イベント4 異世界帰りの幼なじみと部活見学するらしい。やめろ、そんなに激しくやると服が破けるだろ! ②

 校内の見学を一通り終えると、俺たちは部室棟へと移動した。


 こずえがなにやら運動部を見たいと要望したからだ。


「でも、お二人とも本当に仲がいいんですね」


 長谷はせが俺に言った。


 場所は運動部の更衣室前の廊下。

 梢は着替えに手間取っているのか、まだ更衣室から姿を現さない。


木島きじま君と依知川いちかわさんは、幼馴染みと聞きました。昔からこんなに仲良しだったのですか?」

「あーいや、仲良しというか、腐れ縁というか、奇縁というか……とにかく一緒につるむようになったのはつい最近の話だな」


 というか、昨日からである。

 

「あら、そうなんですか? 部活巡りまで彼女の希望にお応えするぐらいなので、わたくし、やっぱりお二人が……」


 踏み込みすぎたと思ったのか、長谷はそこで口を閉ざした。


 にぶい俺にも、さすがに彼女がなにを言わんとしているのかは、わかった。


「そういうのじゃない。ただ、あいつには昔、世話になってね。その恩を返したいんだよ」

「へえ……」


 梢は20年前、俺の身代わりで異世界に転移した。

 本来あいつが得るはずだった、ごく普通の青春を取り戻させてあげたい。


 …………なんてことを言っても伝わるはずないので、代わりに俺は別の話題をふる。


「で、さっき言ってた、俺に言わなければならないことって?」

「あ………そのことなのですけど……」


 ふいに長谷は口ごもり、大きな目をついっとそらせた。


 俺は直感的に察する。

 

 ――この表情と、どこかよそよそしい態度は、ちょいちょい職場で経験したやつだ。伝えたくないけど、伝えねばならないことを口にする時の挙動――


「せ、せっかくクラスメイトになったのに、こういうことを言いたくないんですけど――」

 

 案の定、彼女の口からそんな言葉が飛び出してきた。意を決したのか、まっすぐ俺の目を見つめ、言い放つ。


「木島君たちは非常識だと思います。朝から制服で、屋外プレイをするなんて!」



「――――――は?」



 なに屋外プレイって? どういうこと???


「たしかに、『野外』『女子校生』『ノーパン』はファン座のジャンルにもある定番シチュエーションです。でも、私たちは高校生ですよ? もし人に見つかって学校に通報されたらどうするんですか!?」


 急に早口になって、まくしたてる長谷。

 彼女は当惑する俺を置き去りにして、眼鏡をきらりと反射させ、さらに言い募る。


「なにより、いまからマニアックなシチュエーションに頼るのは、よくないです。ふつうのプレイでは満足できず、男性が機能しなくなる可能性があります」

「そのなによりの使い方あってる!?」


 思わずつっこむ俺。


「ちょっと勘違いしてるみたいだけど、俺たちは別にそういうことをしていたわけじゃないからね?」

「え? そうなんですか!?」


 彼女は心底おどろいた顔になる。


「でも、それならなんでノーパンで塀の上に立っていたんです?」

「それは俺にもわからん」


 無人の廊下で顔を見合わせる俺たち。


 そのとき、更衣室の扉が、がちゃりと開いた。


「待たせてすまない。ちょっとロッカーの場所が…………どうした?」


 部屋から現れた梢が怪訝そうな目を向け、言葉を切る。

 俺と長谷の間に流れる、なんともいえない空気を察したらしい。


 ふいに、彼女はハッと目を見開いた。


「まさか貴殿ら、人気ひとけのないのをいいことに、いかがわしい行為をしていたのではあるまいな!?」


「おまえが言うな!!」

「あなたが言わないでください!!」


 ほぼ同時に、叫ぶ俺たち。


「違うならいい」


 梢は腕を組んで鷹揚おうようにうなずく。


 ……なんか部活見学する前から疲れた。


「ところで、おまえはなんでそんな格好をしてるんだ?」


 俺は気を改めて梢に尋ねた。

 

 更衣室から出てきたというのに、彼女はまだ制服姿のままだ。

 ただし、さきほどまではいていたミニスカートではなく、丈の長い、ちょうど一昔前のスケバン風のロングスカートにはき替えている。

 他に変わった点と言えば、右手に金属の大きなやかんを持ち、髪をポニーテールにしていることだが……


「あきらかにこれから運動する格好じゃねえだろ」

「ああ、これか? 私はこれでいいんだ。たーくんにはジャージに着替えてもらう必要があるが」

「俺だけ?」

「そう」


 梢はこくりと頷くと、おもむろに懐から羊皮紙を取り出した。

 そこには例の彼女の手になる、稚拙な絵が描かれている。


「……いや、悪いんだけど、さすがに今回のやつはわかんねえや。ちょっと前衛的過ぎて…」


 言葉を選んでいう俺。


「これは運動をする男子とそれを見守る女の子を描いた絵ですね」


 横からのぞきこんでいた長谷が告げる。


「すげえな、なにが描いてあるかわかるんか」

「ええ。わたくし、ボランティア活動で、よく幼児のお世話をさせていただくことがありますので」


 さりげなく画力をディスるが、梢は気にした風もなく、自ら解説を始める。


「そう、運動部で汗を流す少年とそれを陰から応援する女子マネージャーの図だ」

「てことは、おまえさんは運動部のマネージャーをやりたいのか?」

「その通り。そして、私がマネージャーをする部には、当然たーくんも入ってもらう。そうでなければ、意味がないからな」

 

 なにがそうでなければ意味がないのかはわからんが、とりあえず俺だけジャージに着替えさせた意味は理解できた。


「ということで、さっそくグラウンドに行こう!」


 いつものむっつり面を微かに上気させて、梢は告げる。

 どうやら、彼女なりにわくわくしているみたいだが……。


 こいつにマネージャーなんか務まるのかなぁ、と俺はそこはかとない不安を禁じ得ないのだった。

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