第19章 歯車ごしの警察業!

旅の一日目はどちらも不運にも変なことに巻き込まれた。探偵達は剣士の幽霊と戦い、元異少課メンバー達は謎の怪異塵男と戦い、そんなこんなありながらも、あの後はちゃんと5人で岐阜県を遊び尽くしたようだった。あんまり時間的に一つの観光地しか行けなかったのだが、それでも楽しそうなので良かったようだ。

戦闘やらで疲れた身体をホテルの風呂で癒やす。あの3人はお金の関係でビジネスホテルで泊まったので、恋と二人で泊まった。

「明日は愛知県でしたよね?」

「だったはずだぞ。チケットそこに入ってるだろ?」

「愛知県では変なのに巻き込まれないといいですね。」

「そうだな。」

旅でまで戦闘はやりたくない。無難に楽しみたい。よく思い出すとこの旅は恋のリフレッシュも兼ねていたんだった。単純に忘れてた。リフレッシュを兼ねているの戦闘させるの不味かったかな……。いや、あの状況だから仕方ないか……。

うん。明日こそ恋をリフレッシュさせよう。

純は今度こそと決心した。


岐阜県から列車に乗って、愛知県の名古屋駅へと着いた。私達が降りる駅だ。

「恋、落とし物。」

「あぁっ!ありがとうございました。」

まったくそそっかしいんだからー。と、軽く微笑して出口へと無意味に急ぐ恋の背中を見ていた。


名古屋駅の駅構内、自動改札を出たところに今いる。

「あ、いた。」

「紬姉!見つけた!本当久しぶりー。」

昨日もこんな感じで話しかけられたような覚えがある。駅の壁際のベンチから知らない女子が話かけてきた。

「紬の友達?」

「うん。女川美奈ちゃん。私の中学のときに仲が良かったの。親の関係で引っ越しちゃってそれ以来会ってなかったんだけど、今日ここ行くこと行ったら会いたいなって言われちゃってね。私も会いたいからいいよって返信したんだ。」

「紬姉会いたかったよ〜。2,3年ぶりだっけ?紬姉大きくなっちゃって、本当にお姉さんみたいじゃん〜。私はあれから変わらないから、本当に姉妹になれるね。」

ちょっと言い方が気になる。まあ私の入る幕じゃないか。

「そういえば紬姉はなんで愛知県に?観光?」

「うん。一日だけだけどね。」

愛知県にいるのは確かに一日だけ。

「へぇ〜。ねえ、一緒に着いて行ってもいい?私紬姉ともっと一緒にいたいからさ。ガイド的なことやってほしけりゃやるよ。ね?」

「いい?私としては入れてあげたいんだけど。」

「私はいいよ〜。みんなでいたほうが楽しいに決まってるしね。」

本当なんか私美咲の性格にはなれないなぁ。あんなに根っから青春楽しんでる人なかなかいないと思うよ。普通の人は普通に楽しんでいると思う。あそこまでじゃないと思う。

「なら俺も。」

「私は純様の邪魔さえしなければそれで。」

「恋、流石にそれはなしだって変に思われるから。あ、私はどっちでもいいよ。」

結果満場一致。ここまで綺麗に満場一致になるもんだと思った。

「ありがとう紬姉。」

彼女は紬に大きなハグをしていた。

なんかこの子の性格に既視感があるなと思ったら、その既視感が何か気がついた。

「純様?」

恋に似ている!

実際恋初めて今の異少課らと会ったときもとっても熱く語っていたし、愛がちょっと重たいなとも感じていた。

その既視感があった。

「ところでどこに行くの?そうだ。熱畑神宮とかどう?あそこ色々な国宝とかがあるんだよ〜。」

「そこいいね。みんなどう?」

また綺麗に満場一致だった。


「紬姉。学校どんな感じ?」

「なんとかって感じ。この前の英語で赤点取ったけど。」

バスに乗って移動中。後ろでは久しぶりに会ったらしい二人が会話している。

「それにしても、転校した二人がまた会うことなんてあるんですね。しかも同窓会とかじゃなくてこんなたまたまで。」

「まあ行くって連絡してたからな。あるんじゃないか。」

「でも、久しぶりの人に会うのって、なんか感情が込み上げて来ますよね。」

「そう……だな……。」

恋には全くそんな意図はなかった。ただ自分なりの感想を言っただけに過ぎなかった。でも、その言葉で純は思い出してしまった。

「私も、また会いたいよ……。」

「あぁ、そうでしたごめんなさい。」

失言という程ではないがちょっと純の気持ちを下げてしまっていた事に気がついて謝る。

「いや、いいよ。」

勿論こんなので謝られたら嫌になるからいいよと返した。謝るべきなのは私の方だったから。恋の優しさにどっぷりと浸かって抜けられなくなってる私の方だから。

「でも……。」

「大丈夫。いつか戻れるから。」

私はもう、失踪扱いになってるかもしれない。けれど、両親にちゃんと私の顔を見せてやりたい。友達に会いたい。私はまだ生きてるっていいたい。

そのために私だって努力しているんだから。これを努力という良い意味の言葉で呼んでいいかは別として。

「でも……。」

でも、自分の中に二人いる。帰らないとと思う自分と、ここにずっといたいと思う自分。

本当、最初はそんなはずじゃなかったのに、今は恋がいない生活のほうが考えられなくなっちゃってる。恋私と同じ年齢なのに、私より年上に見えるもの。いや、あの感じだからそれはないか。

「純様。次ですけど。」

「あぁごめん。」

バス移動考えてばかりだなと、感じていた。


紬の友達に案内されるがままに目的地らしい場所へと辿り着いた。

ここが有名な神社なのと今が長期休暇なことも相まって、人でごった返していた。

「まずはおみくじ引きましょうよ。」

「うん。ここのおみくじは当たりしかないって有名だからね。」

「それっていいのか?おみくじとして」

割と長めの列を待っておみくじを引きに行く。

「じゃあおみくじ見せ合おうっ!私はねー……中吉」

おみくじの結果は美咲と紬が中吉、健心と紬の友達が小吉。恋が大吉で、私が末吉。

「小吉と末吉って、どっちがいいんですかね?」

「私に言われても。」

私にそんな知識あるわけない。日常生活で使わないもんそんなこと。

「大丈夫ですよ。純様。私が大吉だったので私とよくいる純様も実質大吉ですから」

「そういうもんじゃないと思うけど。その理論だったら恋が末吉になるし。」

おみくじのこと完全に理解してるわけじゃないし、なんなら普通の人よりも知識浅いと自負している。でも違うと思う。なんというか、そんなわけ無いというか。

とりあえずおみくじの内容を読む。出産とか縁談とか相場とかはそもそも私に関係ないから無視してと。

願望 努力すれば叶う

手に入ったらいいなと、願っておくか。

「純様。願望 努力すれば叶うですって。」

「奇遇だな。私も同じだった。」

一枚一枚完全に違うようには書けないだろうからな。被って当たり前ってとこもあるけど、なんか嬉しくなっちゃう。

「叶えたいですね。」

「うん。」

私があそこへと帰れることを。


それから歴史とかを見たり普通に観光を楽しんでいた。

カコン。

「あ、これ……。あれ?どこ?」

「どうしたの?美奈?」

「紬姉。ちょっと落とし物拾っちゃって。落とした人は見えたんだけど、いなくなっちゃって。」

人もかなり多い。落とし物を拾うために少し目を離したスキに、人混みに紛れ込んでしまったようだ。

「どうするんだ?それ。神社の人に届ける?」

「でも……まだここにいるはずだから見つけたいのもあるんだよね。それに、なんかこれ、なんかとっても大事なもののような予感がして。」

落とし物は木でできた歯車。質感からしてかなり良質な歯車だと思う。

「そうだ。純なら分からない?純は探偵なんだ。しかも凄腕の。」

急に振られた。いや、無理だって。見た目も何も情報がない人を見つけるなんて無茶にもほどがある。

「落とした人に関する情報は?」

「黒い服とズボンを着ている男性で、背は私ぐらい。だけかな。ごめん。私が見たのも後ろ姿だけだったから……」

情報を聞いてみたけど、これは本当に無理な気がする。それほどまでに、情報がなんとも言えない。

「それっぽい人を手当り次第に探すしかないと思う。どっちに行った?」

「鳥居のほう向かってたよ。」

「なら、そっちの方を重点的に調べるか。でもこの位置から鳥居だから、もう帰ってるかもしれないけどな。」

ここから鳥居のほうは出口程度しか行くところはない。となると、出口付近にいるとみていいと思う。なんとなくで行動したとか待ち合わせのための移動だったとかいう例外は知らない。

「こういう人探しは、私も純様も慣れてるんですよ。」

探偵の仕事で見失わないように尾行するのは割とある。浮気調査やら証拠の探索やら、そういう依頼のとき必ずと行っていいほど尾行させられる。慣れてるな。確かに。

「さあてと、臨時の仕事するか。」

ポツリと言って純達は人探しを始めた。


「あれであってるのか?なんかすんなり見つかったから、なんか逆に違うんじゃないかと思っちゃうな……。とりあえず聞くか。」

健心が割とすぐ落とし主と思われるのを見つけた。本人確認のためにも近くの場所で探している紬の友達へと質問する。

「あれ?かな。」

「うんっと……。うん、あの人。ちょっと待ってー!」

割と近くにいたのでみんなわざわざ言われなくとも見つけたことに気がついた。とりあえず皆で追いかける。最初の人が行ったら後ろの人も続いていく連鎖が起きるアレだ。みんな何も考えずに行動してるから起きるアレだ。本当に分かりづらいと思ったけど説明が難しいから仕方がない。

「っと。」


「えっと……こっちだ。おーい、待ってー!」

鳥居を潜って境内から出た。さっきから呼びかけているけど止まる気配はない。でも、少なくとも落とし主と美奈に直接的な関係はない。これが初対面なのだ。勿論声も聞いたことがない。単純にその人がこの声が聞こえているものの、自分に宛てて送られている声だと言うことに気がついていない可能性は大いにあった。

「はぁ……はぁ……。」

「大丈夫?美奈。」

「うん。まだ……。」

しかも何故か全然追いつかない。歩くのが速い。少なくとも相手が走ってるようには見えないのだが、歩くのでさえ十分に速い。競歩の選手なのかとも感じていた。

美奈は少し休憩して、見失わないようにまた走り出した。50m走を走るような全速力走りはしていないけど、小走り程度で追いかけていた。

「本当、止まって……。」

懇願するものの、その願いは届かず歩き続けていた。ここまでくると意図的にやっているのではと疑う程度。面識すらないのに意図的にするメリットなんてなにもないから愉快犯でなければありえない話だけど。

「もうっ。」

仕方なく全速力走りをする。流石に全速力走りよりは歩くのは遅かった。

とはいえ。

「はぁっ……はぁっ……。」

80mほど近づいたところで疲れた。もう走れない。歩いているけど、どちらにしろ差を付けられるだけだった。

「待っハァハァ……てハァハァ……。」

息切れが激しい。この近距離でさえ気が付いていない。お願いだから気づいて。

疲れを取ろうとちょっとまた休憩しながら見逃さないように見ていると、古い家へと入っていくのが見えた。

「なんとか、返せそう。」

希望が見えてきた


ピンポーン。

「すみませ~ん。」

インターホンを鳴らす。

「はい?」

家の中から黒い服を着た男性が出てきた。さっきまで追いかけていた人と同じ。当たり前だけど。

「何か御用ですか?」

「これ。さっき落としてたよ。」

落とし物の歯車を男性に差し出した。

「えっと……これは多分自分のですね。落としたのでしょうか。」

「お前ら誰だ?何の用だ?」

今度は白服の男性が家の中から出てきた。

「この子の落とし物を返しに……。」

「ん?ん?え?え?」

ん?酷く困惑している。なんでだ?多分自分のとは言ってたからこの子ので間違いないとは思うんだけど。落としたからってここまで困惑するとは思えないんだがな。考えられるとすれば、この歯車がとてつもなく重要で、落とすことが許されないとかか。

さっきから白服の男が黒服の子の服をめくって背中を執拗に見ている。何を見せられているんだ?

「すまん。本当ならちゃんとお礼したいんだが、今はそれどころじゃない。本当感謝する。いつか必ず恩を返す。じゃ!」

切羽詰まったように白服の男がその子を連れて家の奥へとかけていった。めちゃくちゃ急いでいるようにイソイソと。家の鍵すらかけずに奥へとかけていった。

「不用心だなぁ。」

「なんか不思議な人達だったね。」

「ちゃんと返せて良かった。」

各々が自分の考えていること思ってることを声に出した。色々と気になるような二人だったけど、まあ私が関わることじゃない。

「とりあえず家出ましょう?」

人の家の玄関で何してるんだって感じだった。鍵のことは気がかりだけど、私達ができることはなにもない。その人に伝えようにも、鍵をかけることよりも大事なことが起きたみたいでかけていったみたいだし。

ドンガラガッシャーン!

「ガッ!ドッ!」

「え?大丈夫?」

激しい物音が聞こえた。大丈夫か本当に。階段から転げ落ちるかのような音だった。

「重症になってるかもしれないから、流石に見に行ったほうがいいんじゃない?」

「大丈夫ですか!?」

出せる限りの大声で大丈夫か尋ねたけど、その答えは返ってこなかった。

「一度行こ。」

安全の確認のため、不法侵入ではあるが仕方なく中へと入った。違ったとて謝れば多分許してくれる。これで助けられたのに助けずに帰ったとなれば凄い後悔する。

「ん?」

何故か床が少し沈んだような音がした。


何故か目の前の通路に壁が出来る。

「え?」

「びくともしないな。これ。」

周りを見渡すと、家からの出口を含めた全ての出口が封鎖されていた。閉じ込められてる。なんで。

防犯システムか?なら面倒いことなったな。

「純様。さっきから聞こえません?ガラガラという音が。」

「ん?」

恋に言われて耳を澄ます。確かに壁の奥とか、天井とか、床とかからガラガラと聞こえてくる。生活音……じゃないだろう。こんなに多くの場所から聞こえるのはおかしい。それにこの音が生活音のようには聞こえない。

なんの音だ?

脱出できないかあたりを探していると、突然床がスライドされた!

「うぇ!?」

「こっちだ!」

落ちないように移動する。だがそのかいも虚しく、私達は落下した。

「うぁぁー!」

「助けて!誰かー!」

風を切る音がほんの少しの間聞こえた。


「痛…くない。」

4mほど落ちた。死ぬほどではないがかなりの痛みを伴うはず。

「紬か?」

「うん。良かった。皆大丈夫そう。痛いのなら、私が癒せるから。」

「ありがとう。」

紬の武器の力は人の傷を癒やすことが出来る。癒しの力が大きすぎるとそれに伴う代償が発生するようだが、この程度ならなんとかなるらしい。

「皆が気絶してる間にやらないとね。バレちゃったらだめだから。」

真剣に気絶してる皆の傷を癒やしていた。


皆を起こすのも考えたが、まあそれは紬の治癒が終わってからでいい。紬の友達にバレたら割とめんどいことになる。無理に起こす必要もすぐにはない。

「純様……。」

「目が覚めたか、恋。」

恋が気絶から治ったのもあったので、ここらへんを2人で探索することとした。

「この高さは、難しいか?」

「全員をここから助けるのは無理そうですね。」

高さ的にもこれは無理だ。皆の武器の力でなんとかできないかも考えてみたが、罠を作るのと火を起こすのと治癒の力と身体能力の一時的な上昇と私の力。私の力は今使い道がないから飛ばして、他のものを組み合わせも含めて考えたがいいものは思いつかない。

「あれ?閉まってる?」

またさっき聞いた音が上の方で響く。見てみると、私達が落ちた床がスライドした場所。その床がまたスライドして元の場所へと戻っていた。

「本当ですね。暗っ!」

上からの唯一の光がなくなった今、この中は真っ暗闇。目を凝らすも、何も見えない。

「恋、とりあえずスマホ貸してくれ。灯り代わりにする。私のは落ちた衝撃かなんかで電源入れようにも一向につかなくて。」

「はい。これです。今パスワード解除しますね。」

パスワード解除されたスマホを受け取り、ライトをオンにする。結構暗いけど何があるかを見る程度のことはできた。

「助け呼びたいけどなぁ……。」

「うーん……。」

電話をかけて助けを呼びたいのだが、助けを呼んだところでどう説明すればいいものか。知らない家の地下に事故で落ちたって、イタズラ電話だと思われるだけな感じがした。

落ちた場所の付近を見ると、どこかへと続く通路があった。

「そっちを調べてからだな。どうしても脱出できないときには電話するか。」

とりあえず私の中で決めておいた。


調べる前に一回落ちてきた場所に戻ると、皆気絶状態から治っていた。

「仕事終えれた?」

「うん。ありがとっ。」

小声で紬と話す。皆も落ちたのに怪我しなかったことよりここからどのように脱出するかを模索していたので、誰も紬のやったことには気がついていなかった。紬の性格的に気づかれなくても良かったんだろうなと思う。

「懐中電灯とかある?」

スマホのライトはあんまり強くない。懐中電灯とかがあればそれを使いたいので聞いてみた。

その問いに対して全員が首を振った。やっぱりそうだとは薄々勘づいていた。一応聞いたまでだ。

「こっちに道あった。」

「オッケー純。」

この部屋に用はない。さっさと暗い通路へと歩いた。


通路は幾つかの部屋と繋がってた。だが、階段やはしごは通路内にはなかった。でも上へと続く道は必ずあるはずだ。何もない密閉された空間を作る意味もない。それに、確固的な証拠として、通路にあった小さな台の上の置物周りのホコリが取れていた。誰かがこのホコリを拭ったという大きな証拠だった。

「手分けして探したほうが良くない?部屋3つのどれかにはあるでしょ脱出口。」

「スマホ点けれるなら、そうしたほうがいいと思うけど。」

食料と水がないからできるだけ早く脱出口を見つけておきたいのだ。

「俺のスマホ使ってくれ。」

「私のも。」

「なら、手分けして探したほうがよさそうだな。」

さっきから私が仕切ってる。私が探偵だからか皆私が命令したほうがいいというムードになってるけど、私こんな脱出したことはないからね。あんまり知識深くないからね。

ま、これは言わないほうがいいな。わざわざ不安を煽る意味なんてないし。

「じゃあ3チームにわけよう。何か使えそうな情報があったらみんなに共有すること。」

部屋は3つ。話し合いの結果私と恋、美咲と健心、紬と紬の友達の3チームに分かれて部屋探索をすることとなった。

「私達はこの部屋と。」

「はい。」

部屋の木製のドアを開けて中へと入った。


部屋の中には大きな本棚や、デスクとチェアなどが置いてある。

「純様。これ、なんですかね。使ったほうが良さそうですか?」

「うん?スイッチか……。」

壁に上下に移動してオンとオフを切り替えるタイプのスイッチがあった。今はスイッチは下、多分オフになっている。そのスイッチの横には「灯り」と書かれた付箋?が貼ってある。

「灯りが付くかもれんな。動かしてみるか。」

スイッチを入れると、またさっきの音が聞こえる。壁や床にスイッチを入れたことなどが伝わる機構があって、それがなる音なのだろうと勝手に結論づけた。

「お、普通に灯りがついたな。」

もっとも、ただ蛍光灯に電気が流れて光るといった単純なものではなく、天井の一部が開いて、そこから灯りが降りてきて部屋を照らす。そういう複雑なものだった。

機構に関しては全く分からない。見当もつかない。もうそういうものだと納得した。

「不思議な感じですね。」

やっぱり恋もよく分かってなかった。

「でも、灯りが付いたのは割と大きいぞ。探索が格段にしやすい。」

「そうですね。」

気を取り直して、部屋の探索へと移った。


デスク内には筆記用具や無地のノートなどがあったが、特に有用なものは無かった。本棚には、「からくりの歴史」や「色々な歯車」などの市販の本が多く並んでいた。ここを使ってる人がそういうタイプなのは分かった。もしかしたら本の中に何かが挟まっていたりするのかもしれないが、いかんせん本が多すぎる。なしだ。

「こっちの棚にはねじとか釘とかが入ってます。材料入れって、感じでしょうかね。」

恋にもう一つの棚の調査も命じていたが、そっちも良さそうなものはないようだ。

「こっちもあんまりいいもんはなかったな。本は多すぎていちいち探す気になれないし。」

「あ、この本落ちてましたよ。」

「ああそう。ついでに戻しておくか。」

その本の表紙には、「日記帳」と書かれていた。


「日記帳?」

表紙に書いてある文字がふと目に留まる。

「え?あ、本当ですね。日記帳ならなら何か手がかりあるかもしれませんね。」

「ああ。」

プライバシーの侵害とか知ったことじゃない。そもそもここから出ることが最優先。

日記帳を読んでいく。

「7月3日。今日はおかしなトンカチを拾った。川辺にぽつんと落ちていた。気になって拾って色々とやってみると、それ自体が小さくなった。他にも凄いものがあるのかもしれない。」

「これって……これみたいなものですかね。」

「そうだろうな。」

恋はポケットに入れておいた小さくした槍を見せてきた。

「7月8日。今日は5日ぶりに日記を書こうと思う。4日前、このトンカチの新たな力が判明した。なんと色々なものに自我を保たせることができるようだ。この前作った小さなからくり人形が一人でに動き出したときは本当に驚いた。でもそれは机から落ちてしまい、壊れてしまった。すぐに直したけど自我は戻らなかった。最近は、よりちゃんとした大きなからくり人形の制作に力を入れている。まだ未完成、時間はかかるが、必ず作る。作った最後に自我を入れて、人間と同じものを作りたい。」

気になる要素が多い。だけれども、脱出自体には関係なさそうだ。

「7月9日。今日は滑らかに動く足を……。」

「純達ー!紬達ー!大変大変こっち来てー!」

「美咲?」

「行きましょう。」

隣の部屋から美咲の声が聞こえる。日記帳はそこへ置いて、あと灯りも消して、隣の部屋へと移動した。


「どうしたの?美咲?」

美咲に呼ばれて隣の部屋へと入った。美咲と健心が担当した部屋は物置だったようだ。ちなみに、紬達が担当した部屋は和室だ。

「ほら、これ。健心がさっき棚と棚の間にあるボタンを見つけてさ、それ押したらこうなったんだよ。これ元々はただの壁だったんだよ。なのに今はこれよ!罠作り師の血が騒ぐよー!」

「大丈夫?美咲?情緒不安定になってない?」

健心に心配されたのか煽られたのか分からない言葉を言われてるが、美咲は全く気にしてない。あの美咲がネガティブになることないと思う。

「で、それよりこっちか。」

目の前にはドアがあり、ドアの横には棚がある。この棚が移動した棚なのだろう。本当にここは不思議だ。

「でも、これで脱出できますね!」

「ああ。」

「行きましょう。皆で脱出しましょう!」

恋はとりあえず脱出できると信じているよう。私が恋の顔が曇らなければいいなと思っているとき、恋はドアを開けて次の場所へと移動していた。


「まだ分かりません分かりませんから……。」

ドアを開けると外が……とはならず、また通路につながった。でも階段があるかもしれないと探したのだが、階段は見つからないまま、通路の一番奥へと辿り着いた。

「……」

恋の顔が曇った。はぁ……。

「そういや、紬達のとこはなんかあったのか?こっちでは日記帳とかが見つかったんだが」

純は話を変えた。多分恋の曇り空を晴らすために。

「えーっと……ねぇ……。」


「あのー……何だったっけ?」

「紬姉。ほらあれだよ。掛け軸の後ろにあったの……。」

「ああね。そうだったね。掛け軸の後ろに扉があって、そこに『引き出し 0658』って書かれたメモがあったんだ。」

その名の通り引き出しの暗所番号のメモだろうな。

「ほいっと。」

メモ帳へと書き加えた。

「それにしても恋さ、うじうじするなんて珍しいな。」

「そうですか…?」

「ま、結局さっきと同じこと繰り返せばいいだけでしょ。そんなうじうじするなって。うじうじしてたら、純に嫌われるぞ。」

「……そうですね。ごめんなさい。純様。」

話を替えたもののまだ曇ったままの恋を健心が慰めてくれた。恋の顔がようやくいつもの状態に戻った。ありがとう。健心。

「じゃあ、早速はじめましょうか。」

やっぱり恋って、いい意味で単純だな。

ドアの奥に階段があることもあるのでさっきと同じように一回全てのドアを開ける。

「あれ?」

だが一つの場所だけはドアが開けられなかった。つっかえているような感覚がした。流石にここにはないと思いたい。

「大きいのはは4つか……。」

ドアは6つ。そのうち1つはつっかえてあかないやつであり、1つはトイレで狭く、なにかあるようには思えなかったので後回しにしている。

「1,1,2,2かな。」

「じゃあ私と健心別れようか?スマホの関係もあるしさ。」

チームはすぐ決まり、2回めの部屋調べへと移った。


「これは共通なんですかね。」

「そうみたいだな。」

さっきと同じように灯りのスイッチを入れた。

「これは寝室か?」

布団が一つ敷いてあり、その横に小さなテーブルが置かれている。

「あれ、これ。えーっとなんでしたっけ?あの紬達が見つけてきたやつじゃないですか?」

言われて気がついた。そのテーブルの一番上の引き出しには南京錠がついて開けられないようになっている。その南京錠は4桁の数字であった。

「0658。」

「分かりました。」

メモした数字を恋に伝え、恋が南京錠を回した。


カチッ。

「やっぱりか。」

ちゃんと南京錠の暗所番号だったようだ。南京錠を外して引き出しを開ける。

「これは、鍵?」

引き出しの中にあったのは鍵。ごく一般的に使われているギザギザしているタイプの普通の鍵だ。

「ですね。でもどこのなんでしょう?さっきのあの開かないドアの鍵…ってわけじゃないでしょうし。」

それは限りなく低い。なぜならあそこのドアにはそもそも鍵穴が無かった。つっかえて開かないだけだった。

「何かに使えるかもしれないし、覚えるだけ覚えておくか。」

脱出するのなら持ち出したほうがいいのだけど、ここ普通に人の家だし。あんまり部屋荒らしたくないていう自制心が働いている。あっちと違って。いや、あっちでも……うーん。分からない。


「どうだった?」

各部屋での探索を終えて適当な部屋で一度集まっている。これから調査の結果の伝え合いが始まる。

「私達のところでは鍵を手に入れた。普通の鍵穴に指すタイプの鍵。」

「なら、もしかしたら私が見つけたとこの鍵かも。部屋の壁にドアのような切れ込みがあってそこに鍵穴があったんだ。鍵がなかったから開けられなかったけどね。」

後で紬達が調査した部屋に調べに行く必要がありそうだな。これで脱出できるかもしれないんだし。

「俺のとこには設計図的なもんがでかでかと壁に貼ってあった。なんか人型のロボットみたいな……。」

なんか気になる情報ではあるけど使えはしなさそうかな。

「私は……えっと……何も……。」

「まあ一回紬のドアの鍵かどうか調べようか。それで脱出できるかもしれないんだし。」

「うん。そうだね。」

「出られりゃいいな。」

南京錠の引き出しから鍵を手に入れて、紬の部屋へと行く。

「これか。」

確かにこれはドアだ。鍵穴に鍵をさしてみる。

「回った。」

「おお。」

この鍵であることは間違ってなかった。鍵を開けて、ドアの奥へと入った。


「ごほっごほっ。」

「大丈夫?健心?」

「大丈夫。多分……」

「ちょっと休んだほうがいいんじゃない?歩ける?」

健心が急に咳き込み始めた。普通の咳ならいいのだが、健心の場合は割と馬鹿にならないことが起きかねない。健心は急に倒れてしまう『病気』を持っているのだ。

「私健心をそこの部屋で休ませているね。何かあったらここまで来て。」

「はいです。大事じゃなければいいんですけど。」

健心を連れて美咲が壁にドアのある先程の部屋へと戻った。

「それにしても健心ほどじゃないけど、ここはむせますね。全体的にほこりっぽいというか。」

「紬姉大丈夫?紬姉昔からほこり苦手だったけどさ。」

「大丈夫。私が苦手なのはほこりそのものとうより、ほこりが舞いに舞ってる汚い部屋だからね。そういう部屋見たら掃除したいって思っちゃうだけで。あ、勿論今はやらないよ。人様の家だからね。」

皆が口々にほこりについて言っている。かくいう私もこの部屋はほこりっぽいと思っている。床を見るとほこりのせいで私達の足音がうっすらとできるほどだった。

「この部屋は、長い間使われてなさそうだな。」

となるとここが階段に繫がっているとは考えにくい。とはいえ、ここ以外に探せる場所もない。何か新しい発見があるかもしれない。だから部屋の探索をすることとした。

「灯り点けますね。」

今までと同じ流れで壁際にある灯りのスイッチを入れる。今までと同じように灯りが付いた。

「っ……。」

「えっ……。」

ここにいる4人共が絶句した。先程までスマホの明かりだけでよく見えなかったのだが、いざ部屋全体が照らされると見えてしまった。

この部屋の奥の壁に、鎖で全身を壁に固定された男性のようにも見える機械のようにも見える何かがあったのだ。

10数本の鎖で動きを完全に封じている。首、腕、足、腹、頭、腰……。固定されているからかピクリとも動かない。動けないが正しいのかもしれない。


この部屋には幾つかの物がおいてある。紙が大量に置かれてある大きな机と椅子。何も置かれていない棚。そして、壁に鎖で固定されている機械?か人間?か分からないもの。

鎖を掴んでみたがぎっしりと固定されている。

「純様。この……どうしますか?」

優しい恋のことだ。鎖を切って助けてあげたいんだろうな。

「………。」

何も答えられなかった。普通なら助けるべき。だけど私達がここから脱出することを最優先に考えるならば、助けないほうがいい。そもそもこれが生物かどうか、命があるのかどうかも分からない。助ける意味もあるのだろうか。

「紬姉。紬姉?」

「うん。ごめん。ちょっと……ね。」

「紬姉は、どうしたほうが良いと思う?」

「私は、うん。助けてあげたいかな。」

「うん。私も。」

場の雰囲気は助けるで固まりそうだ。

「この鎖を切れるような道具さえあれば、助けられる。どこかに無い?」

場に流されたわけではない。元から私は自分の意見を持っていなかった。場の考え方から、それがいいと思ったまでだ。所謂助け合いの精神というやつだ。

とはいえ、今のままでは助けられないのも事実。恋の槍とかでこの鎖を壊すのは、試してみないとわからないが無理そうな感じがする。強化すればいけなくもないが、その後のことを考えると全く現実的ではない。


部屋の中を探してみたが、全然使えそうな工具はない。それ以前に物がほぼない。紙だけは大量にあったが、線が消えかかっていて読み取るのは難しい。

「一応槍でできるか試してみてくれ。」

「はい。わかりました純様。」

槍のことがバレると面倒いことになる。あの子達が他の部屋に工具ないか今まで行った部屋をもう一度探しに行ったときに小声で頼んでおいた。

「さて、私も探すか。」

脱出口も探さないと。さっきの部屋はホコリの関係から1階に行くのに関係なさそうだった。どうやって上へ行けばいいのか。見落としているものがありそうだった。


「やっぱりここ開かないな。」

「やっぱりそう?」

残ってるところで一番怪しいのはここ。唯一支えて開けることができなかったこのドア。

「3人で押せばゴリ押しできない?」

今美咲、健心の2人と一緒にいる。健心の突然のアレはあの部屋の調査中に治っていたようだ。ちなみにこの2人はあの後ちゃんとあの部屋のことを伝えておいた。というか目で見させた。

「駄目かー……。」

3人でぶつかってみたものの結果は変わらない。

「他探すしかないか。」


あれから10分ほど、各自で色々と探していた。

「あれ?これ……。押したっけ?」

開かないドアなんかと繫がっている通路。部屋の中を調べたものの何も有効そうなものがなかったから次のところに行こうと部屋を出たところふと、壁のかなり低いところにスイッチがあることに気がついた。

とりあえず押す。

今までのスイッチと同じく、壁やらから謎の音が聞こえてくる。

「あっ……。ふふっ。」

通路の一番奥が開いて、そこになんと上へと上る階段が出てきた。階段の奥の方には、窓から入ったと思われる日光が輝いている。

こんな簡単なものに気が付かず深読みしてしまって行かなくてもいい場所に行きまくっていたと思うと笑いがこみ上げてきた。

「純大丈夫?大きな音したけどってこれ!」

健心と美咲が奥の部屋から出てきた。階段を見て感嘆の声を上げている。

ようやく、脱出できそうだ。

「恋、脱出できそう。そっちはどうだった?」

「脱出できるんですね!こっちはさっきからやってみたんですけど……この槍じゃ鎖に傷をつけることは出来ても切るのは無理ですね。」

ここが地下だから暑いとはいえ、恋は他の人より多く汗をかいていた。後でアイスでも渡してやろう。

「やっぱりこれは、置いていくしかないんでしょうかね。」

「あとで110番に通報しとこうか。」

私にできるのは、それだけだ。探偵が何でもできるわけじゃない。

「紬ー。脱出場所見つけたー。」

「本当?そうだこっちも鎖切れそうなの見つけたよー。」

予想外の反応が帰ってきた。

「紬本当?」

「紬姉は嘘なんかつかないから!」

紬のいるところにやってきた。

「これならできない?」

「こんなんよく見つけたな。」

「材料箱の中に入ってたんだ。」

紬が持っていたのはカッター。ただのカッターじゃない。大きくて丈夫なカッター。鎖を切ることはできそうなものだった。


「はぁー……。よしっと。これでもう大丈夫だぞ。唐栗。」

純達が地下から脱出する階段を見つけたりしていたとき、家の中にはもう2人……いや、1人と……1体?かな、それとも1基?がいた。

彼らの名前は明石湊、及び唐栗。愛知県異少課のメンバーである。

「これで、普通の衝撃じゃ外れないだろう。あの歯車、接着剤が乾いてたからなぁ。あの頃は接着剤にかけられるお金なかったなぁ。ごめんね。唐栗。」

湊はからくり技師である。家の中に遊びで色々な仕掛けを施したのも湊だ。そして唐栗は、この湊のからくり技術と、湊が手に入れた武器によって作られた、からくり機械なのだ。

「パパ?何?」

「何でもない。気にしないでね。」

作られたという意味で、彼らは家族なのだ。

唐栗は湊をパパと慕っているし、逆に湊も唐栗を我が子のように可愛がっている。

「それにしても、ドアが何回もガタガタ揺れたなぁ。ドアに鍵かけていて良かった。何度も歯車が回る音が聞こえたし、もしかして誰か入っているのか?もう逃げられたあとかもしれんが……。」

そう。彼らはあのずっと支えて開かなかったドアの奥で唐栗の修繕をしていたのだ。支えていたのは、このドアにフック型の鍵をかけていたからだった。うるさいと分かっていた。誰かいると分かっていた。だけど、唐栗の修繕が先と後回しにしていたのだった。

「唐栗、一応戦う準備しておいて。まだ誰かがいるかもしれないから。」

「はい。パパ。」

修繕し終わった唐栗と、二人?で部屋から出ようとドアに手をかけた。


「うん。これなら切れてる!」

一方純達はあの鎖の部屋にいる。さっき見つけたカッターで鎖を切っていた。

1本……。2本……。3本……。

そして4本。彼を縛り付けている全ての鎖が断ち切れた。

「やったっ!」

みんな喜んでいた。


鎖が切れたことにより、床へと倒れ込む。

「でも……もうこれって、死んでる?全然動かないけど……。」

「大丈夫。さっきこの槍で……いやいや間違えた。この部屋にいたとき、鎖が無い指が少し動いていたの見えたから!揺れで動いたんじゃなくて、生きているんだよ!」

「恋、ちょっと落ち着いて。」

妙にハイテンションな恋を落ち着かせた。

「…!」

そうしていると、倒れていた彼?が手と足で自力で立っていた。

「おま……えら……。」

「うん。私達は悪い人じゃないよ。あなたを助けてあげる。こっちに来て。」

テンションが通常に戻った恋が優しく声をかける。被害者が怯えてしまわないよう。ちゃんと思考して動いている。

「魔………排……。」

「何?……ぐぶっ!痛!痛!」

「…!恋!」

唐突すぎて一瞬硬直していた。だが一瞬で現実世界へと戻ってきた。助けたはずの彼が優しく声をかけた恋を攻撃してきた。今見ると、腕の部分が刃物のようになっている。それで一振りといったところだ。

近づいていた恋は勿論モロにそれをくらった。右の腰らへんが切れた。骨に当たってそこで止まっていた。皮膚表面から出血していた。不意打ちくらったからか、いつもよりも出血量が多く見える。

いつもは攻撃を受けても痛いのを顔に出しても声にはあまり出さず我慢する強い子だが、そんな恋が喚くほどだ。

「恋!」

考えるより先に行動して、恋の元へと駆け寄った。純はいつもは冷静沈着な探偵だが、恋が絡むと冷静さを保てなくなる節がある。割といいことではあるのだが……。

「ちょ……。紬……早く純と恋とその子を連れて、遠く行って!恋の傷、このままじゃやばいって分かるから!」

「落とし穴使って時間稼ぐけど、そんなに大きなのは無理。時間も短いから、早く!」

バレるとかお構いなし。一気に健心と美咲が攻撃体制に入る。身を護る術を持ってない純達のため、武器を使って攻撃を遠ざけている。

「美奈、こっち!純、あんまり大怪我している人は動かさないほうがいいんだけど……。ここじゃ危ないから、運んで。ごめん。私は、美奈ちゃんのを連れて行くから…。ほら、こっち!」

「紬姉!え?どういう?え?大丈夫なの?」

「いいから、私に着いてきて!私を信じて!」

美奈は未だに混乱している。正直無理もない。こんな現場を一度も直で見たことがなかったのに、直ぐに落ち着けるほうがおかしいのだ。

「恋、立てそう?」

「痛いですけど……肩、貸してください。」

純の肩に恋は捕まって、とりあえず部屋から出た。


「あぁ?誰だ?大人しくするなら優しくしてやる。って、大丈夫か!?」

「あの……血、いっぱい出てますけど。」

廊下に出たところでこの家の家主の人と出会った。本当ならここで色々と説明したいところだが正直そんな余裕さえない。

「とりあえず救急車呼ぼうか?」

「いや、救急車は、良いです…。こっちで……何とかなるから。」

救急車を呼ぼうとしていたが、恋からしてもあまり大事にしたくない欲求が働いたか救急車を拒む。実際紬が治癒できるからそれでも良いと黙認した。

「ここまで来たら大丈夫なはず。治すよ。恋。」

「紬姉……。」

真剣な目つきで治す紬に、色々と分かってないことだらけの美奈は、ただ何もせず傍観するだけだった。それでも妙に騒ぎ立てない。それだけで、こっち側にとっては良いものだ。

「何があった。今気づいたが君たち唐栗の歯車を持ってきてくれた人じゃんか。」

「実は……。」

今までの経緯を全て話した。少なくとも私には説明責任がある。あと私達にはあの機会と人間の中間の存在を倒す責任もある。尤も、私にはそんな力もないのだが。割かし私は己の無力さに嘆いているような気がする。

「そういうことかよ。クソが。封印したというのに。」

「パパ、どういうこと?」

湊は暴れたものに心当たりがあるよう。対して唐栗は全く分かってないようだ。理解力の問題というより、そもそものパーツが足りない。

「唐栗、わりぃ。仕事だ。倒す仕事。ここで倒さないと、また暴れだしかねねぇ。被害はこの家だけに収めないと。」

「ちょっと、危ないから。行かないほうがいいって。私の強い友達が戦っている。だから、行かないほうがいいから。行ったって意味ないから。むしろ邪魔になりかねないから。」

「自分が作ったもんの後始末しないで、逃げるほど図太くねぇよ。それに、俺は戦えるから。心配なんてしなくていい。」

純が静止しているにも関わらず、湊は行く決心をした。何かの責任感、義務感に囚われているように感じた。


「排……」

「強い。強い。強い。」

「あぁもう!健心に攻撃しないでって言ってるでしょ!」

時間稼ぎをしていた美咲と健心は、この強いものと戦っている。スピードとかはそんなだけど、攻撃力と防御力が割と高く、しかも場所の関係で火とかが使えず厳しい戦いを送っていた。

「君たちか。戦ってるっていうのは。」

湊と唐栗がドアを開けて入ってきた。


「この家の……。逃げてください!ここは危険です!私達は大丈夫ですから!」

「いや、大丈夫だ。正直君たちが危ないからどこかへと行ってほしいんだが、見た感じ、君たちもそういう系か。俺が逃げたとて、君たちもここから逃げるのか?」

この質問の答えがどうであれ、湊は唐栗とこれと戦うことを決めていた。単独で戦うか、さっき合ったばかりの人と共闘するか、といったところだ。

「いや!でも、心配しなくて大丈夫ですから!」

まぁその答えになるだろうと、若干分かっていた。この感じ、前に会った他県の異少課に似ている。逃げるという選択肢を考えず、とりあえず倒すことだけを考えている、そんな人たちと。

「あっそ。」

何か苛ついた様子なのは、被害が出てしまいかねないからなのだろうか。

「じゃあ、唐栗。頑張って。」

「うん。パパ。」

唐栗が刃物を持って戦い始めた。

「唐栗、関節部分が一番取れやすいからそこ狙って。その刃物なら接着剤でとめている程度、簡単に壊せる。」

「ちょっと、逃げたほうがいいですよ!一般人なんですから!」

さっきから美咲による心配の声が聞こえる。だが、そんなもの湊は無視する。そしてこれ以上うるさく言われるのもと思ったので逃げられない理由というのを伝えていた。

「これは俺が昔作ったものだ。色々とミスったからか敵対されてこの部屋に封印していたけど。色々と心残りだったんだよ。だから、俺はこいつを倒す義務がある。自我を芽生えさせたのなら、その自我を消し飛ばす義務がある。分かったか?あと、唐栗は普通に強いし、俺も君たちと同じようなもん持ってるから大丈夫だ。第三者の心配するぐらいなら自分の心配しろ。」

そう言われてしまうと何も言い返せなかった。

「分かりました。」


「唐栗、大丈夫か?」

「パパ…関節をさっきから攻撃してるけど、全然壊れそうにみえないよ。」

「あぁもう。本当クソッタレ。なんでこんなに強く作って、肝心なとこミスったんだ昔の奴。」

湊は自分自身に苛立っていた。


「そういや君たちそれ、どんな力使える?隠さずに正直に話して。」

強い口調で言っていく。湊に余裕の文字は今はない。湊はただここでくい止めなくてはならないとだけ考えていた。

「私が罠作り、罠を作る能力。そして健心が火を起こす能力を使える!」

その口調にたじろぎつつも、ちゃんと美咲は答える。基本的に戦うときは協力したほうがいい。戦いの鉄則である。

「おい君、火使えるんだろ、さっさとこいつを燃やせ。あいつは基本的に木製だ。火さえつけば燃えてなくなる。」

「いやでも……ここじゃ火事に……。」

そう。この力は強いのは分かる。そりゃあ火だるまになりゃ大抵の動物は死ぬ。この力のデメリットが、火事が起きかねないことである。

「いい!火事になろうがそれで隣の家まで燃え移ろうが誰かが死のうが、こいつを倒せりゃそれでいい!こいつは危険だ。こんな奴世に出たらどうなる?警官らがこいつを始末する前にここら一体の人間が死肉になるぞ!」

火事になりゃ人が死にかねない。と分かっていた。でもそれでも火で倒すのを選ぶのは、なんでなのだろうか。

「でもパパ。火使って近くのガソリンスタンドが火事になったら……」

「あぁ……そうだな。しゃあね。わりい、火作戦は止めだ。」

依然として良い策が浮かばない。攻撃は激しさを増しているように見える。美咲が落とし穴やらを作って攻撃からずっと防いでいた。

「さっきから脳乗っ取れないかやってるけど無理だな。今までも自我を入れたやつをもう一度入れるのなんて無理だったし、しかもあれ一つで一つ。パーツが集まってできたと認識されてないか。パーツを一つだけ自我をもたせるのも無理なのか。」

「えっと……。」

「俺のこれの力なんだよ。自我を非生物に持たせるのが」

それによりこれが生まれてしまったのでもある。でもこれにより唐栗が生まれたのでもある。良い力とも悪い力とも、説明できなかった。


「ちなみに、こいつは失敗作だった。失敗作と言っても制作自体はちゃんとできてたさ。自我を持たせたら、反抗されたってだけで。もうっ。」

少し昔のことを思い出していたが、それより今のことが大事であることを思い出す。

「よくよく考えれば倒さなくていいんだ。封印さえしてしまえば、何とかなる。あのときの俺はちゃんと封印できたんだ。絶対できるんだ。」

自分自身に言い聞かせているのは、成功させないといけないと強く考えているからであった。

「君のそれ罠作るんだろ?相手を捕まえることぐらい容易いんじゃないか?そういう罠作れないか?」

「確かに。やれるかも!」

美咲の罠がどこまで作ることができるのかまだ未知数。でも、動物とかを捕らえるそういう罠はある。作れても何もおかしくない。

「美咲、後ろに。こっちには来ないようにするから。」

「パパがそういうなら、それを手伝うよ。」

湊、唐栗と美咲、健心とはついさっき初めて会ったところである。でもそんな素振りを見せないほど、連携していた。

美咲は色々とそういうタイプの罠を作り出し、健心は火は使わずに武器を武器らしく使って相手の刃物に合わせて相手の攻撃を防いでいる。唐栗は持ち前の速さや強さを活かして相手を撹乱させようとしているものの、相手は全く取り乱していない。

自我を持っているとはいえ今は何も考えずただ痛めつけて殺すことに執着している。何も考えずというより、何も考えれない。そもそもそこまで知能が発達していないのだ。今まで戦ってきた敵は作戦とか戦略とかを使ってくるのが多かったが、そんな作戦を使っては来ない。そもそも生まれてすぐに反乱してこの部屋に閉じ込められていたのなら、学ぶ機会などないのだ。

何が言いたいかというと、撹乱を撹乱と感じる知能はないのだ。困ることも勿論なにもない。

でも、それに対して唐栗は知能が発達している。これはただの自我のあるからくり機械なだけで、AIとかのようにインターネットと繋がってるわけでもない。でも、生まれてから湊に教えてもらった知識から、今までの戦闘の積み重ねから、こういうときは柔軟に考えを変えるべきと学んでいた。

今は、攻撃することよりあの子を守ることが大事。

声には出さなかったが、唐栗は存在しないはずの心の中でそう感じていた。


それからというもの、唐栗は美咲に攻撃が行かないようにしている。ただ心で考えているだけで実際には行動に移さないのに、「自分はそう考えていた」と無意味な言葉を並べるタイプの人間とは違うのだ。

具体的に何をしたかというと、タゲ取りである。先程知能がないとさんざん罵ったが、完全に知能がないわけではない。完全ランダムというわけではない。そう動くように仕向ければ、それに乗ってくれる。近くにいたからか他を無視して唐栗を襲ってきていた。それを持ち前の速さでかわす。

「倒れるなよ。唐栗……。」

湊は唐栗の、からくり機械の、人間じゃないものの無事を祈っていた。湊が自分の作ったからくり機械を大切にしたいからか。

「これで!いいよね!罠の中に入って!」

美咲が起こしたことにより、近くにいた唐栗と相手との間に突如として金属製の檻ができる。その檻は相手の体を檻の中に収めた。

「ふぅっ……。」

美咲に疲労感がのっしりとかかる。これを作るのに大きさとか形とか、そういうの一つ一つ丁寧に指定して思い浮かべなければ作ることができない。今回はあの雪の中の城の戦いとは違って作るものの公差が小さい。その分疲れるのは当たり前だった。


ガン!ガン!ガン!

いきなり閉じ込められたその機械が閉じ込められたことを気づくのにそう時間はかか……いや、これは気づいているのか?気づいているとも気づいていないともとれる。分からん。

「これで、閉じ込められたよな。」

「ほい。唐栗。それで、この檻の耐久性どれくらいだ。」

機械であり疲れるという感覚は無いはずだが、唐栗は湊に疲れを癒やしてもらっているように見えた。熱が発生したから気づいた……というわけではない。電気のロボットならそれっぽいが唐栗に抵抗により熱が発生する…といったメカニズムは存在しない。そもそも電気で動いているわけではないから当然だ。じゃあ何で感じたのかって、多分部品のすり減りとかを感じたのだろう。そこら辺はこの2人以外には空想の領域。分かるわけがないのだ。

そして、湊は親が小さな子供にするように唐栗の頭を撫でながら、重要なことを聞いていた。

「えっと……。」

「耐久性がかなりあるのなら、全員でここから出て鍵を閉める。必ず倒さないと行けないというわけじゃない。それでいいのならそうしたほうがいい。分かるだろ。って……これは。唐栗、ごめんなまだ戦ってくれ!」

「はい。バパ。」

「……えっ。っあっ!」

結論だけ言う。あの檻は役に立たなかった。一時的に封印できた。だけど、少ししたらそいつは持っていた刃物で切って、檻を壊したのだ。一つの面の格子が無くなれば、檻なんて簡単に脱出されるものなのだ。

その事実にいち早く気が付いた。話しながらも右目で定期的に様子を観察していた湊はすぐに戦闘体制へと切り替えた。だが、他二人はまだ気がついていなかった。

健心は、背後から刃物で攻撃されたのだ。


一方、戦いの現場から少し離れたところにいる一行は。

「うん。これで大丈夫。傷も癒えてる。恋、痛くない?」

「ありがとう紬。うん。全然痛くない。これなら大丈夫。」

ようやく傷を全快させれたようだ。大きな傷で治すのに時間かかった。といっても1時間もかかってない。救急車呼ぶ程度の怪我がその時間で治ったのなら充分を通り越して圧倒的に早いのだが。

「じゃあ、私いってきますね。美咲や健心が苦戦している。死んでない……はずです。倒してきますね。」

「私も。あ、美奈。ごめんね。危ないからここにいて。私のあれとか何も分かってないと思うけど、後で教えるから!」

「う、うん。紬姉。」

そうして2人は一時戦線離脱していた戦いの場所へとかけていく。

ここに残されたのは2人。美奈と純。

「頑張れ。皆。」

純は小声で祈っていた。

「あの、純さん…でしたっけ。多分色々としってそうなので聞きたいんですけど、どういうことなんですか?紬姉のあれとか。そういうの、教えてくれませんか。」

「私からは教えられない。紬に聞いてくれ。ただ一つ言えるのは、そういうものだってこと。空想のものって、割と現実にあるんだよ。」

聞かれたがあまり自分からは言えない。勝手に言うのもどうかと思ってしまい、バレない程度にぼやかして説明していた。

「……そうですか。」

純の言ったことに対して理解した意を示した。多分、紬に聞いてほしいことと、後の空想うんぬんのところな両方を理解したのだと思う。

少なくともこの世界では、そうなのだ。それをなんとなく、で理解したのだと思う。


「健心、美咲!あとこの家の人!大丈夫?」

「私達もや……って健心?大丈夫?」

恋と紬は来るやいなや、健心が先程受けた不意打ちの傷を見つけた。恋が受けた傷よりは当たりどころとかの関係で浅かった。

「紬、健心を!」

「分かったよ。じゃあ健心、こっち来て。」

自分で動けるほどだったので部屋から出てまた傷を癒やす。

「君もちゃんと戦えるのだろうな。戦えない者なら帰ったほうがいい。」

「私、戦えますから!てか昨日も戦いましたから!」

ちょっと怒り気味で恋が言った。自分が戦えないと決めつけられているような、そんな感じになったのだろうか。

「はぁ!」

槍で相手の動きを牽制する。それから槍で胸を一突きした。刃物で襲いかかってくるがそんなのは関係ない。なぜなら、槍のほうがリーチが長い。恋が後ろに引きながら槍を突くのを繰り返しているので、いつまで経っても距離感はほぼ変わらない。

「唐栗、あの状況あの子にしか目がいってない。バレないように後ろから壊してきてくれ。」

「うん。パパ。」

槍で突くごとに部品が少しずつ取れていく。槍は一点に全部を集中させて攻撃を行う。その一点に集中したダメージは、硬くくっついた接着剤をも壊すようだ。

「いや、この感じ……うん。今のでこうなら……。うん。あの、これ壊してもいいですよね?生かしたまま捕らえろとかないですよね?」

「大丈夫。なはず。」

「ないな。むしろ壊してほしい。このまま生きてると、また新たな害を生みかねない。それに壊れさえすれば、自我を無くせるはず……。」

ちょっと物憂げに、ちょっと罪悪感を感じ、ちょっと悲しそうに湊は伝えた。

「分かりました。美咲、万が一倒せなかったらあとをよろしく。」

「え?」

美咲から素っ頓狂な声が聞こえてきた。

「さあて、30秒でケリをつけましょう。皆さんは離れていてください。巻き込まない自信は無いです。」

「ふっ。唐栗、一時的に戻ってくれ。」

ちょっと笑って湊は恋の言うことに従った。

恋が最後止めを刺すときに使用するあの技。30秒間ステータスを5倍にする、増強の力を使った。


ただでさえ割と強めな恋が5倍の状態になっている。今まで5倍を使った敵は防御力攻撃力などがめっちゃ高かったからこれで決めれるというときに振り絞って倒していた。だがこの二人に比べ今回の機械はどうだろう。攻撃力は高い。だが、それに比べて防御力は……そんなに高くない。通常時でさえ攻撃で部品が落ちていた。

そもそもステータスが5倍のとき与えるダメージは実は5倍ではない。運動エネルギーは速度の二乗に比例する。だから、実はダメージの増加率は25倍なのである。そんなものを当てたらどうなるか、もう分かるだろう。

「さっきの、そのまま、返します!」

30秒がリミットだというのに10秒もたたずにバラバラになった。一部くっついている部品もあるが、少なくともどれも動いてこない。2突きほどでこの有様になっていた。恋もこの力も強すぎる。

「はぁ……。」

「恋。ありがと。」

30秒経って恋は壁へともたれかかって倒れた。いつものやつである。倒れかかっている恋が床へと倒れないように美咲が支えてあげてた。

「それは、終わっただろうな。」

「うん……。パパ……。」

湊はバラバラになった部品を集める。さっきまで動いてたのにピクリとも動かない部品達を見ると、色々と考えてしまう。自我はなくなったのかまだ宿ってるのとかなど。

「倒せたんだね。2人を呼んでくるね。」

紬は治った健心と部屋へと戻ってきた。そして紬はすぐに出て、美奈と純がいるところへとかけていった。

「全く。唐栗みたいに生まれていればこんなことしないで済んだというのに。」

湊は部品達を悲しげに見つめていた。その様子を唐栗が見ていた。


「恋、頑張ったな。」

倒したという事実が伝わり、避難していた二人もこの部屋へと来た。

倒れている恋を純が近くに行って寄り添う。いつも恋があれを使って倒れたらこれをしている。

「とりあえず君たち、倒してくれたお礼とか、色々と言いたいけどさ。とりあえずこちらの質問に答えてくれ。」

倒すことのほうが大事で後回しにされていた質問を、今になって尋ねようとしていた。そこにいたからという理由で美咲が答えることとなった。

「まずどっから入った?ここ鍵かけてたよな?」

「二人がどこかに行ったあと、激しい音が聞こえたから行こうとしたらなんかよくわからない状況になって、そしたら落ちて、そこから色々と探したらここまで来ちゃったんだ。」

「……待って、あ。」

何か重大なことに気がついたのか走って上へと行った。1分もしないうちに戻ってきた。

「はぁ……良かった泥棒に入られてないで……唐栗の部品とか奪われたら精神にダメージ入るとこだった……。」

玄関の鍵を閉めに行っていたらしい。そう言われてみれば最初鍵を閉めるのも忘れて慌てて唐栗を連れてどこかへといっていた。地下の場所へと行っていたのだろうが。

「良かったな。泥棒に入られてないで。」

こっちが泥棒まがいのことしているのだがそれには気がついてない。

「それに関しては俺も結構悪いな。あのときは階段で足滑らして怪我しそうになったから、勝手に来たとてそこまで怒る気にはなれん。あと、その落ちたのは昔遊びで作ったやつだし。切り忘れてたみたいだな。」

昔、そのトラップを作っていた頃を思い出しながら湊が言った。

「鍵に関しては、普通に見つけたっぽいかな。」

「うん。暗証番号見つけちゃって。ここから出られないかって。」

「なるほど。」


「ま、なんだ。巻き込んじゃって悪かったな。でも、人んち勝手に入るのはあんまり褒められたもんじゃないぞ。とはいっても、ずっと閉じ込めてて心残りだったやつがようやく一区切りできたんだし、何も言わないでおくよ。」

美咲へと色々と質問したあとに、最後にこのような言葉をかけて終わった。

「そうだ。その子大丈夫?さっきから全く動かないけど。」

「あ、恋の力がそういうやつだから。しばらく待ったら動き出すから、お構いなく。」

「そう。なら、布団でも持ってこようと。ここの床固いんだし。あ、そういや話変わるけど、あんまり俺とか唐栗とかのこと秘密にしておいてくれると助かるな。俺は自分のためにからくりを作るのであって、基本的に他人のために作りたくはないからね。分かった?」

私達にはここで起きたことを外に伝える義務はまったくない。伝えたら伝えたらで勝手に家に入ったこととか問題になりそうな気がする。だから、ここにいる全員が首を縦に振った。


「そうだそうだ。美奈って大丈夫?」

「私は……紬姉……。」

地下にいるのもあれなので一階のリビングに行かせてもらった。そこで、ようやくこの話を切り出し始めた。美奈は先の戦闘で何もわからないながら騒いだりして結果的に邪魔になることを避けただおもむろに避難していた。その時に聞くことはできなかったが、戦いの終わった今、美奈は紬姉に聞いた。

「うん。これのこと、でしょ?」

紬は自分の武器をテーブルの上に置く。

美奈は何も言わずこくりと頷いた。


美奈は、好奇心やら心配やら凄さやらそんな色々な感情が混ざった眼を紬に向けていた。

「えっとね、あの……ごめん。上手く説明できない。えっと……。」

紬は美奈がどんな感情で聞いてきたのか大体分かっている。だけれど、ただ本当のことを言うのはためらってしまう。ただ伝えても問題ないような、そんな感じはする。だけど、異少課時代には基本的に一般人の人たちにこのこととかを伝えないほうがいいと言われていた。その理由は確か、こんな今の地球を超えた技術の存在が一般人に知られたら、色々と問題が起きかねない。過ぎたる力は均衡を滅ぼすから。だったと思う。

といったものの、実際に美奈は見ている。他はともかく、少なくとも私の回復の力は。黙ってこの場を終わらせるのもそれはそれで良くないってわかってる。これは事情を話して協力してもらったほうがいいかもしれない。

美奈は私のことを紬姉と慕ってくれてる。美奈の性格は私がよく知っている。転校してその間に変わってしまったかもしれないけど、でも再開したときの美奈はあの頃と変わらない笑顔で紬姉と呼んでくれた。

「あぁ、いいんですよ紬姉。うまく話せないのなら言わなくても。誰にだって言いたくないことあるでしょうし。」

「や、聞いて。言えるから。」

美奈は言わなくてもいい選択肢を出してきたが、紬はそれを拒否した。このことを黙ってもらう、そのためにも。

「これは、不思議な書物なの。これを使えば、人の傷を癒やす力が使えるの。美咲や健心や恋も、そういう不思議な力が使えるものを持ってるの。でも、これが悪人の手に渡っちゃうと、それは酷い犯罪が簡単に行われちゃう。だから、このことは、黙ってて。絶対に、誰にも言わないで。お願い。」

「うん。紬姉の頼み事だもん。私が断るはずないよ。」

異世界やら魔族やら伝える必要のないことは伝えず、最低限にぼかして伝えた。

割とスムーズに話は終わったようだった。


場所は少し変わって純と恋、あと敷布団や座布団を持っていってる唐栗と湊がいる部屋な話に移る。

「ほっ……。」

「純様…痛っ……。」

目が覚めた恋は倒れる前までのことを思い出す。

「倒せましたよね?」

「ああ。」

それを聞いて安心する。30秒切れたときに倒れてその後が分からなくなるから、倒せたのかも人に聞かないと分からないのだ。

「なら、良かったです。あ痛……」

「どうした?さっきから痛そうにしてるが……怪我でもしたか?」

「いや……多分筋肉痛だと思います。」

昨日も激しい戦いをしたのに今日もした。筋肉痛になってもおかしくない。

「どうする?もう少し休むか?今日中までならここにいてもいいが。」

「あ、家主の方。」

湊が心配そうに尋ねる。

「戦いのMVPだからな君は。少しぐらい居座られたところで全然怒らん。でも明日は都合で家開けないといけないから今日終わりまでだけどな。」

「いや……大丈夫です。これぐらい、昔はよくなってたんですし。」


「じゃあ、ありがとうございました。」

「こちらの方こそ。歯車届けてくれただけじゃなく心残りも無くしてくれたんだからな。」

恋が復活するの待ちだったので恋が復活したと聞いて荷物を持って出ていこうとした。玄関で湊はお礼を述べている。

「パパのために手伝ってくれて、ありがとう。」

「ちゃんと言ったけど、俺たちのことはちゃんと忘れてくれよ。内緒にしてくれよ。分かったな。」

からくりのことを黙っておくことを念には念をとまた言った。皆が玄関から出て道路をまっすぐ歩き始めたのが見えたところで、湊は玄関のドアを閉めて鍵をかけた。

「そうだ。あの部屋の片付けをしないと。唐栗、二階に雑巾あるはずだから取ってきてくれないか。押し入れの下に雑に入れておいたから。」

「うん。パパ。」

部屋についた血をふいたり、小さな部品を集めたりする仕事をやりに行った。本当にそのからくりの話を終わらせるためにも。


「じゃあまたね。今日はありがとう。美奈。」

「ちょっと待って紬姉!まだ電車時間あるよね?一緒に写真撮らして!紬姉と次に会うのいつか分からないし……。」

「うん。いいよ、美奈。どこで撮る?」

名古屋駅前にて、カラスの鳴く音が響いている。あの後普通に観光を楽しんだ。味噌カツとか、名古屋城とか。そんな楽しい名古屋ともお別れしないといけない。

「そうだ。恋、リフレッシュできた?楽しめた?昨日も今日も休暇だというのにあんなのに巻き込まれちゃったから、リフレッシュできてないかもだけど。」

「純様。私は楽しかったですよ。純様と行けばどこでも楽しくなるんですから。」

この二人の友情を凄く感じる。なんかこれは友情を超えて……いや、そこまではいかなそうだな。

「それにしても、あの頃に戻ったみたいだね。こうして皆で集まって、仲良くいろんなことするのもさ。」

「そうだな。できれば……」

ちょっとネガティブなことを言おうとしたが健心は口をつぐむ。こんないいときに言うべきではないと感じたみたいだ。

「そういや時間あと少しあるし、お土産買ってかない?せっかくここまで来たんだしさ!」

「いいお土産あるかなぁ〜。」

恋は2日も戦わされた。未だにその筋肉痛を抱えている。それでもこんなに明るい。もう、凄いとしか言い表せない。


「じゃあね。美奈。」

「うん。また来てねー!」

あちらではお別れを済ましたところのようだ。またの再会を望む声が、ここまでも聞こえてくる。

たくさんの思い出が詰まったまま、皆は改札口を通った。行きのときにも乗った電車で、富山駅へと帰っていった。

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