イベント2 異世界帰りの幼なじみと登校するらしい。なお、下着はつけていない模様②

「さっそくだが、たーくんにクエストを行ってもらう」


 アパートから出て30メートルぐらい歩くと、唐突にこずえが立ち止まって告げた。

 

 ちなみに、今の彼女は例の裸エプロンから高校の制服に着替えている。

 裸エプロンのまま登校するのはNGぐらいの常識はあってよかった。


「……なんだって?」


 俺は梢に聞き返す。

 

「クエスト名は『転入生と出合い頭にごっちーん☆ なぜか胸がときめいちゃった♡』だ。わかりにくかったら、クエストという単語をミッションに置き換えてもらってもいい」

「ぜんぜんわかりやすくなってねえし、なにをやるのか1ミリも伝わってこないんだが……」


 梢は、絶世の美少女顔を3割ぐらい台無しにする、鋭利な刃物のような眼差しで、前方のT字路を見据えた。


「あそこで道が交差しているな?」

「だな」

「私が、あちら側の道から走り出てくるから、たーくんはこちらの道を全力で突き進み、私と正面衝突して欲しい」

「いや、わけわかんねえんだけど」


 怪我するだろ、普通に。


「……なんのためにそんなことをするんだよ?」

「私の青春を取り戻すためだ」


 梢は内ポケットから、ボロボロにすり切れた羊皮紙を取り出した。

 表面と思しき方を、俺に向けて突き出す。


 そこには、正方形の物体をくわえた女の子と男の子が激突する、超へたくそなイラストが描かれていた。

 羊皮紙の余白には、漫画っぽい吹き出しも記されている。

 いわく、

 

 

女の子『いやーん、転校初日に遅刻しそうだから食パン咥えて走ってたら、ぶつかっちゃった~☆』

男の子『うぜえよ。でも、なんでだろう、こいつの顔を見た途端、急にドキドキし始めた』

 

 

「…………なにこれ」


 実直な感想を述べる俺。


「たーくん、これは典型的な転入時のイベントだぞ?」


 そんなことも知らないのか、というニュアンスを含んだ口調で、梢がこたえた。

 彼女は、腕を組んで、滔々と語り始める。


「私は、異世界に飛ばされた直後、こういう絵をいくつも描いたんだ」

「なんのために?」

「首尾よく日本に戻れたとき、為すべきことを忘れないために」


 俺はもう一度、くだんのイラストを眺める。


 ………絶対ほかに描くべきことがあったろ。


「それらの絵をクエストとみなし、一つずつ達成してゆく。それが私の願いである、理想の『恋人との』学園生活を送る最短ルートであると、私は考えている」

「その第一歩が、これってわけか」

「そう」


 我が意を得たりと、大きく頷く梢。


「異世界で辛いときは、自分の絵を見て心の支えにしてきた。『最後の絵はたーくんが私に告白するシーンだ! 絶対達成するから!』」

「ところどころアースガルド語(だっけ?)が混じっててよくわからなかったけど、まあおおよそは理解した」


 俺は幼なじみに告げる。


「じゃあ、そのクエストとやらをさっさとやっちまおう。急がないと遅刻するぜ」

「わかった!」


 梢は疾風のような速さで前方の角を折れていった。


「たーくん、準備できたー?」


 T字路の向こうから、そんな声が届く。

 

「ああ」

「じゃあいくよー、さん、に、いち」


 カウントダウンとともに、誰かが駆けてくる、たったったっ、という音が響き始める。

 俺もその足音に合わせて、小走りに進み始めた。


 どうでもいいけど、出会い頭って、こうやってわざと作った場合も言うのかねえ……。


 曲がり角の先から影が落ちる。


 俺はタイミングを合わせて、飛び出した。


「きやああああああ」


 棒読みにしか聞こえない悲鳴を上げつつ、俺に激突する梢。

 鳩尾みぞおちあたりに彼女の頭突きがめり込み、俺は派手に吹き飛ばされた。


 ――いや、普通に痛てえんだが!?


 地面に尻餅をついたまま、かろうじて幼なじみの様子をうかがうと、彼女も同じく尻餅をついて、天を見上げていた。

 いつの間に持ってきていたのか、例の雀の串焼きを咥えているのは、食パンの代わりだろうか。

 ……もう面倒くさいから突っ込まないでおこう。


「いやあん、転校初日に遅刻しそうだから食パン咥えて走ってたら、ぶつかっちゃったあ」


 大根役者も裸足で逃げ出すような、お経読みで告げる梢。

 なにかをうながすように、じっと俺の方を見つめてくる。


 あ、続きを言えってことか。

 ええと――

 

「うぜえよ。でも、なんでだろう、こいつの顔を見た途端、急にドキドキし始めた」


 ――で当ってたかな?


 俺の発言を聞いた梢は、なぜか顔を赤くする。


『た、たーくんが私にドキドキして!? こんなに簡単にフラグが立ってしまうなんて……』


 異世界の言語でなにやらブツブツ呟いていたが、その時、俺はある恐ろしい事態に気付いた。


「おい」

『こう見えて、私の異世界でのクエスト達成率は99、9%を超える』

「おい、梢」

『とくにフラグの立ったイベントは、一度も取り逃したことはない。ふふ……これはもう最終目標ゴールが見えたな』

「俺の声、聞こえてる?」


 そこでようやく、彼女は我に返り、瞬きしながら俺の方を見つめた。


「……すまない、なにか言ったか?」

「その、見えてるぞ」


 歯切れの悪い声でそう伝える俺。


 彼女の目が、尻餅をついたままの自分の体に移る。

 体育座りで足を開いた体勢だ。スカート丈がかなり短く作られているため、いわゆる『中身』が完全に御開帳されている。


「…………失礼」


 少しだけ気まずげな顔で、静かに足を閉じる梢。


 ――この薄いリアクションってことは、こいつ、たぶん気付いてないよな…………


 俺は思い切って、その事実を告げた。


 

「おまえ、パンツはいてないぞ」

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