プロローグ 異世界から幼なじみが帰ってきたらしい②

「おまえが20年前に失踪した俺の幼なじみの依知川梢いちかわこずえだと!?」


 安アパートの一室。

 万年敷きっぱなしの布団の上で、俺は一人の少女と向い合せににらみ合っていた。

 トランクス一丁で上体を起こした俺の上に、彼女がまたがる体勢でだ。


「そう」


 少女がこたえる。


「嘘をつくな」

「嘘じゃない」


 言下に言い返す少女。


「……小学生の頃におしっこを漏らして、たーくんのはいていたぱんつをもらって帰宅したことがある」


 そういや、そんなこともあったな、と俺は記憶の片隅で思い出す。

 

「あの時は自分のはいていたおしっこまみれのぱんつの処理に困って、ハサミで細切れにして、たーくんのランドセルの中にばらまいて隠してしまった」

「いや、おまえそれ、ふざけすぎだろ!?」


 帰宅してランドセルを開いたら、妙にアンモニアくさい汚ねえ物が散らばっていたと思ったら、そういうことだったのか。


「ごめん」


 うなだれて謝る美少女。

 いや、20年以上前のことを今さら本気で謝られても。


「しかし、あの件は、俺と当人だけの秘密にしたはず……」

「そう」

「それを知ってるってことは……おまえ本物の梢なのか?」

「そう言っている」


 …………………………………………ええと、ちょっと待ってくれよ?


 俺は、改めて眼前の美少女を眺める。

 たしかに顔の造作には、俺の記憶に残っている依知川梢の面影がある。


 だが、彼女は俺の同級生。

 つまり、34歳のはずだ。


 いま俺の体の上に鎮座している少女は、どうみても10代後半ぐらいにしか見えない。


「年齢、あわなくね?」


 俺の疑問の声に、梢(?)は次のようにこたえた。


「それは、私が17歳のときに、スキル『肉体年齢最適化』を得たから」

「……なんて?」

「異世界でレベルをカンストさせた特典で手に入れた禁忌スキル。このオートスキルを所持していると、肉体が最盛期のまま、恒常的こうじょうてきに保持される」

「つまり?」

「一言でいうと、若いまま不老になる」


 ……………………………………………………………………………………。

 病院か?

 とりうえず病院へ連れて行った方がいいのか?


 俺の懸念を他所よそに、自称依知川梢は、たんたんと説明を続ける。


「あの日、屋上で私は異世界に転移させられた。変な神様に、『魔王を倒したら、なんでも一つ願いを叶えてやる』と言われた私は、20年間闘い続けて、魔王を滅ぼした。その後、もう一度神様が現れたので、私は自分の願いを伝えた」


 彼女は、すうっと目を閉じ、一呼吸置く。


「その願いはこうだ! ――私はもう一度日本に戻って、充実したスクールライフを送りたい」


 狭い俺のワンルームがしーんと静まり返った。

 電灯の瞬く音だけが、これが夢の中の出来事でないと俺に伝えてくる。


「願いを聞き入れた神様は、私を日本へと再転移させた。そして、いまここにいる」


 彼女は俺を挟み込んでいる両足にきゅっと力を入れると、高らかに告げた。


「さあ! 話がわかったら、明日から私とスクールライフを送ってくれ! もう近隣の高校に転入届は出してある!」

「ちょっと待てえええええっっっっっっっ!!!!!」


 俺の叫び声に、少女はかすかに顔をしかめた。


「夜中なので大きい声を出しては、近所迷惑だと思う」

「おま言う!?」


 思わず、突っ込む俺。


「……ちょっとなに言ってんのかわからないんだが。仮に、君の言っていることが真実だったとしても、俺は34歳だぜ? 高校とか行けるわけねえだろ?」


 今時、父兄でもない無職の中年男がいきなり高校を訪れてみろ。

 よくて即追い返されるか、悪ければ問答無用で警察を呼ばれるだろ。


 しかし、彼女は首を振った。


「問題ない。たーくんが寝ている間に、すでに私のスキルの譲渡を済ませた」

「なにを譲渡したって?」

「スキル『肉体年齢最適化』はたーくんに移行済み」


 その言葉の意味するところを俺は即座には理解できなかった。

 いや、本当はおおよそ察していたのだが、頭がそれを受け入れることを激しく拒んでいた。


 依知川梢は、傍らの丸テーブルにほっそりした腕を伸ばし、鏡を手に取った。

 それをくるりと回転させ、俺の方へ向けて突き出す。


 鏡の中には、毎朝見慣れている無精ひげの疲れたおっさんの顔は映っていなかった。

 代わりに、10代後半ぐらいの少年の姿が映し出されていた。


 高校生の頃の俺だ。


「ええええええええええっっっっっっっっっっっっっ!?」

 

 俺の絶叫が深夜のボロアパートに響き渡った。

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