第三話 影の街、叢雲が呼び寄せ

 

 熱い大地を歩く。水滴を求めて旅人はさ迷い、ネルンストの磁場を見つける事だろう。量子力学を得て、稼働する青光り。例え放射能に耐えうる機械だったとしても、その核を失うことが止められぬ程に絶大なエネルギーを有している。

 人口十万人。富める者、貧困に喘ぐ者。ただ誰もが野垂れ死ぬことはなく、必要なだけの拘束力を持って生きていた。それは、この世への誕生と共に義務付けられる事であり、太古の継承を最も忠実に表す世界の、真理でもあった。


ある人々は家庭を作り、強固なプラスチック製の家々を持ち、一般的な幸せを築く。常なる生き方が約束され、また教育を受けた賢いシステムを用いていた。また、別に地区が変われば、土壁や日干し煉瓦で再現されている、貧相な家々が立ち並んでいた。工業団地も近く、煙の立ち込めた場所に、多くの人々は犇めき合っていた。


 そして、最も地域の外れた箇所に位置する、怪しげな露店や骨壺を抱えた老婆、老人の住まう荒れた赤錆さえ浮く障壁。貿易も盛んながら、犯罪行為も後を絶たない。三つのカテゴリに分けられた街で、最悪の環境を有する地区。しかし、その場所に如何してか、少女は惹かれ、よく立ち入っていたのだった…。


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「お嬢さん、素敵な青い瞳を。この融解液で、地球色に染めないか?」

「ううん。要らない。」

「真っ白な髪を、是非うちで散髪していくと良い。一つ一つの色素演算を、解釈する機会だ。」

「いいの。この色が気に入っているから。」

 錆が浮き上がった看板ばかり目につく、スラム街。見た事もない品々が、流砂を模した影達から手渡されるが、全て断る。地面に直接座り込んで、色合いばかりが喧しい金属鉱石に、思わず目を瞑った。

 普段、ノアと出会う貧民街よりも更に路地裏が多く、影の数も圧倒的な場所。布切れを巻いた女性体が胡散臭そうに私を見下ろすが、あまり気にせずに野次の飛び交う最中を、歩いて行った。

 

「富裕街の女の子が、来るような場所じゃないのよ。帰りな。」

「花を探しているから。それに、この場所が嫌いじゃないの。」

「変わった子だねぇ。」

 錆び付いた螺子や、質の悪い融解液。黒々とした油と、ポリエステル繊維が太陽光でギラギラと光る布が売られる市場。どこの施設で育った物か分からないが、たまに密輸品としてリンゴやオレンジが売られていることもあった。

 同居人の二人に連れていかれた、デパートとは全く違う。整然と並ぶ質の良い食材や服。全てが街内の工場で作られ、白を基調とした内装とは、かけ離れた世界。

「なんだか、落ち着くからかな?」

 太陽が三回ほど、砂漠の向こうに沈んだ日。装身具や耳に穴を空ける店をやっている…と、看板に書かれていた。そんな、店の女主人が溜息と共に私の話を聞いている。

「そう。いつか、犯罪に巻き込まれやしないかと、私の方が心配だよ。」

「大丈夫だと思う。そんなに困る人は居ないから。」

「なんだかねぇ。」

 誰もいない。誰か存在しても、言葉を交わす瞬間はない家。そんな場所で、ただ一人が暁の空を見つめ続けている事は退屈さを覚えた。

 ノアに出会う前は、空を見つめ続けている自分が居たと思う。ノアに出会ってからは、影の姿で街を徘徊する人々。それ以外の住人を求めるようにスラム街へ、足を運んでいた。

「初めて出会い、もう二度と同じ土地で出会わない事を望むよ。」

「ありがとう。」

 嫌いじゃない街だけれど、長く居る場所でもない。立ち上がった私と握手をして、訪れた影に商品の説明を始めた彼女に、感謝だけを述べると、私は一輪の花を探すことを諦めて、その場を立ち去ったのだった。


 水路には澄んだ水が流れ、押し流される灼熱を思わせる。放送局にアンプを繋ぎ、複雑性を持たないエデンを時制の異なる空間に見た。先程までの渋滞したカメレオンは消え去り、静けさが灯った家々が立ち並ぶ、砂埃が巻き上がる地区。

 裏路地で細く流れる、水路を渡る為の板を歩きながら遠くに立ち並ぶ工場の煙突を見つめた。あの場所には一度も行ったことは無いが、同居人が言うには黄色い壁に囲まれた世界に、開発者や研究者が隔離されているらしい。

「行ってみたくはないかな…。」

 家と家の狭間。丁度陰になっていて、涼しさを覚える場所で壁に寄りかかった私は、ぽつりと呟いたのだった。

 家も街も、影で覆い尽くされた世界に生きて、何年が経ったのか。橙と石灰岩。太陽の強い光だけを浴びている。炉心融解で溶け馴染む華の色素、それすらも情報のベースには組み込まれていない。

『普遍的な現象が、私の一部なのか。シミュレーションは、果たして無機。金塊を削り私は、蜃気楼に骨壺を見ている。死を待ち侘びる結晶に、色素沈着があった。太陽が核爆発に屈する、重力波の思考と同じ砂上の楼閣。』

『私は世界の一部なのか。私は存在していないのか。本当は、何も存在していないのか。』

 

ふと、目線を下に向けると輝きを放つ、物体があった。生まれてしまった気配を振り払う為に、しゃがみ込んで指を伸ばす。

濁りがある水をコロコロと転がっていく奇麗な鉱石。拾い上げれば、少しだけ触った個所がピリッとしたが、構わずに眼前へと持っていく。

「何だろう?この石っぽい物。」

 知っている知識と照らし合わすが、どうやら私にとって未知の物質であるらしい。青い結晶が岩に浮き出た。そんな雰囲気を持つ、30g程度の純質。

「取りあえず、持って帰ろうかな?」

 本当は置き捨てておくべきなのかもしれない。けれど、太陽の傾きが私に焦りを、変則性ある現状と少しばかりの好奇心が、私に決断を委ねていた。

「ノアは明日も居ないから…。」

 その言葉と共に、物質はポケットに仕舞い込まれる。眠らない夕日が、ワンピースに影を落として。私を帰り道へと誘う。

 駆け出していく自分の行動の行く末が、何を生み出すのか。世を知らない私にとっては、まだ理解の付かない続き物でしかなかったのだった。

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