イベント4 異世界帰りの幼なじみと部活見学するらしい。やめろ、そんなに激しくやると服が破けるだろ! ③

 俺たちが向かったのは陸上部だった。


「野球部やサッカー部のマネージャーもいいが、やはり私のスキルを活かせるのは、この部活だと思うのでな」


 というこずえの発言に、俺の不安感はますます募る。

 スキルってなんだスキルって……。


 長谷はせがキャプテンおよび顧問と話をつけてくれたので、とりあえず俺たちは体験入部という形で練習に参加させてもらえることとなった。


 俺は男子部員たちの元に、梢はマネージャー志望ということで、他の女子マネたちの元に向かう。


 片手にやかんを下げ、パタパタと長いスカートをひるがえして走る幼なじみの姿を見て、俺はぼんやり思う。

 

 ――なんか昭和時代のスポコン漫画に出てくる女子マネージャーみたいだなぁ……


「それじゃ、準備運動から始めてくれ」


 部長とおぼしき生徒に言われ、軽く手足をほぐし始める俺。

 しばらく体操をしてから、梢の方はどうしているかとさりげなく目を飛ばすと、彼女は少し離れたところから、じーっと俺を凝視していた。


「あのー、依知川いちかわさんだっけ?」


 そんな彼女にマネージャーの一員とおぼしき女子が声をかける。


「こっちに来て、用具を出すのを手伝ってくれる?」

「いや、私はここでいい」


 腕を組み、仁王立ちしたまま告げる梢。

 女子マネが、なんだこいつは、という顔になる。


「えーと……マネージャー希望で来たんだよね?」

「ああ。だが、私はあの男子の専属マネージャー希望なのだ。なので気にしなくていい」


「おい!」


 俺は慌てて彼女たちに駆け寄った。

 女子マネに、すみませんと頭を下げつつ、幼なじみを脇に引っ張る。


「……なにやってんだよ、お前は」

「今、言ったとおりだが」


 平然と告げる梢に俺は嘆息をもらす。


「たーくんの世話はすべて私がする!」 

「いや、いらねえから、ちゃんと普通のことをしろって」

「しかし、たーくんは不安を感じているのではないか?」


 唐突にそんなことを尋ねる梢。


「なんの話だよ?」

「私の知っているたーくんは、運動がかなり苦手。この部で活躍できるかどうか、内心懸念を抱いているのでは?」


 幼なじみの言葉に、俺は一瞬口をつぐむ。

 

 正直、不安がないといえば嘘になる。

 だが――

 

「あー、別に恥をさらす覚悟ぐらいあるから、気にしなくていいぞ」


 俺は彼女に告げた。


 まあ、運動音痴の奴がこんなバリバリ体育会系の部活にきたら、いい笑いものになるかもしれないけど、その程度のことを気にする年でもないし。

 それより、まじめにやっている他の部員に迷惑をかけないかが、心配なのだ。


「とにかく、こっちはいいから、お前は自分のことを――」


 俺はそこで言葉を切った。梢が唐突に俺の肩に手を乗せてきたからだ。


 何事か低い声で呟き始める彼女。


 ――これはアースガルド語か?


 次の瞬間、彼女の宝石のような瞳の内に五芒星が現れた。

 同時に俺の全身が淡い光に包まれる。


 それらは一瞬のことで、気が付いた時には、すべてが消えていた。


「おまえ、なにを……」

「大丈夫。たーくんは必ず大活躍できる。


 梢の不敵な笑みに、俺はなぜか全身が粟立つのを感じた。


「おーい、君! 準備はできたかー」


 そのとき、キャプテンが俺を呼んだ。


 俺は慌てて彼の元に向かう。

 妙に自信ありげな表情を浮かべる幼なじみをその場に残して……。



**************************************

 


「それじゃまず、ランニングからいこうか」

「うす」

「僕が伴走するから、自分のペースで走ってね」

「了解す!」


 キャプテンの言葉に、たーくんは快活に返事をした。

 私は腕を組んで、そんな彼を見つめる。


「あんまり速そうに見えないよね」

「そーだね、ひょろっとしてるし」


 傍らで見守る女子マネージャたちが囁く。

 

 私は彼女らを一瞥すると、スタートラインに立つたーくんに目を戻した。

 

 たしかにぱっと見、彼は運動が得意なタイプには見えない。

 体の線は細いし、戦士よりも、どちらかというと魔術系のジョブに適正がありそうに見える。


 まあ私は、そういう深窓の貴公子然とした雰囲気も、彼の魅力だと感じているのだが。


 とにかく、彼女たちがたーくんを侮れるのも今の内だけだ――

 

「彼、大丈夫でしょうか?」


 すぐ隣に立つ長谷景子はせけいこが呟く。

 本当に心配しているらしいことが口調から伝わってきたので、私はあえて断言した。



 次の瞬間、たーくんが走り始めた。

 やや速いペースで、あっという間にトラックを半周する。

 

 さらにもう半周してスタート地点に戻ってきたが、そこでもペースを落とさない。

 とりあえず若返った肉体の調子をつかんでみようという感じだろうか。


 ――まだ気付く時間ではないかな


 私は彼を見守りつつ、そっと口の端に笑みを浮かべた。


 異変が起こったのは、3周目の終わりに差し掛かった頃だ。


「部長、なんか苦しそうじゃない?」


 女子マネージャの一人が呟く。


 くだんの部長氏のペースが落ち始めてきたのだ。

 呼吸がひどく乱れ、走るフォームも崩れている。


「調子悪いのかなぁ……」

「っていうかさ、あっちの人が速すぎない!?」


 囁き交わす女子マネージャたち。


 ――そう

 部長氏の調子が悪いのではない。

 単純にたーくんの走るペースに、彼がついていけなくなっているだけだ。


「な、なんかすごいですね彼……」


 長谷が眼鏡をくいっと持ち上げつつ、言った。

 

 必死に追いつこうとする部長氏と対照的に、たーくんの走りっぷりは実に悠々としている。

 すぐ後ろの伴走者の窮状にも気づかないほどに。


「ハセ、後方支援の役割とはなにかわかるか?」


 私の問いに、きょとんとした顔になる長谷。


「後方支援…………ですか?」

「ああ」


 主な役割は3つ。

 魔法などによる遠距離攻撃、味方の回復、そして――


「味方の強化だ」


 私は、つい先程、幼なじみの肩に触れた手をそっと顔の前に持ち上げる。


 支援魔法をかけた手を――

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