第17章 桜の前で警察業!
3月末。一ヶ月前までは外に雪が積もっていたというのに、今は草木も生えている。
食堂内、厨房にて
「なぁ、君たちは花見とかする?俺はするんだ。ネットで知り合った彼女と一緒に。」
彼は凪と同じく食堂で働く男。ちなみに片付けなどをメインにしている。
「花…見?花を見るんですか?それなら、ここに来る途中で咲いているタンポポを見ましたけど…」
凪は単純に花見がわかってない。花見の話題を聞いたことないから、調べることもしていなかった。
「いやいやいや、そうじゃなくて、花見って行ったら桜の花。これに限るっしょ!桜を見て、友達や恋人と食べたりする春のイベントよ!」
「桜…。」
「もしかして、桜見たことない?これよ。これ。」
そう言って、ネットで拾ってきた桜の画像を見せた。
「綺麗ですね。」
「だろ?まぁ、今どきは桜は実質オマケみたいなもんで、どんちゃん騒ぎするのがメインになってるんだがな。」
「へぇ〜。」
この世界について、まだ勉強しないとと思う凪だった。
「ちなみに、俺のデート成功すると思うか?」
「まぁ……それなりに?」
「オッケー。今度こそ成功させてみせる!」
なんか気合い入れてた。
「花見か……。」
食堂での仕事の後、凪は花見についてネットで調べていた。
「花見には気持ちをリフレッシュさせる効果もあるのか。花見に誘ってみよっかな。」
凪は気づいていなかったが、凪はウキウキしていた。花見を楽しみにしていた。
「えーっと……花見の良さそうな場所は……。最悪遠くても何とかなるから…。」
愛香の瞬間移動が戦闘外でも便利すぎる。ネットの画像があれば瞬間移動することはできるっぽいし。
「おっ。ここ良さそう。」
ウキウキした足でみんながいるいつもの部屋へと向かった。
いつもの異少課の部屋
「花見、行かない?」
「花見?何それお兄ちゃん?」
「花見か…確かにもう桜の季節か。ちょっと早い気もするけど、咲いてるのかな?」
まぁとりあえず繁に花見について説明する
「花見は良いですよ。俺の家の近くの山に桜の木があるから、毎年家族で見に行くんです。ただ桜の花を見るだけなんですけど、それが楽しいんですよ。」
「俺は花見とかあんましないな…。一人で花見に行くのも……って。家の事情で、家族とあまり会えないから。」
なんかそれぞれの花見を話す場みたいになっていっていた。まぁ、全然問題ないけど。
「それで、花見どうする?ちなみに場所は宮原公園ってところで、時間は明後日の午後0時からの予定。」
「勿論行きますよ!ね。師匠。」
「行くけどさ、その同意求めるのちょっと止めて。」
「お兄ちゃんが行くなら、私も行くよ。」
「私も行こうかな。」
全員、行く気持ちだった。毎回基本的に皆行きたがる。それだけ、このメンバー間の仲が良いことを表していた。
「じゃあ……」
皆で準備や持っていくものなんかを話し合った。
ちなみに休みを取れるかに関しては普通にもぎ取った。まぁ緊急の仕事が来ない限り大丈夫だと言っていた。休みでも急に仕事が飛んでくるかもしれないことが、警察の辛いところである。そんなことをあの5人のうち誰ひとり気にしていなかったけど。
「着いたね。」
「まぁ、移動時間一瞬だけど。本当楽。」
花見当日。荷物を持って駅前へと集まり、そこから愛香の瞬間移動で場所へと移動した。ちなみに公園からは少し離れた誰もいなさそうな所へと。あまりこのことをばらしてはいけないからね。バレたら面倒なことになることが用意に想像できるし。
公園まで徒歩で移動する。
「そういや、先輩また弁当作ってくれたんですね。いつもありがとうございます。」
「いいっていいって。料理を考えるのも作るのも好きなんだから。そうそう。愛香のにはちょっとサービス(?)しておいたからな。サービスと言っても、そんなたいそうなものじゃないけどな。」
「え!ありがとうございます。」
「さてと、シート引くね。」
「じゃあちょっと手洗いに。」
「じゃあ私も。」
「それにしても、ここの桜は良いな。見事。」
それぞれ別々に行動を始めた。
「ほい。これで……あ、新ちょっとそっち伸ばしてくれ。」
「よしっと。あぁ風が!」
シートが風で飛ばされそうになる。これも花見あるあるである。
「翔も手伝ってくれ。」
「はい。師匠。」
二人の女子は手洗いに行っているので、その間に準備を済ませておきたい。済ませなかったからって何かあるわけでもないけど、なんかそうしたい。
さっきまで桜のことを見ていた翔も呼ぶ。ある意味正しい花見だけど。今の花見はそうじゃないから。やってもいいけど、せめて準備終わってからでやってほしいな。
弁当と橋、水筒を置き、靴や荷物でシートの四隅を固定する。準備は終わり。
「ふーっ。」
手洗いを終えて、シートがある場所へと移動する。
「繁って桜、見たことある?」
「ないよ。元の世界にもこういう木は無かった。それに、あそこには花を見るって文化はあんまり無かったから。でも、花見ってのもいいね。」
繁は、元の世界に戻れたら花見の文化広めよっかな……。っと考えていた。
元に戻れるかは分からないけど。あと、元に戻れても、こっちに帰れないなら皆と別れなきゃならないんだよね……
ちょっと気分が沈んでいたけど、桜の花はそんな気分を吹き飛ばしてくれた。
「お、戻ってきたか。」
「準備ならあらかた終わらしといた。花見始めようか。」
花見を始めるって、なんかおかしいような気がする。何をもって花見と言ったらいいのか分からない。シートの上で楽しみながら弁当を食べるときから花見というのか、それとも最初に桜の花を見たところから花見というのか……。この話はやめだ。ただの国語の時間になってる。こんな時にまで勉強はしなくていい。
「頂きます。」
それぞれ弁当を開ける。野菜が桜の花柄に切られていたり、ご飯がピンク色になっていたり。見た目からして凄くいい。
「あ、これ!」
愛香が声を上げた。愛香の弁当には他と違って米なんかが薄い緑色をしていた。よく見てみると、それは抹茶の粉だった。
「これがサービスってことなのか。」
「ああ。抹茶好きって分かってるのに、抹茶を使わない手はない。料理はお客を満足させることが最も大事だから。愛香ほどの抹茶好きならこれだけじゃ物足りないかもしれないけれど、栄養バランスを考えるとこれが限界なんだよ。」
そもそもこういう弁当に栄養バランスを考えてるのがすごい。求められているわけじゃなかろうに。なのにも関わらず、凪は栄養バランスを考えて作ってくれた。凄い。
しかも、栄養バランスを考えただけでなくちゃんと美味しい。こういうところから、凪の料理人の能力が垣間見れる。
「大丈夫だよ。私の弁当に抹茶入れてくれてありがとう。」
「どういたしまして。」
「美味しいな。これ。凪の料理はいつも美味しいけど。」
「料理人として、そう言ってもらうのが一番嬉しいよ。」
嬉しがる凪を見ると、こっちも嬉しくなる。
「本当美味しい。見習いたいぐらいだわ。」
「お兄ちゃんの料理はいつも美味しいよね。」
「この抹茶料理。美味しい!今度レシピ教えてほしい!」
ここぞとばかりにみんな褒めてきた。
「やめてよ……こそばゆいって……。」
こそばゆさで凪は顔を赤らめていた。
「そうだ。これ。ちょっと嫌いかもしれんけど、いる?」
凪は茶色いペットボトルに入った飲料を出した。
お茶的なものだろうか?だったら嫌いかもって言うのもちょっと分からないけど。
まぁ、凪だし変なもんが入ってるわけじゃないし、問題はないか。
「「「「「乾杯!」」」」」
紙コップどうしがぶつかり、少し音がした。中の飲料も揺れる。
ちょうど喉が渇いていたこともあり、一気に飲んだ。
「おー、これ、お茶か?なんか違うような気がするような…でもそれで、飲みたくなるような……」
「多分お茶かな?知り合いに花見に行くこと話したらこれ持っていったらいいよって。なんか、法律的には大丈夫なやつとも言ってたけど。」
「法律的には大丈夫なやつって……え?なんでそんな言い方?怖い怖い怖い。」
普通ならそんな言い方しないよね。法律的には大丈夫だけどなんか危ないものって感じもしてしまう。
「お兄ちゃん、それ本当に大丈夫?」
「まあ、そんな怯えなくてもいいと思うよ。裏で飲んでみたけど何にもならなかったし。第一、そんな変なもの渡してくるやつじゃないから。」
凪は笑いながら言った。
ちょっと気になったけど、そういうネタだったけど凪がネタだと気づかなかったのかと思い、気にしないことにした。
なんだか飲みたくなるような味だしね。
「んあ〜〜」
「うぃ〜」
「はぁ〜」
なんか、酔ってきたような気がする。酔ったことないから分からないけど、なんか妙に頭が働かない。ぼけーっとしてる。それでいて、脈が速い。保険で習ったお酒で酔ったときの症状と本格的に似ている。
俺だけじゃなく、愛香や翔もこんな感じだった。
「凪、これ本当に大丈夫なやつなのか?他になにか言ってなかったのか?」
流石に聞く。
「あー、そういえば、『アルコールを使わないで酔った気分を味合わせる未成年者でも酔えるやつを貰ったんだけど、俺には使い道がない。というか、俺らがやったら収集つかなくなりかけたから、もうあげるわ。』って言ってた気がする。」
「早く言って……。」
遅いよ……わかってたら、こんな飲まなかったのに……
「本当みんなどうしたの?」
繁が聞いてくる。今更だけどなんで凪と繁は大丈夫なんだ?少し考えたら多分わかった。よくよく思い出すと二人は魔族。人間とは体の作りが違って当たり前か。
「うぅー……。……で、酔ったんだと……。」
ヤバい。気持ち悪い。アルコールを使ってないなら、気持ち悪くなるはずないんだが……。頭痛い……。
「本当、大丈夫か?3人とも。」
凪が優しさで大丈夫か尋ねてくる。だけど、これを見て大丈夫だと思う?
「大丈夫じゃ…ない。吐きそう。」
「うぇーー。」
「頭痛いです。」
「これ…どうしよ。」
凪がちょっと悪い気になっていた。悪気はなかったとはいえ、こうなるものを飲ましてしまったという後悔の念に駆られていた。
「だ、大丈夫ですか?」
「え?」
突然、隣から声が聞こえた。そこには小柄な女の子が立っていた。
「あ、すみません。迷惑…でしたか?ごめんなさい。隣から痛いだの気持ち悪いだの吐きそうだの聞こえてきたので……。」
「あ、いや、あの……困ってるのは本当だけど……」
「私達にはどうすることもできなくて……。なんか、急に酔った(?)みたい。」
いかんせん説明がしづらい。酒に似た何かを飲んで酔った。とか、分からない液体を飲んで気持ち悪く頭痛くなったとか、いろんな文が凪の頭を巡った。
「え?酔う?どうして?もしかして、お酒、飲ました?駄目だよ。未成年なのにお酒飲ましちゃ。」
ぐうの音も出ない正論。本当は違うけど、でも違うって説明できない
「酒じゃない。いや、酒みたいなものらしいけど……でも、酒じゃない!」
「そうなの?クンクン。確かに、酒特有の匂いはしないね。ごめんなさい。ところで、ちょっと待ってて」
何かを鞄から取り出した。それを手の中でぎゅうと握りしめた。
「ヤツデの声。お願いします」
言葉を唱えると、黄緑色の薄い膜のようなものが3人を数秒包んだ。
「よいしょ。これで、大丈夫だと思う。少し、気持ち悪さが和らいだと思う。多分」
「あ、ありがとう」
「ふふっ。どういたしまして」
今更だが、凪は薬を使えばいいことに気がついた。単純にパニクってて、そのことが頭から出てこなかった。
そして、彼女が起こしたことが気になっていた。
「さっきのは?」
「これ?不思議な花だよ。これを握ると、色んなことができるんだ。原理もなんにもわからないんだけどね」
女の子は握っていた手のひらを開く。手のひらの上には綺麗な小さな花があった。花びらが綺麗で透き通っていた。
「綺麗……」
繁は花が特段好きというわけではないのだが、かといって嫌いというわけでもない。
空を舞う桜の花びらも綺麗だが、彼女の手のひらの花はそれ以上に綺麗で、まるで繁のお母さんがいつも付けていた指輪のようだった。
「あの、何かお礼でも……させてください」
「私も私も、このまま帰っちゃったらダメ」
お礼しないといけない感覚になっていた。
「分かった。ふふっ。ありがとう。私がやったのは、ただ酔いを和らげただけなんだけどね。でも、君たちにとっては一大事だったんたよね。そうだ。私の名前は桜木舞って言うんです。君たちの名前は?」
「私は根高繁、それで、こっちのお兄ちゃんが根高凪」
「兄妹なんだ。いいなぁ〜。私、一人っ子だから、憧れちゃう」
とはいえ、お礼に何をしようか……。
「お兄ちゃん。私、お礼に何すればいい?」
「えーっと…………」
薬は助けてくれたとはいえ渡すのはどうかという感じがするし……。
何か渡せるもの……。何かないか……?
鞄の中をよく探した。
あ、そうだ。これなら。
「はい。これ、お礼のハンカチです。汚れてないきれいなハンカチですよ」
「ありがとう。ちょうどハンカチ忘れてきたから、助かったよ」
彼女が見せる笑顔が、一際輝いて見えた。
「では、まtきゃあぁ!」
「あぁ、待って!」
彼女がお別れの言葉を言おうとした途端。強い風が吹いた。桜の枝が揺れ、花びらが舞った。
これだけなら良かったけど、その風は繁と凪の帽子をも飛ばした。帽子で隠してある耳が、彼女にあらわになった。
「え?」
彼女は困惑していた。だけど、それはなんでそんな耳なのか。という困惑とは、少し違っていた。
貰ったハンカチが、シワがつくほど握られた。
「あ、あの……その……見た?」
「…………。」
彼女は口をつぐむ。目の前の人が猫耳をつけていたら、誰だって驚くだろう。
「いや、あの……なんだ。あの……そう。猫耳のカチューシャってやつなんだな。うん。」
凪が必死に嘘をついて誤魔化そうとするも、全くもって修正できそうにない。花見に猫耳カチューシャをつけていくことも、その上から帽子を被っていたことも、おかしいと少し考えれば分かる。そして何より、あの感じがカチューシャというより本物だった。カチューシャの土台が見えてない。頭から生えているのが見え見えだった。
嘘。だと彼女も気がついていた。
「お兄ちゃん。やっととれた……。お兄ちゃん?」
繁は状況を理解できていなかった。お兄ちゃんが繁に事を教える。
「あっ……でも、多分大丈夫。少しの人にはバレちゃうかもだけど、ここも遠いから、多分なんとかなるよ。」
まぁ確かにここは同じ県内とはいえ皆が住んでいるところから3つ隣にある市。25kmほど離れている。彼女が他の人に喋っちゃったとしても、そんなには広がらない。私の生活になんにも影響がない。と考えてもおかしくはない。
まぁ彼女が話す人の中に俺達の関係者がいれば話は変わってくるけど、少なくともこの市に住んでいる関係者は知らない。
「あの……お願いなんだけど、このことは黙っておいて…くれない。」
念押しで彼女に頼み込む。
「まぁ、言いませんよ。言う必要もありませんし。」
彼女は約束してくれた。そのことで安心していたが、二人はその声のトーンがさっきまでとは低くなっていることには気がついていなかった。
さて、これがただ単に安心しているからなのか。それとも……
「あ、でも、その代わりに着いてきてほしいところがあるんです。いいですよね?」
落ち着いた口調で話してくる。まぁ良いに決まっている。黙ってくれると言うなら、これくらいは余裕だ。ついていくだけなら特に問題はないだろう。
「あ、でも起きちゃうかも……」
「大丈夫です。そんな短時間で起きはしません。じっくり眠ってるのですから、起こさないほうがいいですよ。」
言い方がさっきと変わっていることに凪は気がついた。とはいっても、少し違和感を持っただけで、さほど気には留めなかったのだが。
「はぁ……なんで……もっと悪人らしくしてくれたら、私もやりやすいのに……。こういうのは善意にくるんだから…」
彼女は聞こえないぐらいの小声でポツリと独り言を言っていた。
花見スポットから離れ、少し奥へと入った草原へと来た。もうここまで来ると、人の気配も感じない。風が木々を揺らす音、鳥のさえずり、小川のせせらぎが鮮明に聞こえてきた。
「着きました。ここなら、大丈夫です。こんなところまで来る人は他にはいないでしょう」
彼女は振り返って私達に話す。
「ねぇ…なんで、私達をここに?」
その質問には答えなかった。そして逆に質問をしてくる。
「あなた達は、戦うんですよね。ゲームとか、成績でとかじゃなくて、物理的に。じゃなけりゃ、そんな銃を隠し持つとは思えません」
銃って……繁のやつのこと、だよな。それ以外で銃らしきものは知らない。
でも、銃なんて繁出してなかったよな?見てないだけかもだけど、繁がわざわざ出す意味もないし……。
どうする?正直に答えるか?それとも嘘を付くか?
「正直に答えてください。私には答えの目星はついています。ただその確認がしたいだけで」
「ん…ああ。そうだな」
少し悩んだが、もしかしたら俺たちに頼み事があって聞いたのかもしれない。倒してほしいやつがいるのかもしれない。そうだとしたら、ここまで連れてきた理由も他の人に聞かれたくなかったからと考えられる。
正直に答えることにした。
「君も?君も戦える?見た感じ、武器を持っているようには見えなかったけど……」
「いや、大丈夫。戦いの補佐ならできるから」
彼女は一切表情を変えない。何を思っているのかもわからない。
「痛いのは、慣れてる?」
痛いの……慣れてるかと言われたら…俺は慣れてないと思う。後方で支援することが多い俺は、新達よりは攻撃を受けない。一番頑張ってるやつより安全だと、なんだか申し訳ない気持ちになる。
「繁は?」
「私も…あんまり慣れてるとは言えないかな……」
「分かった。善処する。」
善処……やっぱり全然分からない。
「ところで、本当になんで俺達を……。頼みたいことがあるのなら、聞くよ。どんなやつを倒してほしい?」
「頼む意味なんてないです。本題に入りましょう」
頼み事とは違った。でもやっぱり言い方がおかしい。頼み事じゃなくて、頼む意味がない?
頼みたいことはあるけど、それは頼んでも無駄ってこと?そういうことなのか?
彼女は二人を前にして、いよいよ伝えたいことを切り出した。その顔がちょっと嫌そうで、でも無理矢理言っているかのように見えたのは、俺の見間違いだったのだろうか。
「私と戦ってください。大丈夫です。死にはしません。場所的にも、この戦いが誰にもバレるこなんてないです」
「え?」
予想してもいなかった言葉に素っ頓狂な声が出た。
「なんで?なんで戦わないといけないの?」
繁も不思議そうにしている。あれを聞いて素直に分かりましたと言える人はいるとは思えない。
「それを知る必要なんてない。とはいえ、理由なく戦うのもあれですね。まぁ、私が君達の強さを学びたいから戦うとか、そのように考えてくれたらいいです」
言い方が嘘っぽい。そのように考えてくれたらいいってことは、本当はそれじゃないことも表している。
どうしようか。
「でも…あまり、戦いたくは……私達には、戦う意味もないし……それに…子供の女の子に本気にはなりたくないし……」
うん。見た感じ小柄な女の子。見た目では俺達より年下。あまり戦いたくはない。
「私からの正当防衛という、立派な戦う意味がありますよ。あと、女の子と言っても私は自分で何でも考えられる18歳です。4月になったら大人の仲間入りします。罪悪感なんて、持たなくていいです。できれば、本気で殺しにかかってきては欲しくありませんが……、まぁ正当防衛です。どう戦うかは君達の自由です」
え、18歳だったんだ……いや確かに大人びた喋り方だなとは思ってたけど、まさか俺より3つも年上だったとは……。愛香という前例がいるのに、そうは一つたりとも感じてなかったな……。
「すみません。もういきますね。こっちにも事情があるんです。戦うのなら、これぐらいの戦い造作もないはずです」
痺れを切らしたのか、彼女は手に先程の花びらを握り、詠唱(?)を始めた。
「ピラカンサの声、お願いします」
その瞬間、彼女の周りを黄色の薄い膜が覆う。まるで先程新達が覆われたように。
「繁、準備できるか?これは戦うしかない」
「……分かった。お兄ちゃん」
どう考えてもここから戦闘を回避するのは無茶。戦うしかない。
「痛いかもだけど、我慢してね!」
繁がいつもより威力を弱めた弾を撃つ。
その弾は当たりはした。だが当たりはしたものの、何故か無傷だった。威力を弱めたとはいえ、普通なら無傷にはならない。怪我をする。
繁、凪は位置的な問題と時間的な問題という二重の問題で気がついていなかったが、撃った弾は彼女の近くで急速に減速して、それで傷を与えずに地面に落ちた。
「ポピーの声。お願いします」
繁の攻撃に我関せずといった感じに、彼女はまた言葉を紡いだ。
「ぐっ……」
「ふわぁぁ…」
急激に二人を襲ったのは、眠気。繁は数秒経つ間に草のベッドに眠っていた。戦闘中だというのに。
繁は眠気がしたからと言って、こんな状況で寝るようなやつじゃない。繁じゃなくても、こんな緊迫した場面で眠れるやつなど1万人に1人いるかどうかだ。
おかしい。昨日は夜ちゃんと眠ったし、何よりこのタイミングでふたりともというのは、偶然がすぎる。あの子の力と考えれば、辻褄が合う。
眠気を覚まそうとずっと自分のほっぺをつねりながら、凪は一つの結論へとたどり着いた。
「リトアリスの声。お願いします」
「はっ。ほっ」
彼女から一瞬炎が飛び、そして消える。彼女の攻撃を避けながら、凪は薬の材料を集めていた。
「あっ!イチハツの声。お願いします。お願いします。お願いします」
凪がふと後ろを見ると、彼女が放った炎が地面の草についていた。燃え広がりかねなかった。
彼女が慌ててまた謎の言葉を紡ぐと、出た火は少しずつ消え、最終的に全て消えた。大事にならずに済んでよかった。
「ごめんなさい。ごめんなさい。痛くなかった?」
彼女は誰もいない燃えた地面に向かって必死に謝っていた。今がチャンスと思い、凪は近くから材料を集めて、目覚め薬を作り、それわー寝ている繁に飲ませた。
「んぁ……お兄ちゃん?」
「おはよう。繁」
「はっ、そうだった。戦いの最中だったんだ」
すぐに銃の構えを戻す。謝っていた相手の彼女も、俺たちが目覚めたことに気が付いたのか、俺達に目を向けた。
奇襲作戦は失敗。
「事故が起きかねないから、悪いけど、リトアリスの声は使えない。カトレアの声、お願いしm」
「させない」
言葉を紡ぐと、何かと不思議なことが起きることはわかった。見た感じかなりの種類がある。
正直新しいものになると何の効果があるのか全く分からない。だとしたら私にできることは一つ。
「凍って。動かないで」
彼女は最近戦った魔族のように氷とかに耐性があるようなのじゃない。ただの人間。この世界では、人間が装備して耐性を上げることはあっても、人間自身は無耐性。こういうのには、氷とか炎が活躍する。
「動け…ない」
彼女の足元が凍りついた。どちらも近接攻撃をしてくるわけではないからそんなに劇的に有利になるわけではない。ただ、繁が位置的に優勢になったのは紛れもない事実だろう。
「ハボタンの声、お願いします」
弾の準備をしている間に詠唱を唱えられた。彼女の胸のあたりが淡い灰色に輝く。見た感じ自己強化かか何かかな。
「よし。カトレアの声、お願いします」
近くで弾が飛ぶのに、それに動じず言葉を紡いだ。普通の弾がちゃんと当たったから、痛いだろうに……そんな素振りを全く見せてこない。彼女の精神面での強さを感じた。
「繁!」
「はい!お兄ちゃん」
彼女から謎の球が真っ直ぐに飛んでくる。その球は地面に当たると消えていく。
繁はお兄ちゃんから疲労回復薬を貰ったあと、この攻撃をどうしようか悩み始めた。
「痛っ……」
今お兄ちゃんが球に当たった。薬を作ってるとき横から飛んできた。
「お兄ちゃん!大丈夫?」
「うん……血とかは出てこないけど……それなりに痛い」
当たっても身体に傷ができるわけではない。だけどちゃんとダメージはくらう。なんとかこのことを説明しようとすると、謎パワーによる攻撃。としか説明できない。理屈的にもよく分からない。力も無数にある。簡単に説明できるほうが少数派だ。
「早く気絶してください」
謎パワーを使いながら彼女は言ってくる。彼女の目的も何もかも分からない。
「ぐっ……」
彼女から攻撃が私にずっとくるのがかなりきつい。銃を撃つための標準が避けながらだと定まらない。
1mmずれたら数mずれた場所に弾が着弾する遠距離狙撃とは違う。でも、この距離でさえ、数cm横にずれたら当たらない。
痛みに耐えながら標準を合わせるというのも考えはしたけど、私に痛みを受けても標準をズラさずにおける自信はない。
「でも、何もしなくちゃ始まらない。」
うん。逃げてばかりじゃ勝つことはできない。ただ永遠に戦い続けるだけ。
「炎よ!」
掛け声とともに、炎の弾を撃ち込む。標準が定まらずに撃ったから、彼女には当たらず彼女の近くの地面に当たったけど、それでいい。
むしろ計画通りだ。
地面に当たった弾は小さな爆発を起こし、近くにいた彼女を巻き込む。
そう。あの弾は周りにも被害を及ぼす範囲攻撃。繁は直接狙うより、範囲攻撃をしたほうが確実であると気がついていた。
爆発の範囲はそれなりに広い。たとえ逃げながらでも、その範囲内に撃つぐらいならお安い御用だった。
「ぐ……。イチハツの声。お願いします」
彼女は爆発によって燃えた草を必死に消している。私がこのあと氷の弾を使う予定だったのだけど、私が立つ瀬がなくなった。
「許さない。私も同じことしたけど、私が許すのを決める立場じゃないことは分かってるけど。でも!」
火消しが終わると、彼女は私達に向けて言葉を吐き捨てる。色々と入り混じった感情の中、彼女は今は怒りが全面に出ているようだ。
「え?何?」
繁も驚いている。繁からしたら怒られるようなことしてないのに突如怒られたようなものだ。キョトンとしててもおかしくない。
「うーん……なるほど。そうかも」
そのとき、凪の頭に考えが浮かんだ。今戦ってる、彼女に対する考えが。
彼女は自分が出した火が草に燃え移った時、今と同じように火消しを最優先にした。その燃えた跡に向かって謝りたおしていた。
他にも、根拠としては薄いけど、彼女はいつも〇〇の声。お願いします。といってる。そして、その〇〇には植物の名前が入ってきていた。
これから一つのことが考えられる。それは、彼女が植物好きだから、植物を大切にせずに燃やしかねた繁のことを起こっている。という考えだ。
普通にありそう。そんな予感がする。じゃなければ、戦い中にわざわざ火消しするか?って言うもんだ。
さて、それを分かった上で、どういう作戦を立てるか。
「クロユリの声!お願いします!」
「凍りついて!」
どちら陣営もどんどんデッドヒートしていく。繁は氷で彼女の動きを封じ、それに対し彼女は繁にのみ黒きモヤをかける。凪はなぜか無視された。位置的な問題ではなさそうだから、これも彼女が繁の炎の技に怒っているからなのだろうか。ただ一つ分かることは、シスコンの凪が繁だけこうなってしまい、やるせない気持ちになっていることだろうか。
「ユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイ」
言葉にならない悲鳴が響き渡る。彼女の技の影響で、頭の中から誰のものか分からない声がずっと聞こえてくる。年老いたお爺さんのようにも聞こえれば、若い女の人のようにも聞こえる。子供の声もし、人間じゃない声も聞こえた。怖いものが大嫌いな愛香なら卒倒してしまうだろう。逆に翔なら興奮しそうだけど。
「あっ…あぁ…ぁ!」
「苦しみをもって反省して。最上級の苦しみで」
身体にはダメージが入らないものの、精神にはどんどんダメージが入っていく。繁も辛うじて自我を保っていたが、完全に終わってしまうのも時間の問題であった。
「繁…今、助けるからな」
少なくとも今持ってた回復薬やらは全くもって効かなかった。確かに今までで負った傷を治すのには使えたけど、精神を癒やす効果はない。
身体の傷に比べて、精神の傷は見ることできない。見えないものを治そうというのは、現職の医者でさえ難しい。
「俺なら作れるはず。精神を安定化させるものが」
まぁ、そんなこの世界のルールを平気で壊すのが武器の力。異世界のものにここのルールもへったくれも適用されなくて当たり前と言えるのだけど。
「繁、待っててくれ」
材料となる木の葉やらをそこら辺から手に入れる。
「させない。気絶して。気絶してくれたら終われるから。カトレアの」
「させ…ない」
精神を蝕む中、繁は落ちていた銃を構えて、標準を彼女に合わせる。そして引き金に手をかけて撃つ。
「ぐっ……」
彼女の右手の肘ぐらいに当たり、底の部分に怪我を負わせた。紡いだ言葉も中断させた。お兄ちゃんが狙われたらひとたまりもないことは、妹の私がちゃんと分かってる。お兄ちゃんが私を助けようとしているなら、その手伝いをするのが私の役目。そう、感じている。
「うっ………」
彼女は繁の撃った弾をくらった拍子に、握りしめていた花を落としてしまう。
自分が撃たれて、動じない人なんてこの世にいるのかという感じだが。軍人とかそういう日々銃撃戦に巻き込まれている人ならともかく、彼女は不思議な花を手に入れたとはいえ、そんなことは全く無い平和な日本で生まれ育ったのだ。実を言うと、これが彼女の初戦闘だったらしい。慣れているわけない。
基本的に武器の力は持ってないと使えない。どこかのRPGでも、「ぶきは、かならずそうびしてね!もっているだけじゃ、だめだよ!」と言われるように。もしかしたら例外もあるかもだけど、少なくとも見たことはない。彼女の花もその感じだった。
つまり、今彼女はただの一般人。倒すことはとても容易い。
だが、その手を阻んだものがあった。
「あぁぁ!あぁ!」
そう。さっきからずっと続いてる精神へのダメージを与える技。呪われている、と形容するこの状態で、繁は今まともに戦うことは無理だった。ずっと頭を抱え錯乱している。
「どこ、どこ、お花さん?」
彼女も彼女で今は戦えない。戦おうと思えば戦えるけど、ただ素手で攻撃するだけ。今ならともかく、繁が正気を取り戻したら一瞬で反撃をくらってぶっ倒れる。
だから血が滴る中止血もせず、落とした花を探していた。地面の草がそれなりに茂っているせいで探すのに苦労していた。物理的に草の根を分けて探していた。
「今のうちなら……どっちにしろ、お花さんが必要。お花さん。出てきて。お願い」
今のうちに何をしようとしたのか、それはまだ分からない。それについて何も話さず、自分の心に秘めていた。
あれから数分、未だ彼女は花を探していた。まぁそっちはそんなに重要ではないのだが、繁は
「ぐぁ………………………………………」
もう暴れる気力も使い果たしたのか、それとも辛さに諦めたのか。真相はわからないが、暴れずに大人しく立った姿勢で虚空をぼんやりと見つめていた。大人しくなっているが、これは非常にまずい状態である。辛い状態を受け入れてしまったら、現実に戻ってくるのが相当きつくなる。心が現実じゃなくて呪われている世界にある。そんな感じだ。
「繁!作ってきたぞ!飲めるか?ごめんな。無理やり飲ますぞ。」
救世主が帰還した。凪は近くにあった水と一緒に、作った薬をぽかんと開けた口から飲ませる。
「んあぁあんぁぁあぁ!」
声にならない悲痛の叫びが凪の心を痛めつける。だがこれが最適解なのだ。こうするしか、治すことはできない。妹に謝りつつ、妹の様子を見ていた。
1分後
「…………。お兄ちゃん?」
「凪!」
繁は凪の手の中で正気を取り戻した。薬はちゃんと効いた。
「お兄ちゃん……涙が……。」
繁が頭を凪に抱えられているこの状況。凪の涙は重力によって繁の頭に降りかかる。繁の顔はかかってくる涙で濡れていたが、繁以上に凪のほうが濡れていた。目から出た涙のせいで、目より下がずっと濡れていた。
肉体的にはなんにもダメージが無いのだけれど、精神が死んでるのは、実質的に死んでるのと同じだ。何も考えることができない。ただ呼吸をして感じることのできない一日を肉体が滅びるまで繰り返すのは、死んでるのと何が違うのだろうか。
「お兄ちゃん。」
繁もまた、お兄ちゃんを抱きしめていた。自分のために頑張ったお兄ちゃんを。
「お兄ちゃん。さぁ、終わらせよう。この戦いを。」
反撃開始。二人に深い傷を負わしたのに、情けなんてかけている場合じゃない。
女の子でも、やらなきゃ。
「どこ〜本当に。」
彼女は悠長にまだ花を探していた。逃げたりしなかったのは繁にとって良いことだ。傷だ負わせて逃げられたらたまったもんじゃない。
「この一撃で決める。」
逃げてる最中だと標準が合わさらずに手こずったけど、今ならできる。
いつも以上に集中して、入ってくる関係ない感情を一度消して、彼女の急所を狙う。
標準を合わせ、引き金に手をかけた。
「あった!」
撃ったほんの少し前、彼女は探していた花を見つけた。草むらの中、風のせいで移動したのかそれなりに遠くにあった。
その後のことも知らずに、ぬか喜びをしていた。
弾が発射される。風を切って進む弾は狙った場所からほんの少しズレたものの、ほぼ同じところに当たった。
「がぁ!痛!」
大きな痛みを与えた。腹部に銃弾が撃たれるのは、痛いってレベルではない。身体の中の組織にも弾によって影響が出ただろう。
「ユー……カリの……声……お願い……します」
彼女は大きな痛みを感じる中声を振り絞って言葉を紡ぐ。
彼女の言葉により、彼女の怪我したところに黄緑の光が輝く。そして、けがしたところが徐々に戻り始めた。
「まだ。」
そんなことはお構いなく二回目を繁は撃ち込もうとする。それに対し彼女は
「ピラカンサの声、お願いします。」
なんとか耐えようとしていた。
「何をやっても無駄です。さぁ」
変な小細工を使ったところで、彼女にとって圧倒的不利なこの状況を覆すことはできない。
繁もすでに吹っ切れてる。彼女に銃を撃つことに悪気を感じていない。
ハンデのない正々堂々としたリングでは、いくら豊富な技が豊富でも、戦闘経験の差が重要となってくるのだ。
凪が後ろで新たに念の為薬を作り始め、繁がまた引き金に指をかけた、その時だった。
「無理です。ごめんなさい。許して、ください!もう。何も、しませんから!」
彼女の命乞い。それは実質的に繁がこの戦いに勝利したことを意味していた。
「悪いけど、信用は、あまりできない。」
繁はまだ引き金に指を構えたままだ。そっちとは別に、凪が薬作りを中断させ、こっちへと来て話を始める。
「分かりました。信用してもらえなくても大丈夫です。でも!本当に、もうしません!ほら、花も、持ってません!」
力を使う媒体となる花を草の上に置く。風が吹いて飛ばされないようにその上にそこにあった石を置いて止めていた。
「……。」
凪は考えた。これが本当に敵意がないことを表しているのか。武器を置いたからと言って、他の武器を隠し持っている選択肢もなくはない。
だけど、隠し持つのか?戦う前の発言とかを考えると、あんまりそんな気がしない。正当防衛だの、罪悪感なんて持たなくていいだの、あんまり卑怯なことをする人が言う言葉じゃない気がする。
「じゃあ、腕を後ろに組んで。そうしたら敵意が無いと考える。」
悩んだ結果、とりあえず腕を後ろで組ませ、それを俺が手で掴み続けることにした。これで隠し持ってたとしても使うことはできない。
「はい。」
彼女は勝てないと分かったからか、とても従順に応えた。また、凪の言葉を聞いて、繁も一度構えていた銃を下ろした。あのままの体制は辛いのだ。
「で、なんで戦おうと?正直に答えないとね。」
さっきの繁にされたことの怒りが凪には籠もっている。凪の言葉は有無を言わせない無言の圧力があって、嘘なんかつけない。嘘をついたら終わる。と、本能的に感じさせていた。
「あ、あの……その……。実は……。」
怯えながらで話があまり進まない。でもそれは仕方がない。気長に話に付き合うとするか。
「どうしても、『異界の血』が必要だったんです。でも、そんなもの手に入れることなんてできない……。なんて思ってたら、今日たまたま会ったんです。頭から耳が生えてる二人を。それで、君達が異界の子なんだと感じて、気絶させて血を貰おうかなと……。」
やっぱりあのとき耳バレてたか。まぁあれでバレてないと考えるのは虫が良すぎる話ではあったけど。
「それで、なんでその血が必要だったわけ?」
「……。私にとっては大事なもの。でも普通の考えを持った人にしては、『そんなもののために血を手に入れようなんて、何を考えてるんだ!』と怒るようなものです。でも、そのものに怒らないでください。私が、独断で決めただけです。」
愛香が抹茶のことが本当に好きだけど、俺達はあんまり良さがわからない。みたいなことか?
「これです。」
そう言って、彼女はスマートフォンを取り出した。スマートフォンで写真のアプリを開いて、選択した一つの写真を見せる。
そこには大きな枯れ木が写っていた。それ以外にも一応写っているものはあるけど、ここまで木が中心にどっしりと構えているなら木なんだろう。
「木?」
「はい。私の家の木です。私が生まれたときからある木です。ですが、数ヶ月前病気にかかってしまって……。私の武器の力は植物には効果がないみたいで……それで、異界の血をお供物に儀式をすれば、病気を治せるって本で見たので、それにすがるしかなくて……。」
植物か……。植物のためか……。
「本当、ごめんなさい。殺す気は無かったですけど、襲ったのは事実。怪我なども負ってしまいましたよね。一度傷を癒やさしてもいいですか?」
「ま、いいけど。」
言ってることが正しいのなら、もう襲おうとはしないだろうし。あんだけ命乞いしたあと、すぐに襲うのは考えづらい。
「ユーカリの声、お願いします。」
3人を黄緑の光が輝く。3人がこの戦いで負った怪我がゆっくりとゆっくりと癒やされていった。
「でも、いくら理由があっても精神を壊しかねない攻撃は怒るよ。」
単調な攻撃だけだったらここで和解したかもだけど、エグい攻撃をこっちはされてる。和解は難しそうだ。
「ごめんなさい!あのときは、植物が燃やされて、それで私の自制心が外れていて……。死なないならいい。治せるからいい。ってなっていて……。」
…植物の件に関しては非はこちら側にある。あまり怒れなかった。
「いやでも……。」
怒れないけど、やったことに対するやられたことがよく考えれば違いすぎるからな……。
うーん……。
「てか、本当に殺意は無かったの?」
「本当です!気絶させて、そのスキに必要な量の血を手に入れて逃げようかなとは思ってましたけど……。」
これも本当っぽいな……。分からないけど、これは嘘のようには聞こえない。なんだか彼女の性格が馬鹿正直で偽ったりはできない性格な感じがする。自分に悪い情報もちゃんと言ってくるから、そう思うだけだけど。
事実、戦ってる時「気絶して!」とは言われたけど、「死んで!」とは言われなかったし。
「お兄ちゃん。私は、本当だと思うけど……。」
妹がこっちを見つめてくる。
「俺も。」
「で、血が必要なんだったろ?」
「はい……。でも、もう諦めます。君達を襲ったりはしません。」
ちょっと悲しげな顔をしていた。彼女からしたら枯れ木を治せるまたとないチャンスだっただろうから、それをみすみす逃してしまうのは、やるせないと言う気持ちが少なからずあるんだろう。
「ちょっと待っててくれ。繁もあんまり来ないほうがいいかも。」
二人を置いて、少し深い森の中へと入る。あんまり見せたいとは思わないからな。
「痛っ……。」
凪は無言で、落ちていた石を使って自分の足首を負傷させる。傷口から血が出てきた。
「これで、いいよな。」
たまたま持っていた容器にその血を入れる。
うん。もう分かってるだろうけど、凪は、自分の血をわざわざ渡そうとしていた。
血を渡す必要なんてさらさらない。凪達を襲った側、無視しても全くもって問題はない。
そもそも血だ。コンビニでおつりを募金する感覚とは訳が違う。わざわざ怪我をして痛い思いをしてまで渡そうとしているのだ。
凪の人の良さが、為せる行動なのだろう。
少し血を入れ続け、容器の半分ほどが血でいっぱいになった。鮮血の赤がきれいに輝いている。
「戻るか。痛っ……。」
怪我させたところを治そうともせず、戦ったあの場所へと帰ろうとしていた。
「いつも戦いで痛い思いしないでぬくぬくしているからな……。こんな時に頑張らないでいつ頑張るんだ。」
己に言い聞かせていた。
「お兄ちゃん?」
戻ってきた俺を繁はすぐに質問してきた。やっぱり繁いい妹だよ。俺も武器が攻撃型ならなっと思っちゃう。サポートも、大事だと分かってるんだけどね。
「お兄ちゃん…足……。」
あぁ……。バレちゃったか。繁にはあんまりバラしたくなかったんだけどな。繁のことだから、絶対心配してくるから。兄として、妹に心配をかけたくない。
「ただのかすり傷だよ。ちょっと森の中で石に躓いてな。やっぱり、もっと俺に運動神経あったらいいんだけどな〜。」
自分からやったとは言いづらい。繁が良い妹すぎるから。
「繁、ちょっとあの子と話ししてくるから、ここでまた待っててな。ま、すぐ終わるから。」
「……うん。」
繁の可愛い笑顔が、凪の気持ちを昂ぶらせた。
「あ、はい。」
怯えもだいぶ収まったみたいだ。怯えられるのはあんまり性に合わないからかえってよかった。
あっちの世界では城のコックとして働いたりしてたけど、肩書的には魔王の兄だったから、最初は特に恐れられたっけ。偉そうにしなくても、肩書を見たらそうなっちゃうんだろうな。っと、今はこんな話してる場合じゃないな。
「これ。必要だろ?持ってけ」
「え?え!?本当……ですか?え?なんで?何円ですか?」
ま、この反応は結構予想できた。何円か聞かれるとは思ってなかったけど。
そりゃ襲われた側が襲った側に血をくれたら、そうなっちゃうよな。
単純に正直に言っちゃってもいいとは思うけど、貰うことには罪悪感を抱いてほしくないからな…。こういう優しい人は、絶対罪悪感とか抱いちゃう。目に見えてる。
「タダじゃない。貸しにしとくから、10年後にでも返しに来い。値段ならネットで調べておけ。」
あえてこう言って、罪悪感をあまり感じさせないようにした。勿論、金は受け取る気はない。住所も情報も全く伝えてないし、金を渡すこと自体不可能だろうし。
「ありがとうございます!いつか必ずかえします!」
彼女は本当に感謝していた。これがあれば、大事な枯れ木を治すことができるのだ。何とも思わないものでも、他の人にとっては宝物のようになることも、この世界にはたくはんあるのだ。自分が使わずそのままにしておくよりは、その困ってる人に渡したほうが、何倍も良くなるだろう。
「お兄ちゃん……。どうしたの?とっても喜んでたけど?」
1仕事終わったから繁のところへと戻った。ちなみにさっきの彼女は急いで来た道を戻って行った。はやく、病気を治したいんだろうな。
「ちょっと元気づけただけだよ。」
嘘は言ってない。若干言葉の綾があるけど。
「それにしても、傷、本当に速く治った。やっぱり、憎めない子だったな〜。」
この短時間で傷が完治するとは思えないから、あのときに俺達にしたやつが効果を発揮したんだろう。
そう思うと、彼女の武器の力の汎用性抜群だな。ガチで殺しに来る戦いに慣れたやつがあの武器持って襲ってきたら勝ち目なかったかも。
「危ない橋だったんだな……。」
小さな声でボソリと呟いた。
「じゃあお兄ちゃん。私達も戻ろうっ。3人をあそこに放置したまんまだしね。」
そういやそうだった。単純に忘れてた。
俺達は元来た道を歩き、花見の場所へと帰っていった。
「ぐー……。」
「がぁ……。」
「スヤ………。」
それなりにかかったけど、3人共まだ眠ってた。3人の周りには、桜の花びらが落ちている。顔の上にもいくつかかかっていた。
皆……。俺達が大変な目にあってたというのに……。呑気に寝てて……。
そう思ってるけど、怒りとかは全く出てこなかった。
「花びらも…。取らないと。」
顔の上の花びらを起こさないようにそうっと取り除いた。
「んぁ……。」
あ、やっべ。ミスった。手が愛香の顔に当たっちゃった。
しかも起きようとするときに他の二人にも無意識に手が当たってしまい、他二人も起こしてしまった。
思い目を擦って、愛香は木漏れ日の光に当てられながら今まで何してたか思い出していた。それは、他の2人も同じだった。
「ごめん。起こしちゃった。」
「凪……。ふわぁ……。なんか、身体が軽い気がする。」
目覚めたばかり、ちょっと寝惚けていて凪の言葉は右から左へと流れている。春の気持ちよさに深く眠ったのだから、当然ちゃ当然なのかもだけど。
「あー……。確か、酒で酔って……。やっばい。全然その後が思い出せない。」
うん。ほぼ寝てたからね。思い出そうとしても思い出せるのは見た夢の内容だと。
「あれ?凪怪我した?」
寝ぼけ眼を擦って目を覚ました。凪の怪我にも気がつけたみたいだ。いつものに戻ったと言っていいだろう。寝惚けて変なことをしなくてよかった。
「あー……。新達が寝てる間にちょっとあってな。ま、些細なことだから、気にしなくていい。」
ちょっと・些細。まあ、大嘘だけど。わざわざあの子のことを伝える必要もないしね。魔族関係でもないんだし。
一方繁のほうは。
「繁……。ごめんね。せっかくの花見なのに熟睡しちゃって……。」
こっちの愛香はすぐ目覚めたようだ。なお、翔に関してはとりあえず放置。自力で起きてもらっていた。
「大丈夫だよ。私は。愛香も大丈夫?危なそうな状態になっていたけど?」
「今は大丈夫。頭もスッキリする。」
頭がスッキリするのも、新の身体が軽かったのも、どっちも舞の力の効果である。はい。強い。
「あれ?繁汗かいてない?なんかあったの?」
魔族と人間の身体の作りには違うところもあるのだが、運動をすると体温を下げるために発汗するというのは両者共通のようだ。さっきの激しい戦いの影響だろう。
「うん。ちょっとね。お兄ちゃんと運動してたんだ。」
確かに運動はしていた。まあ、愛香が想像する運動とは全然違うものだけど。精神的にも身体的にも疲れるものだけど。
「へぇ〜。」
愛香も全く真実には気がついてなかった。
ほんとうに、繁と凪の二人は考え方がに通っている。今だって、どっちも迷惑はかけまいと若干はぐらかして伝えた。流石兄妹と言えるものだった。
「あぁ〜。」
そして、余ってた翔も目を覚ました。手を伸ばして目を覚ましていた。
「あ、翔も起きたんだ。」
ようやく新が翔に話した。ようやく思い出された。
「じゃあ、花見、続けるか。」
満場一致した。
「花見楽しかったね。」
「だな。」
夕焼け空が綺麗に映る時刻、花見も終えて愛香の瞬間移動でいつもどおりに警察署まで帰り、そして同じ家に住む凪と繁の二人は同じ道を歩いて帰っていた。
「本当に、この世界は面白いね。最初にこの世界来たのが遠い昔のようだよ。」
実際2年ほど経ってはいるんだけど。遠い昔ではないけど最近というわけでもない。その中間と言う呼び方が一番似合いそうだった。
「意外となんとかなるもんなんだな。実質無一文でここに来たから、最初は終わったと思ったんだけどな。」
来たときに手持ちやポケットにあったものだけでここに来た。財布はそのとき持っていたけれど、異世界のお金なんて使えない。
「質屋がお金貸してくれたから助かったんだよね。」
持っていたお金が銀貨だったので質屋に入れてお金をなんとか手に入れられたのだ。それからお金稼いだりなんやらかんやらして、今に至るというわけだ。
「ねぇ、お兄ちゃん。私達って、帰ったところで、居場所あるのかな。」
「あるよ。きっと。」
あの世界にいる者は私達が異世界に行ったことは知らないはず。急に失踪したかのように映ってるはず。
あれからそれなりに経っている。魔王が失踪したことは周知の事実になってるだろうし、すでに魔王の代打がいるはず。いや、新しい子になっているかもしれない。
そんな状態で私が帰ったとしても、また魔王になって受け入れてくれるのだろうか。
「まぁでも、それよりこの状況を悪く利用しようとする輩がいないかが心配だな。」
魔王が急にいなくなって混乱を極めているはず。そのスキに国を乗っ取ろうとする貴族やらがいたとしてもおかしくない。
そんな阿呆いなくなってしまえばいいのに。いつも私利私欲のためだけに動いて。
私利私欲のために動くこと自体が悪いとは言わない。自分の資産を増やすために精一杯働くことはいいことだし、最終的に自分のためになるから一時的に労働者の給料を上げて人を雇うのも悪いとは言わない。
嫌なのは、私利私欲のために他人を蹴落として、相対的に自分を良くしようとするやつだ。本当に頭が痛くなる。
「まぁ、そこを考えるより先に、帰る方法を考えないとな。」
自分にどうにもできないことを考えても意味はない。どうにもできないことをどうにかできるようにすることが最善だ。
「うん。お兄ちゃん。」
この仲の良い兄妹が、報われたらいいと思う。
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