お肉を食べないと出られない部屋
――――カチャッ
「お肉を食べないと出られない部屋??」
なんだろうこの部屋。
とても狭くて圧迫感のある部屋に閉じ込められた。
部屋の真ん中には小さな机と椅子。
その上には先程まで調理されていたのではないかと疑うほどに熱々で良い匂いがするステーキがある。
毒を盛られている可能性がある。
毒でなくても身体に害のある薬が入っているかもしれない。
得体の知れない謎の肉。
だが私は中に閉じ込められている肉汁が少しずつ溢れて「早く食べて」と言わんばかりの香ばしい匂いを放つ極上の肉に誘われて走り出した。
そして疑いもせずに齧り付いた。
なぜなら私は3日ほど何も食べていない。
2日前が大雨だったので少し水は飲んでいるが。
目の前には何度も夢に見た大きな肉。
スカスカの胃袋。
机上の肉はそんな飢えた全身を満たすには十分だった。
私は所謂、家出少女というやつだった。
両親が離婚し母親について行ったが再婚した母は再婚相手との間にできた子供にばかり愛情を注ぎ私には目も向けなかった。
家政婦のように使われ、1日たりとも休むことを許されない生活で心も身体もボロボロだった。
だが私には辛い生活を支えてくれていた存在がいる。
それは5つ年が離れた妹。
彼女は可愛らしい顔付きで母にはまだ気に入られていた方なので扱いは酷いものの暴力までは受けていなかった。
その為、彼女の顔は綺麗なまま。
いつでも彼女の笑顔が曇ることはなく、どんなに疲れた夜でも彼女が隣で笑ってくれているだけで私はどんな仕事でも頑張れた。
妹にはいつか優しい旦那さんと結婚して幸せな家庭を持ち何不自由なく生活ができる将来を迎えてほしい。
その為に私は妹を連れて母の手が届かないところまで行こうと家を出た。
貧しい生活を強いることになってしまったことが気がかりだが、相変わらず笑ってくれる妹が天使に見えた。
妹の為なら何でもやれると思った。
それと同時に私にはこの子がいなきゃダメなんだなと実感していた。
とにかく大切にしていた妹。
彼女にもこのご馳走を食べさせてあげたかった。
この部屋を出たら直ぐにこの地を離れて妹にいっぱいご飯を食べさせてあげよう。
最後の一切れを食べきった。
食べ盛りの食欲は凄まじく、5kgほどあった肉は30分と経たずに無くなってしまった。
ふぅ、満足満足。
これであと一週間は走り続けられる。
妹が疲れたらおんぶでもしてあげよう。
カチャッと音がして扉が開く。
それにしても何だったんだこの部屋。
ただ美味しいお肉を食べさせてくれるだけの部屋。
今のところ毒などが入っている様子もない。
神様の恵みだと思った。
これからも走り続ける為の糧。
天が私達の幸せを願っているのだと思った。
とても嬉しい。
今まで頑張ってきた甲斐があった。
この出来事を妹に伝えたら自分の事のように喜んでくれるであろう彼女に早く会いたくて、私は扉を勢いよく出た。
──「え?」
扉の先にはまた同じような狭い密閉空間。
部屋の真ん中には同じような机と椅子。
だが皿の上には何もない。
白い綺麗な皿とカトラリー。
扉の上には先程と同じ「お肉を食べないと出られない部屋」の文字。
ふと机の横に目をやると小さなベットがあり、その上には愛しの妹が白い布団に包まれた状態で横たわっている。
「………!?どうしたの!起きて!!」
「ん…。」
急いで妹を起こすと何事も無かったように目を覚ます。
目を擦る彼女は私と目が合うとニコッと笑った。
ホッ…。
「お姉ちゃん。お肉美味しかった?」
「え?何で知って…。」
「ほら、これ。」
スっと布団を捲る彼女の下半身を見る。
短いズボンを着用した彼女の片方の太腿がいつの間にか木製の義足になっている。
妹は自分の足を撫でながら私にとびきりの笑顔を見せた。
全てを察した私は妹の狂気についていけずに嘔吐く。
そんな、私が今まで食べた肉は…。
「太ももって5kgくらいのお肉になんだって!
お姉ちゃん、ずっとお腹空いたって言ってたでしょ?」
「だからって…」
「でも、私も流石に貧困生活でお腹空いちゃったんだよね。」
「…え?」
「お姉ちゃんだけステーキ食べてズルいよ。」
「え?」
「お姉ちゃんも私のお腹いっぱいにしてくれるよね?」
「え。」
「いただきます♡」
スっと立った妹の目に生気は無く、彼女が握りしめているナイフは先程私がお肉を食べるのに使ったナイフとは違って大きかった。
────カチャッ
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