〇〇しないと出られない部屋

蓮司

キスしないと出られない部屋


――――カチャッ




「………キスしないと出られない部屋?

これは、えっと、どういうことですか?」

「詳しいことは分からない。ただ俺たちが何者かに監禁されているということは確かだ」

「そんな…どうしましょう…。」


私は現在、会社の先輩と2人きりでとある部屋に閉じ込められています。

その部屋には大きなベッドと頑丈な扉だけ。

扉の上には看板があり、「キスしないと出られない部屋」と書いてある。

よく分からない状況に私は唖然として立ったまま動けない状態でした。



私は先程まで勤務している会社のオフィスで普通に働いていました。

朝からデスクワークをしていた私は長時間座ったままの体勢のせいで腰が固まってきたので御手洗に行こうと席を立ち、同じタイミングで御手洗に行こうとした先輩と廊下でバッタリ会ったので軽く世間話を交わしながら歩いていました。

その時、謎の光が廊下ごと私たちを包み込んで気付けばこの部屋に横たわっていました。


「さて、どうしたもんかな」

「キス…って、書いてありますけど…。」

「したいのか?」

「…へ!?」


突然の言葉にびっくりしてしました。

実は私は、目の前で冷静に状況を把握しようとしているクールでかっこいい先輩に密かに想いを寄せています。

私が新人社員として働くことになった日から物覚えの悪い私を厳しく指導し、たくさん助けてくれました。

普段は無表情ですが、暖かくて優しい心を持っている先輩が好きなのです。

そんな先輩からの急な問い掛け。

キスしたいのか。

そ、そりゃぁ、したくないといえば嘘になりますけど…!そんなこと本人を目の前にして言えるわけないじゃないですかぁ!

先輩は私の気持ちを知ってて言っているのでしょうか。

ちょっと意地悪ですね…。


「だ、だってキスしないと出られないって…。」

「…ふむ。ならば一度試してみようか」

「…ほへぇ!?」


先輩、今何て言いました?

キスを試す…?

え、良いんですか?……っじゃなくて!!


そうだ。ここは「キスしないと出られない部屋」。

逆に言えばキスさえすれば出られる部屋!

忙しい先輩は早くこの場所から出たいはずです。

こんなところに私なんかと2人。

嬉しいと思っているのは私だけですよね。

ずっと2人でここに居たい気持ちが大きいですけど、先輩の為にもさっさと部屋を出てしまった方が良さそうです。


でも今まで彼氏なんていたことない私はこれがファーストキスになります。

意識し始めると、とても緊張してきました。

絶対に下手っぴだと思いますし唇が震えています。

先輩はかっこいいので過去に彼女の1人や2人いてもおかしくはないです。

キスに慣れている先輩に私の非モテ特有の緊張が伝わってしまったら恥ずかしいです。

…でも。

たった一瞬だけ。

ちょこんと口が触れ合うだけ。

そしたら先輩はこんな部屋から開放されるんです!

それなら私のファーストキスなんていくらでもくれてやりますよ!


覚悟を決めて先輩に口付けようとしていた私は彼と唇が触れ合う寸前のところである事に気が付きました。


はっ!そうです!この部屋はキスが目的というだけで

キスをするのは口じゃなくても大丈夫なのです!!

あわわ。危ない危ない!!

私ったら、つい勢いで先輩の口にキスしてしまうところでした!

そうですよね。何も口じゃなくても手やほっぺたで全然良いじゃないですか。

ギリギリでしたけど気付けて良かったです。


本当はこのまま気付かずにキスしてしまった方が良かったかも…なんて。

私が気付かなくても先輩は気付いているはず。

キスした後に指摘なんてされたら恥ずかしすぎて死んでしまいます!!!


…あ、先輩が待っているんでした。

気を取り直して、手にキスをすることにします。


「先輩、失礼します…。」


先輩の手を握る。

緊張した自分の手汗が気になりますが、早めに終わらせてしまえば気付かれないはず。

震える手で先輩の手を自分の口元に持っていく。

私より一回り大きい先輩の手の甲にキスをします。

どうか、最後まで早くなった心臓の音がバレませんように…。





ちゅ…ッ。





目を開けると綺麗な先輩の顔が目の前にあって少しドキッとしてしまいました。

切れ長で綺麗な目と一瞬だけ目が合ったのですが思わず逸らしてしまってちょっぴり後悔。

あれ、でも何で先輩の顔が近くにあるんですか。

私は先輩の手にキスしたはず…。

気付けば握っていたはずの先輩の手は私の顎に添えられていて…

え、もしかして。先輩…。

私の口にキスしました!?


「遅い。」

「えっ!ごめんなさい!?」

「さっさと外に出るぞ」


先輩からキスしたくせにスタスタと扉の方へ歩いて行ってしまう。

そんな、普通の顔して背を向けないでくださいよ。

私はこんなにもドキドキしているのに。

私だけ舞い上がってるみたいじゃないですか。

こんなことで一喜一憂してしまう自分が恥ずかしくて顔を真っ赤にして俯いてしまいました。

遠くなっていく背中を見つめながらぐっと涙を堪える。

きっと先輩はキス如きで動じない人。

私とキスをしたのはこの部屋から出るため。

自分に言い聞かせて溢れる涙を拭う。



でも、1つだけ。

どうしても気になったことがあって先輩に聞いてみることにしました。

だって私が気付くようなことに先輩が気付かないなんて有り得ないと思ったから。

悟られないように明るく、何事も無かったように尋ねる。

少しの期待を込めて。



「あの〜先輩!この看板にはキスの箇所に指定はないんですよ〜?だからなにも口じゃなくても良かったのに〜あはは、今頃気付いちゃいました?うっかりさんですね〜!あははは…」

「…知っている。」

「え。」

「だから、その、あえて口に…。すまん。」



…先輩、それはずるいですよ。





――――カチャッ

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