第16話「ダンジョンボス後編」
両腕を一瞬で再生させた狼男が、大きな赤い目で俺たちを睨み付けていた。
アフロディーテが唱える。
『ホーリークロス』
次の瞬間、狼男の胸を中心に銀色に輝く十字架が出現した。そして、そのまま狼男の体を焼き始めた。
「ギャウン!」
狼男は一声残して仰向けに倒れる。そして、その体を青白い炎が焼き尽くした。
「小娘め、よくも妾の可愛いペットを倒してくれたな。思い知らせてやるわ」
吸血鬼が宙を飛ぶ。二階にある廊下の高さまで一瞬で到達した。
「出でよ、眷属の者。敵を討ち果たせ」
玄関前のロビーには階段の両脇に部屋があった。部屋のドアが開き、両方から人が飛び出してきた。二十人ほどいた。
「えっ! あれは」
見覚えのある人たちがいた。
「アフロディーテ、あの人たちは!」
「はい、先行した冒険者パーティーのメンバーです」
「眷属の者って吸血鬼が言ってたけど?」
「どうやら、血を吸われて眷属にされたようです」
「元に戻るのか?」
「血を吸った吸血鬼を滅ぼせば元に戻ります」
アフロディーテの言葉を聞いて、俺はひと安心した。しかし、よく考えると安心できる状況ではなかった。
眷属化した冒険者が俺の方に向かって来ているのだ。
「まさか。倒す訳にもいかないし、どうしよう?」
俺が困っていると、アフロディーテの声が聞こえた。
「シャドウバインド」
床から無数の黒い影が伸び上がる。たちまち、吸血鬼の眷属たちを拘束した。
吸血鬼が驚いている。
「お前! 光魔法だけじゃなく闇魔法も使うのか」
アフロディーテは捕らえた吸血鬼の眷属に言った。
「少しだけ、大人しくしていてね」
アフロディーテが宙を舞い、空中で吸血鬼と対峙した。
吸血鬼がアフロディーテに攻撃を仕掛けた。手を前に出してアフロディーテの体に触れようとしている。
アフロディーテはそれを躱して距離を取ろうとするが、吸血鬼の空中移動が速い。
俺は叫んだ。
「オバサン、パンツが見えてるぞ」
「おば、オバサン!?」
吸血鬼が一瞬俺に気を取られたスキに、アフロディーテは距離を取った。
すかさず「ホーリークロス」を放つ。吸血鬼の胸に銀色の十字架が現れる。吸血鬼は窓を破って外に飛び出した。満月の光を浴びて顔の傷が再生する。
吸血鬼を追って、アフロディーテも外に飛び出す。
俺も慌てて窓の傍に行く。
「ダークワールド」
アフロディーテの声と同時に、辺り一面が闇に覆われた。
「これは、暗黒結界! お前はいったい何者だ?」
「滅びいく貴方には、関係の無い事です」
「モウティホーリークロス」
多数の銀の十字架が出現した。
吸血鬼は銀の十字架に周囲を囲まれて逃げ出す事ができない。
「終わりです」
銀の十字架が、砂糖に群がる蟻のように吸血鬼に殺到する。
「ギャアアア!」
と言う、断末魔を残して吸血鬼は消滅した。
ダークワールドが解かれ、満月の光がふたたび庭を照らす。
「おお! 宝箱だ」
俺は思わず声を上げた。庭に大小の宝箱が幾つも転がっていたからだ。
アフロディーテが宝箱を開けて次々に鑑定していく。
ほとんどが普通のアイテムだったが、幾つかはレアアイテムがあった。
小さな宝箱に入っていたオーブ。
「蘇生の宝珠」
死者を復活させるスーパーレアのアイテムだ。
二番目に小さい宝箱を開ける。
「チャームペンダント」
これもスーパーレアアイテムだ。任意の一人に魅了魔法をかける事ができる。そして、相手の魅了魔法を無効にする。
大きな宝箱にあったのは鏡だった。
「真実の鏡」というレアアイテム。アイテムとしては素晴らしいのだが、割と出現するので市場にはけっこうな数が出回っているらしい。
一番小さな宝箱。
「神威の指輪」
最上級の魔法耐性と物理耐性を持つ障壁を張る指輪。間違いなくスーパーレアアイテムだった。
洋館に戻って、吸血鬼の眷属になっていた人たちのシャドウバインドを解除する。全員が元に戻ったようだ。
一人のお爺さんが近寄って来た。
「君たちが助けてくれたのか? 感謝する。ありがとう、本当にありがとう」
お爺さんは、深々と何度も頭を下げた。
「儂はアウストラ・バッハ。世間では、賢者と言われておる。あの吸血鬼を討伐に来たんじゃが魅了されてしまったのじゃ」
「ユウゴです」
「アフロディーテです」
「しかし、賢者なのに吸血鬼の眷属になっていたんですか?」
俺はバッハさんに尋ねた。
「いやあ、お恥ずかしい。アヤツの腰と太腿に気を取られて、チャームへの抵抗値が下がったのじゃ」
「そこの別嬪さんほどでも無いが、あの吸血鬼も中々の美女じゃった。しかも、かなりのナイスバディじゃ」
『そう言えば』
俺は吸血鬼の白い腰と太腿を思い出した。
途端に左の二の腕に痛みが走る。
「痛っ!」
「旦那様」と言う、アフロディーテの笑顔が怖い。
「あ、あの。目だけ笑っていなくて、怖いんですけど」
「オッホホホ! 仲がよくて宜しい。ところで、そちらの美女は?」
「つ……」
「妻です!」
俺の言葉を遮って、アフロディーテが力強く言い切った。
「ほう! 二人は夫婦か。ユウゴ、羨ましいぞ」
「じゃあ、みんなで帰りましょう」
「旦那様、この館はボス部屋なので帰還の魔法陣があるはずです」
アフロディーテの言う通りに、館の奥の部屋で帰還の魔法陣が見つかった。
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