イベント2 異世界帰りの幼なじみと登校するらしい。なお、下着はつけていない模様③

「おまえ、パンツはいてないぞ」


 朝。

 登校中にその事実を俺は、やむなくそれを幼なじみの依知川梢いちかわこずえに伝えた。

 

 人気のない住宅街を一陣の風が吹き抜ける。

  

 梢は最初きょとんとした顔で俺を見つめていたが、徐々にその頬が赤くなってゆく。

 

 彼女は勢いよく立ち上がると、スカートの中に手を突っ込み、手探りする。



 絶望に満ちた声でそう告げる。


「はくのを忘れていた……」

「なんでだよ!?」 

「異世界では下着をつけるという習慣がなかったんだ。だから、こっちに戻った時に完全に忘れていた」


 …………マジかよ。


「とりあえず、シャレになんないから、学校に行く前になんとかしないと」


 転校初日にノーパン登校とか、校史で語り継がれる伝説になってしまう。


「わかった。クエスト内容を『パンツの捜索と装備』に変更する」


 そう宣言すると、彼女は周囲に素早く目を走らせた。

 T字路の先にある民家に視線を止める。


「ちょうどいい、あれを接収しよう」


 梢のほっそりとした指が示しているのは、物干し竿に吊るされたピンク色のパンツだ。


「……おまえ、まさか」


 俺が止める間もなく、彼女はひらりと道路と民家を隔てる塀の上に飛び乗った。


「まてまてまてまて」


 さすがに声を張り上げる。


「なに?」


 くるりと振り返る梢。


「おまえ、いくら切迫してるからって盗みは駄目だろ?」

「盗みではない。ただ、持ってゆくだけだ」

「同じだろ!」


 梢は腕を組んで俺を見下ろす。

 

「勇者には他人の家の物を自由に入手する権利が与えられている。常識だぞ?」

「どこの常識だよ!」


 言われてみれば、たしかに、ド○クエの勇者とかは、人の家のタンスを漁ったり壺を叩き壊したりして、アイテムを手に入れてるけど、日本では普通に犯罪だから。

 あと、そのポーズで塀の上から俺を見下ろすと、モザイクが必要なレベルで丸見えですから。あなたいま、はいてませんので。


「きゃっ!?」


 短い悲鳴が上がったのは、その時だった。


 俺と梢は同時に声のした方へと目を向ける。


 10代半ばぐらいとおぼしき少女が、窓辺に立ち尽くして梢を見ていた。

 どうやら、梢が不法侵入しようとしている民家の住民らしい。口元に手を当て、目には明らかな怯えの色を浮かべている。


 そりゃそうだろう。なんの脈絡もなく、自宅の塀の上にノーパンの女が仁王立ちしているんだから。


「ど、どなたですか!?」

「私か? 名は依知川梢という」


 少女の問いに、相変わらず腕を組んだポーズでこたえる梢。


「わけあって、パンツを必要としている。そこに干してある物を一枚いただけないだろうか?」

 

 彼女は『これでいいんだろ?』という目を、ちらりと俺に向ける。


 頼むから、他人のふりをさせてくれ。


「わ、わかりました」


 少女はそうこたえると、ベランダに降り立ってピンチハンガーからパンツを取り外した。

 おっかなびっくりという感じで腕を差し伸ばし、下着を梢に手渡す。


「感謝する」


 そう告げて、その場でパンツをはき始める梢。


 はち切れんばかりの健康美を誇る太腿を上げ下げして、パンツの穴に足を通すが、塀の上でそんなことをやったら、俺の方からは丸見えだって言ってんだろ……。


「で、では失礼します」


 少女は、そそくさと室内に戻る。

 その後ろ姿からは、一刻も早く不審者から遠ざかりたいという気持ちが滲みでていた。


「首尾よく目当てのアイテムを手に入れることができたな」


 塀から降り立った梢が、俺に告げた。


「では、クエスト再開といこうか――」


 最後まで聞かずに、俺は幼なじみの手を取り、叫ぶ。


「いいからさっさとこの場を離れるぞ!」

「なぜ?」

「警察がきて逮捕されるからに決まってんだろ!」


 説明する間も惜しいので、俺はそのまま梢の手を引っ張って一緒に走り始めた。

 まったく、なんていう朝だろうか……。

 

「クエスト失敗だな」


 せめてもの皮肉を込めて俺がそう告げると、幼なじみは俺の顔を見たのち、繋がれた手に、じーっと視線を落とした。


『ぜんぜん失敗じゃない』

「なんだって?」

「別に」


 どこか満足げな声で、短くこたえる梢。


 ――なにニマニマ笑ろとんねん、こいつ…… 

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