第28章 怪盗との物語
「へぇ~。そんなことあったんだ」
異少課の部屋。ぶらぶらとやって来た川崎さんが部屋の中にいる。
凪と翔が巻き込まれたらしい吸血教事件の話をしていた。
「あーそういえばその日ってあれかな。電話来てたよね。あーごめんその時純様と2人でスーパーで買い物してて」
「予測できたわけじゃないですし、謝らなくていいと思いますよ」
「あ、そうだ……これ。私の携帯の電話番号。困ったら私にかけて。事務所の電話だとこの前みたいに家にいないこともあるから」
「じゃあこれでと、登録しましたよ」
川崎さんから電話番号を登録してと促されたので登録しておく。あんまり使わないような気がするけどたまに使いそう。
「戦力不足とか推理してほしいこととか。何でも頼みに来ていいよ。私達探偵の仕事もあるからいつも応えられるかわからないけど、迷惑には思わないから。私異少課好きだもの」
「そうそう。あと怪盗アヤの情報掴んだら電話かけてきて。これはお願い。純様が目の敵にしてるの」
「怪盗アヤ」
確か前に戦ったことあるやつ。割と前な気がする。山井さん達と出会ってすぐの頃か。
「やっぱり捕まえたいんです?怪盗アヤを」
「だね。純様は自分の手で捕まえたいなんてよく言ってる。そのぐらい執着してるんだ。お金とかいいから本当にお願いするね。怪盗アヤの情報」
真面目な声で話されると、誰も断れない。
「ここで握ったらちゃんと伝えますね」
「ありがとねー」
でも実際ここで怪盗アヤのことを知る機会は少ないと思う。異少課とあまり関係ない分野だから。
でも、いつか山井さんが怪盗アヤを捕まえる日が来ればいいのにと思った。
川崎さんと他愛もない話をしてから数日後。
コンコン
「あー少し待ってくれ今いいところだもう少し」
「はぁ……」
数十秒後。
「で、誰だ?って木場さん!ご迷惑をおかけしました」
「いえいえ。ただ、実は頼みたいことが会ってここまで来たのです。異少課のあの子達は今いいますかね?」
「異少課の人代わったんですよね。だからあの子達はいないんですよ。今の子ならいますけど」
「なるほど。ならその場所へ案内を頼みましょう」
博物館の館長の木場という男。初老らしい顔をしている彼。
彼がなぜ石山さんと知り合いなのかというと、少しばかり昔の話が原因なのである。
「おーいお前ら」
「ほうこんな感じで。お邪魔しますね」
「誰?新しい職員?」
「私は新しくできた富山新時代博物館で館長をしております木場と申します」
「確かあれだったな。富山県に大規模な博物館ができるってニュースでやってたな。そこの館長さん?」
確かに地元のニュースでやってた。俺は遠いのとあんまり博物館とかに興味ないからへぇーぐらいでテレビ見ていたっけな。
「はい。そして昔に先代の異少課の方から助けてもらったことがありまして。その経緯で石山さんとは少しばかりお知り合いということになっているのです」
「お前ら木場さんに失礼な態度取るなよ。この異少課に多額の援助してもらってるんだ木場さんから。国からのお金じゃやってけないからこの援助の割合結構でかいんだぞ」
「援助なんてなぜ?」
「助けてもらいましたからね。お手伝いしたいなと思っていたのですよ。最近は定期的にお金を振り込むだけになってしまって、顔を見せることはしていませんでしたけど」
前に金欠になって祭りに無理やり駆り出されたときあったな。その後金関係で困ってるって話聞いてはいないからその頃から援助受け始めたのか?
「それで、こちらが私が受け取った博物館宛の予告状なのです」
鞄の中に大切に入れていたその手紙を出して、この場の全員に見せた。
予告状
明日 8月21日午後0時
魂の石 頂きに参ります
怪盗アヤ
前に見た予告状と同じ感じ。漂うホンモノ感。
「この予告状が館長室に落ちていたのです。それで、怪盗アヤの捕獲及び魂の石の守備を頼みに来たのですよ」
「前もだったけど怪盗アヤって魂の石だけを盗むんですね」
「思ったんだけど、魂の石って何なんだろ。宝石?」
「何分希少な石ですから価値は高いようですよ。博物館に飾る1つ手に入れるのも苦労したものですから」
金目的?ありえなくはないけどやっぱり魂の石そのものに執着してそう。金目的だとしてらそれ一つだけ取るのもおかしい気が。
「それで、受けてもらえるでしょうか」
「私達がですか?警察官の方達じゃなくて」
「大金をはたいて手に入れた魂の石を守り抜きたいですからね。いくら怪盗アヤでもあなた方の使う武器の力(?)なるものは知らないだろうと思ったのですよ」
「お前ら受けろよ。そういう約束してるんだから。金を払ってもらう代わりに何かあったら無償で仕事受けるって」
「何で働く当人を挟まずに契約結んでんですか」
普通に契約として駄目だと思うぞ。でも実際金払ってくれてるのは助かってるんだし、受けはするんだけどな。わざわざあんな事言われたら萎えるというか。
「ま、受ける決定。ということです木場さん」
「ありがとうございます。受けてもらって」
なんか石山さんが感謝されてるみたいなのはムカツク。
「あの警察署で戦ったとき以来ですか怪盗アヤは。まだ足洗ってなかったってことか」
「いや違うぞ、あー……まあいいや。あの警察署の件のあと新潟県で1件起きてる。被害にあったとこがメディアでこのことが知られるのを嫌がったから報じられはしなかったが。ちなみに怪盗アヤの事件はこれで7件目なんだと」
「詳しいですね石山さん」
「連続的に事件を起こすやつなんて覚えさせられるんだよ警察官は」
まあそうか。それが捕まってないのも拍車をかけてるな。
「7件、そんなに」
「そんなに起きて、でもそれで情報が全然得られてないってのが。性別不明だし、顔を見てもそれは変装の可能性大という変装の名人。個人に繋がる情報は何も得てないというのが現在の状況だな」
「へぇー……あ、そうだ山井さん川崎さん頼ろう。頼っていいよな?」
「あいつらか。勿論いいが、金……まあいいか。その代わり頼むならちゃんと捕まえろよ」
石山さんの話はあんま聞かなく、この前交換してもらった電話番号を打ち込んで電話をかけた。
「もしもし?」
「あ、俺です神代です。今怪盗アヤが絡んでそうな事件が起きてて、2人から協力してもらいたいんです」
「あ、あの……ゴホッゴホッ……ごめん。無理。私風邪引いて、純様に看病されてるの。だから……ごめんね。私達行けない」
風邪か……。仕方ないか。
あんだけ怪盗アヤの情報をお願いされたのにいざ来たときにできないのが、何かもどかしい。目の敵とか言ってたのに。
「では、また明日」
あのあとも少し話して、とりあえず木場さんが伝えたかったことは終わったとこ。
当日は休館し客及び職員は原則いない状態であること、あと博物館の情報なんかは話していった。
「山井さん頼れないんですよね?」
「川崎さん風邪らしくて看病しないとだからどっちも来れないんだと。当日もしかしたら風邪治って来てくれるかもしれないけど、あてにはできない」
「一応情報は送っておこう。風邪が治ったときのことを考えて」
看病が必要な風邪って軽いやつじゃないよな。風邪が治ったとしても病み上がり、大人しくしててほしいから無理だとは思うけど。
一応怪盗アヤのことだけは送っておいた。
「山井さんでも捕まえられなかった怪盗を、私達で捕まえられるんでしょうか?」
「普通にやっても勝てないだろうから、武器の力使うやつじゃないと」
ここにいる5人が持つそれぞれの武器の力。ただ繁の魔弾は場所的に論外。翔の空気球もできないとまでは言わないけど屋内で使うのはやはり危ないような。別の被害が出てしまうので使えない。
「新の電磁、愛香の瞬間移動、そして俺の製薬。それぐらいかな使えるのは」
「凪の薬、なんかに使えそうででも思いつかないんだよな」
凪のは割と強い力だけど生かしきれないというか。ろくな薬が思いつかん。そもそもどうやって盗みに来るか分からないのが。普通の警備なら掻い潜られるだろうけどどうやって掻い潜ってくるのかが。
「明日までの課題だな」
明日10時にパトカーに乗って俺達も博物館へと移動する。その時までには作戦を考えておきたい。
「お前らどうなった?」
「いやー……。怪盗アヤのこと、本当に何も分かってないんですか?あんなに起きてるのなら、少しぐらいわかったり?」
「いや、全然だ。見た目から性別や年齢を考えようにも変装の名人が素顔で挑みに来るなんて馬鹿な真似しないだろうし、監視カメラのデータからなんか特徴ないか探してもまともにない。というか監視カメラも停電だったりでろくにとれてない」
「あー」
本当に強敵だな。山井さんが執着する理由もわかるほど。
「ただ事件が起きる場所が富山県が多いから県内もしくは県に近いところに住んでるんじゃないかと推測はされているみたいだがな」
あのあと話したけど作戦はまとまらずそして翌日、怪盗アヤが予告した当日。
「そういや聞いたが、川崎のやつ風邪引いたんだって?」
「らしいですね」
今は石山さんの運転するパトカーで博物館へと向かってる。パトカーに乗っているのは俺、愛香、翔の3人。凪と繁は定員の関係で別のパトカーで向かってる。
「そういや今思い出したんだが、あの川崎の元々の家。探偵事務所じゃなくて実家の方な。そこも怪盗の被害遭ってんだよ」
「えっ!そうなんですか!?」
寝耳に水。初めて聞いたそんなこと。確かに川崎さんが元々お金持ちだって話は聞いたことあるけど。まさか被害にまで遭っていたなんて。
「もしかして、山井さんがあそこまで怪盗に執着してるのって?」
「かもな。そういうこともあるかもしれないってことだ。っつても直接聞いたわけじゃねえから分からん。川崎のやつは家族仲良好らしいからな。盗まれた魂の石のためにってのもおかしくはないってことだ」
「家族のために頑張って……」
「何度も言うが本当かどうか知らんぞ」
まあそりゃそうだろうけど。そんな理由なのかな。だったら今回のも行きたかっただろうな。
「そういえば山井さん達って怪盗アヤ以外に執着したことはないですよね」
「聞いた限りではね。仕事としてじゃなくて個人的な理由で動くのはそれだけじゃない?」
裏に特別な理由抱えてそう。なんとなくとか名誉とかのためとか。そんな簡単な理由じゃ説明できない何かを。
「さて、じゃあ先行っとけ」
石山さんは色々と先にやっておかないことがあるのでここで別れ、俺達は先に魂の石が置かれている場所へと向かう。ちなみにさっき繁と凪とも合流した。
「おっとと、うわっとと!」
「危ないよ翔さん。大丈夫?」
「平気平気。ってかこれ何?」
躓いて倒れそうになった翔を愛香が掴む。その場所の近くにはカラーコーンで塞がれている場所があった。
「へぇ、洞窟」
「洞窟って何かロマンあるよな」
カラーコーンに貼られていた張り紙には、現在調査中の洞窟。中の安全は確保されていないので不注意に近づくのはおやめくださいと書いてあった。
「ねぇ早く行こ。怪盗アヤの対策立てないと」
「おっとそうだな」
今はロマンに浸ってる場合じゃない。現場をちゃんと見てそこから作戦の1つや2つ考えないと。
一方その頃。博物館内のトイレでは
「うー……どうしy」
「ごめーんね。あー…うんうんうん。一旦変装してと。名前は……うん。ちょっと人仕事終わるまでここで寝ててね〜」
たまたまトイレに行った警察官の1人が怪盗アヤの手によって眠らされた。怪盗アヤは名刺を見てその人の名前や情報を知り、そしてその人そっくりに変装してトイレを出た。
(さあ、今日も僕が華麗に盗むとしよう!にしても、どんな作戦で来るのかな?)
警察官を装い現場にて待機する。盗む準備をしていた怪盗アヤであった。
凪と繁のパトカーも到着し5人揃った所で目的の魂の石が展示されている博物館のメインホールへと移動する。
「こう警察が多く配備されてるのもあんま見ないよな」
「確かに」
多くの警察官がこの件に駆り出されて怪盗アヤから守ろうとしている。魂の石の周りには常に4人の警察官がいて、時間より前に既に盗まれていたなんてことがないように気をつけていた。
「この大きさなら空気球……」
「駄目でしょ。そもそも他の展示物があるんだって」
確かにこのホール思っていたより大きい。だけど無理がありすぎる。
「ごめん、ちょっとそこどいてくれる?」
「あぁごめんなさい。なんですこれ?」
「ランタン。もしも停電にして証明を消されたとしてもこれなら一斉には消せないからねっと。それで大量のランタンを倉庫から運んでるってとこ」
「お疲れ様です。頑張ってくださいね」
「いやいや。聞いてるよ君達が頑張って止めるって。期待しているから。山井の嬢ちゃんがいないのはテンション下がる要因なんだけれど」
俺達とは別に警察官の方々も対策を取って臨んでいた。尚更誰本気でやらないとな。絶対取らせないとかの勢いで。
「さてと、作戦考えてきた?」
「はい。私ある」
繁が手を上げて答えた。
「繁、その作戦って何?」
「そんなに難しいことじゃない。愛香が瞬間移動使えるから、盗まれそうになったら瞬間移動で魂の石を瞬間移動させる。そしたら、盗まれはしないよねって思ったの」
言われてみれば。怪盗アヤも瞬間移動を使えることなんて知らないし、どんな方法を使って近づいて盗み出そうとしても、それさえすれば少なくとも盗ませないことはできる。
「俺、それいいと思う」
「それ自体はいいと思うな俺は。それはやるとしていんだけど、他に何か作戦を考えた人はいるのか?」
「……」
誰も結局何も思いつかなかったみたい。俺も考えはしたけど結局却下したからない。
「とりあえずそれの準備、してこよ。警備の責任者に話しつけておかないと」
「聞き取れないよこの場所からじゃ。もうちょっと静かにならないのかな〜」
「お前、気合入ってないんじゃないのか?何かソワソワしてて、他のことにうつつを抜かしてるんじゃねぇのか?仕事は真面目にやれ」
「いやだなぁ。そう思われてるなんて心外です。警備を真面目に全うしますよ」
(危ない危ない。もう一回やるのはちょっとね。こっちの方考える作戦はそんなもんって感じかな。で、あの子達どんな事考えてるかな?お、何か動きあった?)
警備に扮している怪盗アヤ。警備として働くフリをしてバレないように異少課の子達の様子を見張っていた。位置と周囲のうるささで直接話の内容を聞き取れずほぼ飛び飛びだったけれど、目を使ってなんか準備しないかをちゃんと見ていた。
(ほうほう。どこ行くのあの子達?)
「おトイレに行ってきていいです?」
「さっき行ったろ。緊張してきたか?予定の時刻までに済ませてこいよ」
「はい!」
一旦この場を去ってあの子達がどこに行くのかを見張る。
「倉庫?あれは手袋か。他にあるのに一対だけ?それで使うのは波山愛香ちゃんだけ。何かありそう?手袋ってことは魂の石に直接振れるとかありそうかな〜」
「ただいま戻ってきました!」
「報告はいい。ちゃんと着いとけ」
(手袋は嵌めているけど何かをするわけじゃない。何にもしてない。つまり、手袋は作戦で生きるってことかな。あっ!もしかして瞬間移動使って手のひらに収めようとしてないかな。だって"瞬間移動"を使えるんだもんね。あーりーそーう)
なんかテンションが高くなっている怪盗アヤ。だがそんなことより、何故か怪盗アヤは愛香の瞬間移動のことも、見せたこともないのに知っていた。
何でなのか、それはまだわからない。
11時55分。
(うん。脳内シミュレーションも完璧!瞬間移動されちゃうから、瞬間移動を使ったら反応されるより早く波山愛香ちゃんを気絶させて魂の石奪い取る!ごめんね痛くはならないと思うから)
怪盗アヤは盗むシミュレーション。対抗する作戦をちゃんと行って、魂の石を盗み出そうとする。
「愛香、愛香に全てかかってるから」
「分かってるよ。私」
「私あそこの近くにいようかな。近くの方が守れるよね?」
「繁が行くなら俺も行きたいんだが、繁待ってろ。今作ってる薬さっさと終わらせるから」
「凪のそれ何?」
「解毒薬だな。もしかしたら何か撒き散らされるかもしれないからそこら辺の効果を無くす効果があるらしいぞこれ。時間間に合うかな」
愛香は武器を持って準備している。凪は薬を作り、繁は近くで守っている。
「俺達どうします?」
「盾で出入り口から逃げられないように守っておくか。俺は窓のとこいる」
「分かりました師匠」
翔が入り口へと移動してそこで盾を構えた。そして窓から逃げられることも考えて窓の前に陣取った新。
(おー。5人固まられると盗るのも難しいかな〜なんて思っちゃったけど、これならいっかな!なーんて最高!)
愛香の近くには異少課の人は誰もいない。みんなバラバラの位置。その現状にとても喜んでいた。
(これで7個目の魂の石)
12時を告げる鐘の音。ボーンボーンと博物館内に鳴り響く中、それは起こった。
「僕だよ!魂の石もらっちゃうね」
さっきまで警察の服だったのにいつの間にか前と同じ怪盗の格好に着替えて現れた怪盗アヤ。
「現れたぞ!かかれ!絶対に盗ませるな!」
「はいこれ」
「うわっ!ゴホッゴホッ……」
「くっ、煙か。よく見えないな」
何か分からないけど丸いもの。それに火をつけて床に投げて爆発させる。そこからは白い煙がモクモクと。少しの間出続けた。
「ただの煙じゃないよ。睡眠薬入り。ちょっと邪魔だから眠っててもらおうかなって」
魂の石の周りの警察官はみんな煙を吸って眠らされてしまった。ただ一人を除いて
「じゃあ僕は」
「駄目、もう盗ませない」
「おっと、こーんな距離にいて眠らないなんて、誤算だな僕の」
「逃げないで捕まってね」
「えーそれは困るな」
手で服を繁に掴まれたが着替えのテクニックか。掴まれた服をそこに落として繁を振り払った。
「薬できた、これで起きろ!」
「逃さなければ。動くなよ翔。そこを使わせるな」
「合点、師匠!」
みんなもそれぞれ、別の場所でそれぞれの仕事をこなしてる。逃さないと強い意志をもって。
「じゃあ僕はこれで」
(今、魂の石を瞬間移動!)
音に出すとバレる(と思ってる)から声に出さず、短剣の力で魂の石を愛香の手の平に移すように瞬間移動させた。
その瞬間、異変が生じた。
「えっ?あれ?え?」
「何が、逃げられた!」
「繁、繁!どこだ返事をしろ!繁!」
魂の石が置かれた展示台。そしてその近くにいた繁と怪盗アヤ。この中の誰もがどこかへと消えてしまった。
「当たり一体を封鎖!怪盗アヤは人質を取って逃走した可能性あり!警察の威信にかけて探し出せ!」
何故か繁と怪盗アヤと魂の石が消えて、現在警察官達は必死に探している。
「愛香?愛香がなにかやった?」
「ち、違う私何もやってない。魂の石をただ作戦通りやろうとしだけ……」
「愛香、一旦落ち着けって。にしてもどういうことなんだ?怪盗アヤが何かしたってこと?」
「でもこんな短時間でできることある?」
こちら異少課組も色々と考察中。さっき起きたことはちゃんと説明しようとするとまあムズい。
「凪」
「繁、どこに……」
繁がいなくなっていてもいられない凪。このまんまで大丈夫かな?ちゃんとした思考回路にいなさそうで。
「愛香の瞬間移動がミスったってことは?」
「ないよぉ……。ちゃんと手の中をイメージしたから」
愛香自身もこう言ってるけど自分のやったことでこのことが起きてしまったのとも考えてる。珍しく弱気になってる。
「だとしても繁と怪盗アヤが飛んだのがな。なんかおかしいというか」
「あ、おかしいと言ったらさっき飛ばすとき変な感じした。何か、制御できなくなってるような、不安になるような、そんな感じ」
「瞬間移動がおかしかったと?」
理由は思いつかん。考えても考えてもドツボにはまりそう。
トゥルルルル……
「電話?」
『俺だ。はいもしもし』
『ゴホッゴホッ。みんなどう?怪盗アヤ捕まえられた?』
『川崎さん。それが実は』
『恋、お粥できたが食べるか?』
『食べますね私。ちょっとしたら行きます。それでどうだった?』
電話相手は病気で寝込んでるらしい川崎さん。遠くから山井さんの声も聞こえる。
『それが実は、怪盗アヤと繁が何故か忽然と消えてしまって、今警備にあたっていた警察官が総力を上げて探しているんです』
『えっ?大丈夫なのそれ!?』
『まだなんとも。どこに行ったのかも分かって無くて。』
『ゴホッゴホッ。ごめん風邪酷くなってきたから切るね』
『ピンポーン』
『はい。今行きます〜。じゃあまたね』
ツーツーツー
風邪まだ引いてたな。こりゃ山井さんに来てもらってどうのこうのは無理かな。
「川崎さん?」
「うん。だけど風邪酷そうで、山井さん川崎さんに頼るのは難しそう。」
本当タイミングが悪い。
「一旦ここらへんさがそう?もしかしたら意外と見つかるかもだから」
「そうだな」
このまま考えてても埒が明かないので足を使って、ここらへんをしらみつぶしに探すこととなった。
「痛っ……」
「おっと。ん〜?」
あれ?どこここ。さっきまで博物館のホールにいたのに。
えっ?えっ?何があって……。
「どういうことです。怪盗アヤ!」
「僕にも何がなんだか。必死に今頭使ってるんだけど……」
怪盗アヤが何かしたってわけじゃない?嘘ついて……いなさそう?私を連れて行く必要もないよね。
じゃあ本当にどういうことなの?
「僕達の情報整理しよう。僕は怪盗アヤとして魂の石を盗み出そうとしてた。そしたらいつの間にかここにいたってコト」
怪盗アヤはこんな状況だというのにすぐに冷静になって状況の分析を始めた。私は未だ全然狼狽えているというのに。
「ここは洞窟かな?地底ではありそうだよね」
周りにあるのは土の壁。近くでピチャピチャと水滴が落ちる声が聞こえる。そして極めつけに微かな光が上から入ってきていた。
「私はあなたに振り払われて、それでも捕まえようとあなたの近くに行ったらここに来たという感じです」
「そこまでするって勇敢だね。僕そういうのいいと思うな〜」
「あなたに褒められるのもアレですが……」
怪盗アヤ。敵対関係にある人から勇敢だと言われても嬉しいかと言われたら微妙かな。
「まぁね。でさ、それっぽい理由とすりゃ波山愛香ちゃんの瞬間移動じゃないかって思うんだ。その瞬間移動がミスったとか暴走したとか」
「何でそのことを知ってるんですか?瞬間移動のことまで」
「僕近くで聞いてたから。実際僕は瞬間移動されたあとすぐそこ行って盗む計画だったんだから」
「でも、そんなこと聞いたことも……」
ありえなくはないけど……そんなこと今までないよね。じゃあ違う?
「理由気になるけど、今は出ること考えようよ。一時休戦。こんなとこで一人は困っちゃうよね」
「大変不本意ですけど、お願いします」
「うんうん」
ここを出るまでの、協力関係をここで結んだ。これからどうなるのかな。
「スマホで助けは、呼べないかな」
「やっぱり圏外ですか」
「だね〜。地下だから。さて行こうか」
「懐中電灯明るい……懐中電灯あって良かった」
「元々倉庫から物色するかもと思って懐中電灯持ってきてたんだ僕。まさかこんなとこで、役に立つとは思ってなかったけど。もうちょっとこっち歩いたほうがいいんじゃない?足元全部照らせはしないんだよ?」
「ありがとうございます。よりますね」
怪盗アヤと至近距離。でもお互いに相手には何かをしようとはしなかった。それぐらいふざけてられない。怪盗アヤのことも二の次の状況だった。
洞窟内を懐中電灯で照らしながら2人は歩く。
「何で怪盗なんてやってるんですか?」
「……詮索はNGだよ。協力関係だっていうけど、そればっかりは教えられないなぁ」
「ごめんなさい」
「うん。強いて言うなら必要だから。僕が言えるのはここまで」
会話があんまり続かない。でも怪盗アヤと話してると何か不思議な感じがする。意外と普通というか、巷で恐れられているぐらい怖い感じがしない。
ピキッ
「危ない!」
「えっ?」
ドシーン!
怪盗アヤに突き飛ばされたかと思えば、次の瞬間にはさっきの場所に天井から石が落ちてきた。そこまで大きくないけど、でもあたったら痛そうなのが。
「ありがとうございます助けてくれて」
「別にね」
立上がった怪盗アヤの服装は汚れていた。さっき私を助けようとして、その時に濡れた地面に全身を付けたから。
そんな様子を見ていると、本当に悪人なのか思えてきた。怪盗アヤが魂の石を様々な場所から盗んでる。そのことは分かってるんだけど……。
「どうかした?もしかして足挫いた?立てる?」
「大丈夫です私。飛ばされましたから」
「どうってことないか。んなら良かった。じゃあ行こ」
怪盗アヤはまた道を進んでいく。
早くここから出たいな。このまんま一緒にいたら僕の正体バレちゃうよね?それ嫌だな。何より巻き込んじゃうもん。迷惑かけてるんだから、これ以上の迷惑なんてかけられないね。
っていったものの何とかなる感じもしないんだけど。この洞窟どこの何だろ?
ここから生きて帰らないとね。魂の石もちゃんと盗んだんだから。何か起きたときに近くに落ちてたっていうね。
「何でさっきは私のことを?」
あんまり話したくないなぁ。ずっと話すといつかボロ出ちゃうよ。
でもここで黙ったままなのもおかしいよね。
「落ちそうな予兆を感じたから。この中で怪我したら危ないからね。何もできずに助けてももらえずに力尽きちゃう」
助けられたからね。怒られちゃうよ助けなきゃ。
怪盗アヤとして悪いこと色々やった。そのことを悪びれることなんてしない。だから、ちゃんと良いこともしないとね。それで帳消しになるのも違うけれど。
「そうだ。これあるけど食べる?たまたま入ってた」
「飴玉くれるんです?くれるのなら頂きます」
どん底には落ちないように掴んでよう。僕が落ちないよう助けてくれる人の手をずっと掴もう。
「分かれ道か」
「これ、どっちに行けば……」
そのまま歩いて、辿り着いたのは分かれ道。右と左のどっちにも道は続いている。そして懐中電灯で照らしてもどっちの奥も暗いままで、どっちも長いと伝えていた。
「分かれますか?」
「駄目かな。この状況で分かれるのはリスクだらけ。二度と出会えなくなるかもよ」
自分で言ってなんだけど私一人で出られる自信ないなぁ。多分私より怪盗アヤの方が知識はある。出られる。そんな怪盗を私が追うだけで。
「おぅ〜…………」
「何の声?」
「こっちの方から聞こえてきたね。どうする?」
「これ、何の……」
「それはわからないけど、何かはあるね。これがこの洞窟へと迷い混んだ動物の声だったら地表、近いかもよ」
声が聞こえてきた左の洞窟。それとは逆の右の洞窟。どっちがいいんだろう……
「僕はこっちかな」
「声の方……」
「もっと吟味したらいいと思うんだけど、まぁこっちでいっかな。唯一の手がかりは縋らないと。どする?根高繁ちゃん」
名前、私言ってなかったのに。愛香のことも知ってたよね。どこで知ったの?調べようと思ってもここまで調べられるのかな?
ここでの協定から詮索はしないけど、疑問は凄い残っちゃう。
「じゃあそれで。私こんなこと初めてで分からなくて」
「そう。じゃあこっち来て。それと危ないから下見ながら歩いて。大穴開いてたりしちゃうかもだよ」
「落ちないように私しないと」
結局分かれ道は声が聞こえた左に行くことで合意。これが良い判断だってことに、なったらいいな。
「懐中電灯大丈夫だっけ?」
「えっ。大丈夫ですよね?これ見えないのは……」
「いやさ、これ倉庫から拝借したのだからね。僕もこの電池が大丈夫かーは未知数でさ」
「時間との勝負なんて、嫌だなそんなの」
「切れなければいいけど。そのためにも早く終わらせよう」
電池が切れてしまう前に、ちゃんと出ることができるのだろうか。
「地下水かな。雨水かな。雨水だったらいいね。地上近いってことだよ」
ピチャ……ピチャ……。
道なりに進んでいたら天井から絶えず水が垂れていた場所へと出てきた。ピチャピチャと雫がそこそこに落ちていて、足元を濡らしてる。
「滑りやすいから気をつけるんだよ。ここで転んで足挫いた動けないーなんてなってもしらないよ僕」
「あはは……あっ!」
「おぉっぁっ?」
ゴチーン!!
「痛いな。全く」
「すみません今どきます!」
やっちゃったー……。今言われたばかりなのに足を滑らして倒れて。そして前を歩いていた怪盗アヤを巻き込んで怪盗アヤに倒れ込むような形で倒れちゃった。ごめんなさいごめんなさい。
(あっ……柔らかいここ)
胸?倒れ込んだときに触ったけど怪盗アヤって大きくないけど胸ある。この感触は変装じゃなくて本物の胸。
怪盗アヤって僕って名乗ってるから男かなって思ってたけど女だったんだ。変装してるから見た目から分からなくて、声もわざと変えてるっぽくて性別も不明だったけど。
でも、これわかったとてだよね。それにこんなときに怪盗アヤの情報を考えるなんて。
怪盗アヤが悪い人だって分かってるけど。でも今は協力関係なのに。
「痛っ……」
「どうしたの?」
さっき私が倒してしまった怪盗アヤも起き上がって私のことを見てきてる。怪盗アヤの方は怪我なしだったみたいだけど……
「足捻っちゃみたいで」
「あー。歩ける?」
「大丈夫です。歩けはっ!?……」
痛い。足痛い。
歩けはするけど歩けば歩くほど痛くて。一歩歩く事に激痛が走る感じで。
私今日迷惑かけてばかり。不調すぎ。流石にこれ以上迷惑はかけられない。
痛みぐらい我慢しないとね。
「…………」
無言で私のことを見つめてくる怪盗アヤ。バレてるかも。昔悪いことをしてお母さんに怒られた、そんなときみたいな。何もかも見透かされている感じがして。
「捻挫したら動かさずに冷やすのがいいんだけど、まぁ持ってないんだな。持ってる冷えるもの」
「持ってません私」
「そうっ。はいっ」
「えっ?」
「僕におぶられちゃえ。そんな雑な嘘騙されないって本職なめちゃ駄目だよ。痛いんでしょ」
「でも私は……」
流石に迷惑だよこんなの。
「動けるたってゆっくり。そんなんだったら僕におんぶされた方が早いって。分かった?つべこべ言わずに。時間ないから」
電池がいつか切れるかもしれない懐中電灯を見せながら、質問のような脅迫をしてくる怪盗アヤ。
その威圧感に私は耐えられず、怪盗アヤにおんぶされることとなった。
「長いよねここ。この奥にあったらいいな」
「あの!」
「どうかしたの?もう大丈夫だから降ろしてなんて言っても聞かないよ僕は。おぶられちゃえって言ったでしょ。遠慮なんかしちゃ駄目」
「そのことじゃなくて、優しいんですねと。さっきも突き飛ばして私を助けて、ポケットの中の飴を私にくれて。そして今動けない私をおぶって出させてくれて。私怪盗アヤのこと誤解していました。残虐非道な犯罪者だって」
「僕も根っから悪人ってわけじゃないからね。誰かを困らせたいわけじゃないの僕。だけど必要なんだ魂の石が。盗まれた人達には悪いと思ってる。こっちの理由なんて知ったことかーって」
怪盗アヤは自嘲するように言っている。今言ってるのがでまかせや嘘のようには聞こえなくて、それが怪盗アヤの本音なんだろうなって思っちゃう。
「魂の石をそこまでして集めないとなんて。もしかして誰かに無理矢理やらされてたり?やりたくもないのに」
「僕が操られてるなんてそんなことないよ全く。でも理由ってのは言えないね。心配するようなものでも崇高なものでもない、極めて個人的な理由があるんだよ」
やっぱり私には教えてくれない。立場的に仕方ないけど。でもここまで聞かされてその後をはぐらかされてしまうのもと思っちゃったり。
「あと怪盗アヤって女なんですね」
「どうしてそう思うんだい?」
「さっき、胸が当たってしまって……」
「うーん……そうだね」
誤魔化そうとなんとか考えても、その誤魔化しはかえって女子である疑いを強めてしまうこととなる。少しばかり考えて、これぐらいならバレたとしてもいいと思い、肯定の意志を見せた。
「僕っていうのは性別隠そうとつけただけなんだ。怪盗やるならできるだけ情報バラさない方がいいからね。いやーここで気づかれるなんてお見事」
お見事なんて言われたけど、ただ胸を触ってしまっただけ。こんな時なら油断してて当然なのにそこに漬け込むような形で、私はあんまり怪盗アヤのことを暴いたといういい気持ちにはなれなかった。
これ失敗だったかな。
怪盗アヤである僕、今色々と訳あって根高繁ちゃんをおぶりながら洞窟を進んでる。
おぶられちゃえなんて僕言ったけどさ、おぶっちゃ駄目じゃん僕。
気づかないよね。背中の突起。僕がただ普通の人間じゃないって証明しちゃうそれを。
今の感じ気づいて無さそうなんだけど、でもいつか気づいておかしくないんだよねこうだと。気づかれなかったの奇跡だよこれ。
これ気づかれたらもうね。まず対策変わるよね。怪盗アヤとしては僕のこと普通の人間だと思って策を講じてほしいなって。読みやすいんだなこっちのほうが。
そして何より、怪盗アヤの正体に繋がっちゃうから。気づかれてないけど、もし気づかれたらなんて思うと。不安の種なんてない方がいいもんね。
でもどうしよっかな。降ろしたところで置いていくのは駄目だよ。こんな洞窟で動けない人置いてったら死んじゃうの待ったなし。ちゃーんと脱出させるっての。
そういえばさっき胸のこと気づかれたんだよね。性別が不明のほうが特定ムズいだろうなーとは考えてたけど。性別ならね。日本に女が何人いるんだっての。
さっさと脱出しないと、心配されちゃう。
「どうかしました?さっきからなんかブツブツ言ってますよ」
「いやなんも。気にしないでくれ。多分ここ洞窟だから、地下水の音聞き間違えたんだよ」
おーっといくつか声に出てたみたい。マジィ。こんな馬鹿な真似でバラしたらよ。
正体は絶対ばらせないから。自分のためよりあの子のために。巻き込んでる自覚しかないけど、一緒に刑務所に入るほどに巻き込ませるのはやらない。何が起こったって僕一人の責任だよ。
絶対バラさないようにしないと。気づいたけどわざと言ってないってことじゃあないと思うから、背中から生えてるものには触れさせない。注意させないようにしないと。
「すまん、ちょっと休憩でいっか?」
「勿論いいですよ。ずっとありがとうございます」
さっきからずっと私のことを背負ってたもん。疲れるよね。
休憩タイム。洞窟の壁に背中を倒して私も休める。足はまだ痛いけど、さっきのよりは和らいでいるかな。でもまだ歩けそうにはないけれど。
「うっ……」
怪盗アヤは腕を伸ばして疲れを取っていた。ずっとおぶって背中を落ちないように後ろ手を回して支えていた。私もちゃんと腕同士を掴んで落ちないようしてたけれど、その上でやってくれて。
優しいよ怪盗アヤ。本当に優しすぎる。ここまで優しくされると情が移ってしまいそう。私は異少課で働く警察官なのに。大丈夫かな。
「うわっあっ!」
「何……きゃぁっ!」
バタバタバタバタバタバタバタバタ
休んでいた眼の前を通過したのはコウモリの群れ。びっくりした……。
「おっと……さっきのはコウモリか。ならもうすぐで出られそうだね。コウモリは洞窟の地上と繋がる場所付近に大抵生息してるんだ。本当良かったねこれ」
「そうなんですか!?」
良かった〜なんとか脱出できそうで。
心配しているよねお兄ちゃん達。早く顔見せてあげたいから、無事だって伝えたいから、早く脱出しないと。
「よーし休憩終わり。行くぞー、乗れ」
「はいっ」
怪盗アヤの背中に乗って、腕を首に巻き付ける。怪盗アヤが手で落ちないように、支えて、さっきまでのおんぶと同じような状態へと戻った。
また洞窟を進む。近くにあるはずの出口を目指して。
そのまま洞窟内を歩いて、何やら広い場所へと出た。洞窟内だというのに外の明かりが漏れている。脇の方には地下水が溜まっている場所があり、その周りに苔が生えていた。
「おぅ〜……」
「ふー、この音ってこれから鳴ってたってことか。だとしてこれなんだろうな。野生の動物だろうけど、分かんねぇなこれ。まあいいか」
「でも、すっごい強そう。見た目からして。こんなのにやられたら一溜まりもない」
その地下水近くの苔を食するように近くにいたのは謎の動物。鳴き声もこっちから聞こえてて近くだからさっきから聞こえていたのはこれ。
多分魔族な気がする。わからないけど、普通の動物にしてはやっぱり違和感があって……ただの勘だけど
「静かに行こうか。できるだけ何もかも音消し頼む」
「はい」
小さな声で交わした。この道は一本道だからここを通り抜けるしかない。
幸いなことにあの動物(?)は食事に夢中。だから反対の壁の方をゆっくり行けばバレずに行ける。
心臓バクバク言ってる。止まって私の心臓。
「……」
ちょくちょくあの動物の様子を伺いながら私をおんぶして通り抜けてる。
「ハッ……ハッ……」
が、我慢我慢。なんでこんなときにくしゃみが!ダメダメダメダメ。ここでバレたら本当に。
私今おんぶされてるの。こんな状態で戦いになったら本当に終わるから。だから駄目。絶対。
「大丈夫?」
「うん」
か細い声。これぐらいなら質問してきたから私も答える。
はぁ……何とか静まった良かっt
ガッ!コロコロ……。
「あっ……やべぇ」
くしゃみに気を取られて、怪盗アヤは足元の石を思いっきり蹴飛ばしてしまった。そこそこの音が出て、あっちの動物を見ると私達の方に目を合わせてて……
「おぅ〜!あぅっ!」
「ちょクソ!」
「氷よ!」
私達を目視して襲いかかってきたあの動物。そしてそれから何とか逃げようとする怪盗アヤ。
私は何とかしようと、氷の魔弾を構えて目掛けて撃った。何とかなれ!
「え?」
「でかした!とりあえずこっちなら……」
氷の魔弾で何とかなりはした。でもそれが予想外というか……
ここまで氷を撃とうとはしてないんだけど、その広い空間が一面氷漬けになった。私はあの動物とその周りだけにやろうとしたのだけど。
とりあえずこのスキにもともと来た道を戻る怪盗アヤ。
「ここまで来たら安心か……はぁっ……。やっちまったな」
少し離れた場所。ここまでは来ないだろうと。案の定少ししてもここまではあの動物は来なかった。ただもう一度見に行くと食事はせずにずっとあの空間を徘徊していた。アレに見つからずに行くのは無理だと思う。
「いやーどうする?いくら隠密行動得意な僕でもあぁなるときついよ。準備も何もできないもん」
「……さっきの……」
怪盗アヤが何か言ってたけど私は考え事をしてて全然聞いてなかった。さっきの魔弾が……
「どうした?さっきからブツブツ言ってるけど、もしかしていい作戦とか思いついた?僕にできることなら手伝うよ!」
「そうじゃなくて、さっき私が撃った氷の魔弾。これ私の武器の力で、それが変な感じで」
「変?」
「なんて言ったらいいのか……私はあの動物を狙ったんですけど、それなのに全然違うところまで氷漬けになって、こんなこと初めてで」
今までそんなことなかったのに何で急に。私無意識で狙っちゃった?でもそんなことある?
「うーん。考えたけど分かんないな。そりゃまあ一旦後でってことで、考えよあそこ突破する方法。警戒心が下がるまでここにいるっての無しじゃあないけど、でも懐中電灯や食事なんかのこと考えると時間かけてられないかな」
「バレないように行くのが無理なら、やっぱり戦うしか。あと、アレは多分魔族だと思います。勘ですけど。だから普通の動物とは違う感じかもで」
「魔族ねぇ。そっち異少課がそういうとこだってのは調べるときに知ったから説明無くていいから。戦うたって僕できることあるかな。武器なんか持ってないから僕」
「私がやるので、後ろで待機を」
「その足で戦うのは無理でしょ。移動速度的に攻撃避けれずに終わるよそんなんじゃ。さっきまでと同じように僕がおんぶして、その上で魔弾を撃つって感じ。できない?」
「そんな事やったことないけど、でもできなくは。でも流石に民間人を戦いに巻き込むわけには。慣れてるわけじゃないですし。武器で自分の身を守れるわけでもないですから」
怪盗アヤは中は普通の人。平均的一般人よりは運動神経とか良さそうに見えるけど、それでも素人が何とかなるような場所じゃ。
「異世界の武器、持ってはいないですよね」
「……持ってはいないけど、戦いそのものが未経験者ってわけじゃないよ。魔族と人間の戦いをこの目でちゃんと見たことはあるから。だからまだ大丈夫。ね?」
圧をかけて私が心配していることをゴリ押しで通そうとしてくる怪盗アヤ。でも、武器を持ってないのは流石に。危ないよ。
「やっぱり私が。足動かないわけじゃないので」
「僕が危ない。怪我する。だから戦わせたくないんでしょ。全く僕に配慮わざわざしなくていいのに。あと、その足で行くより僕が足となったほうが勝てる確率は高いでしょ。そんなんで勝てるなんて全く思わない。僕が足になっておぶられながら撃つなら実質共同体みたいなんもんで、それなら武器がないことにはならないよね?」
「反論、ある?」
「……ないです」
怪盗アヤ、弁論術とかがまぁうまい。凄い。全然反論させてくれない。正論だけで自分の要求を通してくる。
流石にここまでされると私も折れた。またしゃがんだ怪盗アヤに私はおんぶされた。右手に銃を持って。
「いやーもしかしたらまた食ってるなんてこと、あったかもだけどね。ふつーに警戒するよねそりゃ。準備できた?」
「私できてます。いつでもいけます」
怪盗アヤが懐中電灯を消した。その広場は上から光が漏れているから。懐中電灯がなくたって問題なく視認できる程度には。
「さ、やろうか。作戦はさっきのでね」
作戦はこう。一旦強力な一撃を御見舞させて、それで強さに気づいてこっちに襲いかかろうとしてこないのならそれで行く。襲いかかってきたら普通にこの広場でバトル。
私をおんぶして広場へと走っていった怪盗アヤ。人をおぶっているのに疾い動きで一気に狙える距離に近づく。私達の存在にも気づいて襲いかかってきた。私は威嚇の意味を込めた氷の一撃を御見舞する。
洞窟内だから炎の方は使用をできるだけ止めるよう言われた。私もこんなところで火災起こして逃げれない状態にはしたくないのでそれを守って氷だけで倒す。
「へぁ?」
ただそのときの光景に思わず変な声が出ちゃった。だってその氷は
「ここまではやらなくてよかったんじゃないか?」
「いや私は、そうじゃなくて」
さっきと同じように、全然狙ってないところにも大量の氷が発生してしまっていた。いうなれば暴走とかそんなような感じになっていた。
「もしかしたらあれかもね。この場所か、もしくはその魔族がかは分からないけど、制御を不能にさせる何かを起こしてるのかもね。それで変に暴発しちゃって、意図しないこと起きちゃうのかも」
「あっ……でも確かに、ありそう。この前使ったとき普通に使えたからこれ」
さっきから疑問だった変になること。それの解釈を怪盗アヤから聞いて納得した。
「だとしたら、もしかしたらここに私達が飛ばされたのも愛香の瞬間移動が暴走して」
「でもそれなら良かったかもね。だってそれならこの位置博物館から近いってことでしょ?めっちゃ広範囲に広がってるーとは考えづらいからさ」
「……ってことはもしかしてこれも暴走するはず。全部を暴走させるってわけじゃない?何にせよ良かった」
小さな声で何かを言ってる怪盗アヤ。その怪盗アヤにおんぶされている私はその小さな声もブツブツと聞こえた。
「なんか言いました?ごめんなさいうるさくて聞こえなくて」
「何も言ってないよ」
と思ったら普通な態度で返された。あれ気のせいだったのかな。
「おぅー!!!」
「お〜っと。一旦距離取るね。しっかり捕まっときなよ」
ってこんなコト考えてる場合じゃなくて、戦ってきた。ここまで来たら戦うしかない。
「あぅ!」
「おっと危ね。なるほどそういう攻撃」
敵は地面を叩いた。そうしてそこから衝撃波のような攻撃が地面を伝って円を描くように広がっていく。
それを軽やかにジャンプし避けた怪盗アヤ。私をおぶってるのに。凄い。
「これ使って大丈夫?暴走しません?」
「暴走するもん使いたくないの本音だけどねー。だけどさ、それ以外戦える手段持たないからね。暴走するかもだけどなんとかしないとだね」
「分かりました」
「おっけー。攻撃に専念してね。防御は任せろ」
役割分担して、ちゃんと戦う。絶対勝って見せる。
「はいっ!」
「にしても、氷当たってるのに。足止めにさえなれば突っ切る作戦アリだったんだけどさ」
「ちゃんと狙ってるのに、暴走のせいでちゃんと当たってないような、全力を当てられてない気がします」
さっきから氷の技を受けても2,3秒ほどですぐ周りの氷を壊してまた攻撃に転じてくる。暴走が狙ったところに全く行かないから火力下がってるのも要因。それ抜きにしても強いけれど。
「はぁ……僕こんなことする器じゃないからさ、いやまあ怪盗やってるから体力とか多い自信あるよ。だけどね。何が言いたいかって今の状態でもかなりきついからできれば早めに倒してほしいな。頑張れるところまでは頑張るよ勿論」
「私もやります。疲れすぎてもう無理ってなったら逃げましょう一旦」
怪盗アヤは戦いに慣れてるそんな感じを見せてくるけど、ちゃんとこんな戦いするの初めてなんだから。私が先導したりして教えてあげたいけど、今の状態じゃ。
「辛いなら降ろしてくれて構いませんから」
「本当に辛くなったらそうさせてもらうよ。僕も仕事柄変なことに巻き込まれがちで、せめて戦いで自分の身を守れるように努力しないとって思ってたから。だから、ちょっと頑張らして。今後のためにも」
「本当に、無理しないでくださいよ」
私がさっき無理をしようとして、それでこんな状態だから。そんなことされたからには怪盗アヤにも無理してほしくない。
「あぅ!あぅ!」
「ひょっとっ!2撃目あったか予想すべきだったな」
一発目の衝撃波をジャンプで避けた怪盗アヤ。しかしすぐに二発目が来、ジャンプして地面へと足をつけた怪盗アヤにそれは直撃した。
「さっき当たってましたけど大丈夫です?」
「少し擦りむいただけ。大した傷じゃないよ。これは本当」
これに関しては本当で下を見ても足は運良く擦った程度の怪我。だけどこのまま被弾が続くと……
私はいても立ってもいられずまた魔弾を撃った。
「もう少し横行けます?」
「こっちね。オッケー」
「うー!あぅー!あぅぅー!」
「これは、なんか嫌な予感がするね。僕の感覚がそう伝えてる」
「戦い方を変えるという感じですかね。厄介です」
あの敵がその場で動いていない。ただそこでずっと唸っている。動いていないならチャンスのように見えるけど、嫌な感じがして。
「氷撃っても動じてない……?」
「力を貯めてるって感じかな」
「力を貯めてる。確かに」
言われてみれば、動いていないけど踏ん張っているような感じもする。
「力を貯めてるんだとしたらいつまでかだな。それまでに終わらせられりゃいいと思うんだけどさ。そんなアホなことやってくれると思わんよね」
「あぅ!」
「つぉっ……これはキツイね。素早さも威力も段違いだ」
「大丈夫です?鈍い音なりましたけど」
「平気平気。だけどこのままずっとはキツイから、氷撃ち込んで早めに倒してほしいかな」
力を貯め終わったのか動きを再開する。その速度も攻撃力もさっきまでとは段違いで、避けるのもほぼ運というような状態。狙って全部避けれるようじゃないみたい。
私を背負ったまま怪盗アヤが何とかしてるけど、こんだけ派手に動いてたら体力も……早くやらないと。
「あぅ!」
「行けっ!」
攻撃してくるところを撃ってくじかせる!そうして攻撃の頻度をできるだけ減らす。
「あぅ!あぅ!」
「がっ……」
「ちょっちょっ。痛ぁ……」
何とか攻撃を遅らせていたものの、完全に攻撃だけで防げるわけじゃない。叩いた地面から出た衝撃波は全く減衰することなくダイレクトに怪盗アヤにあたってしまった。
大きな衝撃にバランスを崩した怪盗アヤ。おんぶされていた私とともに、受け身を取ることなく倒れ込んだ。
私は運良くあまりダメージを受けずに何とかなったけど、怪盗アヤは大きな怪我を追ってしまって。戦うこともできなさそう。
「大丈夫です!?」
「僕はいいから先に倒してほしいな。心配したとこでどうにもならないから」
「はい」
凄い心配ではあるけど、でも今できることがなにもないのも事実。本当に、私が最後まで押し切るしか。
大丈夫。ここまでかなりダメージを与えてきた。あの感じ焦りが見える。
「さあっ!」
何発も何発も。できる限りぶち込む。
攻撃しようとしているけど、でもただ打ち込む。防御とかもう知らない。したところでなんともならないから。
攻撃が来るわずか少し前、私は一発大きな暴走する氷の魔弾を打ち込み
「うぉぉ!うぁぁっ!」バタッ
「はぁっ……やっ……た」
体力の全てを削りきり、抵抗する術を無くしたその魔族の身体を氷とともに壁へと吹き飛ばした。
勝った。ギリギリだけど、何とか勝った……。
はぁっ……。
疲れやらなんやら、一旦他の場所においてたものがドバっと一気に来る感覚とともに、私は洞窟の壁に背中を預けた。
「終わりましたよ」
「そうか。いや良くやったな1人で。すまんな色々と」
少しばかり倒れていた怪盗アヤも私の近くの壁に預ける。
「本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫大丈夫。受け身は取れなかったけど、まあまあよ。痛いっちゃ痛いけどさ、これぐらいならね。それよりそっちは?そっちも同じ感じでしょ?無理してない」
「私は運良く床がいいとこでしたから。それに、無理してるのはそっちじゃないですか。ほら、血がポタポタ落ちています。背中に怪我を……」
パッ!
「えっ?」
背中に怪我していることを確かめようと怪盗アヤの背中に手を触れようとした。けれど、その手は怪盗アヤによってはたき落とされた。
「ごめん。本当に大丈夫だから。これはただの擦り傷。それ以上でもそれ以下でもないよ」
そうは言うけど、だとしても条件反射的にはたき落とされた私の手を見て、私は心のなかで色々と考え込んでいた。
「血、大丈夫です?服も血が滲んでますけど」
「えー滲んじゃってる?怪盗の一張羅何だけどこの服。帰ったらちゃんと洗お」
「本当に擦り傷なんですよね?見せて下さい」
しつこいと言われるかもだけど、やっぱりただ擦ったようには見えない。擦っただけでポタポタ落ち服が滲むぐらい血でないよね。
ただそんな質問に対し、怪盗アヤは全くそのことに答えず
「見せることはできない。ここは見ては駄目。こっちのテリトリーだから」
頑なに見せることを拒否した。
人には見られたくないところがあるらしい。
「分かりました」
私も怪盗アヤのことを尊重しよう。そこに何かがあるんだろうとは思うけど、何がそこにあるのかは突き止めない。
「そう言えば気になったけどさ、暴走今もう治ってる?治ってたら暴走の原因あれだっってことじゃん」
「やってみます」
氷の魔弾を撃つ。それは狙ったところにちゃんと命中した。頓珍漢なところに行ってしまうこともなく。
「やっぱりあいつか。何かそんな力使ったとかよりそういう体質だったんかね。何も起きてないのにそれを使うなんて考えづらいしさ。何にせよ、これでちゃんと使えるな」
「使えたとしても、洞窟脱出には役に立たないですよね」
「まあな」
「そろそろ行く?」
「私は大丈夫ですよ。息ももう何とかです」
「さ、乗れ」
さっきと同じようにおんぶするようしゃがみこんで手を後ろに回す怪盗アヤ。ただその下に落ちる赤い溜まりを見てしまうと……。
今までも色々と思ってはいたけど、ここまで来るとおんぶされるわけには。私の罪悪感が。
「いやいや。歩きますよこれからは。背中怪我しちゃったんですから。そんな上におんぶなんてっ」
やっぱり足痛いけど、歩けない程度じゃないから。ゆっくりゆっくりとなら、大丈夫。
「そうか?……だからって直ってないのに無理して歩くなよ。捻ったのに安静しないと治るもんも治らないんだって。あぁもう。……でも背中……あぁ!」
「えっ、ちょ?」
「ちゃんと捕まれよ。これなら背中の怪我悪化せんからいいだろ」
「こんなの、私。いやあの、危ないですって」
ゆっくりと歩いていた私は、後ろから怪盗アヤの手に捕まった。そうして怪盗アヤに抱っこされるような形になってしまった。
いやあの、これはもう……流石に恥ずかしい。おんぶまでならまだまだだと思ってたけど、抱っこなんて。う〜………。
「ちゃんと捕まってくれ。こっちの手でずっとは限界だから」
「分かりましたっ!」
でもこれ以上何言っても無駄な気は今までのからしていた。落ちないよう支えてくる手が優しく包んでいた。
そこから洞窟内を歩いて数分。あの後特になにかあるでもなく、抱っこされたまま歩いていた。
歩きながら自分の足を見る。この足痛めてなければもう……。
「あっ、あれって」
「光。しかもこの量。ようやくお日様とご対面かい。いやー長かった」
そしてついに文字通りの光明が見えた。奥に見える光。そしてその奥にかすかに見えるのは、地底には存在しない木。ようやくここから出られそう。
「とりあえず出たら電話使えるだろうから誰か呼んで助けてもらって、病院に連れて行ってもらって足の処置受けよ。本当のとこ博物館まで運びたいってのもあるけどさ、僕が連れてったら流石に捕まるんでね」
「私が説明しますから。怪盗アヤは私を助けてくれたって、だから」
「警察の考えじゃそれとこれは別よ。普通に怪盗だから僕。捕まるよそれが正しい警察ってんだから。本当僕正体バラすわけにはいかないんだ。ごめんね」
私のことを抱っこしながらそんなことを言う怪盗アヤの顔を、私は顔を上に上げて見ていた。ちょっと笑う顔に、覚悟が入ってるそんな顔を。
「きれいな太陽だな」
「ここまで綺麗に見えたのは初めてかも」
洞窟の前、そこに私達は立っている。洞窟に入って2,3時間。私達は脱出できた。特に怪盗アヤのお陰で。
「にしてもここの洞窟だったんですね」
私達がいた洞窟は、駐車場から博物館に入るまでの間で見つけてたあの洞窟。ここまで呼ぶのも簡単。
怪盗アヤは抱っこしている私をそのへんに降ろして、そうして私の顔を見て
「それじゃあ、僕はこのへんで。今どーせ警察は僕と君を探し回ってるだろうから、ここに長くはいたくないんだな。それじゃあね」
別れの挨拶を言ってここから離れようとしていた。
「ちょっと待ってください!」
「ん?どうかした?」
ここで帰したらもう二度とこのことを言える気はしない。ちゃんと伝えたい。
「今日はありがとうございました。何もかも。このあとまた敵対関係になっちゃうかもだけど、恩に思ってます。ずっと」
「ふふ。やっぱりお礼は嬉しいもんだね。あと対立して気に病むんじゃないよ。立場上の問題ってそんなもんさ。それじゃあ、また会え……るかは分かんないけど。じゃあね」
怪盗アヤが手を振るから私も小さく手を振る。さよなら。
怪盗アヤは森の方からどこかへと行ってしまった。秘密のルートで帰る場所へと帰ったんだろう。
「さて」
怪盗アヤの姿が見えなくなったところで、私はスマホに手をかけて先輩に電話した。
「先輩。私今駐車場近くの洞窟のところにいるので……」
「はぁ……にしてもこんなこと起きるとは。僕も予想外だっての」
森の中で一旦隠れていた怪盗アヤ。手の中には魂の石が握られていた。
瞬間移動で飛ばされた時魂の石もあの洞窟に一緒に飛ばされていた。同じ場所にあったことに気がついた怪盗アヤは繁に悟られないように魂の石を拾って隠し持っていた。
「魂の石をちゃんと手に入れられたことは良かったかな。これであと1つ。ようやくここまで来たかーって感じ。それはそうとして、僕の正体バレてないよね?口に出さなかったってことはバレてないってことでいいでしょう。気づいてたら何で怪盗アヤなんてやってて、なんて聞くよね。そうだこれの手当もしないと」
背中側、そこそこに怪我をしてしまった怪盗アヤ。何とか手当をしたかったのだが、そんなもん持ってるわけもなく。それに
「背中の羽も、バレてないよね。いやーどうだろ危ない橋渡ったよ?」
一旦上の服を脱いでスマホを使って怪我の様子を見る怪盗アヤ。スマホに映り込んでいたのは怪盗アヤの怪我をした背中。そして怪盗アヤが人間ではないことを示す漆黒の羽だった。
「見づらいなー羽のせいで。この羽あっても空飛べないし、邪魔だなー……」
小さめの羽だから服を着ることで普段は隠していたが、おんぶなんてしてしまうと気づかれかねない。やっちまった感はあのとき出ていた。
「あー置いてある傷薬塗ってもらお。あと絶対あっちではこの羽誰にも見せないようにしよ。バレたら同じ羽を持ってるから怪盗アヤだってつながるよ。駄目じゃん」
「ん?あぁスマホの通知来てるな。なるほど、返信返信。さて、そろそろもーどろ。怪盗アヤの変装も解いて、あの子に代わろ」
怪盗アヤの衣装から怪盗アヤの正体そのものへと変わる。そうしたら怪盗アヤは山を下って近くのバス停へと歩いていった。
「繁、無事か!?」
「お兄ちゃん。実は足挫いてて……」
「っ分かった今すぐ薬作るからそれまで待っててくれ」
電話をして最初に来たのがお兄ちゃん。すっごいお兄ちゃん心配してただろうから、私のせいじゃないって分かってるけど心痛む。
「それで、今までどこに。まさか、あの怪盗アヤに何かされたりしたのか!」
「ちょっとお兄ちゃん近いよ。そんなにしなくても全部話す」
「いたいた。あー良かった」
「ごめんなさい繁。多分私の瞬間移動のせいでなにか起こったんだと思うので、繁を巻き込んでしまったみたいで」
お兄ちゃんの後ろから愛香が、そして2人の先輩が。これで全員揃った。
「みんな、何あったか話すから、静かにしててもらっていい?」
私は今まであったことを話す。
博物館近くの洞窟にいたとある魔族のせいで愛香の瞬間移動が暴走し、それによって怪盗アヤと私が洞窟の奥に飛ばされてしまったこと。洞窟内でその魔族は倒したのでもうここで武器の力が暴走することは起きないこと。洞窟内で足を挫いてしまってて今歩くのがキツい状態であること。そして、怪盗アヤがしてくれたことの全てを。
やっぱり怪盗アヤが怪盗だってことは変えることができない事実だけど、怪盗アヤが私を助けてくれて、わざわざ足を挫いた私をおんぶや抱っこで運んでくれたこと。
「薬できた。繁、これを」
「ありがとうお兄ちゃん。ふぁっ……」
痛みが引いていく、和らいでいく感触がある。このまま待てば歩けるぐらいには回復しそう。
「そうだ、俺繁のこと伝えてくる。今もずっと探し回っているだろうから。怪盗アヤはどこかに逃げたらしくて探しても無駄だってことも」
「じゃあ俺も行く。師匠1人だと説明しづらいとこあるだろうから」
先輩2人が先に博物館に戻って、残ったのは愛香とお兄ちゃん。
「でもやっぱりごめん。暴走することを知らなかったとしても実験してれば気づけたから」
「実験したときにも他の人が巻き込まれたかもだから。私許してるんだからもう謝らないで愛香」
「にしても怪盗アヤのやつに感謝だな。いや……立場とか分かるけどさ」
「個人的な感謝なら、いいんじゃないかな」
怪盗アヤがアレだけ優しい人だって分かるほど、怪盗してほしくないなって気持ちが強くなる。だって怪盗してたら、いつかは捕まえないといけない日が来るから。
自首してくれないかな。本当に。罪軽くなってほしいよ。
「そうですか。まだ捕まえられるのではとわずかな望みを持っていたのですが」
「すみません。我々異少課にわざわざ守るよう頼みに来られたというのに」
2人が石山さんに伝えたことにより探索体勢は完全に終了。そうして石山さんは館長の木場さんにへこへこ謝っていた。
「いえいえ。十分努力はされてましたから。一応保険には入ってましたから。そのお金でまた新しいものを手に入れますよ。でも、いつかは取り返してくださいね」
「勿論分かってます。富山県中央警察署の威信にかけて必ずや捕まえます」
でも木場さんは被害者。怪盗アヤがどんな人物だったとして、その被害を受ける人がいるって事実は変えられないんだよな。
繁を助けてくれたことだけは感謝してるけど。
そんなこんなで後日。異少課の部屋内。山井さんと川崎さんが訪れてきて話してる。
「大丈夫でした川崎さん。病気酷そうでしたけど」
「大丈夫大丈夫。一日中家でぐっすりしてたら治ったよ」
「それで、怪盗アヤの件どうだったんだ?私は恋の看病で行けなかったが、ちゃんと捕まえられたか?」
「そうそう。大丈夫だった?私心配してたの。あんな電話かかってきたから」
「そう言えばあのあと電話かけてませんでしたね。実は……」
山井さん達にも事の顛末を話した。心配だけかけさせて無事見つかったって報告させなかったの普通に悪かったな。
「なーるほどね」
「捕まえられなかったか。怪盗アヤ。あいつにはいつも逃げられてばかりだ。絶対捕まえるこの私が」
「純様、私もお供しますよ〜」
怪盗アヤを追うのに普通の犯罪者を追うことは違う特別な理由がありそう。前話した川崎さんの家が怪盗アヤの被害にあったから。本当にそれあってそう。
「でも今回、怪盗アヤがいたから繁は助かったんですよね。それが盗んで良い理由にはならないけど」
「私は怪盗アヤが誰であれ、どんなやつでどんな理由でやっててさえ捕まえるよ。もうそれは私の使命のようなものだから。だから、また怪盗アヤのことあったら教えて。よろしく」
本当、怪盗アヤの件はどう終わりを迎えるんだろう。
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