イベント1 異世界帰りの幼なじみが裸エプロンで朝食を作って、俺を起こしに来るらしい①

 チュンチュン。


 雀の鳴き声に私は目を細める。

 今日は記念すべき、たーくんとの初めての朝だ。

 入念に朝ごはんの支度をしなければ。


 私は手首をきゅっとひねり、手早く食材を処理してゆく。


 チュンチュ――


 調理を続ける私の手がふと止まった。


 ――でも、本当に大丈夫だろうか


 私は昨晩のたーくんとのやり取りを思い出す。


『明日から私とスクールライフを送ってくれ』


 たしかに私はそう伝えた。

 だが、たーくんからの返事はもらえていない。

 その後、若返った自分の姿を見た彼が気を失ってしまったからだ。


 ボウッ。


 私は下ごしらえを終えた食材を加熱するために火を点けた。


 正直不安だ。

 もし、彼が私のことなど気にも留めず、私の存在をちらりと思い出すことさえなく、今まで過ごしてきたのだとしたら……


 ボボウッ。


 私は、自身の不安を焼きはらおうとするかのように、火力を上げる。


 昨夜、たーくんに伝えたことは、実は事実の半分のみだ。

 異世界での使命を果たした私は、自らの望みを神に告げた。


『もう一度日本に戻って、充実したスクールライフを送りたい』


 たーくんとの会話ではそのように述べたが、実際は違う。

 真実は次の通りだ。


『もう一度日本に戻って、と充実したスクールライフを送りたい』

 

 では、なぜ私はその部分を彼に隠したのか。

 それは――


「うう――ん……」


 かたわらから聞こえてきたあえぐような声が――正直、私には甘やかな調べに聞こえる――私を物思いから引き戻した。

 どうやら、『最愛の人』が目を覚ましたらしい。


 私はいそいそと朝食の準備を仕上げると、床に座して彼の起床を待った。


 

**************************************



「うう――ん……」


 我ながら気色の悪いあえぎ声をあげながら、俺は目覚めた。

 

 昨晩は久々にやばい夢を見た。

 20年前に行方不明になった幼なじみ女の子が、なぜか女子高生になって、この部屋に現れるという悪夢だ。

 なんでそんなものを見たのか、我ながら意味がわからないから、あとでフロイトの夢診断とかで調べてみよう。


 俺はゆっくり目を開く。

 

 頭を左側にして寝入っていたらしい。

 見慣れた自室の壁と本棚が映る。

 布団に潜り込んだ記憶はないが、いつもの部屋でいつもの万年床に横たわっているのは間違いない。


 やはりあれは夢だったのか。

 よかっ――


 

「おはよう、たーくん」


 

 すぐそばであがった声に、俺は勢いよく頭を右に振り向ける。


 裸エプロンの依知川梢いちかわこずえが、布団の脇に正座して、じっと俺を見下ろしていた。


「わああああああっっっっっっっ!!!!」


 俺は飛び起きて、反対側の壁にへばりつく。

 寝起きにこんな素早い動きをしたのは、人生で初めてだ。


 改めて相手を見る。

 行方不明になった中学生当時より、2、3歳ぐらい年齢を重ねているように見えるが、やはり間違いなく、依知川梢だ。

 長く会っていなかったけど、幼なじみなんだから、見間違えようがない。

 

 そして、なぜか素肌の上に直接エプロンを着用というスタイルである。

 正面から見ると、きわどいところはギリギリ隠れているが……。

 

「依知川梢……さん?」

「はい」


 くだんの少女は、こくりと頷く。


 ……つまり夢じゃなかったわけか。


 俺と彼女は、しばしの間、見つめあった。


「ええと、色々聞きたいことがあるんだけど…………とりあえずなんで今ここにいるの?」

「愚問。幼なじみだからに決まっている」


 淀みなくこたえる梢。


「朝、幼なじみの女児が幼なじみの男児の部屋に無断で入り込んで起こすのは、定石。これを外す私ではない」

「いや、外せや!」


 俺は思わず突っ込みを入れる。


「ていうかさ……なんかさっきから部屋が焦げ臭いのが気になってんだけど、あと君の後ろからなんか黒い煙が上がっているように見えるんだけど、俺の気のせい?」


 梢は無言で俺を見つめ返す。

 それから、すっと綺麗な所作で立ち上がり、俺の視界が通るように脇へ退いた。


 部屋の中央に、煉瓦と砂でできた囲炉裏のようなものが作られていて、そこで肉が焼かれていた。


「って、なんでぇぇぇぇぇっっっ!?」


 あまりのことに俺は絶叫する。


「いやいやいや、意味わかんないんだけど。 なにこれ!?」

「たーくんの朝餉あさげ。私が作った」


 どこかドヤ顔になって、そう告げる少女。

 

「ここ、賃貸で借りてる部屋の中なんだけど?」

「問題ない。窓を開けて換気している」

「火災報知機は?」

「壊した」


 あっさり犯罪行為をカミングアウトするなや。


「おまえ………………」


 もはや二の句が継げなくなってしまった俺を他所よそに、彼女はすたすたと囲炉裏まで歩を進めると、砂に刺さっている串を一本手に取った。


「はい」


 そう言って、俺に差し出してくる。


 半ば呆然自失していた俺は、反射的にそれを手に取った。


 串に目を落とすと、小型の鳥が原型を保ったまま、並んでブッ刺してあった。

 このサイズはまさか――

 

「…………これってすずめじゃないよな?」

「さすがたーくん。見事な分析力」


 俺は彼女の真面目くさった顔をひとしきり眺めたのち、再び手元の串へと視線を落とす。

 

「……どこで手に入れた?」

「そのへんで捕まえてきた」


 間。


「心配しなくてもいい。ついさっきまで生きていたのを絞めたばかりだから、きわめて新鮮」


 水道の蛇口をひねるような仕草で、『きゅっ』っと小鳥の首を絞めるジェスチャーをしつつ、そう告げる梢。


「幼なじみの女児が裸エプロンで朝食を手作りしておくのも、常道。さあ、たーくん、めしあがれ」


 彼女は、無表情だけど妙に眼力の高い目でこちらをにらみつつ、両手で胸の前にハートマークを形作って、そう促した。


「……とりあえず、最初の質問に戻るけど、君はなにをしに俺のところに来たのかな?」


 さりげなくグロテスクな串焼きをサイドテーブルの上に置きつつ、俺はそう尋ねる。


「昨日の夜、伝えた通り。たーくんと一緒に高校生活を送るためにきた」

「よくわからないんだけど、なんでいまさら高校なわけ? 仮に君のいうとおり肉体年齢最適化スキルとやらで若い姿のままだったとしてもだ、俺たちの中身は30代のはずだろ?」


 俺の言葉に、それまで表情に乏しかった梢が、初めて遠くへ思いを馳せるような眼差しを見せた。


「私は10代の頃、高校に通えなかった。毎日、魔王を倒すために、修行と実戦に明け暮れる日々だったから」


 この子の言が本当なら、異世界で魔王と闘っていたわけだから、そりゃそうだろう。というか、そもそも異世界って高校自体が存在しないんじゃないか?


「で?」

「だから、憧れだった最愛の人との――ごめん言い違えた。憧れだった学園生活を今から送りたい。たーくんと一緒に」

「……………………」

「でも、これはあくまで私の方の都合。無理強いはしないから、たーくんに決めて欲しい」


 そこまで告げると、梢は再び綺麗な動作でその場に正座し、じっと俺を見つめた。

 どうやら、俺のこたえを待っているようだった。

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