第四話 青年たる科学者、少女たる探究者
「宇宙飛行士は、地球の石ころを一つでも多く月物質と融合する為。遠い数光年先を目指した。Novelに解読された砒素を乖離。選び抜かれた水和だけを、抽出の義務とする俺達。」
寝転がってベッドの下から取り出した岩石の粒に、三日月の仄暗さを称えた瞳が絡みつく。青年は、やや不快そうな顔を浮かべると同時。EVAシステムに抗う重力に、頭痛を訴えた。
「砕けば人類の発展に。放置すれば世界の永続に。どっちにせよ、科学者如きが決めていいような物じゃないな。」
手の平で輝く、青い結晶が浮き出た鉱物。皮肉交じりに呟いた彼の声に共鳴したかのように、輝きを燈し出したのだった。
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「鉱石。緑化した美しい苔を見ず。赤色は所詮冷たい命。ただ、青色は水晶の彷彿。」
「…どういう意味?」
普段は口にしないような言葉を、私が手にした石片を見て、ノアが呟く。結局ポケットに入れたままで、どうすることも出来なかった其れを、拾い上げたのは一昨日の事。魚釣りをするノアへと差し出した青い銀箔は特段、変化もなく手の内で転がっていた。
「とある青年の受け売りでね。採集される度に鬱々と思うらしい。」
「変わった人ね。」
意味はないがテクでも、黄燐を塗す精神戦の諦めでもない、夢と夢が再び邂逅するような言葉。科学を月浴の糧であると信じた思想を感じて私は、もう一度ノアに靑石英(ブルークォーツ)を差し出した。
「こう言ったものは埋めてしまうのが一番だよ。スラムの向こうに、砂丘がある。」
「埋めるのは、少しもったいない…。」
手に閉じ込めた淡い輝きを、私が呟けば。ノアは可笑しそうに笑いながらも、魚釣りの手を止めて私の向かう道筋へと体を傾けたのだった。
遠くを見つめても、草原はない。砂埃が巻き上がる、足の取られる砂場に。私は白銀の髪を風に吹かせ、目を伏せたままノアとの会話を反芻していた。
「これは埋めるべき…。そうなの?」
肌に細かい砂が当たって痛いと、感じる。石を透かして見た太陽は、いつもよりは光を抑えて灼熱の大地を包み込だみたいだ。
「こんなに奇麗なのに…。」
瞳に近づけると何故か粘膜が痛みを訴え、慌てて鉱石を目から遠ざける。パチパチと瞳を閉じてみれば涙が分泌されて、もう一度視界がクリーンになった。
「もったいないのに…。」
私の手先は、其れを埋めようと既に動き始めていると言うのに、よく分からない呟きが頭を駆け巡る。相対性理論を溶鉱炉で熱すれば、第三宇宙速度は変貌と理解を、私に提供しただろう。
ただ、もう一回だけ。白熱球の冷たさを傍で感じたいと願う。そんな固定化されていない想いが胸で溢れ出した気がした。そんな時だった。
「お前が、どうして其れを持ってる。」
「…。」
私の腕ごと石が強い力で持ち上げられる。慌てて後ろを振り返ろうとするが、力では抗えない。思わずバランスを崩してしまうと、背後から近づいてきたらしい青年が、軽い舌打ちをしながらも片手で支えてくれた。
「何?」
「何じゃない。お前が、この石ころを持ってる理由を聞いてるんだ。」
吊り上がった鼈甲の瞳が、面倒くさそうに私を見る。黒く長いコートを着付け、ピアスの穴を空けている以外は他の人と変わらない。けれど、影の姿ではない人だった。
「誰なの?」
「あのなぁ、俺の質問に答える気ないのか?」
ため息をついて私の腕を離すが。視線は私の持っている鉱石に吸い寄せられたままだ。
「拾っただけ。」
独り言のように囁いてみれば、三日月を思わせる瞳が薄く細まる。黒髪が、うざったそうにしている彼の横顔にかかり、私は気づけば彼に鉱石を差し出していた。
「あげるわ。」
「…別に欲しいわけではないんだがな。」
「そうなの?」
欲しいわけではないと知り、埋めてしまうのが一番と語ったノアの言葉を、脳内でもう一度反芻した。
「なら、埋めるのが正しいの?」
「…お前の好きにすればいいんじゃないか?」
別に大したものじゃないからと、首を振る青年の言葉に、私は静かに頷いたのだった。
鋭利な瞳が、夕焼け空を刺す。私よりも背が高い彼は、ちらりと私を見下ろしたが。特には何も言わなかった。透明な心象すら解けない。鳥も飛ばない線路図を空へと、描いてみれば少しだけ気になったらしい。訝し気な瞳が私を探る。
「氷を発熱させたら、スピカになる。そんな気がしたの。」
聡明な石を手の内で転がして、そう告げれば、それに反復させる様に青年も思考を告げた。「科学では解明されない、永久機関は俺達が図られた幻想だったし。NOVAに生きるレプリカントだったなら、骨組みに無形を宿す。」
「森羅万象が美しい物であると、データによってしか知らない者だから?」
科学者のようで哲学的な論理を述べた青年に、Altが表明した私達を告げてみれば驚きの顔を浮かべる。
「幼い少女かと思えば、なかなか博学らしいな。」
「違うわ。影を知っているだけよ。」
「それは素晴らしいな。」
その類(たぐい)の物は、俺には見えない。互いに視線を添わせてみれば、行きつく先は遥か向こうに広がる夕焼けの街。ノアとは違うけれど、不思議と懐古を感じる青年。反射を受けて、黄金に輝く瞳を見つる私に、気が付いた彼だったが、皮肉交じりに片手を振って沈みゆく太陽を指差した。
「帰らなきゃ。」
「走れよ。」
出会ってから初めての笑い声。言葉の通り駆けていこうとする私を、科学者は引き寄せると耳元に囁いた。
「俺は、セトだ。」
振り向き様に笑みが零れる。私も真似をして、屈みこんでいる青年の耳元に「ルデ」と、私の名前を、吹き込んだのだった。
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