『ヴイナス戦記』の謎を解く。

秋山完

01●どうして? こんなに面白いのに!

01●どうして? こんなに面白いのに!



 劇場アニメ作品『ヴイナス戦記』。上映時間103分。

 公開は1989年3月。

 アニメという大衆文化が、「子供騙しの漫画映画」から「大人を魅了するサブカルチャー」へとコペルニクス的転回で飛躍した1980年代を締めくくる、記念碑的な傑作と称しても過言ではないでしょう。


 80年代。それはSF・ファンタジーに若者が燃え上がった時代。

 中でも特に、アニメの熱狂集団ファンダムが顕著でした。

 70年代末から、『宇宙戦艦ヤマト』『機動戦士ガンダム』『未来少年コナン』『銀河鉄道999』のTV放映と劇場版、加えて、『超時空要塞マクロス』(1982)、『うる星やつら』(1981)、『スペースコブラ』(1982-83)のTV放映と劇場版、そしてジブリ系の『ルパン三世カリオストロの城』(1979)、『風の谷のナウシカ』(1984)、『天空の城ラピュタ』(1986)……

 さらにアニメオタクを痺れさせた傑作として、ガイナックス制作の『王立宇宙軍 オネアミスの翼』(1987)、大友克洋監督の『アキラ』(1988)、押井守監督の『機動警察パトレイバー THE MOVIE』(1989)が続きます。

 これに先立って、OVA『天使のたまご』(1985)も衝撃的でしたね。

 そう、OVA『トップをねらえ!』(1988-89)のインパクトも凄かった。同じくOVAの『宇宙家族カールビンソン』(1988)、『X電車で行こう』(1987)も。

萩尾望都先生の『11人いる!』も1986年にOVA化、さらに竹宮惠子先生の『地球へ……』(1980)や藤川桂介氏の脚本になるファンタジー色の濃い『ウインダリア』(1986)が銀幕を彩り、女性ファンの支持も広がります。

 アニメではありませんが、実写映画の『スター・ウォーズ』『スター・トレック』『スーパーマン』も80年代に一大トレンドとなりました。この三シリーズの功績は絶大。それまでゲテモノ扱いされてきたSF映画を、マイナーからメジャーへ、B級から超大作へと押し上げてくれたのですから。

 そういえば『インディ・ジョーンズ』も80年代に誕生。

 マイナーですが、海外TVシリーズの『マックス・ヘッドルーム』(1987に日本版ビデオがリリース)も見落とせません。

 小松左京先生の『さよならジュピター』(1984)も私は結構好きですよ、ニッポンの特撮映画のメルクマールです。それに『ゴジラ』も1984年に復活して“スーパーX”と対決してくれました。


 書籍では1981年に出版のムック本『GUNDAM CENTURY 宇宙翔ける戦士達』(みのり書房)が画期的でした。ガンダムの世界観を大人の世代まで拡張してくれたのです。この本がなかったら、以後のガンダム系列作品の壮麗なまでのラインナップは望めなかったかもしれません。


 ……と、このように、1980年代は、その後21世紀にかけてのSF・ファンタジー映像作品の方向性を決めた“高度成長の時代”であり、生物大爆発のごとく斬新な作品が一斉に花開いたビッグバン、いわば“オタクのカンブリア紀”とでも称してもよさそうな、まさに絢爛たる黄金期ととらえることができるでしょう。


       *


 そこで、『ヴイナス戦記』です。

 監督は、ファーストガンダムのキャラクターデザインを手掛けられた安彦良和氏。

 最近では2019年に、特装限定版のブルーレイとなって、文句なしハイクオリティの画面に甦りました。

 以下、映画『ヴイナス戦記』公式サイトの導入文を引用しますと……


       *

「高密度作画の劇場用アニメ映画が席捲する1989年に公開され、それらの作品と肩を並べるほどのクオリティながらも、その後30年に渡って“封印”されていた名作があった。ファンが渇望する中、長きに渡る“封印”が解かれた幻のアニメーション作品。それが『ヴイナス戦記』だ。


 TVアニメ『機動戦士ガンダム』(79年)にてキャラクターデザイン・作画監督・アニメーションディレクターを務めた、アニメ監督であり漫画家である安彦良和が描いたコミックス『ヴイナス戦記』を自ら映像化。監督とキャラクターデザインを担当し、『クラッシャージョウ』(83年)、『アリオン』(86年)に続く3作目となる劇場用アニメーション作品として完成。しかし、安彦良和は本作をもってアニメーションから身を引き、『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』(2015年)の総監督として戻るまで、『ヴイナス戦記』はアニメ監督としての引退作となっていた。

 『ヴイナス戦記』はハイクオリティな劇場用アニメとして、安彦良和の描きだす世界観を緻密に描写すべく、当時の一流スタッフが集結。脚本はSF作家の笹本祐一、作画監督に安彦良和作品に数多く参加した神村幸子、メカニック作画監督にメカ描写で高い支持を受けた佐野浩敏、メカデザインに横山宏、小林誠、音楽に久石譲らが参加している。

 原作コミックスのキャラクター配置や世界観をベースにしながら、劇場版では安彦と脚本を担当した笹本祐一によって、コミックスとは異なる形でスト−リーを再構築。」(以上、映画『ヴイナス戦記』公式サイトのイントロダクションより。2023年1月現在)


       *


 いやもう、ため息が出るしかない超大作です。


 しかし気になるのは、2019年に至るまでの30年間、安彦良和監督の御意思で作品が“封印”され、“幻の傑作”として伝説化していたこと。


 その理由は……

「『ヴイナス戦記』は、そんなクオリティの高さを誇りながらも、変化するアニメシーンの潮流の中で大きなヒットに恵まれず、安彦良和のアニメーション界からの引退に合わせて封印されてしまう。」(同上のイントロダクション。2023年1月現在)


 つまり、ヒットしなかったこと。


 これが最初の謎です。

 どうして、当時の観客にウケなかったのか?

 不思議でなりません。

 作品が「封印」されていたとはいえ、それはDVDの話です。

 私はビデオで、レーザーディスクで、そして輸入物のDVDで『ヴイナス戦記』をずっと観続けていたので、“幻の封印作品”というイメージは持ちませんでした。

 もうこの作品、好きで好きで。

 年に一度は観なおしておりました。

 さすがに、80年代を締めくくる名作!

 『太陽の王子ホルスの大冒険』(1968)に次いで、何度も何度も繰り返し観た、最高傑作のひとつと信奉する神作品です。


 いや、だって、すばらしいではありませんか。

 冒頭近くのバイクゲームのスタント場面、あのキレッキレの作画、目を見張る構図レイアウト、そして輝かしい色彩。とくに色遣いの絶妙なシブさと一場面ごとの配色の見事さにはただ惚れ惚れで、まさに眼福とはこのことです。

 ジブリ作品ではおおむね綺麗で優しい色調が支配的ですが、『ヴイナス戦記』は、テラフォーミング途上の荒涼とした原野に、軍用塗装の戦闘車両が醸し出す殺伐としたアースカラーを背景に、登場人物の鮮やかで、かつシックなコスチュームや肌や髪の色が生き生きと映えて、“躍動する色彩”が感じられます。色を見る、それだけでも快感なのです。


 だから、何度見ても楽しい。


 それに物語も、感動。

 ラストでヒロに再会するマギーの、あの笑顔、これまた最高じゃないですか。

 ここ数年頻繁に用いられる「尊い」という尊称を奉るなら、マギーの笑顔、これに尽きます。

 喜びにあふれて、パアッと花開く少女の笑顔、これ、安彦良和先生でなくては描けない肖像の逸品ですね!

 もちろんガンダムシリーズの女の子たちの笑顔も良いのですが、いかんせん、ガンダム系キャラの皆様は、なにかにつけて理屈っぽく、お説教が好きで、軟弱者への鉄拳制裁やら、とりすましたプライドが鼻につくときがあり、笑顔の純粋さや純朴さではやっぱりヴイナスのマギーが一番なのです。


 ということで、マギー嬢の笑顔に会いたさに、繰り返し何度も観ること幾星霜。


 そんな私ですので、「1989年公開当時、ヒットしなかった」と聞いても、「なんで?」と驚くばかりの心境です。


 しかしネットの映画評の書き込みなどを拝見すると……

 2023年の今に至っても、かなりの頻度で「面白くない」との酷評が目立ちます。

 しかし、何がどうして面白くないのか、具体的な指摘はほとんどありません。


 もちろん作画については、極めて高い評価がなされています。

 技術的には、『ヴイナス戦記』はダントツなのです。

 しかしその他の点において「面白くない」とは……


 わからん、私にはわからん……と、頭を抱えるしかありません。

 そこで、私なりに考えてみることにしました。


 なぜ、どこが面白くないというのだろう?





      【次章へ続きます】



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