第4話「旦那様」

遅れてきた担当者が席に着いた。

「遅れて済まない。私が担当官のリグルだ。こっちがバロウだ」


続けてバロウが言った。

「いきなり、こんな部屋に連れてきて申し訳ない。この街の規則で、初めての来訪者は調査する事になっているんだ」




調査が始まった。最初に名前を聞かれたので、素直に答えた。

「ところで二人の関係は?」

関係を聞かれて、俺は戸惑う。まさか、ナビゲーションシステムとは言えないし、嘘発見器があるので適当な事も言えない。

すると、アフロディーテがきっぱりと言った。

「妻です」


「おお!」

  何故か、二人の担当官から歓声が上がる。そして、その目が語っていた。

『羨ましいぞ、この野郎』

『お前みたいな奴がこんな美人と』


テーブルの水晶が反応しなかったから問題は無いのだろう。

 リグルが言う。

「次は旦那さんにお伺いします。二人のご関係は?」

 俺は答えた。

「夫です」


水晶が赤く光った。

「なんだ?」

『どうして?』


リグルは首を捻り、俺は無表情を貫いた。

「妻で反応しなかったのに、夫で反応する意味が分からん」

リグルは理解できずに頭を抱えた。

「壊れたのかな?」

バロウは水晶の不調を疑った。


『アフロディーテの夫ではない』と水晶は言うのか。

それならば、と俺は開きなおった。

『水晶が俺を否定するのなら、俺は証を示さなければならない』

 俺は力を込めて言った。


「俺はアフロディーテを愛している」

水晶は赤く光らなかった。

「旦那様」

と言ったあと、アフロディーテは頬を赤く染めた。

俺の顔も赤くなっているはずだ。さっきから顔が熱い。


懸念された「どこから来たのか」という質問には正直に答えた。

「日本という場所から来ました。とても遠い所にあるので、ご存じ無いと思います」

何一つ嘘を言っていないから、とうぜん水晶は反応しない。

 リグルとバロウが知らない地名でも、水晶が反応しない以上はどうしようもない。


その後も幾つかの質問をされたが水晶は無反応だった。

「以上で終わりです。ご協力ありがとうございました」

担当官の二人が揃って頭を下げた。

「お世話になりました」

と言って、俺たちも頭を下げた。


別れ際に、リグルがアフロディーテに言った。

「奥さん、旦那さんに愛されているね。何時までも仲良くしてください」

「ありがとうございます」

と言ったアフロディーテの顔が再び赤くなった。

詰所を出て冒険者ギルドに向かう。お金が無いので、オークを換金するのだ。

ゴブリンの魔石は、全てジルのパーティーに譲った。オークは肉も売れるからゴブリンは譲っていい、とアフロディーテが言ったからだ。


外壁の門から大通りをまっすぐに進む。赤いレンガ壁の三階建ての建物が目についた。二階部分に大きな横看板が設置されていて、剣と盾が描いてあった。大きめのドアを押し開けて中に入る。出入り口の左側に酒場があり、右側にカウンターがあった。


カウンターの上に木の板が見える。アフロディーテが一番右の受付に進む。木の板に『新規登録』と書いてある、とアフロディーテが教えてくれた。

「新規登録をお願いします」

俺は言語が分からないので、会話は全てアフロディーテ任せだ。アフロディーテが同時翻訳で俺に教えてくれる。


「お受けします。キャメロン王国冒険者ギルド『バルロア支部』受付担当のナディアと申します。宜しくお願いします。さっそくですが、お二人とも新規登録で宜しいですか?」

「はい。パーティー登録もお願いします」

アフロディーテが答えた。

アフロディーテが俺の分まで代筆してくれる。

『旦那様、パーティーの名前はどうしますか?』


『旦那様』

と言われて、俺は照れた。

アフロディーテは詰所で言われた『旦那さん』と言う言葉が気に入ったようだ。


『アフロディーテは、旦那様という言葉が気にいったのか?』

『はい! とても、気に入りました』

そこまで言われたら、言うなとは言えない。俺の苦悩は暫く続きそうだ。


登録は無事に終わった。

パーティー名は『カップアイス』にした。

この世界に無い言葉でも大丈夫だろうかと心配したが、全然問題無かった。俺とアフロディーテが出会ったきっかけが『カップアイス』だったからパーティー名に使いたかった。



神様のおかげで俺は今とても幸せだ。

地球にいた頃を思い出す。

仕事が終わり、誰もいない安アパートに帰る。それはとても寂しいものだった。

『ただいま』も『お帰り』も無い毎日。食事も一人で黙って食べるだけだ。「おやすみ」を言う相手もいない日々。ただ、ひたすら寂しかった。



「説明を受けますか?」

分からない事はアフロディーテに聞けばいいから説明を断る。

「これで、登録は終了です」

と言って、受付のナディアが二枚の冒険者カードを並べた。

俺たちはカードを受け取り、少し離れた場所にある【買取受付】のカウンターに向かった。


「オーク五体の解体と買取をお願いします。折半で」

アフロディーテが冒険者カードを二枚出して受付嬢に申し込んだ。

受付嬢は後ろにあるカウンターに向かって叫んだ。

「オーク五体、解体です」

「喜んで!」

野太い声で返事が返ってきた。

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