第14章 忍者としての警察業!

12月26日 愛香の家にて

「今年もお父さんとの儀式できないのか……お父さん……」

暗い夜間、もうすぐ年越しであることを考えているとふと故郷のことを思い出した。

愛香の故郷には年越しの儀式がある。愛香がここに来るまではお父さんと一緒にやっていたこと。

「お父さん…もう…お父さんに会いたいよ……。そうだ。会いに行けばいいんだ。私が行っちゃだめな道理なんてないんだから。でも、駄目だ。私は死んだことになっている。生贄にされたんだ。帰れない…でも会いたい…」

愛香はお父さんに会いたい自分の希望と帰ることのできない悲しい現実との間に葛藤していた。

考え始めてから20分、あることを考えていた。

「はぁ…私が変装とか出来たら良かったのに…」

元々愛香がいた村で教えられた忍術。その一つに変装術というものがある。その名の通り、変装して相手を欺くというものである。これを使えば気づかれることなくお父さんに会えると考えたのだが、そもそも愛香は変装術を使えない。

愛香は村の中ではいわゆる落ちこぼれに入る。そして変装術自体あまり使うことないからと学校でも変装術をあまり教えられていないのである。価値が高い事から徹底的に教えようとした弊害である。


「あ、いやまてよ…確か凪先輩最初変装術使ってよね。そうだ教えてもらおう。」

愛香は昔のことを思い出す。確かに凪は最初変装して食堂で潜入調査していた。

今日はとりあえず眠って、明日教えてもらおうかなと計画とも言えないような計画を立てた。


12月27日

「あの、私に変装術を教えてください!」

「え、変装術?あーそういえばそんなことしていた時期もあったな…」

いつもどおり食堂で働いている凪に愛香は頼んでいた。今は仕込みの時間でそんなに急いでないこともあり、頼みに素直に答えてくれた。

「と言ってもなぁ…悪いけれど俺からは何もできないな。あの変装は俺の友達に頼んで作ってもらったやつだから。だから、俺は何も…あ、でもそいつに頼むことぐらいならできるぞ。」

「お願いします。そうする必要があるんです。」

何もできないと言われた途端一瞬終わったという感じだったが、話を聞いて笑顔が戻った。その人が作ってもらえるかが問題。作ってくれたらいいなぁ。

「よし、じゃあそれで伝えとくな」

愛香は変装の要望を伝えた。行商人という感じの変装にする予定だった。


28日の朝

「ごめんね。本当は色々と変装時の振る舞い方とか教えるべきなんだけど、俺今日から数日間行くところあって。とりあえず作った服とか変装グッズは送っておくな。」

「いいよいいよ悠。昨日頼んだのに作ってくれたことすら凄いんだから。」

凪は家に帰って電話していた。というのも、昨日頼んでいた変装のことで色々あったらしい。

「多分昼頃には届くと思う。あとそれとは関係ないけど、今から俺行くところ電波悪いから、メールとかしても数日間は気づかないと思うから。」

「分かったよ悠。」

仲が良さそうでなにより


「ということだと。」

「あ、はい大丈夫です。ありがとうございます。と伝えておいてください。」

「もちろん。まあ、それ見るの数日あとなんだけど。」

凪が電話の内容を説明してくれた。変装道具の作成に早くても1週間ほどかかるとかかると思ってたけどすぐ作れるなんて。私の周り凄い人多いな…


「ほい。変装のやつ届いた。」

午後3時頃、愛香は使おうとしている衣装を凪経由で受け取っていた。

無難にちゃんと仕上がっている。1日で作ったとはとても思えないほどだった。これを一人で作ったのは相当凄い。

「でも高望みするわけじゃないけど、衣装だけか…行商人としてどのようにするべきか。私にはあまり分からいけど、グダグダ言っても仕方ないな。」

やるしかないんだ。わざわざ衣装を作ってくれたのにその思いを無下にはできない。


「えーっと…こんな感じ?」

警察署は28日から非番。この非番を使って行こうとしていた。

そのための準備をしている。その一つで変装することができるか確かめていた。

「うんうん。大丈夫そうかな?」

鏡を見てみても不自然というところはなかったし、私の要素はちゃんと消えていた。バレたら大変まずい。どうなるのか想像するだけで怖くなってきた。

何としても、お父さんに会う!

愛香は強く自分の意志を表した。いつものような愛香とは一線を画していた。


28日 

伯母さんには友達の家に泊まると伝えています。私の事情を知っている伯母さんなら、反対しそうだったので。その反対するのも優しさなんだと知っていますけど。

「荷物よし。行ってきます!」

「愛香、行ってらっしゃい。」

家を出るときはまだ変装してない。変装道具は持っているけど着ているのはいつもの私服だった。

「着替えるのは、あそこでいいかな。」

公園のトイレの個室に入ってた変装衣装に着替える。

着替えが終わったので、着ていた服をまとめて鞄の中に入れて、いつもの短剣を取り出した。

愛香は自分の故郷へと瞬間移動した。


「ここら辺は前と同じ。」

愛香は村へと続く整備されていない道のところに瞬間移動した。一応行商人として行くならこっちから行ったほうが良いかなと。

歩いて村まで向かう。その間過去のことを思いだしていた。

「村の中もあんまり変わってない。所々変化はあるけど。」

村の中に入る。愛香がいた頃から大きな変化は起きていなかった。愛香には会いたい人はたくさんいる。だけど、一番の目的のため、その人がいる(と信じている)愛香が生まれ育った家へと歩いていた。


「あれ?え??え?何で?え?」

家へと行く最中、どう考えてもここにいるはずがない人を見つけた。愛香が混乱するのもうなずける。

「先輩…なんで…」

そこにいたのは翔。ここは忍者の村、基本的にいるはずがないのに。

「気になるけど…いや…いいかな?」

愛香は気になって仕方がなかった。

「どうしてここに?」そう質問したかったけど、どうしようか頭を抱えていた。

というのもここで話しかけたら、ここにいることがあたりまえだがバレてしまう。愛香が忍者であること。隠すべきか隠さないで良いのか。そこが一番重要だった。

「でも…気になるよね。一人だけなら…いやでも…」

長い葛藤の末、好奇心を優先させる結果となった。もう忍者じゃないから、わざわざ隠す必要もないかなと

「なぜここに?」

「え?誰……あ、愛香!?どうしてここに?しかもいつもと違う格好して!俺は行商人としてこの村を訪れていたんだけど…」

「あ、そうなんだ。」

行商人か…今の私と同じ。

「じゃあ。」

「ちょっとまって、愛香のこと聞いてない。」

ですよね。

まあ一人だけなら。と思って私の事情を色々と説明した。もちろん誰にもこのことを伝えないでと念押しして。


「へぇ…愛香にそんな過去が…えっと…なんかごめん。あんまり話したくなさそうな過去だったけど。」

「秘密にしてくれるならいいよ。私から聞いたんだし。」

「そっか。」

先輩と別れたあと、目的地の自宅へと向かった。ここにいてくれたらいいな…


「うっ…」

流石の惨状に心を痛める。かつてはちゃんとした家だったというのに…

今となってはその面影を残していない。所々ボロボロになって、屋根に至っては一部崩れ落ちていた。

「…」

壊れたドアから家の中に入ってみた。

「ぺっぺっ…」

ホコリが酷い。長い間掃除されてなかったよう。

お父さんがここにいる可能性はほぼ皆無と言っても良さそうだった。

「やっぱり、あの時のは本当だったのか…お父さん…」

あの時とは夢で過去を見せられたとき、あの最後にお父さんが牢屋に入れられたと言われた気がする。過去を思い出して絶望に陥っていたからあまり覚えられていないけど、それでも印象に残ってるから言われたのは本当だと思う。

その後も少し家の中を見たけど、お父さんの姿は予想通りなかった。

それに、この家自体使われている形跡がなかった。倒壊しているから当然といえば当然だけど…そうじゃなくて

倒壊するより前から使われてないように感じる。やっぱり牢屋に入れられて…

「私が絶対助けるから、それまで待ってて。お父さん。」


「というわけで、お父さんを助けたいけど…一筋縄じゃいかないな…」

というのも、瞬間移動でお父さんを助けたいのだけど、そのためにはお父さんがいるところが分からないといけない。牢屋は地下にあって、その構造は私には分からない。

そして牢屋がある地下への階段を警備している人がいる。だからまずはそこをどうにかしないと…

「愛香?困ってそうだな。俺で良ければ何か手伝おうか?」

「先輩…お願いします。考えを出してください。」

考えていたら先輩が来てくれた。先輩があんまり考えるところ見たことないけど、正直今は藁にもすがりたい思い。とりあえず今の事情を説明した。

「なるほど…牢屋への入り方ね…瞬間移動で入れれば楽だけど、それならもうとっくにやってるだろうしな…」

牢屋内を見たことないから瞬間移動は無理だった。


色々と突破する方法を考えていたら、ふと大事なことに気がついた。

「お父さんを閉じ込めているやつなんて、冤罪をも吹っかけて自分のことを守ろうとする屑だよね?そして屑に生きる価値なんてないよね。そんな奴をこの世から消してしまっても何も問題ないよね?」

どうやってばれずに行くかなんて考えなくてよかったんだ。どうせただ単純に殺せばいいだけなんだから

「ちょっ…愛香、冗談きついって…本気?」

先輩…何言っているんだろう。

「私はいつだって本気ですよ。私冗談を言うの苦手なんですから。」

「……」

先輩が少し呆けていました。原因私じゃないと思うけど

「ああ、そうだ。これとかどうだ?」

先輩の伝え方が必死過ぎます。そこまで強く言わなくてもいいのに。

「俺が空気玉で牢屋の近くでちょっとした事故を起こす。そうしたら門番の人が移動するだろうから、その間に愛香が入ればいい。」

たしかにそのやり方もあるね。

「でも、殺った方が簡単では?」

「あの…えっと…ほら、あんまり正体は隠しておいたほうがいいじゃん?門番をやっちゃうと、その門番ににげられたらあの…とにかく、やばくなるじゃん?」

あー確かに

にげられたら包囲網が強くなったり、少なくとも自分達が追われる身になっちゃうな…

「確かに。いとい思うよ。」

先輩の意見に同意した。

先輩はなんでほっと胸をなでおろしているんだろう。


ここの警備一人だけだったから使えるんだよな。運が味方してるな…

2人以上だと、一人が先輩が起こしたことを見に行ってもう一人が牢屋でずっと守っている可能性もあったからなぁ…

「ピュウウウゥ…」

先輩が風を起こしたであろう音が聞こえる。作戦は今からということだろう。

風により、少し大きな木が倒れかけていた。

「おや?!神木様!」

門番の人がいなくなった。これで問題なく牢屋を探検できる。

関係ないけど神木って…

愛香は小さな明かりを手に暗い牢屋の中を進んだ。


「おい、お前。何をしてる?」

「っ…」

誰かに呼ばれた。もう戻ってきたのか。仕方ない、倒すしかない。

短剣を構えたが、道へは誰も来なかった。

「へ?」

「ここだ。」

左側から声は聞こえてきた。そっちを見ると、牢屋の中に見知らぬ男が閉じ込められていた。

「お前、警備というわけではなさそうだな。なんでここにいる?まぁいい。俺を助けてくれないか?」

「悪いけどお断りします」

お父さんと違ってこの人を助ける義理はない。そもそも牢屋に入れられているのに勝手に脱獄させるわけにはいかない。お父さんはともかく、牢屋には悪いことをしたから入れられる。

「あ、そっかよ。チッ…こんな奴なら頼めば出してくれるとでも思ってたのにな。予想が外れたか」

ここは空気が悪い。早めにここから脱出したい。

「なんで…」

どの牢屋も知らない人がいるか誰もいないかのどちらか。お父さんはいなかった。

お父さん…どこに行ったの…

瞬間移動を使って牢屋から出た。


「どうだったか?愛香。その表情は…駄目そうだけど」

「うん…ここにいるはずなのに…お父さん…」

「いや、考えればお父さんがここから逃げたかもしれないのか。それならね…」

お父さんと会えなかったのは悲しいけど、どこかでやってるならね。いいかなって思っちゃった。

「大丈夫。私はお父さんが逃げ出したんだって信じてるから。もうここまで来たから、ついでに皆がどうしているか見てこようかな。」

愛香は沈んだ心が吹っ切れたように明るくなって、その場所を後にした。

(本当に…逃げたのか?信じているだけで確証はないんだよな。)

翔は真実を求めようと頑張り始めた。


翔が村の中を歩いていると、客引きに捕まった。

「いらっしゃいいらっしゃい。巷で有名なものが色々と揃ってるよ。おっとそこの方。何だか気分がそんなに良くなさそうだよ、この音楽プレイヤーで音楽を聞いてみないかい?これを使うとね…」

「あ、いや自分も行商人なので。いいです。それなりに高いですし」

絶対村の人だと思って売ろうとしてたな。

「あ、ところで……という特徴の人について、なにか聞いたりしてません?」

村の人から直接聞くのはまずそうな気がした。あんまり牢屋に入れられたものについてとやかく聞くもんじゃない。そこで、それを知らないであろう行商人にそれとなく聞いてみた。

「あー、そういやそんなことを話してたお客様がいたよ。同じ行商人のよしみで教えてやる。金にならなさそうだし。なんか、1年ぐらい前にこの村に病気をはやらせた罪で殺されたらしいよ。」

内容もそうだが、めちゃくちゃ重要な情報が簡単に聞けたのもあって、俺はとても驚いた。


「え?それ本当か!?」

「ちょっと近い!本当だって。そいつが本当のことを言っていなかったとかは知らないけど。とにかく、俺が嘘つく必要もないだろ。初対面なんだし。じゃあ、俺は行商続けるから。そっちも何があるのか分からんけど頑張れよ。」

やっぱり嘘をついているようには見えないよな。嘘つく必要がないのもそうだけど、目が嘘ついている人じゃないんだよな。それに、そのことを教えてくれた客が嘘をついたとしても、これもまたつく必要がないから、やっぱり本当なんじゃないかなと思う。

これ、愛香に伝えるべきか?

正直な話愛香は今殺されたことを知らない。俺が伝えたからってそれでできるのは、今気持ちが良くなってる愛香の気持ちを落とすだけだ。お父さんが生きているという望みを現実を突きつけて粉々に破壊するだけだ。

だからって、伝えないのもどうなんだ?愛香にはお父さんがどんな目にあったのか。それを知る権利がある。赤の他人である俺がその権利を勝手に侵害することはできない。

なんでこんな大事なことを俺が決めなきゃならないんだ……師匠。師匠がいれば師匠に相談して、師匠が最高の選択肢を選んでくださるのに…


悩み、葛藤した末、まずそのこと自体が本当なのか調べることにした。それが嘘なら俺が悩む必要自体なくなる。

とは言いつつ、実際は重大な選択を後回しにする口実としているだけだった。

「あの…1年前に流行った病気について教えてもらえないですか?例えば、その病気が何で起こったのかとか?薬の行商やろうとしてるので」

村人にそれとなく聞いてみる。それとなくを超えているような気がするけど気にしない

「ああ、あれな。あの時の村長が牢屋のこいつが犯人だーとか言ってたな。でもあんまり覚えてないな。ごめんな」

「誰かが病気を流行らせて、それで処刑されたって聞いたたわね。全く酷い病気だったよ。」

「なんじゃと。確か捕まってた村の男が処刑されて、それで村長がもう安心だって触れ回ってたら、病気も収まったんだったじゃ

な。原因はそいつじゃないのかの?」

村人たちの話を聞く限り、話自体本当だと思う。それぞれ断片的ではあるが、くっつけると最初の話につながる。


「で、伝えるか伝えないか…」

時間の猶予を伸ばしたにもかかわらず、どっちにするか決まってはいなかった。

「いや、でもそうだな。」

愛香のことも考えた上俺が伝えるべきかそこをちゃんと決めた。

決めた責任は追う。この選択が最良であるかは分からないが、少なくとも俺の中では最良だ。

どっちにしようか迷ったが、やはり伝えようと思う。

知らなくていいことも世の中にはたくさんあることは分かってる。このことも、客観的に見れば伝えないべきことなんだろう。

だけど、お父さんが生きてないのに、愛香が生きていると希望を持ち続けているところを見るのは俺には耐えられない。そんな無意味な希望なんて。


「ふんふーん♪」

「あ、先輩。村の人達の様子が何も変わってなくて良かったです。子供達の成長っていうのも感じましたし。と言っても今の状況だから、話しに行くことができないのが悲しいですけど。まあ、見れるだけラッキーなんでしょうね。」

愛香は村の人達に会えて嬉しそうにしている。

辛い。愛香が通常時ですら伝えるのはためらうのに、なんでこんな時に限って愛香は嬉しそうなの…

この笑顔を一瞬で消してしまう。そうわかってるからこそ、さっきまで頭の中にあった伝えるという意志が揺らいだ。

「先輩?どうかしました?目をよくかいていますけど」

愛香、それは目をかいているんじゃない。自分の目から今にも出てきそうな涙を拭いているだけなんだ。

「いや…」

伝えるんだ。心に固く誓い、さっき揺らいだ意志もなんとか戻した。

「愛香、聞いてくれ!」

俺は愛香にお父さんに関することをすべて伝えた。

「え?先輩?冗談だよね?冗談と言って!」

俺は何も答えなかった。

「そんな、嘘…でしょ…うわぁーーん!」

愛香の目から大粒の涙が流れた。その愛香の気持ちに寄り添いたいものの、俺には何もできなかった。

「ごめんなさい、一人にさせてください…」

そう呟いて、愛香は一人近くの森の中に入っていった。一方俺はそこでただ棒立ちしていた。


「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ…」

雪が積もる森の中で一人座り、周りも見えずに愛香は同じことを繰り返し言っていた。

もう10分ほどになる。それだけ伝えられたことがショックであったのだろう。

しかも愛香のお父さんは殺されたのだ。病気を流行らした疑いを着せられて。

嘘だと信じたくても仕方がない。そんなことなかったことにしたくても仕方がない。

愛香がこうなるのも、何もおかしなことではなかった。

「嘘だ…」

愛香は落ち込んでいる。気持ちの整理は出来ていない。

心の中でお父さんとの思い出が色々と蘇っていき、その都度悲しみは深くなっていった。


「これで良かったんだ…」

その頃、翔は自分の選択が間違っていないと言い聞かせていた。愛香はこのことを知る必要がある。それにより愛香が悲しんだけど、これは必要なこと。

現実で選択がどちらが結果的に正しくなるかなんて2つの選択をどっちも選べない限り分からないんだから、こっちが良いと信じることとした。

「辛いよ…」


その日の夜、翔は今日泊まる予定の場所へとすでに移動していた。そして愛香、愛香の予定では夜は瞬間移動で家に帰ろうとしていたのだが、今はそんなことできなかった。

愛香の気持ちはなんとか落ち着いてきていた。深い悲しみは負ったし、辛さに涙が出そうになるのは変わらないけど、最初の嘘だけを繰り返していた心の中が空っぽになっていたときよりは確実に落ち着いていた。


「なんでこんなことに…お父さんが病気を広めただなんて絶対違うに決まってる!お父さんがそんなことするはずがないし、なによりできないよ!でも、お父さんが殺されたら、病気の流行りが収まったんだよね…」

現実的に無理ということと結果的に収まったという2つの事実の中、愛香は葛藤していた。

「分からないよ分からないよ。」

愛香は嘆いていた。

「でもどっちにしろ、殺されたんだよ。村を守るために。」

村を守るためなら個人を殺していいわけじゃないだろうに。

お父さんを殺したのは村長だったはず。

村長は何を思ってやったんだろうか。

人の心なんてあるのか。本当に言いたい。

「まず私が逃げたからってお父さんが牢屋に入れられるのはおかしいでしょ!」

夢の話ではお父さんは私が村から逃げたから代わりに逮捕されたことになる。これ自体、何なのか今も全く分からない。罪を起こした人とその家族は違うべきである。

「代わりに」という言葉でやらないでほしい。


「とにかく、お父さんを殺したのは村長ということでいいよね。つまり」

「私が村長に鉄槌をくださないと駄目だよね。」

愛香は無表情で恐ろしいことをさらっと言った


さて、鉄槌と言っても具体的に何をするかだが…

「やっぱり、お父さんを殺したんだもの。殺される覚悟は有るよね?」

もう愛香は思考がおかしくなっていた。

「善は急げって言うし、今からやりに行こう。今は暗いから村長の仕事場へと侵入もしやすそうだし、邪魔するやつも同罪。殺しちゃえばいいんだ。いざとなったら瞬間移動ある。この前運良く特訓したし、大丈夫だね。異世界関係ないもの。敵が武器の力が使えないのなら簡単だよ。」

愛香は誰かに邪魔されぬよう、夜の闇に紛れて村長の仕事場へと向かった。


「殺気!?あ、俺ちょっと出てきますね。」

「あら散歩?行ってらっしゃい。でももう暗いわよー、って、もういなくなってるし。」

愛香が動き始めた頃、村の中にある孤児院の中にいた男がその殺気に気がついた。その男は、人より殺気を感じるのに優れていた。たとえ、それが別の人に対する殺気であったとしても。

そして、人一倍正義感に溢れている人でもあった。暗い夜の中、そいつは起きるであろう殺人を止めるため動いていた。


「もう少し、もう少し。」

「賊か。こんな夜中にこんな所で動いているなんて、結構怪しいんだが。まあ、誰かを殺しに行くなら止めておけ。計画をここで止めるなら、俺は黙っておく。証拠もないしな。」

誰だか分からないけど、私を邪魔しようっていうんだよね?なら、強行突破するしかないね。

「そこをどいてください。」

愛香は強い命令口調で言った。愛香がこんなに強い口調で命令するなんて珍しいことである。それほどまでに感情が渦巻いてよく分からなくなっていた。

「どかねーよ。誰が好き好んで殺しの手伝いなんかするか。俺には分かるんだ。お前が誰かを殺そうとしているの。」

だがその声に怯むことなく、男は自分の考えを言った。

「どうしてもどかないなら、仕方ないです。」

もう、やるしかない。

愛香は持っていた短剣を取り出した。

「やろうっていうのか?やってやるよ。正当防衛だ。それにこの村は汚れなき村でいてほしいんだ。殺人なんて起こさせない。特に、止めることができるやつは絶対に!武力を使ってでも!止めてみせる!」

男の方も強い信念を持っていた。そして男は両手からくない(忍者の道具の一種。平らな鉄製の爪状の武器。)を取り出した。


暗闇の中、二人は互いに見合っていた。

とりあえず、瞬間移動で!

「くっ…只者じゃないな。お前。まあ何にしろ、戦うことに変わりはないが。」

愛香は瞬間移動で近くに行き、敵のことを攻撃する。敵が瞬間移動に対応できるはずもなかった。

「はいはい。」

敵は攻撃してこない。正直隙だらけに見える。この隙を利用しない手はない!

「瞬間移動!あれっ?」

瞬間移動で確かに敵を攻撃した。攻撃したはずだ。

なのに、それは空気や水のように手応えがなかった。本当に物理的に攻撃が当たらなかった。弾かれたわけではなく

「ふふっ。やっぱり楽しいなぁ。自分の策にまんまと引っかかって行くのを見るの。」

後ろから声が聞こえる。そのことに気がついたときには時すでに遅しだった。

愛香は後ろからくないで攻撃された。


「ぐはっ…痛っ…」

倒されたときに擦りむいたみたい。そこから少し血が出てきていた。

でもそんなことは関係ない。私の使命はお父さんの仇をとることなんだから。こんなところで負けるわけにはいかない。

「少なくとも、敵は普通の人ではない。」

忍術使われるときついな…特に私に分からない忍術は

愛香はそんなことを考えながら敵と距離を取る

「人を殺ろうとするなら、殺られる覚悟を持ってるよな?」

「は?」

挑発だと分かった。挑発なんかに乗る私ではない。

「瞬間移動!」

瞬間移動で近くに行くが、やはり見えるのに攻撃が当たらなかった。

このままでは二の舞い。そう思い、瞬間移動で逃げる。

「本物は…どこに?」

この敵が実体がないのかとも考えたけど、それなら最初に当たったことと矛盾するので却下した。

「どういう…くっ!危な…」

上からどんどんくないが投げられる。当たると重症。一度でも当たってはだめ。全部避けないといけない。

とりあえず少し離れたところに瞬間移動して呼吸を整えた。

「あれはどういう…考えられるのは、幻術?」

あの人が村の忍者なら使えてもそんなにおかしくはない。私は村でそんなこと教わらなかったけど、大人になってから教わるものと考えれば何もおかしくはなかった。

「逃げるなんて卑怯だよ。まだ殺すのを諦めていないみたいだし。」

先程まで戦っていたあの男の声が聞こえた。


「もう…来た。」

少しの間休むことはできたけど、それでもさっきの擦り傷が治ったわけじゃないし、こっち側が不利だ。

「大人しく諦めてほしいんだけどなぁ。」

なんだと!

「私は絶対に悪には屈しない!」

敵の背後から

「痛いな、油断しちゃってた。ま、もう情けをかけるのも必要ないって分かったことはいいことかな?」

情け…

「また消えた…」

敵の厄介なところはそこ。暗闇の中で戦っていることもあって見えにくいこともあり、すぐ敵を見失う。そして…

「狙ったんだけどな…足を狙うのが一番簡単なのに。クズが逃げるのを阻止できるんだから。」

少し笑った声が聞こえる。

相手はくないを投げて攻撃してくることが多い。それがとにかく強い。相手からは見えているから、一方的に攻撃されてしまう。


「!月が!」

先程まで雲に隠されていた月が出てきて、周りが明るくなった。

「あー。お月様出ちゃったか。完璧に隠れるの無理かも。作戦変えるか。」

月の光で敵が気配を消したとしてもなんとか見つけられる。勝ったな。

敵の強みを消したわけだし

「そこ!」

木の上で隠れていた敵が月の光に当てられ姿を表し、その場所へと瞬間移動からの攻撃をした。

「くっ…ぐはっ…」

攻撃したときの反動で敵は木から落ちた。

「痛て…」

木から落ちさえしなければ、もっと攻撃して倒すことができたのに…いや、木から落ちるダメージも与えられたと前向きに考えよう。

もう、いつもの愛香とは思考が違う。


「さ、本気出すか。いつものやつよりは手強いんだし、遊びすぎたら単純に負けかねないし。」

本気出す…嘘だよね…

「さ、これで終わりだよ。」

目の前に敵がくないを持って現れた。くないの先が私の首元に向けられている。

短剣でなんとかしたかったけど、その短剣を持つ手は塞がれていた。

手も動かせず、下手に逃げることができない。そのため、普通の人なら潔く負けを認めるしかない場面だった。

だが、私は違う。私は仇を打つまで負けられない。

瞬間移動で少し離れたところに逃げた。

「厄介だな、仕方ない。動けなくなるまでするしかない。」

私の前に壁ができた。何にも見えない。どうなってるの…

「本当にこの力便利だな…しっかり効いているみたいだし。」

いーや、そうだ惑わされるな。これは多分幻、実態はないはず。…良かった〜!

壁の方に歩いたが、その壁に触れることなく、壁をすり抜けた。

「気づかれちゃった…かな。」

これでちゃんと戦える。


瞬間移動で敵の近くに行き、攻撃をくらわしたら逃げるという戦法で、それなりに攻撃をくらわした。

その間にも敵がくないを投げたりしてきてこちらも傷を負ったが、多分こっちのほうが有利だと思う。

「そりゃ!」

「隙だらけだよ。」

敵も負けずと作戦を使ってきた。敵は幻を作り出すことができる。それを使って自分自身の幻を作って攻撃して隙を見せたときにくないで攻撃してきた。

相手が幻かどうかが分かりづらい。違いがあればなんとか対応できるんだけど…

「いやある!そこにいるのは幻、本物は…いた!」

幻だと分かった理由が一つ。幻は動かなかった。敵に一枚絵を見せるような技なんだろう。

本物がいた木の上に瞬間移動した。

「まぁまぁやるようだけど、こっちとて本気で勝たないといけないんだよ!」

敵も敵とてこの村を守るため、殺人という悲劇を起こさせないため、必死になって瞬間移動してきた愛香の短剣を捌いた。

「この…野郎!」

愛香と敵との対決は一進一退だったが、敵が力を込めてくないで愛香を突き飛ばし、さっき自分がやられたかのように愛香を落とした。

「ぐぁっ!」

「これで本当に終わり。」

木から落ち、森の地面に落ちた愛香を上からくないで抑えていた。愛香が落ちた衝撃で手を離した短剣を踏みつけて取れないようにしている。

瞬間移動が…

短剣を手にしてない以上、瞬間移動を使うことはできなかった。

「ふっ…やっぱりな。この短剣が鍵だったか。」

「さて、お前には罪を償ってもらわないとな?俺は未遂だからって容赦するやつじゃないから。殺人未遂といっても、それが未遂に終わったのは俺がたまたまいたから。関係ない人のたまたまで罪を軽くできるわけねーだろ」

「待って!」

敵はクズを見るような目で見てきた。

「そして俺は決めてる。殺人罪に対する罪を。死刑一択だ。人を殺すなら殺される覚悟がないとな?」

愛香は死ぬと悟った。走馬灯のように今までの思い出が蘇った。

お父さんとの思い出、学校の友達との思い出、そして異小課のみんなとの思い出が…

「待てって、悠!」

そこに、一人の男が現れた。正確には少し前から来てた。

この人との知り合いのよう。

「っと…なんでここにいるんだ。お願いだから戻ってくれ。俺は大丈夫だし、これは俺の問題なんだから。」

「話が大丈夫じゃないから!」

この人が助けてくれるんじゃないかな、そう淡い期待を持った。


「悠。僕もすべての状況を把握しているってわけじゃないけれど、悠がこの子を殺すのは間違っているって。」

「でも!こいつは殺人を起こそうとした。それに、俺のことも…」

「でもね、悠。僕はこの子のことが悪く見えないんだよ。擁護しているってわけじゃないけれど…でも、事情とかちゃんと聞かないと。ねえ君、なんでそんなことをしようとしたの?嘘つかないで、正直に答えて。秘密をバラしたりしないから。」

愛香は直感で彼の前では正直に言わざるを得ないと感じた。

「私は数年前村長にお父さんを殺されたんだ!それで…私は…村長を…。それで邪魔してきたから…私はあなたを…」

そして愛香は涙を流しながら、昔に起きたことを語った。厳しい特訓をして、それで生贄にされかねて、逃げ出したけどその代わりに牢屋にお父さんが入れられ、最終的に殺されたことを。

「悠。これ全部本当だね。少なくとも、同情を得るための嘘ではないよ。僕が見た人の中ではかなり澄んだ目をしているし。」

「方土が言うならそうなんだろうが、それでもな…俺を襲ったりしたし…あんまりな。」


尋問によって愛香が考える時間が増えていくと、次第に怒りというものは薄れていって、後悔の念が強まっていった。

私はなんであんなことを…

「でもさ、君、数年前に村長が…って2つ意味が取れるけど、とりあえずこの村の村長さんは数ヶ月前に代わってるらしいよ。そして、前の村長さんは、病気で2ヶ月ほど前に亡くなってるんだって。」

「え?」

村長さんが…代わって…

「ちょっとちょっと。涙が酷いよ。ほら、これで拭いて。」

渡してきたハンカチで涙を拭った。

「ありがとうございます。私を止めてくれて、そして…ごめんなさい!怪我させてしまって…私…」

「悠。これも本心からそう思ってる。上辺だけの感謝をするような奴は今までたくさん見てきたけど、それとは違う。ねえ悠。この子許してくれない?流石に罪は償わないとだけど、でもね。分かるんだよ。家族が急に殺される気持ちは。」

「…」

彼はくないを下げた。

「方土が言ってるし、それにお前を殺すと確実に凪が悲しむ。それに、これが起きたのに直接的ではないとはいえ俺も関わってるしな。俺もこれぐらいどうってことはないし。方土、あれ頼めるか?」

「任せて。」

悠と呼ばれた彼は踏んでいる足をどけ、短剣を私に返してくれた。

「もう殺人なんてするなよ。手を汚していいのは限られた人だけなんだから。ほら、これお前の大切なものなんだろ?」

優しさでまた涙が出そうになった。


「さ、明日から罪を償うためのことをはじめるよ。3日ほどだけど、大丈夫?」

「え?あ、はい大丈夫です。」

3日なら…特に問題ない。

私は瞬間移動で逃げることもできたけど、それを使う気にはなれなかった。罪は罪。何があろうと、償わないと。

「そういや、お父さんが殺されたら病気が収まったとか言ってたよね。もしかしたらそれ、ただのプラシーボ効果かもしれんよ。だからさ、お父さんが病気を流行らしたかは分からない。そんなんだから、流行らしていないって自分に良いように解釈したほうがいいよ。」

プラシーボ効果とは、思い込みで何とかなるという効果のことである。

「…はい!」

愛香は笑顔で言った。


「愛香、大丈夫だったのか?」

次の日、昨日の人に罪を償うと言うわけで一緒に歩いていると、先輩に出会った。

「先輩。大丈夫です。」

「なら良いが…」

「へぇー。あなたも昨日質問してきたけど、やっぱり知り合いだったんですね。」

「あー。どこかで見たと思ったら昨日の!昨日はお世話になりました。」

「あ、そうだ。」

2人は私に聞こえないように内緒話を始めた。

「愛香、何か困ったら相談しろよ!師匠とかよりは断然いいこと言えないけど、でも親身になって聞いてあげるぐらいはできるから!」

先輩が珍しくかっこよく見えた。何を話してたんだろ。

「そうだ。なんなら手伝ってくれない?行商人なんだよね?ちょっとした商売の手伝いだから。」

「色々と恩あるしな。よっしゃ手伝ってやるよ。」

先輩ってなんか恩とかちゃんと返すタイプだよね。借りっぱなしがいやとか、そういうタイプ

「そういや名前まだだったね。僕は方土。君たちは?」

「私は波山愛香です。愛香って読んでください。」

「大木翔だ。」


「さ、じゃあ今から何をすればいいのか教えるから。ズバリ、商売の手伝いをして。それだけ。」

え?

罪を償うんじゃ…

「何でって顔してるね。こういうタイプの子の罪を償うのはこれがいいから。問題ないよ。」

よく分からないけど、とりあえず言われるがままに準備をした。そして売り子として、商品を宣伝し始めた。

「いらっしゃいませ。こちらのピーラー、いかがですか?料理するときに本当に役立ちますよ!」

しかし、あまり人は来てくれない。

「この子可愛いから客を増やせると思ったんだけどな…よし、あれもやるか。」

可愛いって言うのが聞こえた。なんか…恥ずかしい。

「ちょっとだけ待ってて。」

そう言って、方土さんはどこかに行った。


「さ、売り始めるよ。」

「あの…どちら様で?」

目の前に現れたのは可愛い少女。私は一度も会ったことない。

誰なんだろ?

「ふふっ。さっきまでいたでしょ。私は方土よ。」

「「え!?」」

思わず声を上げた。隣で話を聞いてた先輩も同じように声を上げてた。

「え?いやなんで…え?女の子だよね?」

「まあそこら辺は触れないで。この格好のほうが売れやすいんだから。普通の男子より可愛い女子が売ったほうが、同じ製品でも売上上がるんだよ。」

すっごい色々と気になったけど、突っ込むのは野暮だなと思って気にしないことにした。

「でもどうやってそんなふうに…」

「女子の秘密を知るのは、駄目だよ。」

先輩は問いただそうとしたが、軽くあしらわれてた。そして、先輩も聞くのを諦めた。


「いらっしゃいませ〜」

「あ、そこの方。私、あそこの店で売り子してるの!もしよかったら、何か買っていってくれない?安くするから。お願い~。」

…すっごい。

この人は商売慣れているんだろうな…

男子の顔と女子の顔、どっちが素なんだろう

「愛香、ほら、ちゃんと商品の説明しないと。」

「あ、はい!」

「リラックスリラックス。ここは商売の場よ。お客様を喜ばせるのが、私達の仕事。ね?」

リラックス。リラックス。

「これは………です。」


それからもお客さんがチラホラと来た。そんなお客さんを3人で捌いていった。

そして昼休憩の時間になった。

「ふふっ…いいわね。確実に売上が上がってるわ。ありがとう。2人共。」

休憩の時間だというのに、方土さんはまだ女子の姿でいる。もうよく分からない。

「ところで、先輩も行商しに来たって言ってましたよね?」

「うん…ああそうだったな。」

「行商人ってみんなあんな感じで、変わったりするんです?」

「しないよ!?」

あ、やっぱりそうだよね。テレビでも現実でもこんなことしている人始めてみたもん。

「そんなことより、愛香は一人で抱え込んだりすること多いけど、もうそれやめろよ。こっちが困る。」

「ごめん…」

なんか急に怒られちゃった。抱え込んだりしちゃ駄目…なの?

「いや、謝らなくてもいいけどさ。とにかく、仲間を頼れってことだから。」

「あ、はい!」

なんだ。そんなことだったんだ。

まあ、でも確かに。言われてみればそうだよね。

そこは悪い癖かも。反省。

「お願いします。お願いします。あー駄目だった。悲しいな…」

こんな大事な話をしていたのに、隣で方土さんがゲームのガチャを回してて、かなり奇怪な光景だったことに気がついた。


31日

そんな感じで3日間の売り子の仕事は終わった。罪の償いだったはずだけど。

「よし。今日もこれで終わり。良かった。ちゃんと売り切れて。売上もいいわね。じゃあ、これで本当にさようなら。また会えたらいいわね。」

「あの…結局、これって罪の償い…だったんですか?」

本当にそこ謎だった。

「ああ、そういえば説明していなかったわね。それで合ってるよ。名目上は罪の償い。ところで、この仕事楽しかった?」

急に振られた。

「あの…悪いんですけど、正直…楽しかったです。」

これは償いで、楽しんじゃだめだって思ってたのに、それでも楽しんじゃってた。

「いいよ。それなら良かった。償いって言っても、正確には同じような罪を起こさせないためのことだったんだ。これ、楽しかったでしょ。こんな感じで、人生色んなことを愉しめばいいんだよ。人間、幸福状態、満ち足りてるのときにわざわざ罪を犯そうとはしないんだからさ。」

言われてみればそうかも。あのときだって、悲しさで胸がいっぱいで、楽しさなんてどこかにおいてきていた。

「それにね、これはお姉ちゃんの言葉なんだけど、家族っていうのは、家族が笑顔でいることが嬉しいもんなんだよ。たとえ、その人が生き地獄を味わったり、死んでしまったりしていてもね。」

お父さんも、そんな気持ちなのかな…

分からない。分からないけど、お父さんならそんな気がする。

そんなことにも気が付かないなんて…


「愛香。帰ろう。あー警察署まででいいから送ってくれないか?瞬間移動で。お願い。」

話に入るのは野暮だと思って、さっきまでずっと黙っていた翔だったが、さっきの彼(彼女?)が帰ったので、もういいかなと愛香に言った。

「うん。先輩。」

愛香の瞬間移動で、2人はいつもの警察署の前へと移動した。

「じゃあ。良いお年を」

「良いお年を。」

暗い中、二人は家へと帰る。

「それにしても、愛香を気にかけろと言われたけどな…何があったのか教えてほしかったな…」

翔は帰り道、あのとき言われたことを思い出していた。

2日前、愛香が売り子デビューする前のとき、翔は方土と話をしていた。

「その子のことを、ちゃんと気にかけてあげなよ。人には見えないところで、一人で抱え込んでいるかもしれないから。手遅れになる前に。」

年の終わりのカウントダウンで賑わう駅前を、翔はそのことだけを考えながら帰っていった。

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