとき、横手から声がかかった。

 長谷が眼鏡を持ち上げつつ、遠慮がちに告げる。


「先生が呼んでいますけど……」


 彼女の示す方を見ると、顧問が「レッツ、オリンピック!」とか言いながら、ギラギラした目で俺を凝視していた。


 ……くそ、とりあえずこのまま続けるしかねえか。

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